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12/5発売『あらすじで読む霊界物語』(アマゾン楽天ブックス

文献名1大本神諭
文献名2
文献名3明治31年閏3月27日
著者
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2017-06-11 20:01:35
OBC os208
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本文  艮の金神が出口直に書かした筆先であるぞよ。綾部の広間は外の広間とはチト違ふから、難しいのであるぞよ。綾部の広間は異ふ行状を致さぬと、その行状で御話致しても、思ふ如うにはいかぬぞよ。それが判らぬか。判らぬならば先生とは言はさぬぞよ。敵対うならば何程なりと敵対うて来て下されよ。時節を待ちて御礼を申すぞよ。今辛き御方もう時節は参りて居れども、判らぬ御方がある故に、物事が遅くなりて、真実に気の毒であるぞよ。その行状でいくならば行りて見よれ。なかなかゆこまい。それが判らぬのが気の毒な事には慢心からであるぞよ。落ちて居るもの侮るなよ。良き御魂が落して在るぞよ。表面は今日でも変はるぞよ。霊魂は変らぬぞよ。身魂の審査めが致してあるから、人民の眼からは見えぬことであるぞよ。身魂の善悪が判かりて来るぞよ。開いた口が閉らぬ事変が出来ると気の毒なから、筆先に書き置くぞよ。筆先にあることは皆出て来るぞよ。神申す言は日にちはチト延ることもあれども、チットも違ひのなきこと許りじゃぞよ。
 口で誠を申せども心に誠のある者が無いぞよ。それでは治まらぬぞよ。布教師、お世話係り、信者の人、皆一ツの心になりたならば、神は別け隔は致さぬから、各自に御神徳が取るのじゃぞよ。家内一統揃た家は御神徳速いぞよ。家内面揃はぬ家は神が遠慮になりて、思惑の御神徳が与れぬぞよ。布教師も其の通り遠慮ありて、思惑の願ひが出来ぬぞよ。和合致さぬことには真実の御神徳が貰へぬぞよ。綾部の広間は根元の仕組がいかぬから、一旦は火が消えぬと真実の広間にはならぬぞよ。まだまだ治らぬぞよ。判りて来たならば結構な広間であるぞよ。一旦洗替に致さぬと、ちと違ふことがあるから、難いのであるぞよ。
 判る御方が判らぬから難しいのじゃぞよ。惜しいものであるぞよ。判て来たならば眩章の来る御方も大分出来るぞよ。時節待ちて御礼を申すぞよ。神は何処に居りても我身の心で御神徳は貰へるぞよ。艮の金神と申して下さりたならば、千里外地からでも御蔭は与る時節になりたぞよ。
 艮の金神の取次は出口直であるぞよ。此の取次がありたならば、艮の金神は大丈夫であるぞよ。此処迄苦しみが御苦労でありたが、モウ是からは直は結構であるぞよ。苦労致したならば、それ丈けの御神徳は与るぞよ。此の世に種々鏡が出るぞよ。鏡を見て皆御神徳を貰うがよいぞよ。誠の道を踏みて居りても誠が無いから、神経綸致して居れども、物事が遅くなりて、真実に神は迷惑を致すぞよ。世を替へねば、此儘で置きたならば、共喰ひを致す如うになるぞよ。恐しい時節であるぞよ。けれども神には勝てぬぞよ。聞かねば聞く様に致すぞよ。
 人民の力では此の世は行かぬ世であるぞよ。一力でやりて居ると思うて居るから、慮見が違がふのであるぞよ。此の世は神が構はな行けぬ世であるぞよ。
 今迄は此の世が暗黒になりて居りたのを、新りて世の審判を致すのであるから、世界には大望がある故の神々の御苦労じゃぞよ。人民が知らぬことであれども、神々の御苦労になりて、此の世を審判いたして、良く致すのじゃぞよ。是程神は人民を助けたさの苦労致すのじゃぞよ。夫を知らずに疑ふとはチト慮見が違がふぞよ。神に近付けば、ちとなりとも速判るから、神に縋ると結構であるぞよ。
