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文献名1霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻
文献名2第2篇 恩愛の涙よみ(新仮名遣い)おんあいのなみだ
文献名3第7章 知らぬが仏〔719〕よみ(新仮名遣い)しらぬがほとけ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-06-27 17:48:55
あらすじ
駒彦と秋彦の二人は、常楠夫婦を連れて、栗栖川のほとりの栗栖の森に着いた。老人の常楠は疲れを覚えて、にわかに胸腹部の激痛を感じて発熱してしまった。一行は栗栖の宮に立ち寄って、介抱に尽くすことになった。

二人の宣伝使は栗栖川の上流に良薬があると聞いて、薬草を求めて山深く入って行った。お久は一人宮に残って、常楠の看病をしている。

すると夜更けに宮の縁側に覆面をした男が二人現れ、ひそびそ話を始めた。それは数日前に常楠のところに押し入ったバラモン教の虻公と蜂公だった。

お久はてっきり、駒彦と秋彦が戻ったのかと思って二人を中へ入れようとしたが、虻公と蜂公の顔を見て悟り、懐剣を抜くと逆手に構え、娘の敵を討つと凄んだ。

しかし長刀を抜き放った二人に詰め寄られてしまう。そこへ駒彦と秋彦が戻って来て、虻公と蜂公に霊縛をかけた。二人が持ち帰った薬草で、常楠はみるみるうちに恢復した。

常楠は霊縛された二人を見て、娘の敵とは言いながら憐れを催し、改心を促した。駒彦と秋彦も改心を促して、霊縛を説いた。虻公と蜂公は床に頭をつけてすすり泣いて懺悔をなす。

常楠は、自分が娘の敵といって二人を成敗したら、二人の両親が嘆くだろうと言って、親に免じて改心をするようにと諭した。そして、二人の生まれ育ちを聞きただす。

虻公は印南の里の森に捨てられていて、情け深い里人に拾われて育てられたが、大恩ある育ての親も六歳の頃に病気で亡くなってしまい、それからは放浪して悪事に染まってしまったと身の上を明かした。

虻公は捨てられていた自分に添えられていた守り刀に、常という字が印してあったのが唯一の手がかりだ、と明かした。

常楠はその守り刀を見せてもらうと、紛れも無く自分の家紋が記してあった。常楠は、若い頃に下女に産ませた子を、守り刀と共に捨てたことを懺悔した。虻公は、駒彦の母違いの兄弟であることが明らかになった。

常楠はお久に詫びをするが、お久も懺悔して、嫁ぐ前に親の許さぬ仲の男との間に子をもうけ、熊野の森へ捨て子したことを明かした。

それを聞いた蜂公は、自分は熊野の森に捨て子されていたのを、山賊の親分に拾われて育ち、今に至るのだと身の上を語った。そして、今は取り落としてしまったが捨て子の自分と一緒に添えられていた守り刀に、蜂という印があり、それで蜂公と呼ばれるようになったのだ、と明かした。

