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文献名1霊界物語 第24巻 如意宝珠 亥の巻
文献名2第3篇 危機一髪よみ(新仮名遣い)ききいっぱつ
文献名3第9章 神助の船〔739〕よみ(新仮名遣い)しんじょのふね
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグニユージランド(ニュージーランド) データ凡例 データ最終更新日2021-08-03 19:18:30
あらすじ
蜈蚣姫、高姫ら一行の船は、ニュージーランドの手前で暴風に会って吹きまくられるうち、一つの岩島に近づいてきた。見れば、その島には得たいの知れない黒い人影が二つ岩を駆け巡っている。

暴風を避けて船はこの岩島につき、一同は神言を奏上した。この声を聞いて二つの黒い人影は船に近寄ってきた。

友彦は、真っ黒な人影を見て、てっきりこれは玉の精が凝って玉のありかを知らせているのだと勘違いする。途端に高姫と蜈蚣姫は自分が玉を奪って相手を出し抜こうとの言い合いになる。

そうしているうちに、黒い影は一同の前にやってきて、自分たちはチャンキー、モンキーというシロの島の住人で、小糸姫を舟で竜宮の一つ島に送る途中に難船したのだ、と助けを乞うた。

蜈蚣姫は小糸姫の消息を二人に聞き質す。二人は難船で小糸姫は死んだものと思って、蜈蚣姫にそう報告する。それを聞いた蜈蚣姫はその場に泣き崩れてしまう。

高姫は、蜈蚣姫の愁嘆場にはまったく頓着なく、チャンキー、モンキーを締め上げて玉のありかを白状させようとする。まったく見に覚えのないチャンキー、モンキーは困り果てる。

蜈蚣姫は顔を上げると、恋しい娘が死んだとなっては破れかぶれだと、高姫に宣戦布告をする。高姫は憎まれ口を返していたが、貫州まで蜈蚣姫の側についてしまい、蜈蚣姫から死刑宣告を受ける。

さすがの高姫もうつむいて涙を流し始めた。蜈蚣姫は高姫の我を折ってやろうと皆と狂言をしたのだ、と高姫を安心させ、初稚姫や玉能姫に感じて自分も改心したのだから、高姫も思い直すようにと諭した。

しかし高姫は玉を取り上げられて、初稚姫や玉能姫に隠された怨みをぶちまける。そこへ急に海面が高くなり、一同は岩山のもっとも高いところに避難したが、船は流され、山岳のような波が容赦なく襲ってきた。

めいめい息も絶え絶えに宣伝歌を歌って覚悟を決めたが、そこへ玉能姫らの船がやってきて、皆を救い上げた。急な海面上昇は、南洋の島が地すべりで海中に没したために発生した災害であった。

高姫は、命を助けてくれた三五教一行に対して、悪口罵詈雑言の限りを尽くし、さらに鼻をねじあげようとする。貫州はついに見かねて高姫を制止し、海に落としこんでしまう。

玉治別が高姫を救いあげた。高姫は心配されても憎まれ口を叩き続けている。船中の人々は、まともに高姫の相手をするのをやめてしまった。

蜈蚣姫は玉能姫らに感謝の意を表し、娘が死んだと聞いては三五教に改心しようと申し出るが、玉能姫は、小糸姫が確かに竜宮の一つ島で女王となり、黄竜姫となっていることを伝えた。蜈蚣姫は大神様にお礼を言い、天津祝詞と感謝の辞を唱えた。

船は折りしも、ニュージーランドの沓島に差し掛かった。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年07月03日(旧閏05月09日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年5月10日 愛善世界社版137頁 八幡書店版第4輯 662頁 修補版 校定版141頁 普及版64頁 初版 ページ備考
