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文献名1霊界物語 第21巻 如意宝珠 申の巻
文献名2第3篇 男女共権よみ(新仮名遣い)だんじょきょうけん
文献名3第11章 鬼娘〔685〕よみ(新仮名遣い)おにむすめ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-05-14 00:13:04
あらすじ
雪を踏み分けて、竜国別は谷と谷との十字路に出た。雪道の徒歩は困難を極め、方向もわからなくなってきた。

すると雪の中から何者かが現れて、竜国別の手を引いて歩き出し、小山の麓のあばら屋にいざなった。竜国別は安全な場所に案内してくれたことに礼を言い、何者か尋ねるが、その女は逆に竜国別に、三五教かバラモン教かを問うてきた。

女は、竜国別が自分の味方なら助けるが、敵なら容赦しない、と脅す。竜国別が言葉を濁すと、女は竜国別に説教を始めた。竜国別のウラナイ教時代の失敗をあげつらって戒めを与える。

竜国別が困惑していると、女は被り物をさっと取った。するとそれは松姫のように見えた。竜国別が思わず松姫に話しかけると、女は自分は松姫ではなく雪姫だ、と返した。

最後に女は大きな眼をむいて竜国別を驚かすと、白狐の正体を表して逃げて行った。竜国別は、雪の上の狐の足跡をつけて進んで行く。

すると、一頭の猪が横切った。どこからともなく矢が飛んできて、猪に当たると、猪は山道を逃げて行った。竜国別は憐れに思い、矢を抜いてやろうと血糊を頼りに猪の後を追った。

すると岩穴の前で猪が事切れていた。竜国別は猪を葬ってやろうと穴を掘り始めたが、岩穴の中から鬼女が現れて、猪の血を吸い始めた。鬼女は竜国別を見つけると、竜若と昔の名で竜国別を呼び、睨み付けた。

それは旧知の行方不明になった村娘・お光であった。お光は自分が鬼女となって隠れてここに暮らしていることを明かし、自分の居場所を知った竜国別を生かしては帰せない、と凄む。

竜国別は、お光が幼い頃から世話をした恩義を思い出させ、無体なことはしないようにと諭す。鬼女はその恩に免じて、竜国別の血を少しだけ吸って許してやろうと竜国別を打って気を失わせた。

鬼女は血を吸って竜国別を揺り起こした。竜国別は気分がすっきりして起き上がった。鬼女は、竜国別の血管を通っていた悪霊をすっかり吸ってあげたために、竜国別は大和魂の生粋になったのだ、と言った。