お久はそれを聞いて、蜂公が自分が捨てた子であるとわかった。一同は秋彦の導師で感謝祈願を奏上した。
主な人物 舞台栗栖の森の栗栖の宮 口述日1922(大正11)年06月11日(旧05月16日) 口述場所 筆録者外山豊二 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年4月19日 愛善世界社版113頁 八幡書店版第4輯 535頁 修補版 校定版116頁 普及版52頁 初版 ページ備考
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その他の情報は霊界物語ネットの「インフォメーション」欄を見て下さい 霊界物語ネット
本文  秋彦、駒彦の宣伝使は、常楠、お久の老夫婦と共に、木山の里を立出で漸う栗栖川の畔、栗栖の森に着いた。老人の事とて疲労を感じ、此処に駒彦の父常楠は、俄に胸腹部の激痛を感じ、発熱甚しく、身動きもならぬやうになつて了つた。お久を始め秋彦、駒彦の両人は、如何にもして常楠の病気を恢復せしめむと、栗栖の宮の半破れたる社務所に立寄り、いろいろと介抱に手を尽したが、病は追々重るばかりで、命旦夕に迫つて来た。
 二人の宣伝使は栗栖川の上流に妙薬ありと聞き、手配して山深く薬草を求むべく進み入つた。後にお久は夫の看病に余念なく、心力を尽して老の身の労苦も打忘れ、看護に努めた。人里離れし淋しき此栗栖の宮の森は人声もなく、時々烏の声、百舌鳥の囁きが聞ゆるばかり、凩は時を仕切つて吹いて来る。さすが暖国の冬も、今日に限つて殊更厳寒を感じ、身に寒疣を現はすばかりであつた。
 夜は深々と更け渡り、月は皓々と中天に輝き、憐れな老夫婦の境遇を憐れ気に見下ろし給ひつつあるものの如く、時々月の面を掠めて淡い雲が来往してゐる。其度毎にパツと明くなつたり、又パツと薄暗くなり、空には薄茶色の雲、白雲に混つて脚速く右往左往に彷徨して居る。
 此時覆面した二人の大男、何事かヒソビソと囁き乍ら、此森に向つて進み来り、社務所の中に老夫婦のあるをも知らず、縁側に腰打かけ、ヒソビソ話に耽つて居たが、遂には興に乗つて声高に囀り始めた。
甲『オイ虻公、此頃は泥棒商売も薩張り冬枯れで、懐も寒いことだないか。なんぞ好い鳥がやつて来さうなものだな。木山の里で爺と婆アの家に泊り込み、奪つて来た金子は大方使ひ果し、最早二進も三進も行かなくなつて了つたぢやないか。此処で一つ大きな仕事をせぬことには、持ちもせぬ乾児を養ふことも出来ず、乾児の嬶や子供までが薩張乾上つて了ふ。何とか好い思案は出ないだらうかなア』
虻公『オイ蜂公、貴様は金子が手に入ると、大風に灰撒くやうに、直にバラバラと撒き散らしやがるものだから困つて了ふワ。貴様は乾児も少し、一人生活ぢやないか。俺のやうに有りもせぬ乾児の十人も持ち、近所の杢平が七八人の家族を抱へてゐては到底小さい働きではやりきれない。木山の里で奪つた金子も百両ばかりあつたが、貴様は山分けにして五十両持つて帰つたのだから、余程使ひでがなければならぬ。俺達とは責任が大変違ふのだから……』
蜂公『何と云つても五十両は五十両だ。家内が少いと云つて五十両が百両に使へる道理も無し、又家内や乾児が多いと云つても、五十両は依然五十両だ。滅多に二十両になる気遣ひは無い。そんな吝なことを云ふない』
虻公『其癖貴様は可愛相に彼の娘を○○して、両親の前でばらしたぢやないか。ヨウま彼んな鬼のやうな事が出来たものだ』
蜂公『ヘン俺が鬼なら貴様も鬼だ』
虻公『鬼にも善悪があつて、貴様のは特別製の角鬼だ、所謂雄だ。俺のは雌だから角の無い鬼だからなア』
蜂公『定つたことだ。鬼なら鬼で、何処迄も徹底的に鬼たるの本分を尽さねばなるまい、貴様のやうに少し金子が出来ると、仏の道とか、金の道とかに逆転しやうとする様なことで、何うして大きな仕事が出来るものか』
と話してゐる。社務所の中より苦悶の声、両人の耳を刺した。
虻公『ヤア何だか妙な声がするぢやないか』
蜂公『ほんに怪体な声が聞えて来た。全で狼の唸り声のやうだ。一体何物だらう。一つ調べて見たら何うだ』
虻公『おけおけ、君子は危きに近付かずだ。幽霊かも知れないぞ』