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本文  神が表に現れて  善と悪とを立別ける
 朝日は照るとも曇るとも  月は盈つとも虧くるとも
 仮令大地は沈むとも  高姫生命を棄つるとも
 島の八十島八十の国  山の尾の上や川の末
 海の底まで村肝の  心到らぬ隈もなく
 探さにや措かぬと雄猛びし  矢竹心の矢も楯も
 堪りかねたる玉詮議  左右の目玉を白黒と
 忙しさうに転廻し  善と悪との瀬戸の海
 牛に曳かれて馬の関  狭き喉首乗り越えて
 数多の島々右左  眺めて越ゆる太平の
 波を辷つてアンボイナ  南洋諸島の其中で
 珍の竜宮と聞えたる  芽出度き島に漕ぎつけて
 玉の所在を探す内  綾の高天の聖地より
 玉照彦の神言もて  初稚姫や玉能姫
 玉治別の三人は  再度山の山麓に
 生田の森にて足揃ひ  船を準備へ高姫が
 危難を救ひ助けむと  潮の八百路を打渡り
 漕ぎ来る折しも霧の中  仄かに聞ゆる叫び声
 唯事ならじと船を寄せ  よくよく見れば此は如何に
 バラモン教の宣伝使  友彦初め清鶴や
 武の四人が船を破り  生命の綱と岩壁に
 力限りにかぢりつき  救けを叫ぶ声なりし
 玉治別は快く  四人の男を救ひ上げ
 率ゐ来りし伴舟に  友彦其他を救ひつつ
 男波女波を打渡り  雄滝雌滝の懸りたる
 雄島雌島の合せ島  アンボイナ島の竜宮へ
 船を漕ぎつけをちこちと  青葉茂れる山路を
 濃霧に包まれ千丈の  瀑布の音を知るべとし
 近より見れば滝津瀬の  漲り落つる音ばかり
 一行七人滝の前に  佇み此れの絶景を
 驚異の眼をみはりつつ  其壮烈を歎賞し
 涼味に浴する折柄に  濃霧を透して婆の声
 常事ならじと近寄りて  窺ひ見れば高姫の
 腕は血潮に染りつつ  団栗眼を怒らして
 面をふくらせ何事か  囁く側に蜈蚣姫
 妖怪変化に擬ふなる  化物面を曝しつつ
 滝の麓に倒れ居る  玉治別は驚いて
 手負に向つて鎮魂の  神法修し一二三四
 五六七八九十  百千万と言霊の
 霊歌を頭上に放射せば  幾許ならず蜈蚣姫
 元の姿に全快し  地獄で仏に遭ひし如
 心の底より感謝しつ  嬉し涙に暮れにけり
 玉治別の一行は  探ね来りし高姫の
 所在を知つた嬉しさに  真心こめていろいろと
 言依別の命令を  完全に委曲に宣りつれど
 心ねぢけし高姫は  情を仇に宣り直し
 相も変らず減らず口  叩いてそこらに八当り
 憎々しげに罵れば  流石無邪気の一行も
 呆れて言葉なかりけり  ヤツサモツサの押問答
 やうやう治まり一同は  二隻の船に分乗し
 玉治別の操れる  船には初稚玉能姫
 鶴武清の六人連  波を乗り切り竜宮を
 後に眺めて離れ行く  残りの船は友彦が
 艪を操りつ蜈蚣姫  高姫貫州久助や
 スマートボールやお民等の  一行を乗せてやうやうと
 波ののた打つ和田の原  西南指して進み行く
 前後左右に駆けまはる  海蛇の姿眺めつつ
 轟く胸を押隠し  心にも無き空元気
 船歌うたひ友彦が  力限りに炎天の
 大海原に搾る汗  ニユージランドの手前まで
 進む折しも暴風に  吹きまくられて浪高く
