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文献名1霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻
文献名2第2篇 運命の綱
文献名3第8章 心の鬼〔670〕
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ宗彦は聖地に上り、言依別命から宣伝使に任命され、三国ケ嶽に割拠する魔神を言向け和す任務を与えられた。武志の宮に奉告祭をなし、親子兄弟、村人たちに別れを告げて宣伝の旅についた。
村はずれには、留公と田吾作が先回りして待っていた。宗彦が来ると、二人は宣伝の旅に供として一緒に連れて行くようにと頼み込んだ。しかし宗彦は、宣伝使は一人旅だと行って断った。
二人は先回りして、明石峠の大滝に禊をしながら、宗彦が来るのを待っていた。宗彦は明石峠の大滝にさしかかったが、丹波霧にさえぎられて、二人が禊をしているのに気づかず、通り過ぎてしまった。二人も滝の音で宗彦が通り過ぎたことに気がつかなかった。
宗彦が明石峠の長上に着くと、一人の四十くらいの女が登ってきた。宗彦が訳を尋ねると、その女・お露は語って、夫の原彦という者が憑き物病で伏せっていて、その祈祷に滝に打たれに行くところだという。
宗彦はそれを聞くと、自分は宣伝使だから診てやろう、と言って村に案内してもらうことになった。村に着くと、相当に広い家があり、そこが女の家であった。宗彦が通されると、病人は次の間でしきりにうなされている。
家の者に病状を尋ねると、男はしきりに「田吾が来る、田吾が来る」とうなされるという。また、自分が過去に人殺しをした罪をうわごとに告白するのだという。
天罰だという村人に対し、宗彦は、誰でも心に知らずに罪を犯すものだ、と説いた。そして罪を憎んで人を憎まずと諭し、公平無私な神様は肉体を罰し給うということはない、と教えた。だからこれは、原彦が自らの罪のために苦しんでいるのだろうから、罪が取れれば本復するだろう、と診立てた。
宗彦は、むしろデモ学者やデモ宗教家がもっとも罪が思い、と説いた。なぜなら、神様からいただいた結構な魂を曇らせる、誤った学説や宣伝を為すからだ、という。
心の罪や、デモ学者・デモ宗教家の罪は、どうやって裁かれるのか、という村人の問いに対して、宗彦は、不完全な人間が、善悪や功罪の判断をつけることはできない、と説いた。神が表に現れて善悪を立て別けるのであるから、人間はただ、自分が最善と信じたことを貫くのが、天地経綸の司宰者としての本分だ、と説いた。人間の法律上の善悪は、あくまで有限的なものであって、神界とは矛盾している場合もあるのだ、と続けた。
すると次の間より病人が、田吾作赦してれ、と叫ぶ声が聞こえた。原彦は自問自答で怒鳴っている。宗彦は禊をして天津祝詞を奏上し、病人の枕頭で天の数歌を唱えた。
そして病人と問答し、田吾作という者の特徴を問いただした。宗彦はその答えで、田吾作とは宇都山村の自分の義弟・田吾作その人だと確信し、生きていることを原彦が知れば、全快するであろうとお露たちに告げた。
宗彦が休んで待っていると、留公と田吾作が家の戸を叩き、宗彦を探しに来た。宗彦はさっそく、田吾作を病人の間に連れて来た。田吾作は合点がいかなかったが、やがて原彦が、十三年前に橋の上で争った泥棒だということに気がついた。
その当時、原彦は、田吾作が持っていた玉を狙っていた。橋の上で争ううち、田吾作は濁流の大井川に落ちてしまったが、宇都山村の村人たちに助けられたのであった。
