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文献名1霊界物語 第22巻 如意宝珠 酉の巻
文献名2第5篇 神界経綸よみ(新仮名遣い)しんかいけいりん
文献名3第18章 布引の滝〔710〕よみ(新仮名遣い)ぬのびきのたき
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-05-30 02:34:16
あらすじ初稚姫と玉能姫は、霊夢に感じて山頂に登り行きつつあった。二人は布引の滝のそばを通った際、禊をしてから山頂に行こうとして、滝の方に向かっていった。するとそこにはバラモン教のスマートボール、カナンボールらの一味がいて、二人は囲まれてしまった。カナンボールは、三五教の聖地では多くの信徒が、玉を隠したのは玉能姫だと疑っているから、その玉をもってバラモン教に寝返るようにと玉能姫を脅す。初稚姫はカナンボールの言葉を信じるな、と玉能姫に気をつける。バラモン教徒らは説得が通じないと見ると、二人を囲んで力ずくで二人を虜にしようとする。玉能姫と初稚姫はスマートボールとカナンボールらの一味を取っては投げて奮戦し、みな谷底に落としてしまった。しかしそこへ蜈蚣姫が手下を引き連れてやってきた。蜈蚣姫は玉能姫を気絶させ、初稚姫も組み敷いて殺そうとする。そこへ宣伝歌が聞こえてきた。滝公と谷丸が、言依別命の命によって救援に来たのであった。蜈蚣姫は谷丸によって谷底に落とされてしまい、蜈蚣姫以下バラモン教徒らはこそこそと四方へ逃げ散ってしまった。初稚姫は神懸りになり、我々の任務は教主言依別から神界経綸に必要な玉をあずかり、ある地点に埋蔵することにあり、妨害しようと寄せ来る悪魔を追い払うためには、一時的に武術を使うも止むを得ない、と託宣した。谷丸と滝公は二人を警護して山頂にたどり着くと、教主言依別命は、三個の神玉を安置して祈願を凝らしていた。皆が到着すると、言依別命はにこやかに迎えた。玉能姫が布引の滝で危ない目にあって谷丸・滝公に助けられた事を話すと、言依別命は、霊夢に感じながらすぐさま山頂に登らず、禊をしようとわき道をしたので神様に戒められたのだ、と答えた。言依別命は、如意宝珠の玉と紫の玉を、神島に埋蔵する役を、初稚姫と玉能姫に命じ、谷丸と滝公に、そのお供を言いつけた。谷丸には佐田彦、滝公には波留彦と名を与えた。そして黄金の玉は自分がある霊山に隠しておく、と告げた。また神島へはこの宝玉が光を発する三十万年の未来になったら迎えに行くが、それまでは自分は決して渡らない、と答えた。この黄金の玉は高熊山に隠されて、その印に三つ葉躑躅が植えられた。三個の宝玉が世に出でて輝く活動を、三つの御魂の出現というのである。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年05月28日(旧05月02日) 口述場所 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年7月30日 愛善世界社版241頁 八幡書店版第4輯 469頁 修補版 校定版249頁 普及版111頁 初版 ページ備考
OBC rm2218
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本文の文字数8105
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本文  初稚姫、玉能姫は霊夢に感じ、杢助の庵を立ち出で、青葉も薫る初夏の山路を再度山の山頂目蒐けて登り行く。淙々たる滝の音が間近く聞えて来た。
玉能姫『初稚姫様、あの音は布引の滝に近くなつたのでせう。一つ御禊をしてお夢にお示しの山頂に参り、言依別の教主より玉を預かつて帰りませうか』