 危険刻々迫り来る  左手に立てる岩山の
 影を目標に漕ぎ寄せて  難を避けむと進み寄る
 鬼か獣か魔か人か  得体の知れぬ影二つ
 猿の如く岩山を  駆けめぐり居る訝かしさ
 此世を造りし神直日  心も広き大直日
 唯何事も人の世は  直日に見直し聞直し
 身の過ちは宣り直す  神の救ひの船に乗り
 大海原に漂へる  此岩島を一同が
 生命の親と伏拝み  ここに小船を止めつつ
 アヽ惟神々々  御霊幸はひましませと
 祈る言霊勇ましく  雷の如くに鳴り渡る
 此神言を聞きしより  二つの影は嬉しげに
 此方に向つて下り来る  神の仕組ぞ不思議なる。
 友彦は怪しき二つの影を見て、
『ヤア高姫さま、蜈蚣姫さま、愈願望成就の時節到来、お喜びなさいませ。貴女のお探ねになる代物は漸く此島に在ると云ふ事が、的確に分つて来ましたよ』
 高姫吃驚した様な声で、
『エヽ何と仰有る。あの玉が此島に隠してあると云ふのかい』
『御覧の通り、真黒黒助の、ア…タマが二つ、如意宝珠の様にギラギラした目のタマが四つ、貴女方を歓迎し、上下左右に駆けめぐつて居るぢやありませぬか。ありや屹度玉の妄念ですよ。黄金の隠してある所には何時も化物が出ると云ふ事だ。彼奴はキツト如意宝珠の精が現はれ、人に盗まれない様に保護をして居た所、焦れ焦れた……言はば……玉の親のお前さまがやつて来たものだから、再び腹の中へ呑み込んで帰つて貰はうと思ひ、妄念が現はれて玉の所在を知らして居るのに違ひない。コンナ所に……さうでなければ黒ン坊が住居して居る筈はない。キツトさうですよ。女の一心岩でも突き貫くとやら、あの通り岩を突き貫いて玉の精が現はれたのでせうよ』
 高姫は目をクルクルさせ乍ら、二つの影を凝視め、
『如何にも不思議な影だ。どう考へてもコンナ離れ島に船も無し、人の寄りつく道理がない……サア蜈蚣姫さま、あなたはモウ玉に執着心は無いと仰有つたのだから、微塵も未練はありますまいな』
『妾はアンナ黒ン坊にチツトも執着心は有りませぬ』
『さうでせう。それ聞いたら大丈夫、サア是れから貫州と二人此岩山を駆け登り、玉の所在を探して来う……イヤイヤ待て待て、腹の悪い連中、岩山の上へあがつて居る後の間に、蜈蚣姫さまに船でも盗られたら、それこそ大変だ。……サア貫州、お前は此船の纜をキユツと握つて放す事はならぬぞえ。……モシ蜈蚣姫さま、お付合に従いて来て下さいな』
『オホヽヽヽ、さう御心配なさらいでも、滅多に船を持つて逃げる様な事はしませぬ……とは請合はれませぬワイ』
『サアそれだから険難だと云ふのだ。わしの天眼通は、お前さまの腹のドン底までチヤーンと見抜いてある。それが分らぬ様な事で、どうして日の出神の生宮が勤まるものか……アヽ仕方がない。貫州、お前御苦労だが、玉の所在を、あの黒ン坊に従いて探して来て呉れ。わしは蜈蚣姫さまの監督をして居るから……アーア油断も隙も有つたものぢやないワイ』
『オツホヽヽヽ、よう悪気の廻るお方ですな。お前さまは宝を見ると直にそれだから面白い。恰度、犬コロが三つ四つ一所に集まり、顔を舐めたり、尾を嘗めたりして互に睦まじう平和に遊んで居る、其処へ腐つた肉の一片を投げて与ると、忽ち争闘を始め、親の讐敵に出会うた様に喧嘩をするのと同じ事、お前さまは宝が……まだ本当に有るか無いか知れもせぬ前から、目の色まで変へて騒ぐのだから、本当に見上げた御精神だ。いつかな悪党な蜈蚣姫も腹の底から感服致しました。………スマートボール、お前は貫州さまと一緒に黒ン坊の側へ行つて、万々一玉が有ると云ふ事が分つたら、外の二つの玉は如何でも良いから、金剛不壊の如意宝珠を、非が邪でもひつたくつて来るのだよ。此蜈蚣姫ぢやとて、性来から善人でもないのだから宝の山へ入り乍ら手振りで帰る様な馬鹿ぢやない。今迄の苦労を水の泡にはしともないから、わしも犬コロになつて、力一杯争うて見ませうかい。オツホヽヽヽ』