田吾作は、逆に自分の玉への執着のためにこのようなことになってしまったことを原彦に詫び、その玉を懐から取り出すと、原彦に手渡した。
それより原彦は回復に向かい、十日ほどですっかり健康になった。原彦夫婦や村人一同は、執着心から来る心の罪の恐ろしさを悟り、宗彦の教えを奉じた。熊田村はすっかり三五教を信じることとなった。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年05月13日(旧04月17日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所
OBC rm2008
本文の文字数7365
本文のヒット件数全 1 件/第一天国=1
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本文  宗彦は親兄妹に別れを告げ一旦聖地に参ゐのぼり、言依別命より天晴れ宣伝使の役を命ぜられ、心いそいそとして再び宇都山の里に立ち帰り、武志の宮の前に報告祭を行ひ里人に別れを告げて、山奥深く三国ケ岳に割拠する魔神を征服せむと、旅装を整へ宣伝の初旅に就いた。留公、田吾作の二人は村の外れに先廻りして待つて居た。
宗彦『お前は義弟の田吾作ぢやないか、おゝ留さまも其処に居るなア、何処へ行くのだ』
田吾作『何卒私を二三日、宣伝使のお伴に連れて行つて下さいな、留さまと相談の上此処に待伏して居りました』
宗彦『それは折角だが宣伝使は一人のものだと言依別命様より承はつて居る。外の事なら一緒に行かうが、今日は宣伝の初陣だから、御親切は有難いが是非なくお断り申す』
田吾作『私は宣伝使でない以上は、信者としてお伴しても差支ありますまい』
留公『何卒二三日で宜敷いから連れて行つて下さい』
宗彦『お前の足でお前が勝手に行くのなら差支無からう、同じ一条の道を通るのだから……然し宣伝使として宗彦は徹頭徹尾一人旅だ』
留公『貴方は何処を指してお出でになるのですか』
宗彦『そうだなア、言依別命様は明石峠を越え、それから山国を経て三国ケ岳の悪魔を征服して来いとの事だつた。随分高い山だらうなア』
留公『近江の国と若狭、田庭三国に跨る高山です、大変な猛獣や猿が棲み大蛇が居ると云ふ事です』
田吾作『さう聞くと私は貴方一人をやる訳にはゆきませぬ、是非お伴をさして下さいな』
宗彦『絶対になりませぬ』
と首を振り振り先に立つて行く。
 折しも秋の初め、田庭名物の深霧に六尺先は少しも見えない。宗彦は足を速めて明石峠をさして進み行く。二人の男は霧に隠れて足を速め、先廻りして明石峠の麓に落つる大瀑布に真裸となり、身禊し乍ら宗彦の進み来るを待つて居た。宗彦は二人の滝にうたれて居るのを霧にさへぎられて気がつかず、
宗彦『何だか大変な水音がして居るなア』
と小声に囁き乍ら坂を登り行く。二人の男は宗彦が我二三間前の道を通過して居るのに少しも気がつかなかつた。宗彦は明石峠の頂上に登り着いた。霧は谷間を埋めて処々に高山の頂きのみ画の様に浮いて居る。
宗彦『アヽ何と霧の海の景色と云ふものは綺麗なものだなア、到底紀の国では見られぬ図だ。此景色を眺めて居る心持は全で第一天国へ遊楽して居る様な気分だ』
と独語して居る。
 時しも窶れ果てた四十位の一人の女、見すぼらしき風姿をしてスタスタと霧の中から浮いた様に現はれて来た。
宗彦『イヨー、妙な女がやつて来よつたぞ、大変に忙し相に歩いて居る、何か之には様子があり相だ、一つ此処へ近づいたら訊ねて見よう』
