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文献名1霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻
文献名2第2篇 運命の綱
文献名3第6章 梅花の痣〔668〕
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ松鷹彦は川漁をさっぱりと止め、武志の宮の社務所に移転して、宗彦・お勝とともに神に仕えることとなった。
田吾作とお春は、松鷹彦の話を聞くべく、参拝の後に立ち寄った。田吾作は、松鷹彦が神主に専念するようになってから、村がうまくいくようになった、という。そして、村人が、宗彦とお勝を養子にして後を継がせたらどうか、と話題にしていると伝えた。
お春も老後の面倒を見る者がいた方がよい、と勧めるが、松鷹彦は固辞する。田吾作は、松鷹彦には子供は無かったのか、と問う。
松鷹彦は、自分は紀の国の者だが、昔悪者が横行した時代に、二人の息子と一人の娘を奪われてしまい、生き別れになってしまったのだ、と明かした。それから十五六年前にこの村にやってきて、村人の情けで婆と暮らしていたのだ、と語る。
宗彦はそれを聞いていて、実は自分も元は紀の国生まれだと聞いているのだが、幼い頃に悪者にさらわれてきて、岩窟に閉じ込められていたのだ、と明かした。そして、兄弟がやはり三人いたこと、立派な神様に岩窟から助けられたが、その神様から浪速の里に出て苦労せい、と命じられたことを語った。
松鷹彦は自分の子供には、腋の下に、梅の花の形の痣がある、と語り、宗彦に痣がないか聞いた。宗彦は痣を見せる。松鷹彦は、宗彦が自分の息子・竹(竹公)であることを知った。
松鷹彦と宗彦は、思わぬ親子の対面に、感動の涙に咽んでいる。松鷹彦は、娘のお梅には、へその上に三角形に並んだ三つの黒子があるはずだ、と言う。それを聞いたお勝は、心当たりがありながら、宗彦と夫婦となってきたことから、名乗りもならずにひとり心を痛めている。
田吾作は感動の対面にはしゃぎだした。松鷹彦が、まだしばらくは村人に言ってくれるな、と止めるのも聞かず、おめでたいから村中でお祝いをするのだ、と飛び出した。
田吾作は真っ先に、天の真浦宣伝使に聞かせようと、逗留中の留公の屋敷に向かった。慌て者の田吾作の報告に、留公と真浦は混乱して話がかみ合わない。
そこへお春が追いついて、宗彦が松鷹彦の生き別れの息子であることがわかった、と報告した。その報告を聞いて、真浦は手を組んで思案にくれている。
田吾作は真浦の様子を見て、禊のときに真浦の腋の下にも、梅の形の痣があったことをはたと思い出した。田吾作は、松鷹彦のもうひとりの息子は真浦だと断定すると、今度はそのことを松鷹彦に注進するのだ、と武志の宮に駆け出した。
真浦は、まだそうと決まったわけではないと、留公に田吾作を止めてくれるように頼んだ。田吾作は慌てたはずみに崖下の畑に転落した。そこに留公がやってきて、自分の畑の麦をつぶした、と非難する。
ちょうどそこに松鷹彦が杖をついてやってきた。田吾作は、真浦にも梅の痣があることを松鷹彦に告げた。松鷹彦は半信半疑ながらも、何か胸に期するところがあるもののごとく、武志の宮に引き返して行った。
今度は真浦が、武志の宮に向かっていくのが見えた。留公と田吾作はその後を追う。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年05月13日(旧04月17日) 口述場所 筆録者外山豊二 校正日 校正場所
