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文献名1霊界物語 第21巻 如意宝珠 申の巻
文献名2第2篇 是生滅法よみ(新仮名遣い)ぜしょうめっぽう
文献名3第6章 小杉の森〔680〕よみ(新仮名遣い)こすぎのもり
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-05-08 14:46:56
あらすじ玉治別の導きでいったんは改心した六人の小盗人たちは、杢助の家で金銀を見てから、また元の泥棒に逆戻りし、津田の湖で宣伝使を亡き者にして金目のものを奪おうと画策していた。三州、甲州、雲州の三人は、突然仲間割れに見せかけて遠州、駿州、武州のすねを打ち、宣伝使たちを罵って、泥棒に戻るのだと言って出て行ってしまう。これは芝居で、すねを打たれた三人が津田の湖を舟で渡ろうと宣伝使に持ちかけ、船上で宣伝使をやっつけてしまおうという計略であった。一方で三州、甲州、雲州の脱退組は、前夜に杢助の女房の通夜を手伝った縁で杢助を油断させて、金銀を奪い取ろうとしていた。三人は滑稽な予行演習を行った上、杢助の館へと自信なさげに震えながら進んで行った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年05月19日(旧04月23日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年4月5日 愛善世界社版117頁 八幡書店版第4輯 307頁 修補版 校定版121頁 普及版53頁 初版 ページ備考
OBC rm2106
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本文  高春山の岩窟に  巣を構へたる曲神の
 鷹依姫を言向けて  誠の神の御教に
 靡かせ見むと三五の  道の教の宣伝使
 鼻も高姫黒姫が  天の岩樟船に乗り
 意気昇天の勢で  高天原を後にして
 天空高く飛んで行く  三月経ちたる冬の空
 何の便りも無き儘に  言依別の神司
 竜国別や国依別  玉治別の三柱に
 密かに旨を含ませつ  高春山に向はしむ
 ここに三人の宣伝使  草鞋脚袢に蓑笠や
 軽き姿の扮装に  万代寿ぐ亀山の
 梅照彦が神館  一夜を明かし高熊の
 稜威の岩窟に参拝し  神の御言を拝聴し
 来勿止神に送られて  善悪正邪の大峠
 越えて漸う法貴谷  戸隠岩の傍に
 登りて見ればこは如何に  行手に当りて四五人の
 怪しき影は山賊の  群と玉治別司
 俄に変る三国岳  蜈蚣の姫の片腕と
 早速の頓智に山賊は  一時は兜を脱ぎたれど
 元来ねぢけた曲霊  湯谷が峠の谷底の
 木挽小屋なる杢助が  家に立寄り金銀の
 包みの光に目が眩み  又もや元の曲津神
 心の鬼に遮られ  悪魔の道に逆転し
 心秘かに六人は  目と目を互に見合せつ
 竜国別に従ひて  津田の湖水の畔まで
 素知らぬ顔を装ひつ  三人の司と諸共に
 やうやう湖辺に着きにける。
三州『モシ玉治別さま、あなたは三五教の宣伝使と云つて居るが、実際は蜈蚣姫の乾児の玉公に間違ひはあるめい』
玉治別『馬鹿を言つては困るよ。汝はどうして、俺がそんな悪神に見えるのだ』