と心に思つて居る。女は宗彦の姿に気がつきキツト立ち止り、怪しの目をぎよろつかせ此方を見詰めて居る。
宗彦『貴女は此高い峠を越えて女の身の只一人、何処へ行くのだ』
 女は怖相に、
女『ハイ、私は此下の熊田と云ふ小村の者で御座います。明石の滝へ是から打たれに参ります』
宗彦『明石の滝と云ふのは何処にあるのだ』
女『此山を七八丁許り下つた処に御座います』
宗彦『私も今此坂を登つて来たのだが余りの深霧で気がつかなかつた。道理で水音のした箇所があつた様に思つた。して又滝に打たれに行くと云ふのは何か深い理由があるであらう、それを言つて見なさい』
女『ハイ、私の夫は原彦と申すもの、二三年前からフラフラと患ひつき此頃では大変な大病で御座います。それで明石の滝の神様へお願ひ申して夫の病気を助けたさに、滝に身を浸しに参る者で御座います』
宗彦『何んな病気だな、都合に依つたら神様に願つて助けて上げようと思ふのだが…』
女『ハイ、有難う御座います、夜分になると色々のものが出て参ります、さうして苦めるのです、その度毎に冷汗をグツスリかき日に日に痩衰へ、今は最早骨と皮ばかりに見すぼらしくなつて居ります』
宗彦『そりや何か物の怪の病気であらう。サア一遍調べて見るから案内をしてお呉れ』
女『それは有難う御座います。之から此山坂を下り、四五丁許り行つた所の小さき村で、山の麓に私の茅屋が建つて居ります。御苦労乍らお頼み申します』
と先に立つて案内する。漸く女の家に着いた。大樹の森の下に冠木門をあしらつた一棟の相当に広い家がある、それが此女の邸宅。
女『見すぼらしき茅屋で御座いますが、何卒お這入り下さいませ』
と会釈して内に入る。夫原彦の何物にか魘されて苦しむ声は戸外に迄洩れて来た。女は『又来よつたなア』と小声でつぶやき乍ら、慌てて屋内に飛び込み、病人の枕許に駆け寄つた。宗彦は少し遅れて閾を跨げ、床上に上り天津祝詞を奏上するや、病人は益々苦悶の声を放ち狂ひ廻る。四五人の村人は次の間に控へて何事か話し合つて居た。祝詞の声を聞くより二三人の男其場に現はれ、
男『何処の方かは知りませぬが、定めてお露さまがお連れ申して帰つた方でせう、サア何卒此方へ来て御休息下さいませ』
 宗彦は『御免』と云ひつつ招かれて一間に踏込み座に着いた。何事か確とは聞きとれないが、非常に病人はお露を相手に呶鳴つて居る。此声を聞いて宗彦は村人に向ひ、
宗彦『何時も病気はあの通りですか』
甲『此四五日前から一層烈しく成つて来ました「田吾が来る田吾が来る」と云ひ出しまして……それはそれは随分苦しむのです。さうして又ケロリと嘘を吐いた様に癒る事もあるのです。理由の分らぬ病気……何でも死霊の祟りだと云ふ事です』
宗彦『死霊の祟りとは、……そりや又何か心当りがあるのですか』
甲『吾々村人も初めはちつとも病気の原因が分りませなんだが、此頃そろそろ死霊だと云ふ事が分り出したのです。何でも茲二三日の間に生命を取らねば措かぬと口走り、それはそれは大変な藻掻き様です』
乙『何でも此処の主人の原彦は上方の者らしいが、お露さんの婿になつてから早十三年にもなりますのに素姓を明かさないので、何処の人だか、何をして居つたのか分らなかつたのだが、病人の囈言を云ふのを聞いて見れば、大きな声では言はれませぬが、此男は泥棒をして人を殺した奴らしいですよ。そして殺された男の死霊が祟つて居るのだと云ふ事、病人自ら現になつて喋ります。天罰と云ふものは恐ろしいものですなア』
