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文献名1霊界物語 第20巻 如意宝珠 未の巻
文献名2第3篇 三国ケ嶽よみ(新仮名遣い)みくにがだけ
文献名3第10章 山中の怪〔672〕よみ(新仮名遣い)さんちゅうのかい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-04-27 23:25:06
あらすじ
田吾作は、おかしな宣伝歌を出任せに歌いながら山道を登っていく。すると上から赤子に乳を含ませながら下ってくる妙齢の女があった。田吾作は山女に話しかけるが、女はただ笑っている。

三人は女についていろいろと議論していると、女は毛むくじゃらの獣の下半身を表して、山の上の方に歩み出した。少し行っては後ろを振り向き、三人を見ている。三人は、悪魔が正体を表したことを知り、敵地に警戒を強めた。

やがて日が没し、闇が辺りを包むと、猛獣の声や怪しい物音が間断なく聞こえてきた。原彦は肝をつぶしてしまう。田吾作は原彦の気弱をなじり、昔、原彦が自分の玉を盗もうとしたときの話をして気を保たせようとする。

耳の痛い話を持ち出されて、原彦は宗彦に話しかけるが、宗彦は眠ってしまっている。田吾作はさらに、当時の話を面白い節回しで歌いだした。すると、自分は鬼婆だという声が聞こえてきた。田吾作は、留公の作り声だとすぐにわかって、声に対して怒鳴り返す。

原彦はおびえているが、鬼婆の振りをした留公はどこかへ行ってしまった。宗彦も起きて、留公に似た声だったと言うと、宗彦・田吾作は寝込んでしまった。原彦は二人の間で一睡もできずに震えていた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年05月14日(旧04月18日) 口述場所 筆録者外山豊二 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年3月15日 愛善世界社版218頁 八幡書店版第4輯 230頁 修補版 校定版226頁 普及版99頁 初版 ページ備考
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本文 田吾作『朝日は光る月は照る  武志の森の小夜砧
 宇都山郷を立出でて  三五教の宣伝使
 神のまにまに宗彦が  後に随ひ来て見れば
 誠明石の山道は  忽ち霧に塞がりて
 不動の滝も雲隠れ  一歩二歩探り寄り
 水音合図に留公が  留るも聞かず真裸体
 蛙の面に水行を  ザワザワザワと浴び乍ら
 手早く衣類を肩にかけ  霧押わけて山頂に
 上つて四方を眺むれば  丹波名物霧の海
 彼方此方にポコポコと  山の頂き浮き出でて
 宛然絵を見る如くなる  景色に名残りを惜みつつ
 歩みの下手な留公を  抱へるやうに可愛りつ
 明石の里も乗り越えて  道の傍の一つ家に
 病に悩む原彦が  身の禍をとり除けて
 此処にいよいよ四人連れ  宗彦司の後を追ひ
 山国川の一つ橋  渡る折しも川下に
 ザンブと立ちし水煙  唯事ならじと田吾作が
 脚を速めて川の辺に  駆せつけ見ればこは如何に
 雪を欺く白い顔  優しき細き手を上げて
 流れの中に立岩の  蔭に潜みて声限り