三州『論より証拠、泥棒の乾児を使つて、杢助の宅へ忍び入らせ、沢山の金銀を強奪しお前は赤児岩に待伏せして、乾児から受取つたのだらう。直接に盗らないと言つてもやはり人を使つて盗ませたのだから、要するに今回の強盗事件の張本人だよ』
玉治別『汝は今になつて、まだそんな事を言ふのか。俺の無実は既に杢助始め、大勢の者が氷解してゐるぢやないか』
三州『それでも戸隠岩の麓で、蜈蚣姫の片腕だと自白したぢやないか。ナア甲州、雲州汝が証拠人だ』
甲州『そらそうだ。蛙は口から、吾れと吾手に白状すると云ふ事がある。……オイ玉州モウ駄目だぞ。何と言つても自分の口から言つたのだから、竜州に国州、俺の観察は誤謬はあるまい。斯う大地に打おろす此杖は外れても、俺の言葉は外れよまいぞよ』
玉治別『アヽこれは聊か迷惑の至りだ。あの時は汝等を改心させる為に、三十三相の観自在天の真似をして方便を使つたのだ。これから高春山の曲神の征伐に向ふと云ふ真最中、内訌を起しては味方の不利益だから、そんな事は後に詳しく、合点の行く様に説明してやらう。今日は先づ沈黙を守るがよい』
三州『仮にも欺く勿れと云ふ宣伝使が、方便を使つたり、嘘を言つて良いものか。嘘から出た真でなくて、真から出た嘘を云ふお前は大泥棒だ』
遠州『コラ三州の野郎、尊き宣伝使に向つて、何と云ふ雑言無礼を吐くのだ。愚図々々吐すと此遠州が承知致さぬぞ』
三州『今迄は遠州の哥兄と尊敬して来たが、汝の様な泥棒心の俄に消滅する様な、腰抜は今日限り俺の方から縁を絶つてやらう。泥棒ならば徹底的になぜ泥棒で通さぬのだ、又改心するならば、本当の宣伝使に従つて誠の道へ這入るのなれば、俺だとてチツトも不服は称へないが、此玉に竜、国と云ふ代物は、どこまでもヅウヅウしく宣伝使だなぞと、仮面を被つて居やがるからムカツクのだよ』
遠州『オイ駿州、武州、汝はどう思ふ? 俺はどうしても立派な宣伝使と観測して居るのだ』
駿州『俺もそうだ』
武州『定つた事だ。グヅグヅ吐すと、三甲雲の木端盗人、雁首を引抜いてやらうか』
『ナニ猪口才な』
と三州は俄作りの有合せの杖を以て、武州の向脛を擲りつけた。武州は『アイタヽ』と其場に顔を顰めて倒れた。続いて甲州、雲州の二人、遠州、駿州を目蒐け、向脛を厭と云ふ程擲りつける。脆くも三人は其場に踞んで顔を顰め、笑つたり、泣いたり、怒つたりして居る。
遠州『蟻も這はすなと云ふ大切な向脛を叩きやがつて、……覚えて居れ』
三州『杢助爺ぢやないが、肝腎のおアシをとられて苦しからう。おアシの沢山な蜈蚣姫さまの乾児共に修繕して貰へ。俺は最早汝等三人とは縁絶れだ。勿論玉、竜、国の奴盗人とも同様だ。こんな所に居るのは胸が悪い。これから先は善になるか悪になるか、我々三人の都合にする。汝等は鷹依姫に散々脂を搾られ、高姫、黒姫の様に岩窟の中へ閉ぢ込められて、木乃伊になるのが性に合うて居るワ……アバヨ』
と歯を剥き出し、腮をしやくり、尻を叩いて、あらゆる嘲笑を加へ、此場を棄て、湯谷ケ岳の方面指して駆けて行く。
 三州、甲州、雲州の三人は津田の湖辺を後に、湯谷ケ岳の山麓に着いた。此処には少彦名神を祀りたる形ばかりの小さき祠がある。樫の大木は半ば枯れながら、皮ばかりになつて、若き枝より稠密な葉を出し、空を封じて居る。猿の声はキヤツキヤツと祠の背後の木の茂みに聞えて居る。