『一旦お前さまは小糸姫にさへ会へばよい、玉なぞに執着心は無いと、立派に仰有つたぢやないか。それに何ぞや、今となつて子と玉の変換をなさるのかイ』
『変説改論の持囃される世の中だから当然さ。……コレ、スマートボール、高姫さまが何程鯱になつても、味方と云へば貫州さま唯一人、あとは残らず蜈蚣姫の幕下計りだ。寡を以て衆に敵する事は到底不可能だ。何程多数党が横暴だと国民が叫んでも、何程少数党が正義だと云つても、矢張多数党が勝利を得る世の中だもの、泰然自若、チツトも騒ぐに及びませぬ。他人の苦労で徳とると云ふ事は恰度此事だ。高姫さま、御苦労乍ら貴女、玉の所在を査べて来て下さいな。同じ大自在天に献上するのだもの、誰が取つても同じ事、それに貴女は私に玉を取らそまいとする其心の底が分らぬ。大自在天様を看板に、ヤツパリ三五教の大神に献上する考へだらう。何程布留那の弁の高姫さまでも、心の中の曲者を隠す事は出来ますまい……あのマア迷惑相なお顔付、オツホヽヽヽ』
とワザと肩を揺り、高姫流の嘲笑振りをして見せる。斯かる所へ二人の黒ン坊、断崖絶壁に手をかけ足をかけ、大勢の前に下り来り、
『わしはチヤンキー、も一人はモンキーと云ふシロの島の住人だが、三年前に鬼熊別の御娘小糸姫様を御送り申して、竜宮の一つ島へ渡る途中暴風に出会ひ、船を打割り、辛うじて此島に駆けあがり、生命を助かり、蟹やら貝などを漁つてみじめな生活を続けて来た者ですがどうぞお前さま、吾々二人を船に乗せて連れて帰つて下さいませ』
と手を合して頼み入る。毛は生え放題、髭は延び次第、手も足も垢だらけ、目のみ光らせて居る。二人の姿を間近く眺めた一同は、此言葉を半信半疑の念にかられ乍ら聞いて居る。蜈蚣姫は胸を躍らせ、
『ナニ、お前は小糸姫を送つて来て難船したと云ふのか。さうして小糸姫は何処に居りますか』
『サア何処に居られますかな。私たちは男の事でもあり、漸く此島にかぢりついたのだが、あまりの驚きで如何なつた事やらトツクリとは覚えて居りませぬ。大方竜宮へでも旅立たれたのでせう』
『竜宮と云ふのはオーストラリヤの一つ島の事かい』
『サア其一つ島へ行く途中に難破したのだから、竜宮違に、乙米姫様の鎮まり玉ふ海底の竜宮へお出でになつたのでせう。本当に綺麗な女王の様な方で、今思ひ出しても自然に目が細くなり、涎が流れますワイ。アヽ惜しい事をしたものだ』
と憮然として語る。蜈蚣姫は今迄張詰めた心もガツタリと、其場に倒れ身震ひし乍ら船底にかぶりつき、忍び泣きに泣き居る。高姫は蜈蚣姫の此悲歎に頓着なく、チヤンキー、モンキー二人の胸倉をグツと取り、
『これ、チヤン、モンとやら、お前は誰に頼まれて玉を隠したのだ。玉能姫か、言依別か、但は此処に居る連中の誰かに頼まれて隠したのだらう。よう考へたものだ。コンナ遠い岩山に埋没して置けば如何にも知れぬ筈ぢや。私も今迄立派な立派なアンボイナ島や、大島や、小豆島を探さうとしたのが感違ひ、アヽ時節は待たねばならぬものだ。サアもう斯うなつた以上は、お前が何と云つて弁解しても白状させねば置かぬ。何程隠しても、斯んな小つぽけな島、小口から岩を叩き割つても、発見するのは容易の業だ。隠しても知れる、隠さいでも知れるのだから、エライ目に遇はされぬうちにトツトと白状したがお前の得だよ』