初稚姫『小さな声で仰有つて下さい。此辺は曲神の悪霊が充満して居りますから、神界の秘密を探り、又もや妨害を加へられては大変ですから』
『アヽさうでしたね。兎も角滝の音を目当てに、霧を分けて参りませう』
と夕霧籠むる谷間を、玉能姫は初稚姫の手を取り労はりつつ谷深く進み入る。
 見上ぐる許りの瀑布の傍、飛び散る狭霧の玉は雨の如く降りしきり、周囲の樹木は何れも誕生の釈迦のやうになつて居る。二人は佇み、滝の雄大さを褒めて居る。霧押し分けて現はれ出でたる十数人の荒男、
甲『オイ、カナンボール、此間は山桜の盛りの時だつたがなア、鷹鳥山の清泉まで往つた時、出て来よつたお化の女、玉能姫が現はれたぞ。其時には同じ姿が三人連れとなり俺達を偉い目に遇はしよつたが、今度は手を替へて二人となり、一人はあんなチツポケな小娘に化けて出よつた。さアこれから一方口の此谷間、逃げようと云つたつて逃げられない屈強の場所、一つ彼奴を取捉へて魔谷ケ岳に連れ帰り、蜈蚣姫さまの御褒美に預からうぢやないか』
スマート『貴様の云ふ事は実に名案だ。愚図々々して居ると、又もや三五教の奴が出て来ては大変だ。善は急げだ。早く片付けて仕舞はう。何でも此辺に鷹依姫が持つて居た紫の玉が隠してあると云ふ事だから、彼奴を捉へて詮議すれば明白になるであらう。序に三五教の本山ではモウ二つの玉が紛失したと云うて騒いで居るが、大方玉能姫が何々しやがつて、此処に匿して居るに違ひないと云ふ噂だ。さア今度こそぬかつてはならないぞ。オイ皆の奴、其辺にすつこんで逃げ道を警戒し、万一も三五教の奴が出て来よつたら合図の柴笛を吹くのだぞ』
鉄公『ハイ、承知致しました。皆の奴を監督して違算なきやうに鉄条網となつて、如何なる強敵も、一歩たりとも侵入しないやうに致します。御安心下さい』
と霧に隠れて谷口の樹木の中に姿を隠した。
スマート『オイ、それなる女、汝は鷹鳥山の魔性の女、玉呑姫であらうがな。三つの玉を何処へ呑んだか、否隠したか。キリキリちやつと白状致し、此方に渡せばよし、渡さぬなどと吐すが最後、汝が素首取捉まへて魔谷ケ岳の霊場へ連れ帰り、水責め火責めはまだ愚か、剣の責苦に遇はしてでも白状させる。ならう事なら俺達も神に仕ふる身分だ。苦しめたくはない、早く白状致すが汝の得策だらう。手具脛引いて待つて居た。此処へ来たのは汝に取つて最早百年目、因果を定めて返答せい』
玉能姫『エヽ、誰人かと思へばバラモン教の蜈蚣姫が部下のスマートボールさまにカナンボールの大将さま、私が如何に玉能姫ぢやと云つて、玉を持つて居るとは些と可笑しいぢやありませぬか。それは貴方のお考へ違ひでせう』
カナン『考へ違ひもあつたものかい。三五教の裏返り者。貴様は三つの玉を持ち出して隠し場所に困り、狼狽へて居やがると云ふ事は、聖地へ入り込ましてある天州の報告によつて明かなる処だ。三五教でさへも皆貴様の所作だと目星をつけ、その在処を、四方八方に宣伝使が探ね廻つて居る。貴様は三五教の宣伝使にぶつつかるや否や、笠の台がなくなる代物だ。それよりも綺麗薩張と白状致し、バラモン教に其玉を献上致し、蜈蚣姫様の片腕となり、俺と共に神業に奉仕する気はないか』
 玉能姫は微笑しながら、
『これは偉い迷惑、三五教の人達までが、さう私を疑つて居るのですか。そりや嘘でせう』
 初稚姫は小声で、
『嘘です嘘です、玉能姫さま、真実にしちやいけませぬよ。三五教には一人として貴女を疑つて居るものはありませぬ。安心なさいませ。あんな事を云つて気を引くのですからな』
玉能姫『ハヽアさうでせう。油断のならぬ奴ですな』
スマート『こりやこりやコメツチヨ、要らぬ智慧をつけやがるない。何だツ、チンピラの癖に、子供は子供らしくせい。これこれ玉能姫、何と云つても調べ抜いてあるのだから、このスマートボールの云ふ事に間違はあるまい。玉がないならないで、玉呑姫でも連れて帰らねばならない。さア返答はどうだ。今度は化けようと云つたつて化けさせぬぞ』
