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文献名1霊界物語 第14巻 如意宝珠 丑の巻
文献名2第1篇 五里夢中よみ(新仮名遣い)ごりむちゅう
文献名3第4章 馬詈〔554〕よみ(新仮名遣い)ばり
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ小鹿峠の谷底につくと、音彦らが気絶しているのを見つけた。宣伝使たちは川の水を口に含んで気絶している三人に吹きかけた。まず音彦が気がついて、一同に礼を言う。天の数歌を唱えると、弥次彦、与太彦も目を覚ました。しかし弥次彦は、まだ幽界旅行の続きをやっている。与太彦は、弥次彦をポカリと殴って、ようやく弥次彦は現界に帰ってきたことに気がついた。一同は祝詞を上げて感謝を奏じた。日の出別命は神務のために失礼すると行って、またどこかへ行ってしまった。六人の宣伝使たちは、上着を脱いで弥次彦と与太彦に与えると、馬に乗って先に行ってしまった。後には弥次彦、与太彦と、先に三五教に改心した六の三人が残された。三人が歩いて行くと、途中で野馬の群れに出くわした。これに乗って先を行こうと馬を呼び止め、めいめい馬に乗った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年03月23日(旧02月25日) 口述場所 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年11月15日 愛善世界社版68頁 八幡書店版第3輯 182頁 修補版 校定版72頁 普及版32頁 初版 ページ備考
OBC rm1404
本文の文字数5614
本文のヒット件数全 3 件/ウラル教=3
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本文  日の出別神は、サル山峠の頂上に憩へる五人の宣伝使と六公の一行を率つれ、コシカ峠の谷底に蹄の音も勇ましく、轡を連らねて現はれたり。
 茲に音彦、弥次彦、与太彦の三人は、谷底の真砂の上に枕を並べて気絶して居る。一同の宣伝使は交る交る河水を掬ひ口にふくんで三人の面部に濺ぎかけた。音彦はウンと一声起き上がり、
音『オイ此処は何処だつたかなア、三途の川を渡つて天の八衢に進んだ積りだに、この川は何時出来たのか、また三途の川が此処へ転宅をしたのではあるまいか』
岩『これこれ音彦サン、あなた気絶して居たのですよ。ここはコシカ峠の谷底です、チト確りして下さい』
音『ウンさうだつたかなア、すつての事で幽界旅行地獄探険をやるところでした。ようまア助けに来て下さいました。未だ未だ現界にご用があると見えますなア』
岩『あるともあるとも、今斯様なところに国替して耐るものか、確りして下さい。之から遥々フサの都に到着してコーカス山に進まねばならぬ。途中に斃られては吾々は幸先が悪いですからなア』
 音彦は目を擦りながら、
音『ハア日の出別の神様その他御一同、妙な処でお目に掛りました。イヤお助けに預りました』
岩『音彦サンは、やつとの事で蘇生をして下さつたが、二人の方はまだ魂がへしが出来て居ない。皆さま一斉に魂呼びを致しませう』
 一同は声を揃へて一二三四五六七八九十百千万を四五回繰返せば、弥次彦、与太彦はムクムクと動き出したり。
音『ヨー弥次彦サン、気を付けたり。与太彦サン目を開けたり』
弥『銅木像奴が、また手を換へ品を換へ瞞さうと云つたつて、その手に乗るものかい。これ源五郎のサツク奴、三途川の鬼婆の代理を勤めたこの弥次サンだぞ。好い加減に改心せぬかい』
岩『これこれ弥次サン、確りせぬか』