 救けを叫ぶ真最中  見るに見かねて田吾作が
 仁慈の心を発揮して  わが身を忘れ飛び込めば
 川に落ちたる妙齢の  美人と見えしは大江山
 鬼の身魂の再来か  青い角をば額上に
 ニユツと生して目を剥いて  鰐口開きカラカラと
 笑うてけつかる厭らしさ  波に揉まれた田吾作も
 進退茲に谷まりて  溺死をするかと思ふほど
 息も苦しくなつた時  何だか知らぬが妙な声
 聞え来るとみるうちに  裸体になつた俺の身は
 巌の上に衝つ立ちぬ  人三化七鬼娘
 悪魔の奴が睨み居る  コリヤ堪らぬと気を焦ち
 宗彦さまや留公を  声を限りに招けども
 臆病風に襲はれた  いの一番に宣伝使
 宗彦さまを始めとし  留公、原彦両人は
 青い顔して慄へゐる  エーもう駄目だもう駄目だ
 斯んな卑怯な腰抜けを  力にするのが間違ひよ
 モー此上は是非もない  地獄の釜のド天井
 一足飛びに飛ぶ心地  川へザンブと踊り入り
 鬼の娘の肩をとり  心中しようか待て暫し
 たつた一つの此生命  死ぬのはチツト早かろと
 日頃手練の游泳術  悠々騒がず急流を
 渡つて岸に駆け上り  後振り返り眺むれば
 鬼の娘にあらずして  見るも怖ろし大蛇の姿
 アヽ欺された欺された  俺は夢でも見て居たか
 頬を抓つて調ぶれば  やつぱり頬はピリピリと
 微に苦痛を訴へる  水は何うだと手に掬ひ
 嘗めて見たれば矢張り水  瑞の身魂の御守護は
 清く涼しく此通り  俺は結構な修業した
 筑紫の日向の立花の  小戸の青木ケ原に降り
 上の流れは瀬が速い  下の流れは瀬が弱い
 瑞の身魂や三栗の  中瀬に下りて心地好く
 禊ぎ祓ひの神業を  首尾克く了へて三人が
 茫然自失の為体  アフンとして居る其前に
 ニユツと現はれオイ留公  原彦何をして居るか
 ちつとは確りしてくれと  癪に障つて横面を
 ポカリとやつて見た所  神力こもる鉄腕に
 一堪りもなく顛倒し  風に木の葉の散るやうに
 さしもに広い大川を  毬を中空に投げし如
 二人の奴は飛び散つた  それより宗彦宣伝使
 田吾作さまの神力に  肝を潰して今迄の
 態度は忽ち一変し  心の底から我を折つて
 田吾作さまを様付けに  言霊変へた可笑しさよ
 丸木の橋を後にして  旗鼓堂々と来て見れば
 錦の衣を纏ひたる  山姫さまが左右より
 化粧を凝らして田吾作を  ちよつと待つてと呼び止める
 三国ケ嶽の曲神を  征伐道中の此身体
 お門が広いサア放せ  花瀬の里を後にして
 谷を飛び越え岩伝ひ  やうやう三国の山麓に
 辿りついたる折もあれ  留公の態度は一変し
 徐々弱音を吹きかける  コリヤ面白い面白い
 屹度彼奴のことならば  奇抜な芝居を打つであろ
 勝手にせよと突きやれば  留公の奴は喜んで
 尻ひつからげスタスタと  今来し道を下り行く
 後に残つた三人は  激湍飛沫轟々と
 音喧しき谷川の  辺りを伝ひわけ登る
 川を隔てて四五人の  得体の知れぬ老若が
 熊の皮やら猪の皮  襷十字にあやどつて
 木々の梢に干し乍ら  残つた熊の生皮を
 谷の流れに浸しつつ  物をも言はず洗ひ居る
 一行の中の周章者  腹の腐つた原彦が
 欲に恍けてザブザブと  生命を的の谷渡り
 見るより五人の老若は  この勢ひに辟易し
 物をも言はず手真似して  雲を霞と遁げて行く