『オホヽヽヽ、貴方等は徹底した没分漢ですな。玉で見当違ひですよ』
『見当の取れぬ仕組と云ふぢやないか、その見当を取るものがバラモン教だ。最早矢は弦を離れたも同然、てつきり俺の的は外れつこはない。一度放つた矢は行く処まで行かねば落ちつかないぞ。何と云つても貴様はバラモン教の恨みの的、否目的物だ。さアさア、ゴテゴテ云はずに、俺達の申す通りに包み隠さず云つて仕舞へ。それが却てお前の出世の因だ』
『オホヽヽヽ、私は別に出世なんかしたくはありませぬ。そんな執着心は疾うの昔に神様にお供へして仕舞ひました。病気も、罪も、汚れも、一切残らず三五教の大神様に奉納した私、この滝水のやうに綺麗薩張、今では水の御魂の水晶玉。お生憎様、なんにも御座いませぬよ』
『何ツ、水晶だと、それさへあれば三つの玉よりも優つて居る。さア其玉此方へ渡せ』
『オホヽヽヽ、何処迄も訳の分らぬ玉抜け男だ事。こんなお方にお相手して居つては処方がたまらぬ。御免なさいませ』
と先へ進まうとする。
カナン『コレコレ女、かう見えてもバラモン教の蜈蚣姫が左守、右守の神様だ。玉能姫は三五教で、何れだけ地位をもつて居るか知らないが、到底俺達に比べものにはなるまい。些つとは礼儀を弁へて居るだらう、なぜ解決をつけてゆかないか』
玉能姫『オホヽヽヽ、色のお黒い蜈蚣姫さまの御眷属だけあつてお二人様、お色の黒い事、黒いにかけては天下無類の豪傑でせう。私は根つから、色の黒いのは虫が好きませぬ』
『何だツ、善言美詞を使ふと云ふ三五教の信者が、人の顔の品評までやると云ふ事があるものか。他の顔が黒いなんて、女の分際で男を嘲弄致すのか』
『ホヽヽヽヽ、貴方は色の黒いのが御自慢でせう。烏は黒いのが重宝、白鷺は白いのが重宝でせう。蜈蚣姫のお気にいる貴方等だから黒いといつたのは、畢竟私が尊敬を払つたのです。悪く取つて貰つちや困りますなア。あのまアお二人様とも揃ひも揃うてお黒い事、何方向いて御座るのか、近よつて見なくては分りませぬ』
カナン『オイ、スマート、なんぼ尊敬を払ふと云つたつて、色が黒いと云はれるのは、根つから有難うないぢやないか』
スマート『何、此奴ア海千、川千、山千の化物だから、尊敬どころか、体のよい辞令を使つて俺達を極端に罵倒して居るのだよ。サアもう斯うなつては俺も承知がならぬ。オイ皆の奴、出て来い。此奴をふん縛つて布引の滝へ投り込むのだ』
『オーイ』
と答へて四辺の樹の茂みより十数人、バラバラと二人の周囲に駆け集まつた。
玉能姫『コレコレ初稚姫さま、確かりして居て下さいや。是から一つ私が奮闘して、皆の奴に一泡吹かせて改心をさせて見せませう。言霊戦も結構だが、彼様な心の盲聾には言霊の効能は覚束ない。先づ第一着手として女の細腕が続く限り、直接行動を開始致しませう』
と懐中より襷を取り出し、十文字にあやどり、裾を高くからげ、大地に四股を踏み、両手をひろげ、
『サア来い、来れ、木端武者共。三五教の玉能姫が武勇の試し時』
と両手に唾しながら身構へた。六才の初稚姫も捩鉢巻を凛と締め、襷を十文字にあやどり、袴の股立締め上げ、これ亦両手を拡げ唾しながら、
『ヤアヤア、バラモン教を奉ずる小童共、初稚姫が幼の腕力を試すは此時、さア来い、来れ』
と雄健びする其凛々しさ。
スマート『アハヽヽヽ、些つと洒落てけつかる。小さい態をして何だ。オイ皆の奴、こんな女二人位に大勢の男がかかつたと云はれては末代の恥だ。俺一人で沢山だ。貴様等はこの活劇を観覧してをれ。サア女、この腕を見よ。中まで鉄だよ』
玉能姫『腕ばかりか、体一面黒い黒い鉄の様な真黒黒助。水晶玉の玉能姫が、今汝の垢を落してやらう。サア来い、勝負だ』
『何ツ猪口才な、其大言後に致せ』
と頑丈な腕をぶんぶん云はせながら玉能姫に打つてかかる。玉能姫はヒラリと体をかはしスマートが足を掬つた途端、滝壺へドブンと真逆様。こりや大変だとカナンは忽ち捩鉢巻し、又もや鉄拳を振うて打ちかかる。初稚姫は、