宗彦『人間と云ふものは随分不知不識の間に罪を作つて居るものだ、人を殺し火を放ち、或は強盗、詐偽等の罪悪を犯す者は実に天下の為に憎むべき者であります。然し乍ら其罪を憎んで人を憎まずと云ふ事がある、公平無私な神様は肉体を罰し給ふ様な事はありますまい、屹度其罪の為めに苦しめられて居るのでせう。罪さへとれれば原彦さまも間も無く本復するでせう。世の中には人間の目に見えぬ罪人が沢山ある、中でも一番罪の重いのは学者と宗教家だ。神様から頂いた結構な霊魂を曇らせ、腐らせ、殺すのは、誤つた学説を流布したり、神様の御心を取違へて誠しやかに宣伝したり、或は神様の真似をするデモ宗教家、デモ学者が最も重罪を神の国に犯して居るものですよ』
甲『ヘイ、そんなものですかなア、心に犯した罪や、学者や宗教家の罪は何処で善悪を調べるのですか』
宗彦『到底不完全な人間が善悪ぢやとか、功罪だとか云ふ事は判断のつくものぢやありませぬ。それだから神が表に現はれて善と悪とを立別け遊ばすので、人間は只何事でも善意に解釈し、直霊の神にお願し、神直日大直日に罪を見直し聞直し詔直して貰ふより仕方がありませぬよ。我々は日々一生懸命に国家の為め、お道の為め、社会の為めと思つてやつてる事に大変な罪悪を包含して居ることが不知不識に出来て居るものです。それだと云つて善だと信じた事は何処迄も敢行せねば、天地経綸の司宰者としての天職が務まらず、罪悪になつてはならぬと云つてジツとして居れば、怠惰者の大罪を犯すものですから、最善と信じた事は飽迄も決行し、朝夕に祝詞を奏上し神様に見直し聞直しを願ふより仕方はありませぬ』
乙『今の法律は行為の上の罪許りを罰して、精神上の罪を罰する事はせないのですが、万一霊魂が罪を犯し、肉体が道具に使はれても矢張其肉体が罪人になると云ふのは、神界の上から見れば実に矛盾の甚しいものではありますまいか』
宗彦『そこが人間ですよ、兎も角法律と云ふものは人間相互の生活上、都合の悪い事は皆罪とするのですから……仮令法律上の罪人になつても神界に於ては結構な御用として褒めらるる事もあり、法律上立派な行ひだと認められて居る事が、神界に於て大罪悪と認められる事もあるのです。それだから何事も神様が現はれてお裁き下さらぬ事には善と悪との立別けは人間の分際として、絶対に公平に出来るものではありませぬ。又人間の法律や国家の制裁力と云ふものは、有限的のものであつて、絶対的のものでは無い、浅間山が噴火して山林田畑を荒し、人家を倒し、桜島が爆発して数多の人命を毀損し、地震の鯰が躍動して山を海にし、海に山を拵へ家を焼き人を殺し、財産を全然掠奪して仕舞つても、人間の作つた法律で浅間山や地震や桜島を被告として訴へる処もなし、放り込む刑務所も無し、裁判する事も出来ぬ様なもので到底駄目です。只何事も神様の大御心に任すより仕方がありませぬなア』
 斯く話す折しも次の間の病人、いやらしい声を出して、
原彦『ヤア田吾作田吾作、赦して呉れ、俺が悪かつた、お前は大井川から俺に落されて死んで悔しからうが、今となつて如何する事も出来ない、之も何かの因縁ぢやと諦めて何卒俺の生命丈けは助けて呉れ、アヽ悪かつた悪かつた、赦して赦して』
と叫び出した。
宗彦『ハテナ、此辺に田吾作と云ふ人があつたのですか』
乙『田吾作と云つたら皆我々の雅名です。田吾作は田畑を耕し、杢兵衛は山林にわけ入つて樵夫をやつたり薪物を刈つて来る人間の代名詞見た様なものですから、あまり沢山の田吾作で誰が殺されたのやら訳が分りませぬ』
宗彦『それは分りましたが、然し一人に特定の名の付いた田吾作と云ふ男はありますまいかな』
 甲、乙一時に、