 チヤンキー、モンキーの二人は寝耳に水の此詰問に、何が何やら合点ゆかず頭を掻き乍ら、
『今貴女は玉を隠したとか、どうとか仰有いますが、一体何の玉で御座いますか』
『オホヽヽヽ、よう白ばくれたものだなア。それ、お前が玉能姫に頼まれた如意宝珠の玉だよ。それを何処に隠したか、キツパリと白状しなさい』
『ソンナ事は一切存じませぬ』
『玉ナンテ名も聞いたこたアありませぬワイ』
『ヨシヨシ強太い者だ。腹を断ち割つても、今度こそは白状させねば置かぬ。アヽ面倒臭い事だ。妾が自ら査べに行けば後が案じられる。蜈蚣姫さまは……ヘン……吃驚したよな顔をして船底にかぢりつき油断をさせて、此高姫が山へ往つたならば矢庭に船を出し、此島に放つとく積りだらうし、アヽ体が二つ三つ欲しくなつて来たワイ』
 蜈蚣姫は漸くにして顔を上げ、
『わしも今迄恋しい一人の娘に会ふのを楽みに、心の合はぬ高姫と表面だけは調子を合して来たが、天にも地にも唯一人の娘が此世に居らぬと聞けば、モウ破れかぶれだ。……サア友彦、お前も憎い奴なれど、仮令一年でも私の娘の夫となつた以上は、切つても切れぬ親子の仲、キツト私に加勢をして呉れるだらうな』
『ハイお母さま、よう仰有つて下さいました。貴女の命令なら、高姫の生首を引抜けと仰有つても、引抜いてお目にかけます』
『ヤア頼もしや頼もしや、親なればこそ、子なればこそ。何処にドンナ味方が拵へてあるか分つたものぢやない。「ほのぼのと出て行けど、心淋しく思ふなよ。力になる人用意がしてあるぞよ」……と三五教の神様が仰有つたと云ふ事だ。……(声に力入れ)サア高姫、モウ斯うなる以上は化の皮を引ん剥いて婆と婆との力比べだ、尋常に勝負をなされ』
『ヘン、蜈蚣姫さまの、あの噪やぎ様……イヤ狂ひやう。誰だつて一人の娘が死んだと聞けば、自暴自棄も起るであらう。気が狂ふまいものでもない。併し乍ら其処をビクとも致さぬのが神心だ……女丈夫の大精神だ。小糸姫様が海へ沈んで竜宮行をしたと聞いて腰を抜かし、其愁歎振は何ですか。見つともない。此高姫は元来気丈の性質、流石は生宮丈あつて、小糸姫が海の底へ旅立をしたと聞いて、落胆どころか却て愉快な気分に充されました。ナント身魂の研けた者と、研けぬ者との心の持様は違うたものだナ。オホヽヽヽ』
と自暴自棄になつて減らず口を叩く。
『人情知らずの悪垂婆の高姫。……サア友彦、親の言ひ付けだ。櫂を持つて来て頭から擲りつけて下さい。一人よりない大事な娘が死んだのを、却て愉快だと言ひよつた。……サア早くスマートボール、久助、高姫を打ちのめし、海の竜宮へやつて下され。チヤンキー、モンキーさま、お前さまも無理難題をかけられて、嘸腹が立たうのう。一寸の虫にも五分の魂だ。チツトは敵討ちをしなさらぬかいな。敵は貫州と唯二人、モウ斯うなれば蜈蚣姫のしたい儘だ。……サア高姫、返答はどうだ』
と追々言葉尻が荒くなる。貫州は両手を拡げ、
『蜈蚣姫さま、御一同さま、マア待つて下さい』
『此期に及んで卑怯未練な、待つて呉れも有るものか。お前も讐敵の片割れ、覚悟をしたが宜からう』
『わしだつてコンナ没分暁漢の高姫に殉死するのは真平御免だ。お前さまの方に、貫州も一層の事応援するから、……どうだ、聞き届けて呉れるかな』