三州『オイ、ここまで漸く来るは来たが、玉治別以下の宣伝使はどうだらう。我々を此儘にして放任して置くだらうかな。彼奴は馬鹿正直者だから、「折角神の綱の懸つた三人、再び邪道へ逆転させては、大神様に申訳がない」とかなんとか云つて、俺達の後を追つかけて来はせまいかと、そればつかりが気にかかるよ』
甲州『向うにも現に三人の足を折られた連中が居るのだから、去る者は追はず、来る者は拒まずとか、何とか御都合の好い理屈を付けて、此アタ辛い山坂を、行方も知れぬ我々の後を追つかけて来さうな筈がない。マア安心したが宜からうぞ』
雲州『そんな心配は要らないよ。三人残してあるのだから、三人が三人の足にでも喰ひ付いて、何とか此方へ来ない様に工夫をするだらう。そんな取越苦労は止めたが良いワイ。彼奴等三人は足が痛いと云つて、キツと津田の湖を、玉治別と一緒に船に乗つて高春山の山麓に渡る手段をとり、湖水のまん中程で、俄に足痛が癒り、彼奴の懐の秘密書類を取り返し、ウマク目的を達するに定まつて居る。それよりも俺達は軍用金の調達が肝腎だから、自分の……これから作戦計画を進める事にしようぢやないか』
三州『何を言つても、百人力と云ふ豪傑の杢助だから、到底正面攻撃では目的を達する事は出来ない。幸ひに女房の葬式の手伝ひや、穴掘までしてやつたのだから、先方は気を許して俺達を歓迎するにきまつて居る。さうしてまだ女房の一七日は経たないのだから、彼奴も菩提心を出して、手荒い事はせないに定つて居るよ』
甲州『併し高春山に行くと云つて出たのだから、今更何と云つて、杢助をチヨロ魔化さうか、ウツカリ拙劣な事を云ふと、計略の裏をかかれて、取返しのならぬ大失敗に陥るかも知れない。爰は余程智慧袋を圧搾して、違算なき様に仕組んでいかねばなるまい。一つ此処で練習をやつて行かうではないか』
三州『オヽそれが宜からう』
甲州『三州、お前は杢助になるのだ。さうして俺と雲州がウマク化け込んで這入るのだ。其時の問答を、今から研究して置かねばならぬからのう』
三州『杢助の腹の中が分らぬぢやないか。それから観測せぬ事には此練習も駄目だぞ。……雲州、汝が一層の事、杢助になつたらどうだ。体も大きいなり、どこともなしにスタイルが似て居るからなア』
雲州『俺も俄に百人力の勇士になつたのかな。ヨシヨシ芝居をするにも、憎まれ役は引合はぬ。汝は小盗人役、此雲州が杢助だ。サア何なとウマく瞞して来い……雲州否杢助は智勇兼備の豪傑だから、借つて来た智慧や、一夜作りの考へではチヨロ魔化す事は到底駄目だぞ。此祠を杢助の館と仮定して、貴様等両人が金銀の小玉を、ウマく手に入れるべく言葉を尽して来るのだよ』
三州『定つた事だ。シツカリして肝腎の宝を、……杢助……どうして俺が盗るか、妙案奇策を出して来るから、今後の参考資料にするがよからう。泥棒学の及第点を貰ふか、貰へぬか、ここが成功不成功の分界線だ。サア甲州、二三丁出直して、改めて杢助館へ乗り込むとしようかい』
と二人は此場より姿を消した。
雲州『暫く此祠を拝借して、杢助館と仮定し、泥棒の襲来に備へねばなるまい。併し盗人は何時来るか分らないから、常に戸締りを厳重にして置くのだが、今度の盗人は予告して来るのだから、充分の用意が出来さうなものだが、さて差当つて防禦の方法が無い。本当の杢助なれば小盗人の五十や百は手玉に取つて振るのだが、此杢助はそう云ふ訳にも行かず、何とか工夫をせねばなるまい……オウさうだ。今持つて帰ると云ふ所へ、コラツと大喝一声腰を抜いてやるに限る。玉治別の宣伝使が何事も言霊で解決がつくと云ひよつた。一つ力一杯呶鳴つてやらう。併し此処に金銀の代りに砂利でも拾つて、褌に包んで、分らぬ様に置いとくのだなア』