そして竜国別を許す代わりに、自分が鬼女となってここに住んでいることを誰にも言わないように、さもないと竜国別を殺す、と約束させた。竜国別は承諾し、元来た道を引き返し、左に道を取って進んで行った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年05月20日(旧04月24日) 口述場所 筆録者外山豊二 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年4月5日 愛善世界社版190頁 八幡書店版第4輯 334頁 修補版 校定版196頁 普及版85頁 初版 ページ備考
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本文  白雪皚々として四面の山野、白布の褥を被つた如く満目蕭然として一点の塵を留めず、道問ふ人もあら風に向つて進む竜国別の宣伝使は、刻々に降り積る雪を踏み分け、漸く谷と谷との細き十字路頭に出でたり。
 太陽は雪雲にしきられて光を中空に包み、東西南北の方向さへも判らなくなつて来た。日は漸く雪雲の西天に没したと見えて、何とはなしに薄暗く寂し。されど雪の光に四面は月夜の如く朦朧と光つてゐる。竜国別は五尺有余の雪に鎖され進退谷まつて、最早凍死せむばかりに困しみつつ、言霊の続く限り天津祝詞を奏上し、夜の明くるを待つの止むなき破目とはなりぬ。
 僅か一里許りの山路に一日を費やしたるを見れば、如何に通路の困難なりしかを察するに余りあり。真白の雪の中より白き影、むくむくと膨れ出し、一塊の白き立姿となつて竜国別が佇む前に現はれ来り、物をも言はず冷たき手を伸ばして、竜国別の手を執り進んで行く。
 竜国別は心の中に怪しみ乍ら、最早如何ともすること能はず、怪物に手を引かれたる儘に不安の念に駆られて進み行く。怪物は小山の麓の荒屋の中に、竜国別を誘うた。
『如何なる方か存じませぬが、雪に鎖され身動きもならず、困難の処へお出で下さいまして、斯様な安全地帯へ御案内下さいましたのは、誠に有難う存じます』
『汝は蜈蚣姫の部下か、但は言依別命の部下なるか、返答次第で吾々にも一つの考へがあるから、敵か、味方か聞かして欲しい』
『さう云ふ貴方は、何と云ふ御婦人でございますか』
『貴方の返答を聞くまで申すまい。吾々の敵ならば今此処で、汝を征伐せなければならず、もし味方ならば何処迄も助ける覚悟だよ。サア、バラモン教か三五教か、二つに一つの返答を聞きませう』
『仮令バラモン教でも、三五教でも誠の道に変りはありませぬ。私は誠の道の宣伝使です。三五教、バラモン教、又アルプス教と云ふやうな区分した名称に、余り重きを置いては居りませぬ』
『それは誰しも同じこと。併し今汝の属して居る教派は、何教だと尋ねてゐるのだ』
『何教でも好いぢやありませぬか。兎角天下国家の為に最善を尽くすのが、宣伝使の天職だと心得てゐます』
『アハヽヽヽ、どうも卑怯千万な男だこと。三五教なら三五教だと、キツパリ云つたら如何ですか』
と最後の一言に力を籠め雷の如く呶鳴り立てた。見ればその怪物は拳のやうな目玉をクルクルと廻転させてゐる。
『先程より妙なことを尋ねる怪物だと思つて居たら、いよいよ怪しき奴だ。其方は古狸であらうがなア。雪に鎖され食料に苦しみ、吾々が腰の弁当が欲しさにやつて来たのだらう。貴様に与へるのは易いこと乍ら、聊か此方が迷惑を致す。マア気の毒乍ら、此処を早く立去つたがよからうぞ。そんな請求は駄目だから』
『お前は人を救ふ宣伝使ぢやないか。わが身を捨てて人を救はねばならぬ職務にあり乍ら、現在飢ゑたる吾々を見殺しに致し、自分さへ腹が膨れたら、それで好いのか、それでも人を救ふ宣伝使と思うて居るか。此世を誑る偽物奴、吾々を化物と申すが、汝こそ真の化物だ。人間の皮を被つては居るものの、汝が身魂は四足同然ぢや』