『お前はメラの滝でチラリと喋つた言葉に考へ合はすと、あまり高姫を信用しとりさうにもないから、赦してやらう。サアどうぢや高姫、舌噛み切つて死ぬるか、此場で海へ身を投げるか、それが厭なら皆の者が寄つて懸つてふん縛り、海へ放り込まうか。最早是までと諦めて、宣伝歌の一つも此世の名残に唱へたがよからうぞ。オツホヽヽヽ』
 高姫は悪胴を据ゑ、腕を組み、涙をボロリボロリと零して俯向き沈む。
『オホヽヽヽ、高姫さま、嘘ですよ。あまりお前さまが我が強いから、一つ我を折つて上げようと思うて狂言をしたのだから、安心なされませ。天が下に敵もなければ他人もない。私も今迄の蜈蚣姫とは違ひます。玉能姫さまや初稚姫さまを、あれ丈ボロ糞に言つてもチツトも怒らず、親切計りで立て通しなさつた其心に感じ、善一つの真心に立帰つた此蜈蚣姫、どうしてお前さまを苦しめませう、安心して下さい。其代りお前さまも、玉能姫さまや初稚姫其他の方々を鵜の毛の露程でも恨む様な事があつては冥加に尽きまするぞ』
『ヤアそれで高姫もヤツと安心を致しました。併し乍ら初稚姫や玉能姫の悪人計りは、如何しても思ひ切る事が出来ませぬワイ。人我れに辛ければ我れ又人に辛しとやら言つて、年をとつて是れだけ苦労艱難をするのも、みんな初稚姫や玉能姫のなす業、如何に天下の大馬鹿者、無神経者と云つても、此残念が如何して忘れられませうか』
『玉能姫様や初稚姫様は、神様の命令を受けて御用遊ばした丈ぢやありませぬか。元からお前さまを困らさうなどと、ソンナ悪い心はなかつたのでせう』
『ソンナ小理屈は言うて下さいますな。例へば主人が下僕に対し藪の竹を一本伐つて来いと命令したと見なさい。竹を伐る時の竹の露は誰にかかりますか。ヤツパリ下僕にかかるぢやありませぬか。竹伐つた奴は玉能姫、初稚姫の両阿魔女だ。怨みが懸らいで何としようぞいの。アヽ口惜しい、残念や、オーン オーン オーン』
と前後を忘れ狼泣きに泣き始めける。
 折しも海鳴の音、俄に万雷の一時に轟く如く聞え来り、波は刻々に高まる。一同はチヤンキー、モンキーの後に従ひ、最も高き岩上に避難した。船は纜を千切られ、何処ともなく、浪のまにまに流れて了つた。水量は追々まさり、最早足許まで浸して来る。山岳の様な浪は遠慮会釈もなく、頭の上を掠めて通る。殆ど水中に没したと思へば又現はれ、息も絶え絶えになり、各自覚悟の臍を極めて神言を奏上し、心の隔てはスツカリ除れて、唯生命を如何にして保たむやと是れのみに焦慮し、宣伝歌を泣声まぜりに声を嗄らして唱へ居る。
 斯かる所へ波に漂ひつつ艪を操り、甲斐々々しく進み来る一隻の稍大なる船ありき。日は漸く暮れ果て、誰彼の顔も碌に見えなくなり来たり。一隻の船には二三人の神人が乗り居たり。船の中より、
『ノアの方舟現はれたり、サア早く乗らせ給へ』
と呼ばはり乍ら足許へ漕ぎ寄せ来る。一同は天にも昇る心地し乍ら、一人も残らず此船目蒐けて、天の祐けと飛び込めば、船は波を押分け悠々として西南指して進み行く。
 斯く俄に鳴動し、水量まさり来りしは、南洋のテンカオ島と云ふ巨大なる島が、地辷りの為に海中に沈没した為、一時の現象として斯の如くなりしなりき。水量は追々常態に復しぬ。船は月に照され乍ら海上静かに走り居る。船の中の神人の爽かな声、
『妾は玉能姫で御座います。高姫様、蜈蚣姫様、其他御一同様、危ない所で御座いましたが、神様のお蔭で先づ先づ御無事で、コンナ御芽出たい事は御座いませぬ。妾達は神様の御命令に依つて、貴女方が海神島にお着き遊ばす迄御保護申せとの言依別命の御命令で、見えつ隠れつお後を慕つて参りました。アヽ有難い、これで妾の使命も完全に勤まつたと申すもの、マアよう無事で居て下さいました。玉治別も居られます。初稚姫様もここに乗つて居られます』