と真黒の褌の包を祠の下にソツと隠した。
三州『オイ甲州、本当の杢助だないから、盗るのは容易だが、併しそれでは本当の練習にならぬ。何とか本真者と見做してゆかねば、本場になつてから当が外れ、首つ玉でも抜かれたら大変だからのう』
甲州『到底強盗は駄目だ。マア住込み泥棒の方法が安全第一だらう。彼奴は嬶アに死なれて困つて居る所、我々が親切に隠坊の役まで勤めてやつたのだから、巧妙く行つたら杢助も気を許して、俺達を泊めて呉れるに違ひはない……サア其覚悟で行くのだよ』
 「ヨシヨシ」と三州は勢込んで行かうとする。甲州は袖をグツと握り、
甲州『オイオイそんな戦に行く様な調子で行つては駄目だ。涙でもドツサリと目に溜めて、如何にも同情に堪へないと云ふ態度を示して行かねば先方が気を許さぬぢやないか』
三州『まだ一二丁もあるから、ここで目に唾をつけても、到着までには風がスツカリ拭き取つて了ひよる。先方へ行つてから、ソツと唾を付けるのだ。忘れちや可かぬよ』
甲州『忘れるものかい』
とコソコソと足音を忍ばせ乍ら、
『モシモシ杢助様、私は此間御宅で御世話になつたり、あんまり人の喜ばぬ隠坊までさして戴きました三州、甲州……モ一人は半鐘泥棒の雲州で御座います。併し雲州は其名の如く、どつかへウンでもやりに行つたと見えて遅れましたが、やがて後から来るでせう。あんな奴はどうでも良いのだ。折角盗つた宝を分配するのにも配当が少なくなるから、同じ事なら二人が成功すれば、それの方が余程結構だ』
三州『コラコラそんな腹の中を先へ言つて了ふとスツカリ落第だ。不成功疑なし。ここは杢助館ぢやないか』
甲州『杢助なれば又其考へも出るのだが、現在雲州が此処に居ると思へば、本気になつて泥棒の練習も出来ぬぢやないか』
三州『幸ひ、雲州の杢助がどつかへ行つて居ると見えて、不在だから良いものの、そんな事が聞えたら、サツパリ駄目だぞ』
甲州『さうだと云つて、我良心の詐らざる告白だもの』
三州『良心が聞いて呆れるワ。貴様の両親もエライ放蕩の子を持つたものぢや……と云つて泣きの涙で暮して居るだらう』
甲州『ヤア其涙で思ひ出した。早く唾を付けぬかい』
三州『そんな大きな声で言うと、発覚て了ふぞ。此方は何程目に唾を付けても、先方が音に聞えたツバ者だから、グヅグヅしてると、一も取らず二も取らず、アフンとせねばなるまいぞ。……モシモシ杢助さま、其後、よう御訪ねを致しませなんだが、御機嫌は宜しいかな、お嬢さまも御変りはありませぬか』
雲州『此真夜中にお前達は何しに来たのだ。折角改心し乍ら、俺の持つて居る金銀に眼が眩んで、魔道へ逆転して来たのだらう。モウ良い加減に改心をしたらどうだ。悪をする程世の中に馬鹿な奴はありませぬぞ。仮令人間は知らずとも、天知る地知る、自分の精霊たる本守護神も、副守護神も皆知つて居る。天網恢々疎にして漏らさず。良い加減に小盗人を廃めて、結構な無形の宝を手に入れる事を、何故心がけぬか。俺は女房がなくなつて非常に無情を感じて居るのだ。

 白銀も黄金も玉も何かせん  女房にます宝世にあらめやも