 続いて宗彦宣伝使  又もや谷を打渡り
 欲に限り無き熊鷹の  面の皮剥ぎヌースー式
 遺るくまなく発揮して  矛も交へぬ戦利品
 鼻高々とうごめかし  不言実行と洒落乍ら
 田吾作さんが捕獲した  濡れた皮をば汗かいて
 絞つてくれた殊勝さよ  迷うた路を踏み直し
 小柴をわけてテクテクと  胸つき坂を這ひ上る
 忽ち茲に三人の  童子の姿現はれて
 泣き出す笑ふ又怒る  七尺有余の荒男
 三尺足らずの幼児に  叱り飛ばされ散々に
 油の汗を搾られて  謝り入つた不甲斐なさ
 童子の姿は忽ちに  煙と消えた其後に
 耳の鼓膜を破りつつ  伝はり来る怪声に
 三国ケ嶽の大秘密  探る手段とならうかと
 怖気づいたる両人を  後に残して田吾作が
 小柴押わけ怪声を  辿り辿りて千仭の
 谷の傍に来て見れば  木伝ふ猿の叫び声
 案に相違の自棄腹  スゴスゴ帰つて両人を
 わが言霊に脅かし  面白可笑しく上り行く
 軈ては名高き鬼婆の  岩窟の棲処も見えるだろ
 神の賜ひし言霊の  伊吹の狭霧を極端に
 神力強い田吾作が  イの一番に発射して
 高天原の蓮華台  錦の宮の御前に
 功を建つるは目の当り  アヽ勇ましや勇ましや
 これから乃公が司令官  宗彦さまよ原彦よ
 互に胸を打ち開けて  腹を合して田吾作が
 指揮命令を遵奉し  蜈蚣の姫の成れの果て
 人を取り喰ふ鬼婆や  それに随ふ曲神を
 一泡吹かせ三五の  教の道に救はむは
 今目の当り見る様だ  アヽ面白い面白い
 神が表に現はれて  善と悪とを立別ける
 田吾作ここに現はれて  神と鬼とを立別けて
 此世を造りし皇神の  貴の御前に復命
 申すも余り遠からず  来れよ来れいざ来れ
 敵は幾万ありとても  怖るる勿れ怖るるな
 神は汝と倶に在り  神は我身に宿ります
 アヽ惟神々々  御霊幸はひましませよ』
と呂律も廻らぬ口から出任せの歌を謡ひ、田吾作は勢鋭く、山上目蒐けて進み行く。幼なき赤児に乳をふくませ乍ら下り来る妙齢の美人唯一人、稍面部に憂愁の色を浮べ乍ら、灌木の茂みより浮いたやうに現はれた。
田吾作『ヤア山姫の奴、俺の円満清朗なる言霊に感動し居つて、感謝の意を表するために現はれたのだな。コレハコレハ山上の御婦人、山の神様、出迎ひ大儀でござる』
女『オホヽヽヽ』
田吾作『コリヤ山女、俺を誰だと心得て居る。七尺の男子が物申して居るのに、無礼千万にも吾々を冷笑いたすとは怪しからぬ代物だ。汝は何といふ魔神であるか。あり体に申上げろ。愚図々々致せば此の鉄腕が承知を致さぬぞ』
女『オホヽヽヽ』
赤児『フギア フギア フギア』
田吾作『宗彦さま、原彦さま、チツト加勢して下さらぬか。随分怪しい代物ですがなア』
宗彦『最前からお前の歌を聞いて居れば、随分豪勢なものだつた。何事も自分でなければ出来ないやうな業託を列べたぢやないか』
田吾作『業託は業託として此際一臂の補助を願はねば、言霊会社も経営難に陥り、破産の運命に瀕するかも分りませぬ。どうぞ嘘八百株ほど持つて下さらぬか。さうして原彦さまには代言三百株ほど御願ひします』
宗彦『アハヽヽヽ』
原彦『ウフヽヽヽ』
女『オホヽヽヽ』
赤児『フギア フギア フギア』
田吾作『エー貴様等は泣いたり、笑うたり人を馬鹿にするのか。貴様が泣笑ひで責めるなら俺は怒りの言霊だ。おこりといふものは間歇性の病気で、隔日に来るものだが、俺は毎日毎晩確実に責めてやるから、左様思へ』
