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文献名1霊界物語 第5巻 霊主体従 辰の巻
文献名2第3篇 予言と警告
文献名3第21章 小天国〔221〕
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ鷹住別の南天王夫婦が去ってしまったため、顕恩郷では蟹若という強者が指導者に選ばれた。顕恩郷の人々は鬼武彦の石像を頼りにし、日夜礼拝を怠らなかった。
あるとき、顕恩郷をものすごい旋風が襲うと、雲の中から鋭い光がひらめき、石神像のままの神が現れた。これは本物の鬼武彦に他ならなかった。
鬼武彦は大江神と改称し、顕恩郷の人々に天教山の野立彦命の教えを伝えるために現れたのであった。
大江神は、『三千世界一度にふさがる泥の、月日と地の恩を忘れな、心次第の援けの神』と唱えた。神人らは、平和な顕恩郷がどうして泥のになるのだろうか、といぶかしんだ。
大江神は大神の神示を伝え、顕恩郷の恵みを飽食して暮らすだけではなく、貧しい桃園郷の人々と分かち合う道を説き諭した。
顕恩郷の神人らは大神の神意を悟り、桃園郷に大江神とともに出向いて顕恩郷への移住を勧めた。
顕恩郷の恵みは移住者を受け入れても、十分に有り余るものであった。これより神人らは大江神の教えを守り、敵対していた二つの種族も今は仲良く暮らす小天国が建設された。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年01月09日(旧12月12日) 口述場所 筆録者外山豊二 校正日 校正場所
OBC rm0521
本文の文字数2008
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本文  橙園王以下の住民の襲撃により、一敗地にまみれ、神人の信望を失墜したる南天王夫妻は、夜陰に乗じモスコーに帰つた。ここに顕恩郷は再び主宰者を失ひ、日夜不安の感に打たれてゐた。
 されど最も信頼するは、棒岩の上に安置せる鬼武彦の石神像である。神人らは南天王の失踪せしより、一意専心にこの石神像にむかつて祈願を籠め、日夜礼拝を怠らなかつた。さうして南天王の後任として蟹若といふこの郷のもつとも強き神人をおし立て、南天王の後を継がしめた。されど郷神人はどことなく不安の念にかられ、真正の天津神の降臨されむことを、石神像にむかつて昼夜祈願しつつあつた。
 頃しも一天俄に掻き曇り、地上の一切を天空に捲きあげむばかりの猛烈なる旋風が起つた。神人らはいづれも九死一生の思ひをなして、石神像の岩下に集まり、天地に拝跪して救助を祈りつつあつた。
 雲はおひおひ低下して石神像のもとに降りきたり、雲中より剣光閃くよと見るまに、石神像に寸分違はぬ容貌の生神が忽然として現はれた。この神はたちまち光芒陸離たる両刃の剣をもつて中空にむかひ左右左に打振つた。さしもの強雨烈風もパタリとやんで紺碧の空と化し、日光燦然として輝きわたりはじめた。
 神人らは蘇生の思ひをなし、思わずウローウローと叫びつつ、その生神の周囲に集まり、合掌礼拝感謝の涙をながした。これは大江山の鬼武彦にして、今は天教山の野立彦命の命を奉じ、この郷に大江神と改名して、予言警告を与ふるために出現したるなり。神人らは石神像に寸毫の差なきを見て、石神の霊化して生神と現はれたまひしものと固く信じ、ただちに輿に乗せて顕恩郷の宮殿に奉迎し、祝杯をあげて勇みたつた。
 大江神はおもむろに口を開き、
『三千世界一度にふさがる泥の、月日と地の恩を忘れな、心次第の救け神』
と声高らかに唱へだした。神人らは一向合点ゆかず、
『かかる平和にして且つ天恵の充分なる顕恩郷の、いかでか泥のとならむや』
と怪しみて、口々に反問した。
 大江神は、大神の神意を詳細に語り伝へ、
『この際心を悔い改め、月日と大地の四恩を感謝し、博く神人を愛し、公平無私なる行動をもつて天地の神明に奉仕し、神人たるの天職をつくせよ。すべて神の神人をこの土に下したまふや、神の広大無辺なる至仁至愛の理想を実現し、天国を地上に建設し、天下の蒼生をして禽獣虫魚に至るまで各その安住の所を得せしめ、神とともに至治太平の聖代を楽まむがためなり。しかるにこの顕恩郷は、神の深き四恩によつて風暖かく、風雨は時を違へず、花は香ばしく、果実は豊にしてその味はひ美はし。しかるにエデンの大河を限りとし、南岸の橙園郷は、南方に山高くして日光を遮り、かつ北風強く果実常に実らず、住民は飢餓に迫り、精神自ら荒涼と化し、ほとんど人民たるの資格を保持せざるに至れり。これぞ全く、衣食住の豊ならざるに基因するものなり。しかるにこの顕恩郷は、衣食足り余り、美はしき果実は地に落ち、腐蝕するに任せ、天恩を無視すること甚し。かくのごとくして歳月を経過せば、つひには天誅たちどころに至つて、南天王のごとく郷神に襲はれ、つひには橙園王に討伐され、天授の恩恵を捨てざるべからざるの悲境に沈淪し、あたかも餓鬼畜生の境遇に堕するに至らむ。汝ら神人らは天地の大神の至仁至愛の大御心を察知し奉り、地広く果実多きこの顕恩郷をして汝ら神人らの独占することなく、橙園郷の住民の移住を許し、相ともに天恵の深きを感謝せよ』
と言葉おごそかに説示した。
 神人らはこの教示を聞いて、初めて天地の神意を悟り、何事も大江神の指揮に従ふこととなつた。大江神は、神人らの一言にしてわが言に心服せしことをよろこび、深く歎賞しつつ蟹若その他の神人らを引率し、エデンの大河を渡つて、みづから橙園郷に致り、橙園王に面会を求め、その神意を伝へた。
 橙園王は、初めのうちは大江神の神威に恐れて戦慄し、近づき来らず、かつ部下の住民は、先を争うて山深く姿をかくした。されど、大江神の仁慈の言葉に漸く安堵して、その命に従ひ郷民を全部引率して、顕恩郷に移住することとなつた。
 顕恩郷の神の数は、以前に三倍することとなつた。されど無限の天恵は、衣食住に余裕を存し、住むに十分の余地をなしてゐたのである。彼我の神人は、仁慈無限の大江神の教示を遵奉し、今まで犬猿ただならざりし両郷の種族も、今は親子兄弟のごとく、相親しみ相愛して、ここに小天国は建設されたるなり。
(大正一一・一・九 旧大正一〇・一二・一二 外山豊二録)
(第五章~第二一章 昭和一〇・三・二九 於吉野丸船室 王仁校正)
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