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文献名1霊界物語 第8巻 霊主体従 未の巻
文献名2第6篇 黄泉比良坂よみ(新仮名遣い)よもつひらさか
文献名3第42章 言霊解四〔392〕よみ(新仮名遣い)げんれいかい四
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-05-31 17:12:26
あらすじ醜い姿を見られた伊邪那美命が、恥をかかせられたと言って予母都志許売を遣わして追わせた、というのは、大本の一つ火の明光に照らされた悪神たちが、逆に圧迫妨害を加えて四方八方から攻め立てる、ということなのである。伊邪那岐命が黒御鬘を取って投げ捨てると、蒲子が生った、というのは、幽玄な神の御教えを天下に宣伝すると、美しい誠の新信者ができた、ということである。黄泉醜女が、一人一人に圧迫を加える、ということである。ここにおいて神はついに、神界の一輪咲いた梅の花である経綸を現して黄泉醜女に向かって宣伝した。すると箏という上流貴紳の了解を得て、大本の使命が純忠純良なことが天下に知られる、ということである。邪神の頭株が大本の経綸を破壊しようと苦心しつつあるうちに、神国の危機を救うべき準備を整えていくことである。黄泉軍とは、大本にたとえると社会主義者、仏教家、キリスト教徒などが露骨な圧迫を加えてくることである。世界にたとえると、侵略とか利権獲得などの良からぬ目的のために戦いを起こす賊軍のことである。ヒラサカとは、尊厳無比にして世界全体を照らし、統一し、仁慈を施す神軍である。霊系の大本神である日の大神の徳と万世一系の皇徳を備えている。⦿(ス)に変あるときは、水の精である月光が世に出て皇国の栄を守り、抑え忍んだ公憤を発して向かい戦い、神威皇徳を世界に輝かすという、神軍のことを言うのである。坂本は大本のことであり、三つの桃は瑞霊の御魂のことである。瑞霊が十拳剣の精なる神の教えによって待ち討つとき、黄泉軍はことごとく敗走した、ということである。伊邪那岐命は自分の命を救ってくれた、と桃の実つまり瑞霊とその聖なる団体に向かって賞賛された。今後においても、万一危機が出来したら、報国の大活躍をして万民を救え、と言い、オホカムツミと名を賜った。オホカムツミの言霊は、惟神の大道を天下に宣伝する至誠至忠の聖団、忠良な柱石神である、というご賞賛である。今の世に、麻柱の大道を実行する大神津見命は、今いずこに活躍しているのだろうか。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年02月11日(旧01月15日) 口述場所 筆録者谷村真友(再録) 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年6月15日 愛善世界社版306頁 八幡書店版第2輯 260頁 修補版 校定版310頁 普及版137頁 初版 ページ備考
OBC rm0842
本文の文字数3199
本文のヒット件数全 1 件/瑞の身魂=1
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本文 『其妹伊弉冊命吾に辱見せたまひつと言したまひて、即ち黄泉醜女を遣はして追はしめき』と云ふ事は、以上の如くに乱れ果てたる醜状を、神の光なる一つ火に照らされ、面の皮を曳剥られて侮辱されたと言つて、大本であれば心に当る醜悪なる教信徒が一生懸命に大本や教主に反抗すると云ふことであり、世界で言へば、益々立腹して大本を圧迫し、窮地に陥れむとする人物の出現すると云ふ事で在るから、誠の教を開くと云ふ事は、随分六ケ敷事業であります。