『是れと云ふのも全く日の出神様の御神徳ぢや。お前さまも其お蔭で言依別命に対して言ひ訳も立ち、完全に御用も勤まつたと云ふもの、コンナ事がなければお前さまが遥々此処まで出て来たのも無意義に終るとこだつた。アヽ神様は誰もつつぼに致さぬと仰有るが偉いものだなア。大神様は平等愛を以て心となし給ふ。お前さまもこれでチツトは我が折れただらう。手柄を横取して自分一人が猫糞をきめこみ、結構な神宝を隠して素知らぬ顔をして御座つたが、是れで神様の大御心が分つたでせう。サア玉の所在を綺麗サツパリと皆の前にさらけ出し、功名手柄を独占しようなぞと云ふ執着心を、此際放かしなさるのが御身の得だぞへ、オホヽヽヽ』
 玉能姫、初稚姫は呆れて何の言葉もなく、黙然として俯むき居たり。玉治別は一生懸命に艪を操り乍ら高姫の言葉を聞いて少しくむかついたが、神直日大直日の宣伝歌を思ひ出し、吾と吾心を戒め、さあらぬ態に船唄を唄ひ、汗をタラタラ流し乍ら船を操り居たり。
高姫『コレお節さま、お初さま、お前さまもいい加減にハンナリとしたらどうだい。助けに来るのも、助けられるのも皆神様に使はれて居るのだよ。必ず必ず高姫其他を助けてやつたと慢神心を出してはなりませぬ。ハヤそれが大変な取違だ。九分九厘になつたれば神が助けるぞよと、チヤンと仰有つてる。家島で船を取られた時も、神がお節さまを御用に使ひ、船を持つて来さしました。アンボイナ島でも其通り、今又日の出神のおはからひで結構な御用を指して貰ひなさつた。此処で結構な御用をさして貰ひなさつたのも、ヤツパリ高姫があつたればこそ……一遍々々お前さまは手柄が重なつて結構だが、ウツカリ慢神すると谷底へ落されますぞや。大分に鼻が高うなり出した。チツト捻ぢて上げようか』
と二人の鼻を掴みかからうとする。貫州は其手をグツと握り、
『コレ高姫さま、我が強いと云つても余りぢやないか。側に聞いて居る私でさへも憎らしうて、お前さまを殴りつけたうなつて来た。ようもようも慢神したものだなア、チツト胸に手を当てて考へて見なさい。生命を助けて貰ひ乍ら、又しても又しても減らず口を叩いて、よう口が腫れぬ事だナア』
『貫州、神界の事はお前達の容喙すべき事ぢやない。どんなお仕組がしてあるか分りもせぬのに、出しやばつて囀るものぢやありませぬぞ。バラモン教の蜈蚣姫さまでさへも高姫の言葉に感心して、何とも仰有らぬのに、没分暁漢のお前が何を吐くのだい。お前も大分に鼻が高くなつた。一つ捻つてやらうか』
と稍高い鼻を掴みかかるのを、貫州は力をこめて撥ね飛ばした途端に、高姫はザンブと計り海中に落込みぬ。玉治別は驚いて、矢庭に棹を突き出す。高姫は一生懸命になつて棹に喰ひつき、漸くにして救ひ上げられけり。
『コレ貫州、何と云ふ乱暴な事を致すのだい』
『是れも神界の御都合でせう。肱出神様が肱ではぢかはりましたら、貴女が曲芸を演じてカイツムリとなり、皆の者一同に観覧さして下さいました。本当に抜目のない愛想のよい仁慈無限の高姫さまだと、云はず語らず、皆の者が舌を出して喜び居りましたワイな』
蜈蚣姫『高姫さま、お怪我は御座いませなんだか。お前さまも余りお口がよろしいからナア』
『放つといて下され、口がよからうが悪からうが、妾の口は妾が自由に使用するのだ。お前さま等の改心が足らぬから、此高姫が千座の置戸を負うて此海へ飛び込み鹹い塩水を呑んで罪を贖ひ、助けて上げたのだ。何故一言の御礼を申しなさらぬ。……コレコレ、ムカデにお節、お初殿、分りましたかなア』
