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文献名1霊界物語 第1巻 霊主体従 子の巻
文献名2第2篇 幽界より神界へよみ(新仮名遣い)ゆうかいよりしんかいへ
文献名3第15章 神界旅行の二〔15〕よみ(新仮名遣い)しんかいりょこう(二)
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
先は自分の間違いであったことを悟り、心を改めて一直線に神界への旅路についた。神言を唱えながら歩いていき、「幸」という男と「琴」という女が道連れになった。

細い道が幾筋となく展開するところに出た。自分はどの道を選んだらよいか、途方にくれたが、その中で正中と思われる小路を選んだ。橋をいくつも渡ったが、ある橋にさしかかると、真っ黒な四足の動物が現れて、自分を橋の下の川に投げ込んでしまった。

道に沿って溝を泳いで戻り、元の道まで引き返してきた。真っ黒な動物が追いかけてきたが、二匹の白狐が追い払った。再び道を選び、今度は三人が別々の道を進んだ。

山の中腹にさしかかり、大きな滝に出くわした。その滝で身を清めようと打たれてみると、自分の姿は大蛇になってしまった。すると、「琴」という女も大蛇の姿になって苦しんでいるのを見た。

山が急に海に変わると、「琴」の大蛇はものすごい勢いで行ってしまった。すると海も川もなくなって、自分は元の道の別れている場所に戻っていた。

今度は一番細い道を行くと、病人が狸を拝んでいたので、鎮魂で狸を追い払った。病人たちは感謝して喜び、取りすがってきたので一歩も進むことができない。天の声に促されて天の岩笛を吹くと、何もかも消えて、広い平坦な場所に進んでいた。
主な人物 舞台 口述日1921(大正10)年10月18日(旧09月18日) 口述場所 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1921(大正10)年12月30日 愛善世界社版74頁 八幡書店版第1輯 72頁 修補版 校定版74頁 普及版39頁 初版 ページ備考
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本文  神界の旅行と思つたのは自分の間違ひであつたことを覚り、今度は心を改め、好奇心を戒め一直線に神界の旅路についた。
 細い道路をただ一人、足をはやめて側眼もふらず、神言を唱へながら進み行く。そこへ「幸」といふ二十才くらゐの男と「琴」といふ二十二才ばかりの女とが突然現はれて、自分の後になり前になつて踉いてくる。そのとき自分は非常に力を得たやうに思ふた。
 その女の方は今幽体となり、男の方はある由緒ある神社に、神官として仕へてをる。その両人には小松林、正守といふ二柱の守護神が付随してゐた。そして小松林はある時期において、ある肉体とともに神界に働くことになられた。
 細い道路はだんだん広くなつて、そしてまた行くに従つてすぼんで細い道路になつてきた。たとへば扇をひろげて天と天とを合せたやうなものである。扇の骨のやうな道路は、幾条となく展開してゐる。そのとき自分はどの道路を選んでよいか途方に暮れざるを得なかつた。その道路は扇の骨と骨との隙間のやうに、両側には非常に深い溝渠が掘られてあつた。
 水は美しく、天は青く、非常に愉快であるが、さりとて少しも油断はできぬ。油断をすれば落ちこむ恐れがある。自分は高天原に行く道路は、平々坦々たるものと思ふてゐたのに、かかる迷路と危険の多いのには驚かざるを得ない。その中でまづ正中と思ふ小径を選んで進むことにした。
 見渡すかぎり山もなく、何もない美しい平原である。その道路を行くと幾つともなく種々の橋が架けられてあつた。中には荒廃した危ないものもある。さういふのに出会した時は、「天照大神」の御神名を唱へて、一足飛びに飛び越したこともあつた。
 そこへ突然として現はれたのが白衣の男女である。見るまに白狐の姿に変つてしまつた。「琴」と「幸」との二人は同じくついてきた。急いで行くと、突然また橋のあるところにきた。橋の袂から真黒な四足動物が四五頭現はれて、いきなり自分を橋の下の深い川に放り込んでしまつた。二人の連も、共に川に放りこまれた。
