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文献名1霊界物語 第8巻 霊主体従 未の巻
文献名2第5篇 宇都の国よみ(新仮名遣い)うづのくに
文献名3第31章 谷間の温泉〔381〕よみ(新仮名遣い)たにまのおんせん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-06-07 15:31:47
あらすじ蚊々虎の後を追ってやって来た宣伝使たちは、温泉が煙を上げてもうもうと湧き出ているところにやってきた。見れば、蚊々虎は倒れている男の前で神言を奏上し、鎮魂を施している。蚊々虎は自分の鎮魂が効を奏さないので、淤藤山津見に鎮魂を頼もうと呼んでいたのであった。淤藤山津見は天の数歌を歌い、もろ手を組んでウンと一声息をかけると、倒れていた男は起き上がり、宣伝使たちに礼を述べた。倒れていたのは、正鹿山津見(桃上彦)であった。正鹿山津見はこれまでの経緯を一行に語った。正鹿山津見は、秘露の都を宣伝した後、巴留の国へ宣伝に向かったところが、鷹取別の手下によって重傷を負い、沙漠に葬られた。そこから夜陰にまぎれて逃げ出し、峠を越えようとして温泉があることを知り、傷を癒していたが、湯にあたって倒れてしまったところに、一行が来て助けてくれたのだ、と語り、改めて感謝の意を表した。淤藤山津見は何事も神様のお引き合わせであると語り、一同は温泉の周囲に端座して神言を奏上した。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年02月09日(旧01月13日) 口述場所 筆録者土井靖都 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年6月15日 愛善世界社版211頁 八幡書店版第2輯 226頁 修補版 校定版215頁 普及版93頁 初版 ページ備考
OBC rm0831
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本文  三人の宣伝使は、声を知辺に崎嶇たる谷道を、流れに沿うて登り来たり、見れば湯煙濛々と立ち昇り、天然の温泉が湧き居る。蚊々虎は一人真裸になつて、倒れてゐる男の前に双手を組み、神言を奏上し、鎮魂を施しゐたり。
 駒山彦は之を見て、
『ヤア、蚊々虎さま、そら何だ』
 蚊々虎は鎮魂を了り、
『ヤア、何でもない。此処に一人の人間が倒れて居るのだ。身体を探つて見れば、まだ血の循つて居るせいか、この湯のせいか知らぬがそこら中温い。どうぞして助けたいものだと、一生懸命鎮魂してるのだが、俺らの力では此奴ばかりはいかぬ。淤縢山津見の宣伝使に、一つ鎮魂をやつて貰ひたいと思つて呼んだのだよ。モシモシ先生、一つこの男に鎮魂を施してくださいな』
 淤縢山津見は、
『やつて見ませうかな』
と云ひながら、天の数歌を歌ひ了つて双手を組み、ウンと一声、鎮魂の息を掛た。裸体になつて倒れて居た男は、ムクムクと起上り、目を擦りながら、四人の宣伝使が前に在るに気がつき、
『ヤア、何れの方か存じませぬが、一命をお救ひ下さいまして有難う存じます』
と顔を上ぐる途端に、蚊々虎は、
『ヨー、貴方は秘露の都で御目に懸つた、正鹿山津見の宣伝使では御座らぬか』
『アア貴方は蚊々虎殿か。ヨーヨー、淤縢山津見殿、思はぬ処で御目に懸りました。是も全く三五教の神様の御引合せ、有難う存じます』
淤縢山津見『貴方はどうして、斯る山奥に御越しになつたのですか、是には何か深き仔細がありませう』
『ハイ、私は秘露の都で、日の出神様や貴方らと袂を分ち、それより巴留の国を宣伝せむと、この珍山峠を越え、鷹取別の城下に宣伝歌を歌つて参りました。所が俄に数百の駱駝隊が現はれて、前後左右より取囲み、槍の切尖にて所構はず突刺され、失神したと思へば、沙漠の中に葬られて居た。私は砂を掻き分けて這ひ上り、夜陰に紛れて巴留の都を逃げ出し、この峠に差しかかる折りしも、傷所はますます痛み、最早一歩も進むことが出来なくなり、喉の渇きを谷水に医さむと、細谷川の清水を汲んで見れば、何とも知れぬ芳き香と味がある。さうして此水は谷水に似ず実に温かい。是は薬の水ではあるまいかと、手に掬つて傷所に塗つて見た所が、忽ち其傷は癒えました。されど身体の疲労はどことなく苦しく、それに堪へかね、この谷川を遡れば屹度良い温泉があらう、其処へ行つて身の養生を致さむと、漸く此温泉を尋ね当ました。それより日夜この温泉に身を浸し、数多の槍傷はすつかり癒えましたが、あまり浴湯が過ぎたと見えて逆上し、知覚精神を喪失してこの場に倒れて居た処、尊き神の御引合せ、貴方方に巡り合ひ、命を助けて貰ひました。コンナ有難い事はありませぬ』
と両眼に涙を湛へながら、両手を合せて感謝の意を表したり。
 淤縢山津見は、
『何事も神様の御引き合せ、吾々は神様の綱に操られて、貴方を救ふべく遣はされたものでありませう。吾々は感謝の言葉を受けては、実に勿体ない気がする。天地の大神に早く感謝をして下さい。吾々も共に神言を奏上いたしませう』
と淤縢山津見の言葉に従ひ、一同はこの温泉の周囲に端坐して神言を奏上したりける。
(大正一一・二・九 旧一・一三 土井靖都録)
(第二六章~第三一章 昭和一〇・三・三 於天恩郷透明殿 王仁校正)
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【霊界物語誕生百周年】
大正10年(1921年)10月18日に王仁三郎が霊界物語の著述を開始してから
令和3年(2021年)10月18日で百年目を迎えます。
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