『これこれ与太サン、確りせぬか』
与『何吐しよるのだ。源五郎のお化奴が』
音『オイオイ、弥次彦、与太彦の両人、此処は冥土ぢやないぞ、コシカ峠の谷底だよ』
弥『ヘン、馬鹿にするない、コシカ峠は疾の昔に空中滑走をやつて首尾よく帰幽したのだ。それから三途の川を渡つて天の八衢の銅木像を今遁走させた処だ。如何に亡者になつたとて、娑婆へ舞ひ戻る奴があるかい、俺は刹那心だ。一足も後戻りは、嫌ひだよ』
音『アヽ困つたものだなア、やつぱり亡者気分で居ると見える。コレコレ弥次サン、与太サン死んで居るのぢやないよ、生て帰つたのだよ』
弥『馬鹿を云ふな、死んだ者が二度死ぬ前例があるかい。生き返るも跳ねかへるもあるものかい、お前の修羅の妄執をサラリと捨てて、十万億土の旅をするのだ。顕幽境を異にしたこの幽界で幾何娑婆が恋しうても一旦往くところ迄往かねばならぬのだ。今は中有だ。やがて生有が来るであらう、それまでは幽界の規則を遵奉して神妙に旅行するのだ、ノウ与太公』
与『エヽ弥次サン、些と変ぢやないか、何だか娑婆臭くなつて来たやうだよ。日の出別の神様もお見えになつて居る。沢山の宣伝使も御列席だ。好い加減に目を醒まさぬかい』
弥『馬鹿云ふな、日の出別の一行は俺等よりも先に幽界旅行だ。銅木像の化の奴が日天様に頭を打ちよつて遁走した後へ現はれて来られたぢやないか』
岩『彼奴は一つ水の吹きやうが足らぬ、いつその事、身体ぐち此川へドブヅケ茄子とやつたらどうだらう』
 与太彦は泣き声を出して、
与『モシモシ宣伝使様、折角助かつたものを、ソンナ事をして貰つたら土左衛門になります。それだけは何卒許してやつて下さいませ。アーア弥次彦はなぜコンナに分らぬのだらうか、可愛さ余つて憎らしうなつて来たワイ』
と与太彦は力限り鼻を捻上げる。
弥『アイタヽヽ、冥土へ来ても未だ改心をせずに俺の鼻を捻ぢよつて、貴様きつと地獄の鼻責に遇はされるぞよ』
一同『アハヽヽヽ』
弥『何だ、人が鼻を摘まれて苦しんで居るのに、敬神の道を伝ふる宣伝使たるものが、可笑しさうに笑ふと云ふ事があるものか。冥土の道連に貴様の命も奪つてやるのだけれど既に死んだ奴だから奪る命もなく、エヽ残念な事だ。鬼にでも遇つたら全部告発してやるからさう思へ』
与『エヽ仕方の無い奴だナア。此奴甦りそこねよつて、身魂の転宅をやらかし発狂しよつたな』
と拳骨を固めて横面をポカンと撲る。その勢に弥次彦はヒヨロヒヨロとひよろつき、石に躓きばたりと倒けた。
弥『アイタヽヽ、やつぱり痛い事が分る哩、さうすると未だ娑婆に居つたのかいなア。ヤア日の出別さま、鷹サン、岩サン、梅サン、駒サンに音サン、与太彦に、もう一匹のお方』
音『アーア、お前はそれだから困るのだ。性念がつくと直他のお方を捉へて一匹だなんて口の悪い男だナア』
弥『ヤア矢張本当だ。コシカ峠の谷底だつたワイ』
一同『気が付いた、気が付いた。サア祝に祝詞の奏上だ』
と一同は真裸となつて川に飛び込み、御禊を修し天津祝詞を奏上する。
日『オー思はぬ時間を費やした。コーカス山の神務が忙しい。吾々はお先に失敬する、皆様悠り後から来て下さい』
と云ひながら馬の手綱を掻い繰り空中目蒐けて鈴の音、轡の音勇ましく、シヤンコシヤンコと空中指して昇り行く。
岩『ヨー遉は日の出別の神さま、天馬空を行くと云ふ離れ業は、吾々の如き力の無い宣伝使では到底望まれない。皆サンこれからフサの都に急ぎませう。弥次彦、与太彦、モ一人のお方、悠り後から来て下さい』
 六人の宣伝使は轡を並べて駆け出さむとする。弥次彦は馬の轡をぐつと握り、
弥『マア待つた待つた、二人の裸人はどうして下さるのだ』
岩『みな一枚づつ脱いで借して上げませうか』
一同『宜敷からう』
と上着を一枚づつ脱ぎ、