蜂公『君子が聞いて呆れるワ。貴様のやうな悪党が、何処の盲が見たつて君子と思ふ奴があるか。お軽の幽霊が貴様達が此処へ来ると思つて、待つてゐやがるのかも知れぬぞ。何だか俺は首筋元がゾクゾクして来た。外は寒い風が吹くなり、中には嫌らし声が聞えるなり、遣り切れなくなつたぢやないか』
虻公『そんなチヨロ臭いことを云つて居ると、貴様と俺の名ぢやないが虻蜂取らずになつて了ふぞ。ひよつとしたら旅人が沢山金子を持つて寝てゐやがるかも知れぬぞ、山吹色の奴がウンウンと唸つてゐるのだらう。一つ勇気を出して踏ん込み、ウンの正体を見届けやうぢやないか。ひよつとしたら吾々の運の開け口かも知れぬぞ』
蜂公『うつかり遣り損ふとウンが下つて尻から出るウンにならぬやうにせよ。貴様は何時も狼狽者だから尻の局はついた事はない。年が年中手を出しては糞垂れる奴ぢやから、アハヽヽヽ』
と笑ふ。お久は此笑ひ声を聞いて、待ちに待つたる二人の宣伝使の帰つたのだと早合点し、中より戸を開いて、
お久『アヽ待ち兼ねました、お二人の方、早く這入つて下さい。嘸寒かつたでせう』
 二人一度に、
『ヤア誰かと思へば貴方は此家の御主人か。兎も角それでは一服さして貰ひませう』
と内に入る。微な明りに映つた虻、蜂二人の顔。お久は之を眺めて、
お久『アツ、お前等は此間我が家に泊り込み、娘の生命を奪り、有金をすつかり浚へて逃げ居つた泥棒ぢやないか。サア、斯うなる以上は我が子の仇敵、モウ承知を致さぬ。覚悟せい』
と懐剣を逆手に持つて形相凄じく、上段に構へこんだ。虻、蜂の二人は大口を開けて、『アハヽヽヽ』と高笑ひする。
お久『盗人猛々しいとは其方のこと。此の婆が死物狂ひの働き、覚悟を致せ、最早死んでも惜しうない年寄の生命だ』
と斬つてかかる。二人は長刀をスラリと引抜き、
『サア、来い』
と腰を据ゑ、寄らば斬らむと控へて居る。お久も二人の荒武者の身構へにつけ入る隙もなく、瞬きもせず隙あらば斬りかからんと狙つて居る。二人はジリジリと抜刀を両手に、腹の辺りに柄を握り乍ら詰め寄つて来る。
 常楠は発熱甚しく夢中になつて『ウンウン』と唸つて居る。斯かる処へ秋彦、駒彦の両人は、歩を速めて帰り来り、駒彦先づ中へ這入つて見れば此の状態。
駒彦『ヤア某は三五教の宣伝使駒彦と申すものだ。汝は泥棒と見受るが、老人ばかりの家にやつて来て、何を奪らうと云つたつて奪るものは有るまい。要らざることを致すより、早く此場を立去つたがよからうぞ。グヅグヅ致して居ると、汝の利益にならぬぞ』
 お久は始めて此声に気がつき、短刀を振かざし乍ら、
お久『伜の駒彦か、ようマア危ない処へ帰つて下さつた。……秋彦さま、何うぞ加勢して下さい。此奴が私の娘を殺し、金子を盗つて逃げた悪人で御座いますよ』
と聞いて二人は忽ち両手を組み、満身の霊力を籠めてウンと一声、霊縛をかけた。二人は身構へした儘、身体強直し木像の如くになつて了ひ、眼ばかりギヨロつかせて居る。
駒彦『アハヽヽヽ、マア一寸斯うして置いて、悠くりお父さまに薬を上げ御恢復の上、此の面白い木像を慰みに御目にかけることにせう。秋彦さま、霊縛の弛まないやうに気をつけて下さい。私はこれより父の看護を致しますから。………お母さま、危険いところで御座いましたな』
 お久は稍安堵して短刀を鞘に納め、ドツカと坐し、
お久『アーお前の帰るのがモウ一息遅かつたら、爺も婆も又もや此奴のために生命を奪らるるところだつた』
と嬉しさ余つて声さへ曇つてゐる。起死回生の妙薬忽ち効験顕はれ、常楠は俄に元気恢復し、起き上つて二人の泥棒の姿を見、
常楠『アヽ御かげで病気が余程よくなつたと思へば、又しても此間出て来た大悪党奴、刀を抜いて執念深くも吾々夫婦を付け狙うて居るのか。偖も偖も度し難き代物だ。こんな奴は必定根の国、底の国の成敗を受けねばならぬ奴だ。想へば想へば可愛相になつて来た、娘の仇とは言ひ乍ら何うしたものか、此奴の精神が気の毒になつて、日頃の恨みも、腹立ちも何処かへ往つて了つた。オイ泥棒、お前も好い加減に改心をしたら何うだ。未来のほどが恐ろしいぞよ』
 泥棒は目をキヨロキヨロ回転させるばかり、唇を微に動かしたきり一言も発し得ず、固まつた儘苦悶して居る。
駒彦『お父さま、是等両人は妹を殺した奴で御座いますか。本当に仕方のない悪人ですな。併し乍ら吾々宣伝使の神力を以てしては、此様なものの五人や十人は、小指の先にも当りませぬが、貴方の仰せの通り罪を憎んで人を憎まず、誠の道に帰順すれば救けてやりませうかなア…オイ泥棒、貴様等はまだ此上悪事をやる考へか、但は今日限り薩張改心を致すか何うだ。口利く丈は霊縛を解いてやるから、直に返答致せ』