今日のやうな無明闇黒の社会に容れられる様な教なら別に苦労艱難は要らぬ、四方八方から持て囃されるで在らうが、その様な教なら現代を覚醒し、人心を改造する事は出来ない。国家を泰山の安きに置き奉らむとするの志士仁人は凡ての迫害と戦ひ、総ての悪魔に打ち克ち、身を以て天下に当るの勇猛心を要するのであります。黄泉醜女は決して悪い魔女の事では無い。今日の人間は上下共に男も女も、八九分通りまで醜女であります。何処にも一点の男子らしき、勇壮なる果断なる意気を認むる事は出来ぬ。斯ういふやうな黄泉醜女らが、大本の一つ火の明光に照されて、夏の虫の如くに消しに来ては却つて自分が大怪我をするのであります。今日の大本は四方八方から攻め立てられ、人民を保護す可き職に在る人々までが、時には逆様に攻撃妨害を加へむとして居るのであります。是が大本を四方突醜目で見てをると云ふのであります。
 然し至誠思国の吾々大本人は、所在総ての圧迫と、妨害に打ち克つ為に、一つの力を貯へねば成らぬ如く、世界に対しても我国は、充分の準備を整へねばならぬ。即ち神典に所謂黒御鬘を投げ打つて掛らねば成らぬのであります。
『爾伊弉諾命黒御鬘を取りて投げ棄て玉ひしかば、乃ち蒲子生りき』
 之を今日の大本に譬へると、幽玄美はしき神の御教を、天下に宣伝する事を『投げ棄て玉ひき』といふのであります。『蒲子生りき』と云ふ事は、美はしき誠の新信者が出来たと云ふ事であります。黄泉神醜女は、また之に向つて一人々々に種々の圧迫妨害を加へると云ふ事が、『是を拾ひ食む』と云ふのであります。何れの教子にも悉く四方突軍が御蔭を堕さしに廻つて居る。その間に又一つの戦闘準備に着手する事を『逃げ出でますを』と云ふのであります。
『猶追ひしかば、亦其の右の御角髪に刺せる、湯津津間櫛を引闕て、投げ棄てたまひしかば乃ち笋生りき』
 蒲子とも言ふべき信仰の若い信者を、片端から追詰め引落しにかけ乍ら、なほもそれに飽き足らずして、大々的妨害を加へむとの乱暴には、神も終に堪忍袋の緒が断れたので、右の御角髪にまかせる湯津津間櫛を引闕て、乃ち神界の一輪咲いた梅の花の経綸を表顕して、所在四方突醜女に向つて宣伝した所が、終に箏と云ふ、上流貴紳の了解を得、至誠天に通じて、いよいよ大本の使命の純忠純良なる事を、天下に知らるるやうに成るのを箏生りきと云ふのであります。是は全地球上の出来事に対する御神書であれども、総ての信徒に了解の出来易いやうに、現今の大本と将来の大本の使命を引用して、説明を下したのであります。
『是を抜き食む間に逃行でましき』
 またまた邪神の頭株が、大本の折角の経綸を破壊せむと、百方苦心しつつ在る内に、いよいよ神国の危急を救ふ可き、諸々の準備を整へ、何時にても身命を国家に捧げ奉つて、君国を守るべき用意を整へて行くと云ふ事が、『是を抜き食む間に逃行でましき』と云ふ意義であります。
『旦後には其の八種の雷神に千五百の黄泉軍を副へて追はしめき』
 之を大本に譬へて見ると、八種の雷(前に詳述)に加ふるに社会主義者または仏教家、基督教徒などの、数限りなき露骨なる運動を起して、力限り攻撃の矢を向け来る事であります。之を世界に対照する時は、前述の八種の悪魔の潜在する上に、千五百軍即ち或る国から、日本の霊主体従なる神国を攻めて来ると云ふ事になるのであります。黄泉軍と云ふことは、占領とか、侵略とか、利権獲得とか、良からぬ目的の為に戦ひを開く国の賊軍隊の謂ひであります。
『爾御佩せる十拳剣を抜きて、後手に揮きつつ逃げ来ませるを』