OBC rm2006
本文の文字数7862
本文のヒット件数全 1 件/海=1
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本文  松鷹彦は今迄飯よりも好きであつた漁を断念し、武志の宮の社務所に居を転じ、宗彦、お勝の両人と共に朝夕神に仕へ、且三五教の教理を細々乍ら伝へてゐた。田吾作、お春の両人は御宮の参拝を兼ね、爺さんの話を聴く可く立寄つた。
田吾作『お爺さま、お前さまも此頃は大分に村中の評判が善くなつたぞい。朝は早うから御祝詞の声が聞えるお蔭で、村中が無病息災で全く松鷹彦様のお蔭だと言うてゐますぞや。尚宗彦さま、お勝さまの評判も仲々よろしい。併し村の者の話には、お前さまが此処へ来て神主になられてから、随分年も経つたが、お竹さまは亡くなり、後には女房子の無い一人のやもを暮し、本当に御気の毒だ。一層の事宗彦さまとお勝さまを子に貰つて、後を継がしたら如何だらうかとチヨイチヨイ村人の話頭に上りかけましたよ』
松鷹彦『私は最早三五教へ這入つてから、今迄の執着心をすつかりと除つて了ひ、幽界の結構なことも悟つたのだから、後継を貰つて心配をするよりも一層一人で余生を送る方が何程気楽だか知れやしない。此やうな老耄れた爺の子になつて呉れる者は恐らく広い世界にありますまい。私が亡くなつた時は滅多に捨てて置きはせまい。村人の情で何処かへ葬つてくれるだらう。それよりも幽界に行つて姿と一緒に暮す方が、現世に執着心が残らなくてよい』
お春『お爺さま、そりやそうだがお前さまがもしも病気になつた時には、矢張り世話をして呉れるものがないぢやないか。何程村のものだつてさうお前さまの病気に付添うて看病する訳にも行くまい。野良の暇の時ならば兎も角も、田植の最中や、稲刈りの最中に患ひでもなさつたら、それこそ仕方がありますまい。なんとか後継をこしらへて置きなさい』
松鷹彦『イヤもう藁の上から育てた子供なれば、なんとか無理を言つて介抱もして貰へるだらうが、俄に貰つた息子に対して、さうヅケヅケと言へるものでもなしに、却て遠慮をせなくちやならない様なものだから、もう何卒それだけは勧めて下さるな』
田吾作『お前さま、子は無かつたのかい』
松鷹彦『私は元は紀の国で生れたものだが、素盞嗚尊様が高天原を神追ひに追はれて遠い国へ御出ましになつた其時に、世の中は一旦は常暗の夜になつた事がある。其の時だつた、悪魔が横行して男二人、女一人の三人の子供を何者にか攫はれて了ひ、女房と二人が泣きの涙で、十五六年前に此処へ出て来て村人の情に依つて、此の宮守をさして貰ひ余生を送つて居るのだ。アーア我が子は如何なつたであらう。今迄は女房や子の事は好きな漁に心を紛らして忘れてゐたが、こんな話が出ると又思ひ出す』
と涙含む。宗彦は、
宗彦『モシお爺さま、貴方は今紀の国のものだと仰有いましたな。一体何の辺でございます』
松鷹彦『私は熊野の生れだ』
宗彦『ハテ不思議なことを承はります。私も実の所両親がわからず、他人から熊野辺の生れだと子供の時分に聞いたことがあります。私は大台ケ原の山奥の巌窟に悪神に攫へられて、長らく閉ぢこめられて居りました。其処へ立派な神様が現はれて、「お前はこれから浪速の里へ往て苦労せよ。一人前になつたら世界を順礼せい」と仰有いました。それを未だに夢のやうに覚えて居ります。さうして私も兄弟が三人あつたさうです。何処へ行つても親もなければ兄弟もない者は、誰も可愛がつては呉れず、漸く成人して牛馬にも踏まれないやうになつた頃から、徐々酒を呑み、そこら辺りへ養子にも幾度か行つて見、又家も持つて見ましたが、何分子供の時分から乞食のやうに、其処中を彷徨うて育つて来たものですから、家を持つの、養子に往くのと云ふことは窮屈でツイ飛び出し、自棄酒を呑んで女房に心配をかけ、沢山の女房を先立たしました。或人に聞けば私は丙午の年に生れたとかで、女に祟る身魂ぢやさうです。私も今は斯うして若いが、子が出来ないのでお爺さまのことを思ふにつけ、先が案じられてなりませぬ』