女『オホヽヽヽ』
赤児『フギア フギア フギア』
田吾作『エー又泣いたり笑つたり、此の結構な神国に生れて、泣いたり笑つたりする奴があるか。謹み畏み真面目になつて御神恩を感謝せぬかい』
宗彦『モシモシ御女中、斯様な処に赤ん坊を抱いて現はれ給うたのは、何れの神様でございますか。どうぞ御名を名告り下さいませ』
田吾作『エー宗彦の宣伝使、何を恍けてござるのだ。此奴は三国ケ嶽の古狐だ。古狐に御丁寧な敬ひ言葉を使ふといふ事がありますか。大方眉毛を読まれて了つたのでせう。アア御用心御用心』
と言ひつつ頻りに眉に唾を指尖で発送してゐる。
田吾作『アー留公は予ての計画を忘れ居つたか。なんぼ待つて居つても現はれてはくれず、力に思ふ宣伝使は狐につままれる。何程智謀絶倫の俺でも、マア二人の気違ひを看病し乍ら敵地に進むことは出来ない。誰か出て来て此足手纏ひの気違ひを引留めてくれるものがあるまいかなア。近くに癲狂院があれば入院させたいものだが、深山の事とて、仰天院ばかりで精神病院らしいものも無し、何うしたらよからう。無線電話をかけて言依別様の応援を願ふ訳にも行かず、アヽ困つた破目になつたものだ。イヤア待て待て、これから無言霊話をかけて留公を呼んでやらう』
 女は大きな臀をクレツと捲つて見せた。熊のやうな真黒の毛を一面に生し、見る見る間に上半身は純白となり、後半身は純黒の獣となつてガサリガサリと歩み出し、三間程行つてはギヨロツと後を向き、又三間程行つてはギロリツと振向き、幾十回とも無く繰返し乍ら山上目蒐けて登り行く。
田吾作『どうですか、宗彦さま、原彦さま、天眼通も此処まで応用出来れば結構なものでせう。無言霊話を高天原へかけたところ、忽ち数万の神軍此処に現はれ給ひしその御威勢に怖れ、さしもに兇暴なる曲神も、目も身体も白黒させて正体を露はし遁げて行つたでせう。これでも田吾作が命令を聞きませぬか』
宗彦『それは、まぐれ当りだよ。お前は未だ宣伝使の肩書がないのだから、何と云つても表面に通らない。腐つても鯛だ、名は実の主だから矢張り宣伝使と云ふ名に怖れて、悪魔が正体を露はしたのだ。如何に悪魔だつて名も無き奴等に降伏するものか、無名の人物に降伏するやうなことでは、悪魔の体面に関するからなア』
田吾作『アハヽヽヽ、よう仰有いますワイ、宣伝使のレツテル一枚位を金城鉄壁と頼んで、何事もそれでやつて行かうと云ふのは実に無謀だ、無恥だ、依頼心を極端に発揮したものだなア。宣伝使なんかは地の高天原から紙一枚下つて来たが最後、直に首落ちになるのだからなア。
      宗彦
一、此度の三国ケ嶽の言向戦に不都合の廉有之を以て、評議の上其職を免ずべきもの也。
      言依別命
とこれだけだ。あんまり肩書を力にして貰ふまいかい。それよりも腹の中の第一鬼を征服し、本守護神即ち天人の御発動を御祈願するのが一等だ』
宗彦『よう小理屈を囀る男だなア。私も妹の婿に百舌鳥や燕を持つたかと思へば残念だワイ、アハヽヽヽ』
原彦『モシモシ貴方等は義理の兄弟ぢやありませぬか、見つともない、喧嘩はお止しなさいませ。兄弟墻に鬩ぐとも外其侮りを防ぐと云ふことぢやありませぬか。喧嘩したければ家へ帰つて、いくらでも御やりなさい。此処は敵前否敵の領地へ這入つて来て居るのですからなア』