併し乍ら肉体のある限り、衣食住の必要がある。汝に慈善的に盗らしてやりたいのは山々であるが、さうウマくは問屋が卸さぬ。それよりも善心に立帰つたらどうだい』
三州『オイ雲州、しようも無い事を言ひよると、張合が抜けて泥棒が出来ないぢやないか。アーアーもう廃業したくなつた。併し乍ら遠州、駿州、武州に対しても、足まで叩き懲して仕組んだ狂言だから、不成功に終れば彼奴等に合はす顔がない。モウちつと変つた事を言つてくれ』
雲州『ヨシ、御註文通り変つた事を言つてやらう……其方はアルプス教の鬼婆の乾児であらうがな。改心したと見せかけ、目に唾を付け、俺の心に油断をさせ、金銀の小玉をウマくシテやらうと思つて来たのだらう。そんな事は俺の天眼通でチヤンと前に承知して居るのだ。此閾一足でも跨げるなら跨げて見よ。百人力の杢助だ。手足を引き千切つて、亡き女房の御供へにしてやらうか。狐鼠盗人奴』
三州『オイオイ雲州、さう出られては俺の施すべき手段がないぢやないか。女郎屋の二階で孔子の教を説く様な事を言ひよるものだから、拍子が抜けたワイ。強く出いと云へばそんな縁起の悪い事を言ひよつて、どうする積りだ。チツとは俺の立場になつて見よ』
雲州『サア勝手に持つて帰れ。貴様の執着心の懸つたこの金銀、長い浮世を短う太う暮さうと汝は思つて居るが、幽界へ行つて鬼に金の蔓で首を絞められ、逆様に吊られるのを覚悟して持つて帰れ』
甲州『コレヤ雲州の奴、しようも無い事を云ふない。そんな事を聞くと泥棒も出来ぬぢやないか』
雲州『さうだと云つて真理は依然真理だ。取りたい物は幾らでも取らしてやらう。其代りに俺も取つてやらう。汝の一つより無い生命を……金が大事か生命が大事か、事の大小軽重をよく考へて見い』
甲州『そんな事を考へて居つて、泥棒商売が出来るものかい』
雲州『泥棒商売が辛けれや働け。働くのが厭なら睾丸なつと銜へて死ぬるか、首でも吊つた方が良いワイ』
三州『ヤア此奴ア駄目だ。モウ練習も打切りにしようかい』
雲州『さうすると汝は最早断念したのか。腰抜野郎だなア。それだから天州の乾児になつて、ヘイヘイ ハイハイと箱根の坂を痩馬を追ふ様に言つて、いつ迄も頭が上がらないのだ。鉄槌の川流れとは汝の事だよ。何なつと持つて行かぬかい』
三州『持つて帰ねと言つた所で、何も無いぢやないか』
雲州『其処辺を探して見い。金銀の妄念が褌に包んであるかも知れぬ』
甲州『オイ三州、どうしよう。何でも好いから手に入れた摸擬をせぬ事には、練習にならぬぢやないか』
三州『さうだと云つて、プンプン臭気のする、斯んな褌が、どうして懐へ入れられるものか。屋根葺の褌を三年三月、鰯の糞壺の中へ突込んで置いた様な臭気がして居るワ……汝御苦労だが、懐へ入れてくれ。之でもヤツパリ金包だ、黄金色の新しい奴がそこらに付着して居るぞ。褌は古うても尻糞は新しい。早く処置を付けて、此奴の化物ぢやないが、カイた物がものを言ふ時節だ。併し書いた物と言へば、玉治別の懐にある一件書類を巧妙く遠州の奴、取返しよつたか知らぬて』
雲州『そんな外の話をする所ぢやない。一意専心、さしせまつた大問題を研究しなくてはなるまいが』