『オイ狐か、狸か知らないが、人に食物をねだるのに、そんな驕慢な言葉があるかい』
『誰が貴様のやうな穢れた人間の所持する食物をくれいと云つたか。吾々は失礼乍ら乞食の真似は致さぬ。唯一つ欲しいものがある。それを頂戴すれば好いのだ』
『お前の欲しいと云ふのは一体何だ』
『外でも無い。其の高い鼻の先を削つて貰ひたいのだ』
『此鼻は親から預かつた一つの貴重品だ。こればかりは遣ることは出来ない』
『そんなら一つ交換して欲しいものがある。大きな物と、小さい物と交換するのだから、どちらかと云へば俺の方が余程損がゆくやうなものだが、申込んだ方から実物の二倍三倍を提供すると云ふことは、現代人間の不文律だから、俺の物は大きいが交換をして貰ひたい』
『八畳敷と交換して堪るものかい。歩くのに妨害になつて仕方が無いワ』
『アハヽヽヽ、人間と云ふものは汚いものだな。直にそんなとこへ気を廻しよる。俺の要望するのは、そんなものぢやない。貴様は余り目が小さいから、向ふ先が見えぬ盲目同様の化物だ。それで俺の目と貴様の目と交換して呉れと云ふのだ』
『その様な大きな目を俺の面に当てやうものなら、一つで一杯になつて了ふワ』
『一つ目小僧と云ふ化物があるそうだ。お前は恰度それに魂が適合して居る。霊肉一致だから交換してくれ』
『一つの目は余るぢやないか』
『残り一つは後頭部へ付けたらよからう。さうすれば前も後ろも、よくわかつて調法だぞ。サア強圧的に眼玉を抜いて付け替へてやらうか』
『俺は人間様だ。此目で十分に用を足して居るのだ。此の交換は御免蒙る』
『一旦言ひ出した事は後へ退かぬ某だ。そんなら仕方がない。お前の腐つた魂を受取らう』
『馬鹿云ふな。俺の魂は水晶玉だ。何処が腐つて居るか。大きな目を剥きよつて、それが見えぬのか』
『貴様は高城山の山麓、松姫の館に於て四足になつた代物ぢやないか。俺の素性が判らぬ筈はあるまい』
『ハテナー、一体貴様は何者だ。俺の事をよく知つてるぢやないか』
『アハヽヽヽ』
と笑ひ乍ら、被物をツツと脱げばこは如何に、擬ふ方なき松姫であつた。
『ヤア貴女は松姫さま、随分悪戯をなさいますな。本当に肝玉が転宅しかけましたよ』
『オホヽヽヽ、私が松姫に見えますかな。それだから其の眼の玉を交換しようと云つたのだよ』
『そんならお前は何者だ』
『雪の精から現はれた雪姫と云ふものだよ』
『雪にでも霊があるのかなア』
『お前の心の空に真如の太陽が輝き渡らぬ限り、此の雪姫の謎は解けないよ。曇り切つた今日の空のやうな身魂では、可愛相に目も碌に見えまい』
『毬のやうな目を剥いて現はれて来るものだから、的切り狸のお化と思つたのだ。雪姫はそんなに種々に変化出来るものかなア』
『ゆき詰つて、行くに行かれぬ橡麺棒を振つた時は、お前でも大きな目を剥き出して困るだらうがなア。さうだからデカイきつい目に遇うたと言ふのだ。モー一つ御望みなら大きな目を剥いて、御覧に入れようか』
『いやモー沢山だ。めい惑千万、これで御遠慮申して置かう』
 雪姫は、
『これでもかア』
と言ひ乍ら、蛇の目の傘のやうな、大きな目を剥いて見せる。竜国別は驚いて後に倒れる途端に、雪姫は忽ち白狐となつて一目散に山道を駆出し逃げて行く。
『アヽ偉いビツクリさせよつた。奴狐の野郎、彼奴の正体がモウ斯う判つた以上は別に怖れることもない。跡追つかけて往生させねば宣伝使の役が勤まらぬ。併しこの大雪の中、四足は歩きよからうが、人間は一寸困るワイ』
と独語し乍ら四辺を見れば六尺有余もタマつたと思ふ雪は、僅か一寸許り、狐の足形がついて居る。
 竜国別は手を組んでドツカと坐り、