田吾作『敵地は敵地、喧嘩は喧嘩、兄弟は兄弟と区別を立てねば、国政整理上都合が悪い。何も彼もゴモク飯のやうに混同されては、社会の秩序が紊れて了ふ。総て分業的になつて来た文明の世の中だ。兄弟は他人の始まりと云ふ事があるが、私の兄弟は一種特別だ、他人は兄弟の始まりとなつたのだからなア、アハヽヽヽ』
宗彦『もう好い加減に猫じやれの様な喧嘩は止めようかい。花ばつかり咲かして居る山吹では仕方がない。サアこれからが戦場だ』
 原彦は心配相な顔をして、
原彦『田吾作さま、あの通り宣伝使が仰有るのだから、お前も今暫く沈黙して下さい。最前から矢釜敷う仰有つた彼の不言実行とやらを、何処へ落しなさつたのか』
田吾作『目下熟考中だ。さう八釜敷う云つてくれない。何程、普賢菩薩の俺でも、俄にさう奇智名案が湧くものではない。今心の畑に智慧の種子を蒔いたところだから、せめて十日や二十日待つてくれないと、蕪とも菜種とも見当がつかぬ哩。アハヽヽヽ』
と他愛も無く笑ひ乍ら、大木の根に腰をかけて横臥する。四辺暗澹として天日を没し、闇の帳は固く閉された。深山の常として猛獣の吼り狂ふ声、天狗の木を捻折るが如き怪しの物音、間断無く聞えて来る。原彦は此の物凄き声に肝を奪はれ、声をも立て得ずビリビリと慄ひ上り、田吾作の袖を確と握り小声にて、
原彦『オイ田吾作、コリヤ何うなるのだらう。随分気分が悪い事はエーないぢやないか』
田吾作『そうだ、あまり気分がよくない事はない哩。併し吾々の小宇宙に変動を来し、震災の厄に見舞はれて居る所だなア』
原彦『さう高い声で言つてくれな。宣伝使が目を開けて聞かれたら態が悪いワ』
田吾作『態が悪いなんて、よう吐すなア。貴様の旧悪はみんな宣伝使の前で、うつつになつて喋つたのだから、今になつてそんなテレ隠しをしたつて駄目だよ。随分昔は悪人だつたなア。俺が愛宕山を越えて結構な黄色の宝玉を懐に持ち、保津の里迄やつて来ると、森蔭から頬被りをしてヌーと現はれた奴は誰だつたいのー。随分彼処も此処も劣らぬ凄い所だつたねー。さうして何々とか云ふ腹の悪い男が俺の玉を嗅つけ、腹をペコペコ、鼻をピコピコ、ハラハラヒコヒコさせ乍ら現はれて来やがつて「モーシモーシ旅の御方、私は此辺の猟人でございます。最前からの雨に火縄も湿り、困難を致して居りますれば、どうぞ提灯の火を御貸し下さいませ」と出て来居つたのだ。さうすると田吾作と云ふ旅人が「ハテ心得ぬ、此の淋しき山道の、しかも森林の中より狩人が現はれるとは合点が行かぬ。昼ならば兎も角、夜分に猪が目につく筈はない。こんな不合理なことを言ふ奴は、確かに猪の猟夫ではなからう。懐の我が玉を猟する曲者か、但は追剥か」と流石の奇智神謀に富んだ旅人は稍躊躇の態であつた』
原彦『オイオイそんなことを言ふものぢやない。もう好い加減に止めてくれ』
田吾作『マア好いぢやないか。此の夜の長いのに、ちつと言はしてくれ、口に虫が湧く哩。エー一寸五分間休息を致しました。お客様方御待たせをして済みませぬ。これから前段の引続きを一席講演致しまして御高聞に達します』
原彦『さう昔の事を思ひ出し、心気昂奮させた所が仕方がないぢやないか。もう好い加減に止めて欲しいものだなア』