甲、乙『サア余り聞きませぬなア、何でも宇都山の里に大変な周章者があつて、その男を田吾作と云ふさうですが、それも実際の名か、一般的の百姓の名か、そいつア判然致しませぬ。少し慌ててやり損ひをする男を、此辺では宇都山の田吾作みた様な奴だと云つて居ます、仄に話に聞いて居る許りで実際そんな方が有るのか無いのかそれも分りませぬ』
 隣の室より病人の叫び声、
原彦『田吾作の幽霊どの、悪かつた悪かつた、何卒助けて呉れ……何、貴様の様な悪人を助けて堪らうかい、俺の生命をとつた奴だ、貴様の肉体に宿り腸を喰ひ、肺臓を抉り、胃袋を捻切り、苦しめて苦しめて嬲殺しにしてやるのだ。此怨みを晴らさな措かうか』
と原彦は自問自答的に呶鳴つて居る。
甲『不思議な病人でせうがな、何でも腹の中に死霊が這入つたり出たりすると見えます。今は屹度腹へ這入つて居ると見えて本人と変つた声で云つて居ます…あれが殺された田吾作の怨霊に違ひありませぬなア、何卒一つ祈祷をしてやつて下さいますまいか、私達も村中が代る代る五人づつ斯うして不寝の番をして居るのですから、お露さんも気の毒ぢやが、吾々村中の者も大変に手間が取れて困つて居るのです』
 宗彦は打ち頷き裏の谷川にて口を嗽ぎ手を洗ひ、天津祝詞を奏上し、徐々と病人の居間に入り来り枕頭に端坐し、両手を組み三五教の奉斎主神の御名を唱へ、天の数歌を二三回繰返すや否や、病人はムクムクと起き上り、目を剥き鼻を左右に馬の様にムケムケと廻転させ、舌を出し、
原彦『アーラ怨めしやなア、俺は田吾作の怨霊だ、此肉体を何処迄も苦しめ生命をとらいで措くものかア』
と妙な手付をなし衰弱しきつて動けない病人が俄に立つて騒ぎ出す。宗彦は一生懸命に天の数歌を奏上し、
宗彦『これこれ原彦さま、決して田吾作の怨霊が殃をして居るのではない、お前の心の鬼が身を責るのだ。神様にお詫をしてやるから、お前の罪は神素盞嗚尊様の千座の置戸の贖ひの御徳に依つて最早救はれた、安心なされ』
 原彦は形相凄じく、
原彦『アラ怨めしやなア、何程救はれたと云つても、生命をとられた田吾作は何処までも祟らにやおかぬ。親を殺し、本人は申すに及ばず、女房の生命をとり、一家親類村中までも祟つてやるぞよ……』
宗彦『お前は田吾作と云ふがその田吾作は今何処に居るのだ』
原彦『田吾作は大井川の大橋の下で肉体は亡びたが、精霊は此処に悪魔となつて憑いて居るのぢや哩のう、怨めしやア怨めしやア』
宗彦『田吾作の顔には何か特徴があるか』
原彦『特徴と云ふのは外でもない、眉間の真ん中に大きな黒子があるばつかりだ、俺の顔を見て呉れ、之が証拠だ』
と原彦は宗彦の前に額を突き出す。
宗彦『別に黒子も何もないぢやないか』
原彦『お前は霊眼が開けて居ないから大方原彦の肉体を見て居るのだらう、私の正体を目を光らして見て呉れたら眉間の黒子が分るだらう。あゝ怨めしい、キヤツキヤツ』
と云ひ乍ら嫌らしい相好を遺憾なく曝して、又元の寝間へクスクス這込み『ウンウン』と苦しさうに呻りを続けて居る。
お露『もうし、宣伝使様、此病人は癒るでせうか』
宗彦『癒りますとも、眉間に黒子のある田吾作は死んでは居ませぬよ、確にピンピンして生きて居ます、今に此処へやつて来るでせう、要するに神経病だ、心に犯した罪悪の鬼に責られて居るのです。今に当人がやつて来て「許す」と一言云つたら全快は請合です』
お露『何と仰有います、あの田吾作さんが生きて居られますか、そりや又如何した訳でせう』
宗彦『どうでも有りませぬ、実際生きて居るのですから今に実物をお目に掛けませう、田吾作が此処へ参る迄、次の室で休息して待つ事に致しませう』
