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文献名1霊界物語 第6巻 霊主体従 巳の巻
文献名2第7篇 黄金の玉よみ(新仮名遣い)おうごんのたま
文献名3第37章 雲掴み〔287〕よみ(新仮名遣い)くもつかみ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-04-24 18:01:23
あらすじ
中津御国の天教山の木花姫命の御教えを伝える、黄金山・霊鷲山の埴安彦、三葉彦は、教えを一つにまとめて三五教を現した。

黄金山の宣伝使・青雲別は、名を高彦と改めて、青雲山への宣教に旅立った。青雲山を上っていく高彦の耳にきこえて来たのは、ウラル教の宣伝歌を歌いながら道路を開鑿する工事人夫たちの声だった。

かまわず三五教の宣伝歌を歌いながら山上に進んでいく高彦を、ウラル教の人夫の頭・雲掴がさえぎり、首筋を掴んで路上にねじ伏せた。しかし高彦は何とも感じず、平気で神言を小声に奏上し始めた。

雲掴の体は次第に強直して地蔵のようにその場に固まってしまった。人足たちはこの様を見て、一斉に高彦に襲い掛かったが、高彦の神言に、みなやはり石像のように硬直してしまった。

高彦は鎮魂を解いて、雲掴の霊縛を解除した。雲掴は涙を浮かべて無礼を陳謝した。高彦は三五教の仁慈の教えをもって諭し、青雲山の吾妻彦がウラル教に恭順したことを問いただした。