松鷹彦『お前さま、腋の下に梅の花のやうな痣がありはせぬかなア』
宗彦『そりや又貴老は何うして御存じですか』
松鷹彦『イヤ私の子供は男の方は二人とも梅の花の痣が付いて居る。兄は左の腋の下、弟の方は右の腋の下にハツキリと出てゐた筈ぢや。それを頼りに夫婦連れ、四五年が間探して見たが、人を捉まへて一々裸体になつて腋を見せて呉れと言ふ訳にも行かず、夏になると水浴場へ往つて、わが子の年輩位な人の腋の下を一々調べて見たが、何を言つても見え難いところ、温泉へ行つても見当らず、これ位心配したことは無い』
と又俯向く。
宗彦『お爺さま、私の右の腋の下に何だか花のやうな型がありますが、一寸見て下さらぬか』
 松鷹彦はビクリツと身を自然的にしやくり乍ら、
松鷹彦『ドレドレ一寸見せて下さい。アーアほんにほんに擬ふ方なき梅の花の痣、五弁の梅が上の方は少し欠けて居つたが、矢張り欠けて居る。さうするとお前は竹と云ふ男ぢやなかつたか』
宗彦『ハイ子供の時は竹と云ひました。バラモン教から宗彦といふ名を貰つたのです』
 田吾作は二人の顔を見較べて見て、
田吾作『お爺さま、頭の恰好と云ひ、小鼻のつんもりとした辺から耳の塩梅、よく似てをるぢやないか。ヒヨツとしたらお前さまの子ぢやあるまいかな』
松鷹彦『擬ふ方ない私の息子だ。アーこれ宗彦、ようマア無事で居つて呉れた。これと云ふのも矢張り神様の御神徳だなア』
と泣き伏す。
宗彦『お父さまでございましたか、存ぜぬこととて御無礼を申しました。どうぞ許して下さいませ』
と宗彦は、カツパと伏して嬉し泣きに声を上げて泣く。お勝は手を組み思案に暮れ乍ら、松鷹彦を抱き起し、
お勝『モシモシお爺さま、貴老、一人の息女があつたと仰有いましたなア、其の息女さまには何か特徴は有りませぬか』
 松鷹彦は声をかすめて、
松鷹彦『息女の特徴と云ふのは、臍の上に三角形なりに黒子が行儀よく出来て居たやうに覚えて居る。アーア一人の伜に廻り合つて嬉しいが、兄の松や、お梅は何処の何処に暮して居るであらうか。一つ叶へば又一つ、折角除れた執着心が再発して来た、ほんに苦しい浮世だなア』
と打沈む。お勝の胸にグツとこたへたのは臍の上の三角形の黒子、宗彦と夫婦になつて暮して来た関係上、名乗りもならず、一人胸を痛めてゐる。
松鷹彦『妙なことを訊ねるが私の心のせいか、何となくお前が恋しいやうな気がしてならぬのだ。竹に何処ともなしに似たやうな所もあり、女房のお竹にも何処か似て居るやうだが、若しや私の息女ではあるまいか』
 お勝は口ごもり乍ら、
お勝『私も親も兄弟もあつたさうですが、行方は今にわかりませぬ。併し乍ら今貴老の仰有る黒子はありませぬ』
松鷹彦『アーさうかな、それは幸ひだつた。万一娘だとすれば血族結婚になり、天則違反で神様に罪せられるから、可愛さうだがマア兄妹でなくて結構だつた』
お勝『兄妹の結婚はそれ程罪が重いのですか。併し乍ら万一知らずに結婚をしたら、それは如何なります?』
松鷹彦『サア、それは何とも私にはわからない。余り例の無い事だから、この年になつても聞いたこともなし、三五教の真浦さまにも教へて貰つたこともないのだから』