『アヽ何の事だ、狐の奴、俺を魅み居つたなア。一日骨を折つて深い雪路を進んだ積りだつたが、矢張元の岩蔭だつたワイ。俺はどうかして居ると見える。サアこれから一つ天津祝詞を奏上し、大神の御神力を頂戴して前進することにしよう。思はぬ所で思はぬ夢を見たものだ。どうやら夜が明けたらしい。此の狐の足跡を踏むで行けば、道路が分るだらう』
と薄雪に印した足跡を頼りにドシドシ進み行く。
 七八丁許り前進したと思ふ時、一頭の猪が現はれ前を横ぎる。
『ハテ不思議だ。狐の足跡があると思へば又猪だ。今度目は本当の狸の野郎に出会すのかも知れないぞ』
と佇む折しも、何処ともなく空を切つてヒユウと唸り乍ら、頭上を掠めて一本の流れ矢が猪の面部に発止と突立つ。
 猪は狼狽へ騒いで転げ廻り、終に一つの禿山を越えて、向ふの谷に姿を隠したり。
『アヽ可愛相なことだ。鳥、獣でも助けるのが吾々の役だ。これや神様が吾々の気を惹いて御座るのかも知れない。之を見捨てて行つては大変だ。幸ひ薄雪に残つた足跡を索ねて、猪のお宿を探し、鎮魂を施して助けてやらねばならぬ。又彼の矢を抜いてやらねば到底助かるまい。何は兎もあれこれを救ふが第一だ』
と禿山をトントン登り進み行く。
 此処は大谷山の山麓、岩ケ谷といふ芒の生ひ茂つた、人の行つたことのないやうな草原である。彼方此方に落ちたる血糊を索ねて進んで行くと、其処に一つの岩穴があり、以前の猪は既に縡切れてゐる。
竜国別『ハヽア此処が猪の棲処だつたなア。それでも途中で死なずに、自分の棲処まで帰つて倒れたのはまだしも、猪に取つては幸福だ。何処ぞ此処に厚く葬つてやらう』
と手頃の石を拾つて、土をカチカチ掘り初める。
 岩穴の中より二十五六の女、角を生やして莞爾々々し乍ら出で来り、矢庭に猪の屍骸に取つき血を吸ひ初める。竜国別は黙つて此様子を眺めて居ると鬼娘は、美味さうにチウチウと音をさせて全身の血をスツカリと吸つて了ひ、腹を両手で撫で乍ら竜国別の立つて居るのに気がついたと見え、目を丸くし、口を尖らし、
『ヤアお前は竜若ぢやないか』
と睨めつける物すごさに、竜国別は、
『オイ、お前はお光ぢやないか。お前の両親は行方が知れぬので毎日日日心配して居つたよ。ウラナイ教の高城山の館へも幾度か参拝して来たが、如何しても知れないので、出た日を命日と定めて立派な葬式を営まれたが、其の時に俺も祭官に列したことがある。サアサアお前は早く親の家へ帰れ。こんな処で鬼娘になつては堪らないぞ。高春山に俺は征伐に行くものだが、これから伴れて行つてやるのは易いけれど、女と同道は許されないから、これから早く家へ帰つたら如何だ』
『コレ竜若さん、私は祖母さんの眉毛を剃つて居ました時、誤つて顔を斬り、沢山の血が出たので、驚いて嘗めて見たところ、それから生血の味をおぼえて、人間や獣の血が吸ひたくなり、到頭こんなに頭に角が生えて鬼娘になつて了つたのだ。斯んな態して如何して我家へ帰れませう。お前さんも私の所在を知つた以上は、村に帰つて喋るであらう。さうすれば私は最早身の終りだから、自分の肉体保護の上から、気の毒乍らお前の生命を貰ふのだ。覚悟を為され』
『そんな無茶な事を云ふない。チツとはお前も恩義と云ふことを知つて居るだらう。此の小父さんが貴様の子供の時には、負うたり、抱いたり、小便をさしてやつたり、うんこの掃除まで世話をやいてやつたのを覚えて居るだらう。ちつとは其の義理ででも、俺を喰ふなんて云ふことが出来るものか。恩を知らぬものは、人間ぢやないぞ。烏に反哺の孝あり、犬は三日飼うて貰つた主人を、一生忘れぬと云ふぢやないか』
『そんな事が解つて居つて、如何して鬼娘になれますか。世の中の義理や、人情を構つて居つたら、鬼の修行は出来るものぢやない。サア小父さん、此処で逢うたがお前の運の尽きだ。アヽ美味さうな血の香がして居る。済まないけれどよばれませう』