『ホヽヽヽヽホ、ホヽヽ』
と体をしやくつて笑うて居る。玉能姫は、
『エヽ面倒な。汝も共に滝壺へ水葬だ。覚悟致せ』
と飛びつき来るカナンボールの首筋に手を掛くるや否や、エイツと一声、中空を二三遍廻転し、滝壺へ又もやザンブと落ち込んだ。十余の荒男は二人の危急を見て、死物狂ひに前後左右より打ち掛かる。玉能姫は右から来る奴は左に投げ、左から来る奴は右へ投げ、前から来る奴は後へ放かし、後から抱きつき喰ひつく奴は身を縮めて前方の谷底へステンドウと放り投げた。初稚姫は飛鳥の如く飛び廻り、
『ホヽヽヽヽ、ホヽヽ』
と笑ひ専門の活動をやつて居る。
 此時数十人の足音が聞えて来た。近より見れば霧の中より現はれた真黒黒助の蜈蚣姫、
『ヤアヤア、汝は三五教の玉能姫なるか、よくも吾等が部下を悩ましよつたな。此蜈蚣姫が現はれた以上はもう叶ふまい。サア尋常に降伏致すか。この谷口は数十人の部下を以て守らせあれば、汝が身は袋の鼠も同然、サア何うぢや。往生致したか』
玉能姫『ホヽヽ、噂に聞き及ぶ蜈蚣姫とは汝の事なるか。聞きしに勝る黒い婆アさま、雪より白い玉能姫が、此滝壺へ放り込んで洗濯してやらう。サア来い』
と手に唾きして身構へすれば、蜈蚣姫はカラカラと笑ひ、
『蟷螂の斧を揮つて竜車に向ふが如き、危い汝の振舞ひ。大人嬲りの骨嬲り、神妙に降伏致したが汝の為であらう』
『誠一つを貫ぬく三五教の宣伝使、汝が一族の身魂を此滝水にさらし、水晶魂に研いて呉れむ。有難く感謝せよ』
と婆の皺苦茶腕を取らむとすれば、婆もしれ者、その手を引きはづし、玉能姫にウンと一声当身を喰はせた。玉能姫は脆くも其場に倒れてしまつた。後に残つた初稚姫は又もや小さき両手を拡げ、
『ヤア、蜈蚣姫、吾は三五教の信者、汝が眷属共を残らず滝壺に放り込み、身魂の洗濯をしてやつて居るのに其御恩も知らず、玉能姫に当身を喰はすとは理不尽千万、もう斯うなる上は初稚姫が了簡ならぬぞや。サア来い、蜈蚣姫』
と手に唾する。
『オホヽヽヽ、玉能姫さへも此婆の手にかかつて、一溜りもなく気絶致したではないか、コメツチヨの分際として武力絶倫なる蜈蚣姫に口答へ、否手向ひしようとは不埒千万、道理が分らぬも程がある。ヤア無理もない、何を云うてもまだ子供だからな』
『満六才になつた初稚姫の細腕の力を喰つて見よ』
『何ツ、猪口才千万な』
と武者振りつく。初稚姫は右へ左へ体を躱し、暫時が程は挑み戦ひしが、遂に蜈蚣姫の為に組み敷かれ、今や息の根を絶たれむとする時しもあれ、滝の上方より宣伝歌の声が聞えて来た。蜈蚣姫は此声に驚き、ハツと滝壺の上を見上ぐる機に手が緩んだ。初稚姫はその虚に乗じ、ムツクと立ち上り、
『ヤア蜈蚣姫、もう此上は勘忍ならぬ。覚悟せい』
と小さき拳を固め、又もや打つてかかる。滝の上の二人の男、
『ヤイ滝公、あれは確に初稚姫様ぢやないか』
滝公『思はぬ御遭難、お助け申さねばなるまい。オイ谷丸、俺に続け』
と壁の如き岩に纏へる藤葛、木の枝などを力に、猿の如く下りて来た。谷丸は、
『ホー、貴女は初稚姫様』
初稚姫『ヤア谷丸、滝公、よく来て下さつた。玉能姫さまは気絶して居られます』
滝公『何ツ、玉能姫さまが』
と両人は玉能姫に向つて滝水を含み、面部に吹きかける。
蜈蚣姫『エヽもう一息と云ふ処へ怪体な奴がやつて来よつて、俺達の邪魔を致すのか、覚悟を致せ』
と婆は谷丸に武者振りつく。谷丸は体を躱した途端に婆の足を浚へた。蜈蚣姫は傍の谷底へ、筋斗うつて顛落し、狐鼠々々と霧に紛れて逃げ出した。スマートボール、カナンボール其他の連中は、思ひ思ひ濃霧を幸ひ四方に散乱してしまつた。
 玉能姫は滝公の介抱に初めて正気づき、四辺をきよろきよろ見廻し、
『初稚姫様 初稚姫様』
と呼び立てる。初稚姫は傍近く寄り添ひ、