宗彦『知らぬ神に祟りなしと云ふぢやありませんか。万一世間にそんな夫婦があるとしても、慈悲深い神様は屹度赦して下さいませう』
 お勝は両の袂を顔に当て、身を悶えて泣いて居る。
田吾作『コレコレお勝殿、結構な父子の対面にお前さまが泣くと云ふことがあるものか、ハー羨りいのだなア。宗彦さまは焦れて居つたお父さまに会うて嬉しからうが、私は何時になつたら会へるだらうと思ひ出して泣くのだな。マヽヽ何事も神様に任して時節を待ちなさい。屹度信心の徳に依つてお父さまや、お母さまが現世にござつたら、会はして下さるでせう』
お勝『ハイ有難うございます。よう云つて下さいました。折角親子の……イエイエ親と子と御対面なさつて喜んでゐられるのを御喜びもせず涙を零して見せました。誠に済まぬことでございます。何卒お父様否宗彦さまのお父様、どうぞ私も子の様に思うて可愛がつて下さいませ。これからは打つて変つて親のやうに思つて孝行致します』
松鷹彦『アヽよう言うて下さつた。私も他人のやうには、どうしても思へない。親子も同然互に親切を尽し合うて神様の御用を致しませう』
 三人は嬉し涙に暮れて、暫時無言の儘沈黙の幕が下りた。春の日は晃々として武志の森の千年杉の梢にかかつてゐる。烏は卵を孵化し、雌雄互に飛び交ひ、餌を漁つて子烏に与へてゐる。子烏は黄色い口を裂ける程開けてゐる。
 田吾作は性来の慌者、
田吾作『ヤア爺さま、宗さま、親子の対面御芽出度う。ドーレこれから帰つて御祝ひでも持つて来ませう。オイお春さま、お前も何か祝はにやなるまい。さア帰らう』
松鷹彦『モシモシ田吾作さま、お春さま、どうぞ暫らく村の人に言うて下さるな。又騒がせると気の毒だから』
田吾作『何を爺さま仰有るのだ。地異天変、手の舞ひ脚の踏む所を知らざる大観喜天様の御来迎、これが黙つて居られますか。サアお春さま、早く早く』
と促し、爺の呼び留るのも聞かばこそ、捻鉢巻をグツと締め、尻ひん捲り、我家を指して馳帰る。
松鷹彦『アーア親切な男だ。ようちよかつく人だが、併し彼れ位心のキレイな方はない、アー見えても心は確りして居る。村中の賞めものだ。どうぞ好い嫁さまをお世話して上げたいものだ』
 一方田吾作は何よりも早く留公が離家に居る真浦の宣伝使に報告せむとし、
『大変大変』
と道々呼ばはり乍ら、近所に火事でも起つた様な周章方で走つて来た。留公は鍬を担げて門口へ出ようとするところであつた。
 田吾作は、
『オイ留公、貴様は鍬を担げて何処へゆくのだ。大変だ、地異天変だ、欣喜雀躍手の舞ひ、脚の踏む所を知らぬ大事件が突発した。サアサア早く貴様も用意をせぬかい、何をグツグツしてゐるのだ、野良仕事位は休んでも好い。天変だ天変だ』
と地団太ふんで踊り廻る。
留公『貴様さう云つたつて理由も言はずに解らぬぢやないか。一体なんだい』
田吾作『なんだつて解つとるぢやないか。芽出度いことだ。タヽヽ大変だ。早く宣伝使の真浦さまに取次で呉れ』
留公『そら取次がぬ事は無いが、ちつと落ちつかぬかい。詳細に報告せなくては事件の真相どころか、端緒も探れぬぢやないか』
田吾作『エー邪魔臭い、愚図々々して居ると喜びが何処かへ消滅して了ふと大変だ。邪魔ひろぐな』
と無理矢理に真浦の居間に走り込んだ。
真浦『田吾作さま、大変な勢ひで何事が起つたのだ』
田吾作『何事が起つたもあるものか。梅ぢや梅ぢや、梅の花ぢや』
真浦『梅だと云つたつて解らぬぢやないか。梅が必要なら裏に沢山なつてゐる。トツトとむしつてゆかつしやれ』
田吾作『そんな事どころか。梅と云つたら梅ぢやな。合点の行かぬ宣伝使だな。親子の対面だ』
 斯かる処へ留公は跡を追つて走り来り、