 霊主体従の神軍は戦備を整へながら即ち十拳剣を抜きながら、充分に隠忍し敢て戦はず、なるべく世界人類平和の為め、治国安民の為に言向平和さむとする意味を指して『後手に揮きつつ逃げ来ませる』と云ふのであります。
『其の坂本なる桃の子を三個取りて待撃ちたまひしかば悉く逃げ帰りき』
 ヒラサカのヒの言霊は明徹也、尊厳也、顕幽皆貫徹する也、照智也、光明遍照十方世界也、日の朝也、大慈大悲五六七の神徳也。ラの言霊は、高皇産霊神也、霊系の大本也、無量寿の大基也、本末一貫也。
 サの言霊は⦿に事ある也、栄ゆ也、水の音也、水の精也。
 カの言霊は、蒙せ覆ふ也、光り輝く也、懸け出し助くる也。
 以上ヒラサカ四言霊の活用を約むる時は、尊厳無比にして六合を照し、世界を統一し以て仁慈を施し、霊系の大本神たる日の大神の本末一貫の徳と、万世一系の皇徳を備へ、⦿に変ある時は、水の精なる月光世に出で、皇国の栄えを守り、隠忍したる公憤を発して、駆け出し向ひ戦ひ、神威皇徳を世界に輝かすてふ、神軍の謂ひであります。
 また坂本は神国の栄え行く大元といふ事であります。大本といふも坂本の意義である。桃は百の意義で、諸々の武士といふ事であります。霊主体従日本魂の種子が乃ち桃の実であります。『三箇取りて待ち討ちたまひし』とは日本男子の桃太郎が、智仁勇に譬へたる、猿犬雉を以て、戦ふと云ふ事であります。猿は智に配し、雉は仁に配し、犬は勇に配するのであります。また三ツと云ふ事は、変性女子なる三女神の瑞霊の御魂であります。そこで三ツの御魂即ち十拳剣の精なる神の教に依て悠然として、待ち討ちたまうた時に、黄泉軍は悉く敗軍遁走して了つたと云ふ意義であります。
『爾に伊弉諾命桃子に告り曰はく。汝吾を助けし如、葦原の中つ国に、有らゆる現在人民の苦瀬に落ちて苦患む時に、助けてよと告りたまひて、意富加牟豆美命といふ名を賜ひき』
 茲に於て日の大神様から、聖なる至誠の団体や、三つの御魂に向つて、能く忠誠を尽し、国難を救うて呉れたと、御賞めになり、なほ重ねて世界人民が戦争の為に、塗炭の苦みを受けるやうな事が、今後において万一にも出来したら、今度のやうに至誠報国の大活躍をして、天下の万民を救うて遣つて呉れよ。汝にはその代りに意富加牟豆美命と名を賜うと仰せになつたのであります。このオホカムツミの言霊を奉釈すると次の如くであります。
 オの言霊は、霊治大道の意である。
 ホの言霊は、透逸卓出の意である。
 カの言霊は、神霊活気凛々の意である。
 ムの言霊は、組織親睦国家の意である。
 ツの言霊は、永遠無窮に連続の意である。
 ミの言霊は、瑞の身魂善美の意である。
 之を一言に約むる時は、霊徳発揚神威活躍平和統一高照祥光瑞霊神剣発動の神といふことであります。即ち惟神の大道を天下に宣伝する至誠至忠の聖団にして、忠良なる柱石神なりとの御賞詞であります。アヽ現代の世態に対し、神の大命を奉じて日本神国のために身心を捧げ、麻柱の大道を実行する大神津見命は、今何処に活躍するぞ。天下の濁流を清め妖雲を一掃し、災禍を滅し、世界万有を安息せしむる神人は、今や何処に出現せむとする乎。実に現代は黄泉比良坂の、善悪正邪治乱興廃の別るる大峠の上り口であります。
(大正九・一一・一 於五六七殿 外山豊二録)
(大正一一・二・一一 旧一・一五 谷村真友再録)
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【霊界物語誕生百周年】
大正10年(1921年)10月18日に王仁三郎が霊界物語の著述を開始してから
令和3年(2021年)10月18日で百年目を迎えます。
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