雲掴は吾妻彦がウラル彦に恭順した経緯を語り出した。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年01月23日(旧12月26日) 口述場所 筆録者石破馨 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年5月10日 愛善世界社版225頁 八幡書店版第1輯 707頁 修補版 校定版225頁 普及版94頁 初版 ページ備考
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本文  仰げば高し久方の  天津御神の造らしし
 豊葦原の瑞穂地と  称へ奉るは海原の
 浪に漂ふ五大洲  神の御稜威も三ツ栗の
 中津御国の日の本の  要と生れし天教山の
 木花姫の御教を  語り伝へて経緯の
 綾と錦の機を織る  黄金の山や霊鷲の
 山の麓に現れませる  埴安彦や三葉彦
 清く湧き出る瑞御霊  流れ流れて世を洗ふ
 瑞の御霊の勲功を  固めて茲に三五教
 一度に開く白梅の  香りも床し神の教
 宣り伝へむと四方の国  山の尾上も川の瀬も
 残る隈なく青雲の  靉靆く極み白雲の
 降り居向か伏す其の涯  峻しき国は平けく
 狭けき国は弥広く  神の光を照らさむと
 光まばゆき黄金の  山の麓を立ち出でて
 青雲遥に押し別けて  進む青雲別の天使
 名も高彦と改めて  服装も軽き宣伝使
 峻しき山を打ち渡り  深き谷間を飛び越えて
 声も涼しく歌ひ来る  世人を覚す宣伝歌
 世は烏羽玉の闇となり  万の神の音なひは
 五月蠅の如く満ち生きて  治むる由もなくばかり
 山川どよみ草木枯れ  宛然荒野の如くなる
 山と山とを踏み分けて  青雲山の山麓に
 漸く辿り着きにけり。
 高彦天使は漸くにして青雲山の山麓に辿り着きしに、山中に幾百人とも知れぬ人声あり。何事ならむと暫く木蔭に腰打ち掛けて、その声を聞くともなしに息を休め居たり。数多の人々は手に手に柄物を持つて、山上に達する道路の開鑿中なり。高彦天使は木蔭を立ち出で、またもや宣伝歌を歌ひながら登りゆく。数多の人足は土工に従事しながら声を張り上げて、
『呑めよ騒げよ一寸先は暗夜、暗の後には月が出る。人は飲め食へ、寝てころべ』
と唄ひながら汗水垂らして働いて居る。その中を、高彦天使は宣伝歌を歌ひながら登り行く。
 多人数の中より頭領らしき一人が、宣伝使の前に現はれ大手を拡げて立ち塞がり、
『当山へ登ること罷りならぬ』
と梟のごとき眼を剥きだし、口を尖らせながら呶鳴りつけたるに、宣伝使は笑ひながら、手の下を潜つて登らむとするを、大の男は矢庭に首筋引つ掴みて路上に捻ぢ伏せ、右の手にて拳骨を固め、
『通行ならぬと申すに何故無断にて当山に登り来るか、当山を何と心得て居る。昔は吾妻彦命、八頭神として当山を中心に神政を布き給うたが、世界の大洪水の後は、ウラル彦神、盤古神王の管轄のもとに置かれ、吾妻彦命はその配下として当山を守護し「飲めよ騒げよ一寸先は闇夜、闇の後には月が出る」と唄つてこの世の人民を気楽に暮さして下さるのだ。それに何ぞや七六ケ敷い、肩の凝るやうな宣伝歌とやらを歌ひよつて、見のがせの聞のがせのと、何んのことだい。見逃せと云つたつて、聞逃せと云つたつて、吾々は見のがし聞のがしは罷りならぬのだ。この上一寸でもこの山に登るなら登つて見よれ、生首を引き抜いて了ふぞ』
と呶鳴り立てる。宣伝使はこの男に首筋を掴まれ捻ぢ伏せられては居るが、別に弱つても居ない、蚊や虻の一二疋肩に止まつた位に感じてゐる。引掴んで中天に放り上げるくらゐは何でもないが、神示の「見直せ聞直せ」の戒律は破ることが出来ぬので、わざと柔順に彼が為すままに身を任してゐた。而して小声になりて神言を奏上し始めたり。
 大の男の名は雲掴と云ふ。雲掴の手はだんだんと痲痺れ出し遂には全身強直して石地蔵のごとくに硬化して了つた。数多の人足共はこの体を見て前後左右より宣伝使に向つて、手に手に鎌や、鍬や、鶴嘴、山こぼち等を振り上げ攻め掛つた。宣伝使は少しも騒がず、路上に端坐して盛に神言を奏上した。四方八方より攻め囲んだ人足等は孰れも柄物を以て腕をふり上げたるまま石像のごとく強直硬化して身動きもならず、只二ツの眼球ばかり白黒と転回させて居るのみであつた。宣伝使は鎮魂の神術を以て雲掴の霊縛を解いた。雲掴は忽ち身体の自由を得、両眼に涙を浮かべて大地に平伏しその無礼を謝したり。
 宣伝使は言葉を改めて云ふ。
『先刻の汝の言によれば当山の守護職吾妻彦は、ウラル彦に帰順せりと聞き及ぶが、はたして真実なるや、詳細に逐一物語れ』
と云はれて雲掴は大団扇の様な手を以て天に向ひ拍手を響かせながら、またも地上に跪き、恐さに震うて、
『申上げます、モー斯うなる上は何もかも、包み隠さず綺麗サツパリと、白状いたしますから生命ばかりはお助け』
と男泣きに泣く、その見つともなさ。数多の人足共は何れも石地蔵となつて、眼ばかりギロツカせこの光景を見て居たり。
 宣伝使は、
『吾は三五教の宣伝使である。何事も見直し聞直し、過ちを宣り直すのが吾々の主旨であるから、決して汝らを憎しとは思はぬ。何れも皆神様の最愛の御子である。吾々もまた神の愛し給ふ御子である以上は、汝らと吾らは同一の神の御子であつて、いはば兄弟である。吾々はどうして兄弟を虐げることができるであらうか。神は広く万物を愛し給ふ。吾らは尊き神の御子なれば、互に相愛し相助けねばならぬ。人間に差別を付けるといふことは、最も神の嫌はせ給ふところである。汝らも今迄の心を改め、本心に立ち帰り、神の尊き御子として、善を行ひ人を助け、神様の大御心に副ふ至善の行ひをするが人間の本分である』
と諄々として人道を説き始めたるにぞ、さしも暴悪無頼の雲掴も、宣伝使の言葉に感激して、涙を拭ひながら一伍一什を物語りける。
(大正一一・一・二三 旧大正一〇・一二・二六 石破馨録)
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