留公『オイ田吾作、貴様は気が違ひ居つたのか。チト確りせぬかい』
と背中を握り拳で二つ三つ叩いた。
田吾作『アイタヽヽ、腕が抜けるやうな目に会はせやがつた。オーそれそれ かひなぢや、かひなぢや かひなぢや』
と腋を左の食指で頻りに指し示す。
真浦『腕が何うしたと云ふのだい』
田吾作『腕に梅の花が咲いたのだ。五弁の上の奴がちよつと欠けて居る。それで親子の対面だ。武志の森の社務所で腕に咲いた梅の花、三千世界一度に開く梅の花のやうな喜悦だ』
真浦『とんと合点が行かぬ哩。田吾さま、もうチツト落ちついて云つて下さい』
田吾作『他人の乃公まで、あまり嬉しうて、これが何うして落ちつけよう。梅ぢや梅ぢや。武志の森まで往つて見りや解る』
真浦『益々解らぬことを云ふぢやないか』
と訝かし相に首を傾ける。其処へお春が遅れ馳せにやつて来た。
お春『モシモシ大変な喜びが出来ました。田吾作さまに大体のことは、御聴きでせうから私が申上げるものも二重ですが、本当に結構でございますよ。松鷹彦のお爺さまも到頭親子の対面をなさいました』
真浦『何ツ、お爺さまが親子の対面、して其子と云ふのは誰のことだな』
お春『彼の此間行者になつて出て来た宗彦さまが、お爺さまの子だつた相です。右の腋の下に梅の花の痣があつたので、それで親子と云ふことに気が付いたのです。彼の方は紀の国の生れで、名前は竹さまとか云つたさうです。さうしてまだ松さまといふ兄があり、お梅さまといふ妹があるさうです。それは未だ分りませぬ。併し乍らお爺さまは竹さまに会つたので大変な御喜び、どうぞ貴方も早く武志の森迄いつて神様に御礼を申して下さい。村中明日は総休みをして御祝ひをせなくてはなりませぬから』
真浦『何ツ、三人兄妹、さうして竹と云ふのが彼の男か』
田吾作『オーさうぢやさうぢや、なにを愚図々々して居るのだ。早くいきなさらぬか。お春さま女だてら構はひでも好いワ。早く帰つて御馳走の用意をせないか』
 お春は『ハイ』と答へて足早に立ち去つた。真浦は手を組み、
真浦『ハテナ』
と云つたきり、深き思案に沈むものの如くである。
田吾作『ハテナもあつたものかい。サアサア御輿を上げたり上げたり。お前さまは斯んな芽出度いことが何とも無いのか。何を愚図々々してゐるのだ。それだから私に鍬の尖で指を斬られるやうな事が出来るのだ。サア早う早ういつてお呉れなさい』
 真浦は何故か太き息を吐き、無言の儘うつむいて頻りに考へてゐる。
田吾作『オー今思ひ出した。此間お前さまが禊身の時に私がチラと見ておいた、お前さまの腋の下に梅の痣がありましたなア。それならひよつとしたら爺さまの子で松と云ふ男かも知れはしない。何うだい、違ひはありますまいがな』
真浦『コレコレ田吾作さま、滅多な事を云つて下さるな。梅の紋の痣のあるものは、広い世界には沢山あるだらう。さう軽率に云つて貰つては困るからなア』
田吾作『なに化物のやうに人間の身体に、梅の花の咲いた奴が、さう沢山あつてたまりますかい。うめい言ひ訳をしなさるな。ドーレ一つこれから爺さまの所へトツ走つて注進だ。ヤア天変だ、天変だ』
と駆出す。
真浦『コレコレ留さま、一寸田吾作さまを捉まへて下さいな』
 留公は、
留公『合点だ』
と田吾作の後を追ひ駆る。田吾作は一生懸命走り出す。踏み外して崖下の麦畑へ顛落し、
田吾作『アーアやつぱり地異天変だ。麦一升な目に会つたものだ。オイ留公、この報告は俺が承はつたのだ、先へいつて喜ばしやがると承知せぬぞ』
留公『貴様の言ふことは何が何だか、薩張解らせんワ。俺ん所の麦畑をワヤにしやがつて何うして呉れるのだい』