『玉能姫様、安心して下さい、此通り無事で居ります。蜈蚣姫以下の悪者共は残らず退散致しました。谷丸さまや滝公さまが危急の場合に現はれて、私達の危難を救うて下さつたのですよ。これも全く神様の助け船、お喜びなさいませ』
 玉能姫は此言葉にやつと胸撫で下し、
『アヽ初稚姫様、御無事で何よりでした。谷丸様、滝公様、有難う、よう来て下さいましたなア』
と嬉し涙に沈む。各滝に身を清め、初稚姫の導師にて天津祝詞を奏上し終つて、二三町許り谷道を下り、稍平坦なる芝生の上に身を横たへ息を休めた。
玉能姫『不思議な所へ貴方等がお越し下さいまして、加勢をして頂き、何ともお礼の申しやうが御座いませぬ。さうしてお二人さま、何御用あつて、此処へお越しになつて居たのですか』
 谷丸は、
『実は貴女だから申上げますが、言依別さまの御供をして再度山の山頂迄参り、教主さまは一生懸命に何事かお祈りをして居られます。何でも大変な神様の御用ださうです。つい今の先教主様は俄に神懸りにお成り遊ばして「汝等両人、吾に構はず布引の滝へこれから参れ、御用がある」と仰せになりましたので、両人は何事ならむと山を駆け下り、滝の上より眺めて見れば今の有様、私の用と申すのは此事で御座いましたでせう』
『それは御苦労で御座いました。吾々二人は神様のお夢に感じ、此お山の頂に大変な御用があると承はり、生田の森の杢助さまの館を立ち出で、初稚姫様の手を曳いて滝の麓迄やつて来ました所、バラモン教の一味の者に取り囲まれ、既に危き所で御座いました。これと申すも神様の吾々への御試錬でせう。いつもなら言霊をもつて言向け和すのですが、何だか今日に限つて腕を揮ひたくなつて参りました。実にお恥かしい事で御座います』
 滝公は、
『イヤ、何事も神界の御都合でせう。此先幾多の悪者、続出するかも知れませぬ、千騎一騎の時に用ふる武術ですから、強ち罪にもなりますまい』
 初稚姫は優し味のある声にて、
『是より言依別の教主に面会し、神界経綸上必要なる宝玉をお預り致し、或地点に埋蔵すべく吾等は神務を帯びて居るのです。宝を付狙ふ悪魔は数限りもなく居ますから、武術を応用するも已むを得ませぬ。きつと神様はお許し下さりませう。谷丸、滝公両人、吾等二人を固く守り此山頂に案内致されよ』
と云つて神懸りは元に復した。谷丸、滝公は二人の前後を警護しながら、山頂目蒐けて登り往く。
 言依別命は山頂の麗しき巌の上に、十重二十重に包みたる三個の玉を安置し、一生懸命に祈願を凝らす最中であつた。谷丸は、
『教主さま、唯今帰りました。大変な事が出来致して居ました』
『それは御苦労であつた。初稚姫様、玉能姫様は御無事であつたかな』
『ハイ、危機一髪の時両人が参りましたので、先づ生命だけは助かりました、やがて滝公がお守り申して登つて来ませう。私は一足先に御報告のために、途中から急いで帰りました』
『あゝそれは御苦労であつたなア』
と言依別命はニコニコ嬉しさうに笑つて居る。
『やつとこどつこい、うんとこしよ』
と一歩々々に拍子を取り、急坂を登つて来た滝公は、峰の尾上に立ち、
『サアお二人さま、もう楽です。つい其処に教主が居られます。何でも貴女に結構なものをお渡し遊ばすさうです。御神諭にも「何んな人が、何んな御用をするやら分らぬ」と示されて居ますが、肝腎の幹部のお歴々様には、素知らぬ顔をして、女や子供に御神徳、否肝腎な御用を御命じになるさうです。吾々は実に羨ましう御座います。併し乍ら聖地に於ては門掃き、草むしりばかりやらせられて居つた吾々両人が、肝腎の教主様の御微行の御供をさして頂いたのですから、実に有難いものですよ。神様は公平無私ですから、人間の勝手に決めた階級などに頓着遊ばさない。さうでなければ吾々も耐まりませぬからなア』
と教主の前に一歩々々近寄つて来る。
言依別命『皆さま、よく来て下さいました。随分この山は嶮岨で御困りでしたらう』