田吾作『俺のは天下の公憤だよ。決してお前に対して私憤を洩らすのぢやない。又お前と俺との話でも何でも無い。過ぎし昔の夢物語で、決して俺の腹も原彦も悪いのぢやない。お前はこんな事を聞くと、むかついて宗彦が悪くなるだらうが、これも時の廻り合せだ。忍耐は幸福の基だから、忍耐をして面白い話を聞くのだよ。……時しもあれや怪しき何者かの足音がする。よくよく見れば一頭の手負ひ猪だ。猟夫と名乗つた男は忽ち肝を潰し、キヤツと声を立て旅人の身体にしがみついた。旅人は心の中に思ふやう。四足の一匹位に胆を潰すやうな奴だから、まさか悪人ではあるまいと哀憐の情が勃然として、心中に萠芽し……』
原彦『そんなむづかしい事を云つて、解るものかい』
田吾作『解らぬのは有難いのだぞ。坊主のお経だつて、ダダブダ ダダブダと拍子の抜けた声でずるずるべつたりに棒読みにするから、人間に解らぬから有難いやうなものだ。お経といふものは不可解なのが調法なのだ。俺のも少し和讃じみて居るが、これでも新奇流行のアホダラ経を聞くと思うて聞いて見よ。随分利益があるぞ。第一怖ろしいと云ふ観念を忘れ、夜が長いと云ふ苦しみを其間だけなつと救はれるのだ。此位現当利益の御蔭はありませぬ。併し此内に一人位は耳に応へる優婆塞があるかも知れぬ。それも修行だと思つて聞いて居れば遂に習慣性となり、初めには耳についた汽車の音が、終ひには何ともないやうになるのと同じことだ。マア辛抱してお日待ちの説教を聞くと思つて聞くがよいワ』
宗彦『アーア喧しいなア。何をヒソビソとお前達は言つて居るのだ。黙つて寝ないか。最前から聞いて居れば猟夫がどうしたの、斯うしたのと仕様も無い昔話しを持ち出して、乞食坊主のホイト節のやうなことを云つてゐたぢやないか。好い加減に寝え寝え。又明日大活動をやらねばならぬから肉体の休養が肝腎だ』
原彦『宣伝使さま、何と云つても田吾さまが、耳の痛いことを喋るのですもの、チツト叱つて下さいな』
 宗彦は早くも眠りに就たと見えて何の応答も無い。
田吾作『そーれから、そーれから、
 鱏、鱧、鰈、矢柄(エーはばかり乍ら)  無精山道楽寺ナマ臭厄介坊主の
 自堕落上人御招待に預りました  抑も愚僧が万国修行の根元
 戒行、難行、苦行、故郷の  住めば都を後に愛宕の山を乗り越えて
 闇を冒してスタスタと  保津の里までやつて来ました
 時しもあれや森蔭に  七尺有余の荒男
 現はれ出でて皺嗄れた  声を張り上げコレコレモーシ旅の人
 提灯の明かり貸して下さんせ  聞いて旅人立止まり
 此の闇黒に提灯の  火が欲しい奴は何者ぞ
 夏の夕べの火取虫か  飛んで火に入り身を焼いて
 死んで了ふのを知らないか  そんな馬鹿な事止せ止せと
 後をも見ずに進み行く  性凝りも無く怪しの男
 オツトどつこい一寸違うた  折から猪奴が飛んで来た
 怪しの男は驚いて  猿のやうな声を上げ
 キヤツキヤと言うてしがみつく  此奴はよつぽど弱虫と
 心を許して道伴れに  なつてやつたがわが不覚
 大井の川の袂まで  来る折しも其奴めが
 コレコレモーシ旅の人  お前の懐中に光るもの
 一寸私に貸してくれ  貸さな斯うぢやと高飛車に
 拳固をかためて攻め寄せる  此方も痴者ひつぱづし
 腕首掴んで中天に  力を籠めて投げやれば
 空中の舞を舞ひ納め  遥向方の川中へ
 はまつて死んだと思ひきや  蛙のやうな態をして
 草の中からガサガサと  やつて来居つて旅人が
 胸倉グツト引掴み  川へザンブと投り込んだ