田吾作『何うも斯うもあつたものかい。麦の一升や二升ワヤになつたつて、此の喜びに替へられるものか。親子の人に寄附したと思へば済むのだ。此の場合になつて吝嗇くさいことを言ふな』
 留公は又もや両手を組んで、
留公『ハテナ』
と思案に暮れてゐる。松鷹彦は二人に留守を命じ置き、あかざの杖をつき田吾作の後を追うてヒヨロヒヨロと此処までやつて来た。
留公『ヤア貴方は宮のお爺さま』
松鷹彦『お前は留さまぢやないか。斯んな路傍に何心配さうにして立つてござるのだ』
留公『別に心配も何もありませぬが、田吾作の奴俄に発狂し居つて、これ此通り此の高土手から顛落し、訳のわからぬ事を言つてます』
 爺さんは恐相に崖下をソツと覗いた。高所から落ちて腰を痛め、脚の蝶番を破損した田吾作は、爺の顔を見るより、
田吾作『ヨーお爺さま、大変大変、左の腋下にモ一つの梅の花が咲いた』
松鷹彦『それは何処に咲いたのだな』
田吾作『何処にも彼処にも咲いて咲いて咲き乱れて居る。真浦ぢや真浦ぢや、真浦の左の腋下に梅の花の痣があるのだよ。的切りお前の伜の松さまに間違ひなからう。いつて来なさい。私はお前に報告のため、駄賃取らずの飛脚さまで今日一日は、お前のために社会奉仕をするのだよ』
松鷹彦『それはマア妙なことを聞くが実際そんなことがあるのかい。嘘ぢやあるまいなア』
田吾作『嘘を云つた所で一文の徳にもなりはせぬ。早く帰つて親子対面の用意をしなさい。オイ留公、真浦さまを宮の社務所まで引張つて来るのだよ』
と身体の痛みも忘れて、一生懸命に叫んでゐる。松鷹彦は半信半疑乍らも、何か心に期する所あるものの如く、覚束なき足も欣々と軽げに元来し道へ踵を返した。
 留公は田吾作を助けむと、少しく迂回して側に近付き、
留公『オイ田吾作、しつかりせぬか、口ばつかり噪やぎ居つて、腰がチツとも立たぬぢやないか』
田吾作『あまり嬉しくて嬉し腰が抜け居つたのだい』
留公『サア、俺が負うてやるから俺の背中に喰ひつくのだ』
田吾作『俺を負ふ人があるのだ。それ迄待つてゐるのだよ。大きに憚りさま』
留公『負惜みの強い奴だな。俺が親切に負うてやらうと言ふのに、何故負はれぬのか』
田吾作『かうして此処に平太つて居れば、屹度通る人があるのだよ。カヽヽエー矢張構うてくれな。何事も惟神に任すのだ』
留公『ハハア、カヽヽと云ひやがつて、大方お勝さまに負うて貰はうと思つてゐるのだらう、サアサ俺がお勝さまの所へ負つて連れて行つてやらう。背中に喰ひつくのだよ』
 田吾作はソーと腰を上げてみて、
田吾作『アー妙だ、何時の間にか自然療法で全快し居つた。マア生命に別条はない。安心してくれ』
留公『こんな奴に相手になつて居ると狐につままれたやうなものだ。エヽ怪体の悪い』
とボヤキボヤキ上つて行く。田吾作はシヤンシヤンとして後を追ふ。漸く顛落した箇所までやつて来た。
田吾作『アヽ此処だ、俺の一生一代の放れ業の遺跡だ。臨時に目標でも建てて記念にして置かうかな』
 其処へ慌しくやつて来たのは真浦である。
真浦『留さま、田吾作さま、何をしてゐるのだ』
留公『今田吾作が空中滑走の曲芸を演じ、此の留さまに御覧に供した所です』
田吾作『ヤア左の腋の下の梅の花か、サア早く来た。もう爺さんに注進済みだ。屹度四頭立ての黒塗りの馬車か、自動車を以て迎ひに来ますぜ。マア、ゆつくり此の田圃路に待つて居なさい』
 真浦はニタリと笑ひ乍ら、足早に武志の森をさして急ぎ行く。二人も捻鉢巻し乍ら大股に宙を飛んで、宮の社務所目蒐けて駆け出した。
(大正一一・五・一三 旧四・一七 外山豊二録)
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