玉能姫『イエイエ、神様のお蔭で知らぬ中に登つて参りました。昨夜神様の霊夢に感じ、初稚姫様を伴ひ当山に参ります途中、布引の滝に於てバラモン教の一派に包囲せられ、進退谷丸処へ、布引の瀑布のやうな清い滝公さまを初め、谷丸さまがお越し下さいまして、一切の悶着も滝水の如くさらさらと落着致しました。何か神界の御用を妾達に仰せつけ下さいますのでせうか』
『貴女は霊夢に感じながら、直ぐさま山頂に登らず、体を清めようなぞと思つて、わき道をなさつたものですから、一寸神様に誡められたのですよ。今後は何事も柔順になさいませ』
『有難う御座います』
初稚姫『教主様、御機嫌宜敷う御座います』
と小さき手を地に突いて挨拶する。言依別命も亦大地に手をつき丁寧に応答し、終つて、
『初稚姫様、玉能姫様、貴方等は是から大望な御用を勤めて頂かねばなりませぬ。それについては心の底迄見抜いた谷丸、滝公の両人をして御供をさせますれば、何卒極秘密にして勤め上げて下さい。金剛不壊の如意宝珠の玉と紫の玉を、瀬戸の海の一つ島に埋蔵する御用をお任せ致します。私が参るのは易い事ですが、余り目立つては却つて秘密が破れますから、此処でお目にかかつたのです』
玉能姫『エヽ、何と仰有います。あの紛失したと云ふお宝物が、これで御座いますか。錚々たる立派な幹部の方々がおありなさるのに、私のやうな女風情が、斯様な大切な御用を承はつては分に過ぎます。何卒幹部の方に仰せつけられますやうに』
『沢山の宣伝使は居りますが、余り浅薄で執着心が深くて、嫉妬心が盛んで功名心に駆られ、且つ口の軽い連中ばかりで、誠の御用を命ずるものは一人も御座いませぬ。私は此事について日夜憂慮して居りました処、錦の宮の大神様に、玉照彦様、玉照姫様がお伺ひの結果、教主の私をお招きになり、「貴女等にこの御用をさせよ」との厳格なる御命令で御座いました。是非共是は御辞退なされては御神慮に背きます。是非此御用にお仕へ下さいませ』
『ぢやと申して、余り畏れ多いぢや御座いませぬか』
初稚姫『玉能姫様、教主様のお言葉の通り、謹んでお受けなさいませ。私も喜んで、御用を承はりませう』
『左様ならば不束ながらお使ひ下さいませ』
『早速の御承知、大神様も嘸御満足に思召すで御座いませう。さア是より谷丸、滝公の両人は、お二方を保護し、二つの玉を埋蔵すべく御供をして神島に渡つて呉れ』
 谷、滝両人はハツと頭を下げ、
谷丸『私等の如き卑しき者に、此御用仰せつけ下さいまして有難う存じます』
『今より谷丸に対し佐田彦と名を与へ、滝公に対し波留彦と名を与ふ。是よりは佐田彦、波留彦となつて大切なる御神業に奉仕されよ』
 二人は有難涙に暮れつつ、
谷丸『大切な御用を仰せつけられた上、結構な御名迄賜はりまして、吾々身に取りて此上なき光栄で御座います』
『お礼には及ばぬ、皆大神様の御命令だ。今日から佐田彦の宣伝使、波留彦の宣伝使と任命する』
 二人は夢かと許り打ち喜び、地上に頭を下げ歓喜の涙に暮れて居る。
言依別命『この玉は金剛不壊の如意宝珠、初稚姫さまにお預け申す。是は紫の玉、玉能姫さまにお預け申す。も一つ黄金の玉、これは言依別が或霊山に埋蔵して置きます』
玉能姫『教主様は神島へはお渡りになりませぬか』
『三十余万年の未来に於て、此宝玉光を発する時、迎へに参ります。それ迄は断じて渡りませぬ。サア四人の方、此峰伝ひに明石の海辺を通り、高砂の浦より、窃かにお渡り下さい。これでお別れ致します』
と言依別命は峰を伝ひ足早に姿を隠した。
 此黄金の玉は高熊山の霊山に埋蔵され、ミロク出現の世を待たれたのである。其時の証として三葉躑躅を植ゑて置いた。三個の宝玉世に出でて光り輝く其活動を、三つの御魂の出現とも云ふのである。
(大正一一・五・二八 旧五・二 加藤明子録)
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