お露『御苦労様で御座いました、何卒奥でお茶なりと召し上り緩々御休息下さいませ』
 宗彦は『有難う』と一礼し奥の間に行つて休息した。
甲『何と宣伝使様、妙な病人で御座いますなア、マア千人に一人位な者でせうか、さうして承はれば田吾作さまは生きて御座るとは、そりや又何と云ふ不思議でせう』
宗彦『凡て天地の間は不思議ばかりで満たされて居るのです、菜の葉一枚だつて考へてみれば実に不思議なものです。今の人間は石地蔵を祈つて疣がとれたとか、脚気が癒つたとか云つて不思議がつて居るが、そんな事は不思議とするに足りませぬ。第一人間は、ものを云ふのが不思議ではありますまいか、何程立派な解剖学や生理学の上から調べてみても、声の袋もなし、それに色々の言霊が七十五声際限もなく出て来るのですから、是位不思議な事はありませぬよ』
乙『さう聞けばさうですな、森羅万象一として不思議ならざるは無しですなア』
 斯く話す折しも田吾作、留公の両人は門の戸を敲き、
田、留『モシモシ、一寸お尋ね致します、宗彦と云ふ三五教の立派な宣伝使は若しや此家にお立寄りでは御座いませぬか』
 此声にお露は慌てて門口に走り出で、田吾作の顔を見るより、
お露『アツ、貴方の眉間に黒子がある、田吾作さまでは御座いませぬか、エライ私の夫が貴方に対し御無礼を致したさうです、何卒堪忍してやつて下さい』
 田吾作は何が何やら合点ゆかず、留公と共にお露の後に引添ひ、宗彦の憩へる居間に入つた。
宗彦『アヽ能う来てくれた、さはさり乍ら一寸此方へ来ておくれ』
と原彦の病室に伴ひ原彦を揺すり起した。原彦は病に疲れた身体を漸く起き上り、目を開き田吾作の姿を見るなり『アツ』と一声、又もや寝具の上に打倒れ藻掻き苦しむ。田吾作は原彦の窶れたとは言へ何処とはなしに目付、鼻の恰好、口許の具合の十数年前大井川の橋の上に於て、河中に突き落した泥棒によく似て居るなアと半信半疑の態で打ち見まもつて居る。
宗彦『コレ原彦さま、お前に橋から突き落されて死んだ筈の田吾作は此通りピンピンして居る、お前の迷ひだから気を取り直したが宜からうぜ』
田吾作『オイ、病人さま、久し振りだつたなア、十三年前の月夜の晩だつた、お前は狭い橋の上で俺の懐中の玉を強奪しようとする、俺はとられてはならんと争ひ、遂には組みつ組まれつ戦うた末、足踏外し濁流漲る大井川に真逆様に顛落し、それより心は疎くなり、現世と幽界の境界の山の口迄歩いて行くと、後から大勢の俺を呼ぶ声、振り返る途端に気がついて見れば、高城山の麓の芝生の上に横たはり、大勢の人が火を焚いて介抱をして居てくれた、お蔭で私は生命が助かつた。それから宇都山村の住人となつて此通りピンピンと跳廻つて居るのだ、決して決して露程も怨んでは居らぬ。其時に私が執着心を離しさへすれば斯んな目に遇ふのでは無かつたのだ。エヽ済まぬ事をした、あの人に渡せばよかつたと始終懐中離さず其橋の辺を通り、その方に会うたら心好う進ぜようと思つてゐたのだ、それ……この玉だらう』
と懐中から出して、病人の手に渡した。原彦は初めてヤツと安心した刹那に病気は軽快に向ひ、日を追うて恢復し、漸々肉もつき、十日程の後には全く元の壮健体となつて仕舞つた。
 原彦夫婦を初め村人一同は執着心より恐るべき罪の発生し、其罪は忽ち邪気となつて我身を責むると云ふ真理を心の底より悟り、熊田の小村は挙つて宗彦の教を信じ、遂に三五教の信者となつて仕舞つた。
(大正一一・五・一三 旧四・一七 北村隆光録)
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