 怪しの男は肝腎の  玉が無いので力抜け
 青い顔してノソノソと  疵持つ足の何処となく
 帰つて行たが其の跡は  何処かの松の並木原
 根元に埋められ肥料となり  くたばりしかと思ふうち
 明石峠の麓なる  小さい村の離れ家の
 首をおつるが婿となり  ハラハラし乍ら十五年
 胸もヒコヒコ十五年  終には病を惹き起し
 明日をも知れぬ難儀の場  三五教の宗彦が
 留公、田吾作両人の  立派な家来を引伴れて
 お出でましたるその御かげ  ケロリと癒つた人足が
 今は三国の山登り  猛獣毒蛇の唸り声
 聞いてブルブル慄て居る  アヽ面白い面白い
 エー無精山道楽寺  なまぐさ厄介坊主の自堕落上人が
 此の所に現はれまして  諸行無常や是生滅法
 やがて寂滅為楽の愁歎場  ブツブツ唱へ奉る
 チヤカポコ チヤカポコ ポコポコポコ』
 此時一寸先も見えぬ闇黒の中より聞き慣れぬ妙な鼻声交りの婆の声が聞えて来た。
婆『ハテ訝かしやな、俺は三国ケ嶽の鬼婆である。今日三五教の身魂の研けた立派な宣伝使が、当山へわれを退治せむと企て、上り来ると聞き、これこそ天の時節の到来と喉を鳴らして待つてゐた。蛙やくちなははモウ喰ひ飽いた。赤児も最早飽いて来た。宗彦と云ふ奴、魂の綺麗な奴と聞いた故、噛ぶつて喰うたら甘からうと、此間から楽しんで待つてゐた。どうやらこれが宗彦らしい。さうして二人の奴は、どれもこれも口ばつかり大きい奴で、ちよつとも実のない奴だ。三匹が三匹とも、よう斯んなガラクタが揃うたものだ。アーあてが違うた。この年寄が足許の見えぬやうな闇黒をうまい餌食があると思つて出て来たのに、薩張り梟鳥の宵企み、夜食に外れたやうなものだ。それでも尻の傍には、少し甘さうな肉が付いて居るだらうから、これなつと喰てやらうかな』
田吾作『コリヤ婆のやうな声を出しやがつて、何を吐すのだ。尻なつと喰へ、貴様がそんな作り声をしたつて、田吾作さんはよく知つて居るのだ。まだ貴様の出る幕ぢやないぞ。気の利いた化物はモウ足を洗つて寝る時分だ。言依別命さまに願つた事を早く往つて計画せぬかい。馬鹿だなア、陰謀発覚の虞があるぞ。化るならモツと仮声を上手に使へ。留……イヤウーン留度も無く馬鹿ばつかり垂れやがつて、何処の呆け曲津だ。愚図々々致すと承知せぬぞ』
 原彦は又小声で、
原彦『オイ田吾作さま、相手になるな。あんな化物に此の闇黒で相手になつたとこで、どうすることも出来ぬぢやないか』
田吾作『八釜敷う云ふない。俺の言霊を留公……オツトどつこい留めようとしたつて、斯う馬力がかかつてからは、容易に止まるものぢやないワ』
留公『田吾作、原彦、宗彦様、又明日御目にかからう。頭から岩窟の婆が塩つけて噛ぶつてやらう。それを楽しんで居つたがよからう』
宗彦『あの声は婆の声のやうでもあり、鼻声だが何処ともなしに留公に似たとこがあるぢやないか、ナア田吾作さま』
田吾作『マア何でもよろしい哩。何れ明日になつたら解りませう。サアサアモー一寝入り』
と横になり、喋り草臥れて他愛もなく寝込んで了つた。
 宗彦も亦寝に就く。原彦は時々怪しき声の響き来るに脅かされ、二人の中に挟まつて一睡も得せず、一夜を明かしける。
(大正一一・五・一四 旧四・一八 外山豊二録)
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