 虻公は漸く重たさうに口を開いて、
『ハイ、カ…イ…シ…ン…イ…タ…シ…マ…ス』
と千切れ千切れに機械的にヤツと答へた。
駒彦『ウン、よし、それに間違ひはないなア。モウ一人の奴は何うだ。貴様も改心するか』
 蜂公は機械のやうに幾度となく、頭を縦に曲線的に振つてゐる。
駒彦『ウン、よし、改心するに違ひはないな。そんなら秋彦さま、霊縛を解いてやつて下さい、万一暴れ出したら其時又霊縛をかけるまでの事だから……』
秋彦『承知しました』
と秋彦は両手を組合せ、天の数歌を一回唱へ、『許す』と一言、言霊を発射するや両人の身体は自由自在の旧に復した。二人は夕立の如き涙をボロボロと落しながら、両手を合せ床に頭を摺つけ、懺悔の念に堪へざるものの如く啜り泣きさへして居る。
 常楠は両人の姿をツクヅクと眺め、
常楠『コレ二人の泥棒、お前も生れ付いてからの悪人ではあるまい。人間と云ふものは育ちが大切だ。大抵泥棒になつたりする奴は、若い時に親に離れるか、或は継母育ちか、継父の家庭に育つたものが多い様だが、お前の親は何うなつたのだ。子の可愛くない親は世界にない筈だが、何うぞして家の伜も一人前に育て上げ、世間から偉い奴だと賞めて貰ひたいのは親心、今に両親が生て厶るならば、御心配をして厶るであらう。今より綺麗薩張と心を入れ換へ善の道に立帰りなされや。私もお前さん等に大事の娘を殺されたが、お前にも両親があるだらう。娘の仇だと云つて、仇を討てば私は気分がサラリとしやうが、お前の両親が聞いたら嘸歎かつしやることだらう。之を思へばお前さまに娘の仇として、一太刀報いることも出来ぬやうになつて来た。何卒今日限り生命が失くなつたと思つて誠の心になつて下され。これが老先短き年寄の頼みだ。お前の親の代りに意見をするのだから、何卒忘れぬやうにしてお呉れ』
虻公『ハイ有難う御座います。翻然として今迄の夢が醒めました。私には親があつたさうで御座いますが、未だに分りませぬ。印南の里の森に菰に包まれ、生れた直き直き捨てられて居つたのを、情深い村人が救ひ上げて、子の無いのを幸ひに私を子として育てて下さつたのですが、私が六才の時に大恩ある育ての両親は、俄の病で国替をなされまして、それから私は取りつく島もなく、乞食の群に入り漸く成人して女房を持ちましたが、子供の時より悪い事をやつて来た癖は今に直らず、好い事は一つも致したことはありませぬ。貴方の只今の御教訓は生みの親の慈悲の御言葉のやうに感じまして、心の底より有難涙が溢れます。モウ今日限り悪いことは致しませぬ』
常楠『アヽさうかさうか、よう言うて下さつた。それで私も安心した。さうしてお前は捨児されたと云はつしやつたが、何か其時の印は無かつたか』
虻公『ハイ私は虻公と申して居りますが、私の肌に添へてあつた守り刀に、「常」と云ふ字が書いてあつたさうで御座います。今は擦れて字も見えなくなりましたが、之を証拠に生みの親を探ねんと、斯んな悪人に似合はず、始終肌身に離さず持つて居ります。何うぞして一度此世でお父さまやお母さまに会ひたいもので御座います。何しろ生れ落ちると捨児になるやうな不運なもので御座いますから、到底此世では会ふことは出来ますまい』
と身の果敢なさを思ひ浮かべて、泥棒に似合はずワツと許り其場に泣き倒れた。
 常楠は首を傾けて吐息を洩らして居る。暫らくあつて、
常楠『其の守り刀を一寸見せて下さらぬか』
虻公『サア、何うぞ御覧下さいませ』
と懐より取出し押戴いて手渡しする。常楠は手に取上げ、ためつ、すかめつ鞘を払つてツクヅク眺め、
常楠『擬ふ方なき我家の紋所、○に十が記してある。此刀は私の大切な、若い時からの守刀であつた。斯うなれば女房の前で白状するが、実の所は女房の目を忍び、下女のお竜に子を妊娠せ、已むを得ず自分の知り合にお竜を預つて貰ひ、生み落したのが男の子、女房の悋気を恐れて我が家へ連れ帰る訳にも行かず、何処の誰人かの情で育つであらうと、後の印に此の守り刀を付け、「常」と云ふ印をして置きました。アヽそれならお前は私の子であつたか。悪いことは出来ぬものだ。お前が此様な悪人になつたのも、みんな私が天則に背いたからだ。コレ伜、赦して呉れ。何事もみんな私が悪いのだから……』