三州『杢助さま、私は真実改心致しました。玉治別の宣伝使の仰有るには……多寡が知れた高春山の鬼婆位に、お前達大勢をゴテゴテ連れて行くと見つともない。三人居れば大丈夫だ。それよりも早く杢助さまの宅へ行つて、亡くなられた奥さまの御霊前で祝詞を奏げて来い。何れ帰路には杢助さまのお宅へ寄るから、それまで毎日神妙にお前達三人は、故人の霊を慰めるのだ。又杢助さまも寂しいだらうから、話相手になつてあげるが良い。嬶アに死なれた時は何となく、世の中が寂寥になり、憂愁の涙に暮れるものだから、面白い話でもして、一呼吸の間でも、心を慰めてあげるが宜い。それが一番に亡者の精霊に対しても、杢助さまに対しても、最善の道だ……と斯う仰有つた。それで暫くの間お宅へ御厄介に参りました。決して金銀などを盗らうと思うて三人が相談して来たのぢやありませぬから、留守は私等三人が立派にしてあげます。サア暫く都会へでも出て遊んで来なさるか、友達の宅へでも行つて、酒でも飲んで来なさい。あなたの奥さまの霊が玉治別さまに姿を現はして、涙を零して頼まれたさうです。さうして金を見えぬ所へ隠して置くのは、金に対して殺生だ。妾の死骸を埋葬たも同然だから、よく分る所へ出し、さうして妾にも一遍見せる為に、霊前へ三四日供へて置いて下さい。さうすれば妾は天晴れ成仏致します…………と斯う仰有つたさうで、玉治別さまが……エー此亡者は執着心が強いと見えて、死んでからまでも金銀に目をくれるのか、身魂の因縁と云ふものは仕方のないものだ…………と仰有いました。どうぞ霊前へお供へになつても、我々三人が盗るのぢやありませぬ。万一無くなつたら、それはインヘルノの立派な旅館で宿泊る旅費に、奥さまが持つて行かれたのでせうから、惜気なく執着心を棄てて御出しなさる方が宜しからう……なア杢助さま』
雲州『此杢助は金なんかに執着はない。併し乍ら人間と云ふ者は宝を見るとつい悪心が起るものだから、折角改心したお前達に又罪を作らすは可哀相だによつて、マア金の在処は知らさぬがよい。強つて、それでも知りたければ知らしてやらぬ事は無い。嬶アの死骸の懐に持たして帰なしてあるのだから、玉治別の神さまの前へ現はれてそんな事を女房が言ふ筈がない。大方お前達が仕組んで来たのだらう。これから墓へいつて土を掘り起し、逆様に首を突込んで、懐の金を盗るなら取つて見い。女房は金に執着心の強い奴だから、キツト冷たい手で、お前達の素首にギユツと抱付き、頭を下にしられて、汝の尻の穴を花立に代用するかも知れやしないぞ。それでも承知なら墓へいつて掘つて行かつしやい』
三州『オイ雲州、モウ汝の杢助は駄目だ。臨機応変、兎も角杢助の住家へいつてから、当意即妙の知識を発揮する事にしよう。何事も俺の云ふ通りにするのだぞ。衆口金を溶かす……と云つて、大勢が喋舌ると、目的の金銀が溶けて無くなつて了うと困るから、総て俺に一任せいよ』
雲州『何だか雲でも無い様な気になつて了つた。杢助気分が漂うて、汝等が泥棒に見えて仕方が無いワ』
三州『汝も泥棒ぢやないかい』
雲州『モウ此計画は中止したらどうだ。何とはなしに大変な罪悪を犯す様な気がしてならないのだよ』
甲州『何れ善ではない。併し我々泥棒としては、巧妙く手に入れるのが最善の方法だ。善とか悪とか、そんな事に心を奪はれて、どうして此商売が発展するか。サア大分に夜も更けた、これからボツボツ行かう』
と十丁許り前方の杢助が館に、体を胴震ひさせ乍ら、萱の穂のそよぎにも胸を轟かせつつ心細々脚もワナワナガタガタ震ひで進んで行く。
(大正一一・五・一九 旧四・二三 松村真澄録)
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