 自分は道路の左側の溝を泳ぐなり、二人は道の右側の溝を泳いで、元の道路まできた。前の動物は追かけ来たり、また飛びつかうと狙ふその時、たちまち二匹の白狐が現はれて動物を追ひ払つた。三人はもとの扇形の処に帰り、衣服を乾かして休息した。その時非常なる大きな太陽が現はれて、瞬くまに乾いてしまつた。三人は思はず合掌して、「天照大神」の御名を唱へて感謝した。
 今度は三人が各自異なる道路をとつて進んだ。「幸」といふ男は左側の端を、「琴」といふ女は右側の道路をえらんだ。それはまさかの時、この路なれば一方が平原に続いてゐるから、その方へ逃げるための用意であつた。自分も中央の道路を避けて三ツばかり傍の道路を進んだ。依然として両側に溝がある。最前の失敗に懲りて、両側と前後に非常の注意を払つて進んで行つた。横にもまた沢山の溝があり、非常に堅固な石橋が架つてゐた。不思議にも今まで平原だと思つてゐたのに中途からそれが山になり、山また山に連なつた場面に変つてゐる。
 さうして其の山は壁のやうに屹立し、鏡のやうに光つてゐるのみならず、滑つて足をかける余地がない。さりとて引き返すのは残念であると途方にくれ、ここに自分は疑ひはじめた。これは高天原にゆく道路とは聞けど、或ひは地獄への道路と間違つたのではあるまいかと。かう疑つてみると、どうしてよいか分らず、進退谷まり吐息をつきながら、「天照大神」の御名を唱へ奉り、「惟神霊幸倍坐世」を三唱した。
 不思議にもその山は、少しなだらかになつて、自分は知らぬまに、山の中腹に達してゐる。幹の周り一丈に余るやうな松や、杉や、桧の茂つてゐる山道を、どんどん進んで登ると大きな瀑布に出会した。白竜が天に登るやうな形をしてゐる。
 ともかくもその滝で身を清めたいと、近よつて裸になり滝に打たれてみた。たちまち自分の姿は瀑布のやうな大蛇になつてしまつた。自分はこんな姿になつてしまつたことを、非常に残念に思つてゐると、下の方から自分の名を大声に呼ぶものがある。姿は真黒な大蛇であつて、顔は「琴」といふ女の顔であつた。そして苦しさうに、のた打ちまはつて暴れ狂ふてゐた。よくよく見ると大きな目の玉は血走つて巴形の血斑が両眼の白いところに現はれてゐた。自分は蛇体になりながら、女を哀れに思ひ救ふてやりたいと考へてゐると、その山が急に大阪湾のやうな海に変つてしまつた。そのうちに「琴」女の大蛇が火を吐きながら、非常な勢で、浪を起して海中に水音たてて飛び込んだ。自分は水を吐きながら、後を追ひかけて同じく海に飛び入つて救ふてやらうとした。されど、あたかも十ノツトの軍艦で、三十ノツトの軍艦を追ふやうに速力及ばぬところから、だんだんかけ離れて救ふてやることができない。そのうちに黒い大蛇はまつしぐらに泳いで遥かあなたへ行つて、黒い煙が立つたと思ふと姿は消えてしまつた。さうすると不思議にも海も山もなくなつて、自分はまた元の扇の要の道に帰つてゐた。
 今度は決心して一番細い道路を行くことにした。そこには人が五六十人と思ふほど集まつてゐる。見るに目の悪いもの、足の立たないもの、腹の痛むものや、種々の病人がゐて何か一生懸命に祈つてをる。
 道路にふさがつて何を拝んでをるかと思へば、非常に劫を経た古狸を人間が拝んでをる。その狸は大きな坊主に見せてゐる。拝んでゐるものは、現体を持つた人間ばかりであつた。しかし一人も病気にたいして何の効能もない。自分は狸坊主にむかつて鎮魂の姿勢をとると、その姿は煙のごとく消えてしまい、すべての人は皆病が癒えた。芙蓉仙人に聞いてみれば、古狸の霊が、僧侶と現はれて人を悩まし、そして自己を拝ましてゐたのであつた。その狸の霊を逐ひ払つたとともに衆人が救はれ、盲人は見え、跛は歩み、霊は畜生道の仲間に入るのを助かつたのである。
 衆人は非常に感謝して泣いて喜び、とり縋つて一歩も進ましてくれぬ。しかるに天の一方からは「進め、すすめ」の声が聞えるので、天の石笛を吹くと、何も彼も跡形もなく消えて、扇の紙のやうな広い平坦なところに進んでゐた。
(大正一〇・一〇・一八 旧九・一八 加藤明子録)
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