猿世彦は鏡の池で禊をなして、狭依彦と名を改めた。狭依彦の名は遠近にとどろき、洗礼を受けに来る者や教理を聞きに来るものが次第に増えていった。
狭依彦は三五教の教理は船中で聞いたに過ぎなかったので、夜昼鏡の池に祈願を込めていた。
あるとき黒彦という男が信者の中から現れて、質問を始めた。そして、蕎麦やらうどんやら黍の起源やらを尋ねた。狭依彦はそれに答えて、二人の滑稽な問答はどんどん脱線していく。
すると鏡の池の水がブクブクと泡立ち始め、竹筒を吹くような声で、二人の問答をなじり始めた。狭依彦は驚いて、池の神様に黒彦の問答の答えを伺うと、池の神様の声は、黒彦に答えを聞け、という。
黒彦は得意になって、またもや言葉遊びのおかしな問答を始める。すると鏡の池の声は、お前たちの取り違いははなはだしい、と怒りの声に変わり、ほら貝のような唸り声が次第に大きくなってきた。
黒彦は恐れをなして逃げてしまった。また、そこにいた過半数の信者たちも、あちこちに逃げてしまい、後に残ったのは腰を抜かした肝の小さい人間ばかりであった。
狭依彦も腰を抜かしてしまい、その場に祈願をこらしていた。