『コラコラ俺は今迄の竜若とは違ふぞ。神力無限の三五教の宣伝使、言依別命様の御覚え芽出度き竜国別命ぢや。馬鹿な事を致すと地獄のどん底へ落されて、鬼の成敗に遇はねばならぬぞ。未来を怖れぬか』
『ホヽヽヽヽ、鬼娘が地獄の鬼が恐くて、如何なりませう。これでも地獄へ行つたら、立派な鬼娘が来たと云つて、持囃されるのだ。私は鬼になるのが願望だ。お前の生血を吸へば、もう一層立派な鬼娘になれる。猪の生血は最早呑み飽いたから』
『如何しても俺を喰ふと云ふのか。イヤ血を吸はうと申すのか』
『如何しても吸はねば私の身体が燃えて来る。私も苦しいから、義理、人情を省みる遑がない。併しあんまり御世話になつたのだから、何処とはなしに気の毒なやうな感じがする。ちつとばかり吸うてこらへて上げませう』
と手頃の石を以て、竜国別の額をカツカツと打つた。竜国別は気が遠くなり、其の場に倒れた。
『アヽ気の毒な小父さんだ。沢山呑むと生命が危いから、一二升許り呑んでこらへて上げよう』
と傷口に口を当て、チウチウと呑み始めた。
『アヽ如何したものか、此の血はエグイ。なかなか苦味がある。矢張身魂が曇つて居ると見えて、流れる血まで味が悪いのかなア。サアサア小父さん、モーこらへて上げよう。起きなさい』
と揺り起されて竜国別は吾に帰り、
『アヽなんだか気分がスイツとした。俄に身体が軽くなり、目までハツキリして来たやうだ』
『お前の血管を通つて居る悪霊を薩張吸うて上げたのだから、モーお前さんは結構な赤い誠の血計りになつて了つたのだよ。此上は最早私の手に合はぬ。お前さんは愈大和魂の生粋になつて了つた。併し此事を誰にも話してはなりませぬぞや。話すが最後千里向かふからでも私の耳は聞えるから、宙を駆つて行き、お前の素首を引抜くから、其の覚悟でゐて下さいや。此処で殺すのは易いけれど、お前に助けられたと云ふ弱味があるので、如何に悪党な鬼娘でも如何する事も出来ない。併し私と今約束して、それを破れば、初めてお前さんに破約の罪が出来たのだから、其時は堂々と生命を取りに行くから、其の覚悟で帰つて下さい。これで高春山の征伐も立派に出来るだらう。人間万事塞翁の馬だ。私に酷い目に遇はされて、其結果誠の手柄を現はす様になるので、謂はば私はお前さんの守護神のやうなものだ。感謝しなさい』
『妙な理屈もあるものだなア。頭をこつかれ、血を吸はれて感謝するとは、開闢以来聞いたことがない。何処で斯うも勘定が違つたのだらう』
『定つた事だ。処変れば品変る、お家が変れば風変る、郷に入つては郷に随へだ。世界には賭博のアラを取つて国の会計を助け、国民が安楽に暮して居る国さへもあるぢやないか。また一方の国では賭博を罪悪としてゐるやうなもので、社会が違へば善悪の標準も違ふのだ。併し何処へ行つても約束を破ると云ふ事は罪悪だぞえ。天照大神様と素盞嗚尊様が、天の安の河原を中に置いて誓約を遊ばしたではないか。世の中には現界、幽界、神界の区別なく、約束を守ると云ふことが最も大切なことだ。之を破るのは罪悪の骨頂だ。お前も私の所在を誰にも言はないと云ふことを誓約なされ。さうでなければ、今此処でお前の生命を奪つて了ふ』
竜国別『なに、お前達に生命を奪られるやうな俺では無いが、お前の生命を奪つた所で仕方がない。つまり俺が罪人になるだけだから、此処はうまく妥協して互に言はないと云ふ約束をしよう』
お光『そんなら助けて上げよう。トツトとお帰りなさい。屹度言ひませぬな』
竜国別『ウン、俺も男だ。屹度約束を守るから安心して呉れ』
お光『左様なら』
と云つた限り、岩窟の中深く影を没したり。
 竜国別は額の傷を撫で乍ら、元来し路へ引返し、それより左に取つて枯草茂る小径を悄々と上り行く。
(大正一一・五・二〇 旧四・二四 外山豊二録)
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