玉能姫『ハイ、どうもお元気な事には心の底から感心致しました。その勢なれば強いものです。大丈夫ですワ』
『さうだらう。お前も大分に高姫の心の底が見えかけたよ、大分に身魂が研けたやうだ。モ一つ打解けて玉の所在さへ白状すれば、それこそ立派な者だ。高姫の片腕になれるべき素質は充分にある。モウそろそろ言はねばなるまい。言はねば云ふ様にして言はすぞよと大神様が仰有つた事を覚えて居ますか。誰が何と云つても艮の金神、坤の金神、金勝要神、一番地になるのが日の出神、四魂揃うて、誠の花が咲くお仕組、何程言依別が瑞の御霊でも、玉照姫が木花咲耶姫の分霊でも、玉照彦が三葉彦の再来でも、到底四魂の神には肩を並べる事は出来ますまい。お前さま達は今迄何でも彼んでも、言依別や其他の枝の神の申す事を聞いて居つたから、思ふ様にチツトも往きやせまいがな。四魂の中でも根本の土台の地になる日の出神をさし措いて、何結構な御用が出来るものか、此れを機会に改心が一等で御座るぞや』
と口角泡を飛ばし、誰も返辞もせないのに、独り噪やいで居る。
 船中の人々は高姫を気違扱ひして相手にならず、言ひたい儘に放任し置きたりける。
 蜈蚣姫は丁寧な言葉にて、
『玉能姫様、初稚姫様、玉治別様、アンボイナ島では大変な失礼な事を申上げましたが、どうぞ御赦し下さいませ。就きましては妾の娘小糸姫は魔島の麓で船を破り可哀や溺死を遂げました。夫は今は波斯の国に居りますなり。年老つた妾、夫婦別れ別れになり、一人の娘には先立たれ、最早此世に何の望みも御座いませぬ。どうぞ今迄の御無礼を海へ流して、どうぞ妾を貴方のお供になりと御使ひ下さいますまいか。実に立派な御心掛け、如何な悪に強い妾も感心致しました』
と袖に涙を拭ひ泣き伏す。玉能姫は合掌しながら、
『如何致しまして、老練な蜈蚣姫様、どうぞ宜しく、足らはぬ妾の御指導をお願ひ致します。今承はれば小糸姫様は海の藻屑となつたと仰せられましたが、それは御心配なされますな。屹度オーストラリヤの一つ島に立派な女王となつて、羽振りを利かして居られます。妾は素盞嗚尊様の御娘、五十子姫様より小糸姫様の消息を聞きました。今は三五教の教を樹て黄竜姫と名乗つて立派に暮して居られます。やがて芽出たく親子の対面が出来ませう。どうぞ御心配をなさらぬ様、勇んで下さいませ』
『アヽ有難い、左様で御座いましたか。是れと云ふのも皆大神様の御神徳……』
と手を合せ、直に天津祝詞を奏上し、感謝の辞に時を移しけり。高姫は投げ出したやうな言葉付きで、
『蜈蚣姫さま、どうでお節の云ふ事、当にやなりますまいが、仮令話にせよ、娘さまに会へると云ふ事をお聞きになつたら嘸嬉しいでせう。妾も虚実は兎も角、言霊の幸はふ国、刹那心でも芽出たいと思はぬこたアありませぬ。併しマア物は当つてみねば分りませぬ。どうも日の出神の観察では怪しいものだが、折角そこまでお前さまが喜びて居るのだから、妾も一緒にお付合に喜びて置きませう』
 玉治別は立ち上り、
『サア向方に見えるのがニユージランドの沓島だ。皆さま少々波が荒くなるから、其覚悟して下さい』
(大正一一・七・三 旧閏五・九 松村真澄録)
此日午前六時二代様三代様も白山、月山に御登山の途に就かるとの電来たる。
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