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文献名1霊界物語 第18巻 如意宝珠 巳の巻
文献名2第3篇 反間苦肉よみ(新仮名遣い)はんかんくにく
文献名3第10章 赤面黒面〔638〕よみ(新仮名遣い)せきめんこくめん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-03-07 03:18:22
あらすじ帰ってきた梅公は、黒姫に、自分は因縁の身魂だから、とつっかかる。黒姫は梅公をたしなめて、綾彦・お民に初の宣伝を聞かせるのだから、お前たちも聞くように、と言って宣伝歌を歌う。黒姫はこのあと、百日百夜宮川の滝に禊をなし、高山彦と一緒にいったんフサの国に戻って高姫に報告をした。高姫は自転倒島に戻り、衣懸松の下に庵を結んで三五教覆滅を企んでいた。また由良の港の秋山彦の館に入って鍵を盗み、如意宝珠を呑み込んで逃げ出した。黒姫はそれと行き違いに自転倒島の魔窟ケ原に戻ってきたが、夏彦、常彦らがウラナイ教を見限って出て行ってしまった。それというのも、黒姫と高山彦はもともと夫婦であったが、黒姫が独身主義を標榜して宣伝をしていた手前、夫があるとは信者たちに言えなかった。そこで、神界の都合と称して高山彦を婿入りさせたために、信望を失ったのである。綾彦は魔窟ケ原で黒姫の身辺を世話し、お民は高城山の松姫の侍女となった。しかしウラナイ教では綾彦・お民の素性を知らず、普通の信者として遇していた。黒姫が綾彦を共にまたもや宮川で禊中、青彦一行と出会い、青彦一行は何を思ったかにわかにウラナイ教に寝返ったため、黒姫は意気揚々として魔窟ケ原に戻ってきた。黒姫は高山彦に青彦らを紹介する。黒姫が紫姫にウラナイ教の心得を説いていると、板公と滝公が帰ってきた。板公と滝公は、黒姫の命令でお節を捕まえに行ったが失敗した旨を報告する。黒姫は板公、滝公の無体に怒って叱り付ける。紫姫が、お節は自分たちが助け出して、青彦と共にここに来ている、と言うと、板公と滝公はあわてて逃げ出していく。黒姫は泣きまねをして紫姫の手間をごまかした。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年04月26日(旧03月30日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年2月10日 愛善世界社版160頁 八幡書店版第3輯 696頁 修補版 校定版165頁 普及版72頁 初版 ページ備考
OBC rm1810
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本文の文字数9048
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本文  谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、
梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』
黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』
梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』
黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』
梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』
黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』
梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』
黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』
梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』
黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』
梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』
黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』
梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』
黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』
と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。
『昔の昔その昔  遠き神代の初めより
 国治立の大神は  千座の置戸を負ひ給ひ
 世を艮に隠れまし  三千年の其間
 苦労艱難遊ばして  此世を永久に開かむと
 種々雑多と身をやつし  蔭の守護を遊ばされ
 ミロクの御代を待ち給ふ  時節参りて煎豆に
 花咲く御代となりかはり  変性男子の御身魂
 道具に使ふて昔から  末の末まで見通され
 尊きお筆を出しまし  世に落ちぶれた神々を
 今度一緒に世にあげて  それぞれお名を賜ひつつ
 神の御用に立て給ふ  時節来たのを竜宮の
 乙姫様は活溌な  御察しの良い神故に
 今まで生命と蓄へた  金銀、珠玉、珊瑚珠も
 残らず宝投げ出して  大神様へ献つり
 穢ない心をスツパリと  海へ流して因縁の
 身魂と現れし黒姫を  神政成就の機関とし
 現はれ給うた尊さよ  今まで竜宮の乙姫の
 醜しかつた御霊丈  系統の身魂に憑られて
 懺悔遊ばし一番に  改心なされた利巧者
 三千世界の世に落ちた  神々さまは竜宮の
 乙姫さまを手本とし  力一杯身魂をば
 磨いて今度の御大謨に  お役に立つた其上で
 それぞれお名を頂いて  結構な神と祀られる
 三千世界の梅の花  一度に開くと云ふ事は
 永らく海の底の底  お住居なされた竜宮さま
 肉のお宮にをさまりて  広い世界の民草に
 誠一つのお仕組を  現はしなさるお働き
 日の出の神と引つ添うて  今度の御用の地となり
 神の大望成就させ  天にまします三体の
 大神様へ地の世界  斯うなりましたとお目にかけ
 お手柄遊ばす仕組ぞや  此お仕組は三五の
 神の教を厳御霊  変性男子の筆先に
 くまめる様に書いてある  其筆先の読み様が
 足らぬ盲のミヅ御霊  変性女子が混ぜ返し
 蛙の行列向ふミヅ  瑞の御霊と偉相に
 日の出神の筆先を  何ぢや彼ンぢやとケチをつけ
 黒姫までも馬鹿にする  され共此方はどこまでも
 耐り耐りて出て来たが  余り何時まで分らねば
 是非に及ばず帳を切り  悪の鑑と現はして
 万劫末代書き残す  変性男子は唯一人
 変性女子も亦一人  それに何ぞや三つ御霊
 三つもあつてたまるかい  此事からが間違ひぢや
 変性男子は経の役  変性女子は緯の役
 経と緯とを和合させ  錦の機を織る仕組
 日の出神が地となりて  竜宮様のお手伝ひ
 今度一番御出世を  遊ばす事を知らないか
 必ず必ず三五の  緯の教に迷ふなよ
 経が七分に緯三分  これでなければ立派なる
 誠の機は織れないに  三五教の大本は
 次第々々に紊れ来て  経が三分に緯七分
 変性男子は先走り  変性女子は弥勒さま
 何ぢや彼ンぢやと身勝手な  理屈を並べて煙に巻く
 此儘棄てて置いたなら  変性男子の永年の
 艱難苦労も水の泡  水の泡にはさせまいと
 系統の身魂を選り抜いて  日の出神が現はれて
 誠の筆先書きしるし  一度読めよと勧むれど
 変性女子の頑固者  どうして此れが読まれよかと
 声を荒立て投げつける  それ程厭なら読までよい
 後で吠面かわくなと  言うて聞かしてやつたれど
 訳の分らぬ頑固者  神の恵を仇に取り
 何ほど親切尽しても  モウこの上は助けやうが