一同『三人様、後から悠り来て下さい。貴方は二本足、吾々は四本足に乗つて居るのだから、到底追つけない。フサの都で待つて居ます』
と駿馬に鞭ち雲を霞とかけ去りにける。
弥『アア世の中は妙なものだワイ、三途川の鬼婆が、裸体の吾々を捉へて衣服が無ければ親譲りの皮衣を出しよらぬかと吐しよつたに、遉は三五教の宣伝使、立派な着物を脱ぎ捨てて惜し気もなく二人に与へて往つてしまつた。オイ与太、羽織ばかり貰つたところで、仕方が無いぢやないか、帯もなし、袴もなし、生憎針も糸も持つて居ないから、仕立直すわけにも行かず、アヽこれだから独身生活は困ると云ふのだ。青瓢箪のやうな嬶はあつても、高取村まで帰らねばお目に懸る訳にも行かず、電話でもあつたら掛けて呼び寄せるのだけれど、仕方がないなア』
与『良い事がある、羽織を倒まにして袖に両足を突込めば立派な袴が出来る。さうして上に羽織を着るのだ、もう一枚の羽織を前後にして着さへすれば好い、何と妙案だらう』
弥『妙案々々、しかし帯は如何するのだい』
与『帯は其辺の蔓をむしつて臨時代用だ。これを着て久し振り女房の家へ帰り、門口に立つて、女房喜べ、背中がお腹になつたぞよ、とかますのだ。そこで女房の奴、一つ逃れて又一つ』
弥『オイオイソンナ滑稽を云つて居る場合ぢやないぞ、ソンナ事は五十万年後未来の十九世紀とか云ふ時の、ガラクタ人間の近松とか出雲とか何とか云ふ坊主上りが作る文句だ。今は天孫降臨前の原始時代だ。未来の夢を見る奴があるかい』
与、六『ウフヽヽヽ』
弥『お前は何処から降つて来たのだ、何といふ男だい』
六『ハイ、私は六といふ男でございます』
弥『何うせろくでも無い奴だと思つて居つた。ろくろくに挨拶もしよらぬと何だい、その六ケしい顔は』
六『どうぞ以後お見知り置かれまして、お六つまじう末長く御交際を願ひます』
与『アハヽ此奴は面白い、三人世の元だ、いよいよ之からコシカ峠の四十八坂を跋渉し、ウラル教の奴輩を片端から言向け和し、フサの都に凱旋をするのだ。何時迄もコンナ谷底に呆け顔してウヨウヨして居るのも気が利かない。さあさあ馬丁、馬の用意だ』
六『馬ア何処に居りますか』
弥『何、膝栗毛だ。心の駒に鞭打つて敵の牙城に突撃を試むるのだ。一二三四、全隊進めツ』
与『オイオイ弥次公、四とは何だ、三人より居ないぢやないか』
弥『馬鹿云ふな、守護神がついとるぞ、サア詔直して今度は一人二人で勘定だ。俺が一つ標本を出してやらう、俺が、一人二人三人四人 五匹六匹 七人 八匹九匹 十人 十一匹十二匹、と斯う云ふのだよ』
与『怪体な勘定だな、何故ソンナ人と匹とを混合するのだい』
弥『極つたことよ、人間が三人に守護神が三人、四つ足が六匹だ、貴様等の守護神は一匹二匹で沢山だよ』
与『馬鹿にしよる、エヽ仕方がない、一匹でも連が多い方が道中は賑やかだ、オイ六人六匹突喊々々』
と馬鹿口を叩きながら絶壁を、木の株を力に坂道まで漸く辿り着いた。
弥『アヽ此処だ此処だ、ウラル教の奴、数百人をもつて吾々を囲みよつた所だ。弥次サン与太サンの古戦場だ。亡魂が此辺に迷ふて居るかも知れぬ。記念碑でも建ててやらうかい』
与『アハヽヽ、好く洒落る奴だナア』
六『之から先には四十八坂と云ふ大変な峻い坂がありますぜ、まア悠りと此処で休息して行きませう、大分に長途の旅で疲れましたからなア』
弥『馬鹿にするない、長途の旅か一寸の旅か知らないが、今此処の谷川から漸く此処まで登つて来たばかりぢやないか』
六『私は宣伝使のお伴をしてサル山峠の頂上から七八里の道をテクツて来ました、足が草臥れて居ます、一寸一服さして下さいな』
弥『何だ、八里や十里歩いたつてそれ程苦しいか、俺たちは今十万億土の旅をして来たところだ。それでも俺のコンパスはコンナものだい。アハヽヽヽ』