 此の金神は速此の世を良く致したいので、何事も先に筆先で知すのじゃ。速知りた人は結構であるぞよ。何時迄も疑うて居る者は気の毒じゃぞよ。見て居じゃれよ。神に縋りて居りたらばこそと言ふて歓ぶことが出て来るぞよ。出口直は世界の真相、世界にある事変を知らす取次であるぞよ。金光殿の取次とはチト異がふ取次であるから、今解らぬので金光殿の方から色々と言はれるので、気苦労を致せども、もうちっとの間の所を、直胸の中が苦しいのは神が知りて居るから、もちっとの間の所を忍耐て下されば結構が解りて来るから、苦しいても今迄貫ぬいたのであるから、隠忍て下されよ。艮の金神に間違ひはないぞよ。艮の金神が頼むぞよ。直に言ひ聴かしてあることは、チットも違がひの無き神言であるから、御安心をいたして御用開いて下されよ。力になりて下さる御方が出来るから、直よ、御安心を致して仕事はもう出来ぬから、御用聞いて下されよ。艮の金神が頼むぞよ。大神業であるから、物事が遅くなるので、直が心配を致せども、寸分も違ぬ事であるぞよ。金光殿の自由と思ふて居るから、思う如うに行かぬのじゃぞよ。如何程焦慮たとても無効ぞよ。放任て置きて下されよ。神は何処に居りても誠の心で信心を致すものには、何処からでも御神徳激げしきぞよ。艮の金神は景場信心は嫌ふぞよ。誠の心で頼むなら、三言で御神徳は与るぞよ。艮の金神は世界の人民の心を直す神であるぞよ。心さへ改心が出来たならば御神徳は直に与るぞよ。疑ひを晴さぬと、各自に苦しみ永う致すから、可愛相なから、煩う申すのであるぞよ。
 勇んで人が寄りて来る広間を、吾と我手に苦しむで、真実に気の毒なものじゃぞよ。是が判らぬのか、可哀相なぞよ。前途が見えぬと申してもあんまりであるぞよ。誰に由らず、慢神を致すと、ドウ船が顛覆やら判らぬから、慢心は出来ぬぞよ。
 是で良いと思うと失敗ぞよ。何時になりても是で良いと云うことは無い御道であるぞよ。気許しは一寸も出来ぬぞよ。筆先に書かして気を付て置ぞよ。直は此役であるぞよ。何程なりとも疑う御方疑うて居りて下されよ。チットも苦にはならぬぞよ。気の毒なぞよ。誤心配が気の毒であるぞよ。干渉だてに来て下さるなよ。一力で行るぞよ。左様は申しても時節が参りたならば、皆手を引き合うて行ぞよ。判るまでは一力でやるぞよ。此方から別け隔ては致さぬぞよ。別け隔ては要らぬ御道であるぞよ。判りて来たなれば皆改心を致すコト許りであるぞよ。艮の金神が仕組を致して居る神業を世界へ判りて来たなれば、世界一列勇む世になるぞよ。世界のコトが今が二段であるから、三段になりたならば、漸々と改心を致す如うになるぞよ。中々大謨であるから、神の仕組は致してあれども、世界の事であるから、物事が遅くなりて居れども、毫厘も違ひの無き神言であるぞよ。
 上の身魂の亀鑑を出すのであれども、世界に大神業はじまりて来んと、其の鏡は出ぬから、種々世界には見せ示ある依ってに、夫れ夫れの見せ示を見て改心を致されよ。此の神世界を良く致す神であるから、改心を致す迄申すぞよ。人民の心を直す神であるから、途中で挫折る神でないぞよ。究極まで改心を致さすぞよ。改心出来ねば、出来る様にして改心を致さすぞよ。
 此の世の主宰を致して居るものから改心を致させぬと、下々の人民が本当に難渋を致すぞよ。世が逆様に成るぞよ。世界のコトであるから、見て居じゃれよ、世界から出来て来るぞよ。
 出口直の願ひは明治二十五年の正月の願ひでありたぞよ。未だ直の願ひは、七年になりても叶へてないぞよ。もう神の事は出来が致したから、是からお直の願ひを叶えるぞよ。直に苦労さしたぞよ。最早世界から漸々と分りて来るぞよ。
 日本丈けのコトで無いから、大望であるから、判るのが遅き故に直心配をいたせども、毫厘も違ひの無き神言であるから、御安心を致して下されよ。永がらくの経綸を致した神事の初まりであるから、中々判るが遅き故に、皆心配を致せども違はぬぞよ。
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