 此物語に一同ハツと呆れて、常楠と虻公の顔を見較べるのみであつた。虻公は常楠に縋りつき、
虻公『アヽ貴方は父上様で御座いましたか。存ぜぬこととて御無礼を致し、可愛い妹まで彼んな目に会はして、誠に申訳が御座いませぬ。何うぞ重々の罪は御赦し下さいませ』
駒彦『そんなら私の兄弟であつたか。これと云ふのも全く神様の御引合せだ。有り難し、辱なし』
と両手を合せ、感謝の涙に沈む。
 お久は又もや腕を組み思案に暮れてゐる。此態を見て常楠は、
常楠『コレ女房、怺へて呉れ。お前は今の話を聞いて大変気嫌を悪うしたやうだが、これも私の罪だ。あつて過ぎたことは何と云つても仕方が無い。これ此通りだ、赦してお呉れ』
と両手を合せ、お久の前に頭を下げ謝らんとするを、お久は押止め、
お久『コレコレ親父さま、勿体ない、何を言はつしやるのだ。妾こそ貴方にお詫をせねばならぬことが御座います。妾が白状すれば嘸貴方は愛想を御尽かしなさるでせうが、妾も罪亡ぼしに此処で懺悔を致します。人さまの前又夫や吾が子の前で、年が寄つて昔の恥は言ひたくはなけれど、天道は正直、何時まで隠して居つても罪は亡びませぬから、一応聞いて下さい』
と涙ぐみつつ夫の顔を打看守る。
常楠『なアに夫婦の仲に遠慮は要るものか。何でも構はぬ、皆云つて呉れ。其方が互に心が解け合つて、何程愉快だか分つたものぢやない』
お久『妾は今迄隠して居りましたが、貴方の家へ嫁ぐ前に若気のいたづらから、親の許さぬ男を持ち一人の子を生み落し、爺さまのやうに熊野の森へ捨児を致しました。それもクリクリとした立派な可愛い男の子であつた。お爺さまの捨児に会はれたのを見るにつけ、私の捨てた彼の児は如何なつたであらうと思へば、立つても居ても居られなくなりました。……アヽ捨てた児よ、無残な母と恨めて下さるな。事情があつてお前を捨てたのだから……』
と又もや泣き倒れる。蜂公は怪訝な顔をして、
蜂公『ヤア今承はれば、お婆アさまは熊野の森に捨児をなさつたと云ふことだ。それは何年前で御座いますか』
 婆は涙を拭ひ乍ら、
お久『ハイもう彼是四十年にもなるだらう。今居れば恰度お前さま位に立派な男になつて居る筈ぢや。アヽ妾も其子が此世に生きて居るのなら、此世の名残りに一度見て死にたいものだ。そればかりが冥途の迷ひだ。若い時は気が強くて何とも思はなかつたが、年が寄ると捨児の事を心に思はぬ間はありませぬ。さうしてお前さま、其の捨児の事に就て御聞き及びの事はありませぬか』
蜂公『ハイ別に何とも聞いては居りませぬが、私は熊野の森に捨てられて居つたのを、或山賊の親分が見つけて、私を大台ケ原の山砦に伴れ帰り、立派に成人させて呉れました。私が十八才になつた時、三五教の宣伝使がやつて来て、岩窟退治を致した時に生命からがら其処を脱け出し、それから諸方に彷徨ひ、女房を持ち相変らず泥棒をやつて居りました。最前から貴方の御話を聞くにつけ、何だか貴方が母上のやうに思はれてなりませぬ』
 お久は、
お久『其時に何か印は無かつたかな』
蜂公『ハイ、私は水児の時に捨てられたので何も存じませぬが、他の話を聞けば守り刀が付いて居つたさうです。併し其守り刀も大台ケ原の岩窟の騒動の時に取り落しました。それには蜂の印が入つて居つたさうで、私を蜂々と呼ぶやうになつたと聞いて居ります』
 お久は飛びつく許りに驚いて、
お久『アヽそれ聞けばてつきり我が子に間違ひありませぬ。何とした嬉しい事が一度に出て来たものだらう。コレコレ親父どの、此子は貴方に嫁ぐ迄の子でありますから、何うぞ赦して下さい。今迄包んで居つた罪も何うぞ今日限り赦すと仰有つて下さい。御願ひで御座ります』
と夫に向つて手を合し頼み入る。
常楠『そんなことは相身互だ。罪人同志の寄合ひだから、モウこれ限り今迄の事は川へ流し、改めて二人の子が分つた喜びの御礼を此処で神様に奏上し、明日は早く此処を立去つて熊野へ御礼に参りませう』
 一同は涙混りに秋彦の導師の許に、感謝祈願を覚束無げに奏上し了つた。東の空は茜さし、金色の燦然たる太陽は、晃々と海の彼方より昇らせ給ふ。
(大正一一・六・一一 旧五・一六 外山豊二録)
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