 無いと悔みて高姫が  何時も涙をポロポロと
 零して御座るお慈悲心  それに続いて分らぬは
 金勝要の大御神  この肉体もド渋とい
 まだまだ渋とい奴がある  仮令大地は沈むとも
 生命の綱が切れるとも  日の出神の筆先は
 当にならぬと撥ねつける  木の花姫の生宮と
 嘘か本真か知らねども  現はれ出でた男女郎
 火が蛇になろがどうしようが  改心させねば置くものか
 縦から横から八方から  探女醜女を遣はして
 いろいろ骨を折るけれど  固より愚鈍な生れつき
 石の地蔵に打向ひ  説教するよな塩梅で
 どしても聞かうと致さない  木の花姫の肉体を
 改心させねば何時までも  神の仕組は成就せぬ
 ウラナイ教も栄やせぬ  サア是れからは黒姫の
 指図に従ひ身をやつし  千変万化に活動し
 一日も早く因縁の  身魂を改心さす様に
 祈つて呉れよ黒姫も  これから百日百夜は
 剣尖山の谷川の  産のお水で身を清め
 一心不乱に祈念する  アヽ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』
と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、
『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』
と泣き崩れる。
 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。
    ○
黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』
鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』
と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。
黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』
高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』
青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』
高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』
青彦『決して決して、御心配下さいますな』
高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』
青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』
紫姫『ホヽヽヽヽ』
と袖に顔を隠す。
黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』
青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』
黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』
紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』
黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』
紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』
黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』
紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』
黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』
 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。
黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』
『ハイ左様で御座います』
黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』
滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』
黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』
滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』
黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』
滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』
黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』
板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』
滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』
黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』
滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』
 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。
滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』
黒姫『ウーム ウーム』
と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。
紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』
『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』
紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』
滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』
と滝は駆出す。板も続いて、
『オイ合点だ』
と後を追ふ。黒姫は、
『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』
 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、
『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』
と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。
 紫姫は気の毒がり、
『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』
黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』
と泣き真似をする。
紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』
黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』
紫姫『ハイ有難う』
と互に寝に就きにける。
(大正一一・四・二六 旧三・三〇 松村真澄録)
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