 かく雑談に耽る折しも、数千頭の野馬群をなして此方に向つて駆け来る。
六『ヤア有難いものだ。天の与へた野馬に乗つて往く事にせう、鞍もなし裸馬に乗るのは野馬なものだが、仕方がないワ、もしも野馬と一緒にこの渓谷に辷り落ちて又もや弥次サンや、与太サンのやうに冥土の旅をするやうになつたら後世の人間が此処は六道の辻の六公の終焉地だ。野馬の落ちた処や、野馬渓だと記念碑でも建てて名所にするかも知れぬぞ。オイ、野馬公の奴、六サンの仰せだ、馬匹点検だ、全隊止まれ。ヤアこの野良馬奴、吾輩の言霊を馬耳東風と聞き流しよるナ、余り馬鹿にするない』
馬『モシモシ三人の足弱サン、私に御用ですか、賃金は幾何出します』
六『ヨー此奴、勘定の高い奴だナ、ウラル教だな。世が曇つて来ると馬までが化けよつて人語を使ふやうになつて来る哩、もう世の終りだ』
馬『馬でも物を言ひますとも、狐でも狸でも物を云つてるぢやないか』
弥『何処に狐や狸が物を云つてるかい』
馬『お前サンの腹の中から副守護神とか云つて喋つて居るよ。狐が物言ふのに馬が物云はれぬと云ふ規則があるか、お前も聞いて居るだらう「馬が物云ふた鈴鹿の坂で、お三女郎なら乗せうと云た」この馬サンも女なら乗せたいのだけれど、ソンナ欠杭の化け物見たやうな唐変木を乗せるのは些と背が痛い。しかしお三の変りに狐三匹乗せてやらうか、お前のやうな奴は、世間から「狐を馬に乗せたやうな奴」だと云はれて居るから名実相伴ふ、言行一致三五教の教理の実現だ。どうだ、この馬サンのヒンヒン、ヒントは外れはせまい』
六『馬いこと吐しよる、馬鹿々々しいが、今日は弥次彦、与太彦サンの御命日オツトどつこい再生日だから、お慈悲で乗つてやらうかい、貴様もこれで後の世には人間に生れて来られるワ、宣伝使を乗せた御利益と云ふものは偉いものだぞ』
馬『人間を乗せるのなら有難いけれど、狐や狸の容器を乗せるかと思へば情なくなつて来た。ヒンヒンヒン、貧ほど辛いものがあらうか、四百四病の病より、辛いのは狐狸に使はれる事だ。アヽ慈善的に四十八坂を渡つて野馬渓の実現でもやつて、末代名を残さうかな』
弥『こりや怪しからぬ、迂濶乗れたものぢやないぞ』
馬『人には添ふて見い、馬には乗つて見いだ、サア早く乗らぬかい、貴様は毎時真つ暗な処へ嬶アの目をちよろまかして、金を盗んで、行灯部屋に放り込まれ、終には馬をつれて帰る代物だよ。馬に送つて貰ふのは、一寸願つたり叶つたりだ、ヒンヒンヒン』
三人『エヽ八釜しい哩、それほど頼めば乗つてやらう』
と、数十の馬を目蒐けて飛びついた。
弥『ヤア此奴は宛が違つた、睾丸のある奴だ。同じ乗るのなら牝の方に乗り換へてやらうか、身の過失はのり直せだ』
馬『ドツコイ、さうは行かぬぞ、乗りかけた船ぢやない馬だ。もうかうなつては此方の者だ、鷲掴の源五郎のやうに、急阪になつたら前足を上げてデングリ返つて背で腹を潰してやるのだ。ヤア面白い おもしろい』
与『俺のは牝だ、此奴は些と温順しいらしいぞ』
六『俺のも牝ぢや』
弥『ヤイ八釜敷いわい、馬がヒンヒン吐してビン棒籤を抽いて困つて居るのに、貴様迄が同じにヒンヒンと吐すな、ヒンの悪い』
 数多の馬声を揃へて、
『ヒンヒンヒン、ヒンヒンヒン』
(大正一一・三・二三 旧二・二五 加藤明子録)
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【霊界物語誕生百周年】
大正10年(1921年)10月18日に王仁三郎が霊界物語の著述を開始してから
令和3年(2021年)10月18日で百年目を迎えます。
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