たちまち満天は墨を流したような黒雲に覆われてしまった。五人は祠の前で涼しく祝詞を唱えれば、黒雲の中から一塊の火光が現れて雷のような轟音と共に落下した。たちまち雲は晴れて辺りは日の光に輝いた。
五人が我に返ると、諏訪の湖面には紺青の波がキラキラと気高く輝いていた。純白の帆を掲げた舟が、多数こちらに向かってやってくる。五人は衣服を脱ぎ捨てて、湖の中にザンブと飛び込んだ。
浅瀬を進んで行った五人は、深みに足を取られて水底に落ち込んだ。五人は、水底から浮かんできた金銀をちりばめた神船に救い上げられて、湖を北へと進んで行った。そして気が付くと、湖中の夫婦島に五人は置かれていた。
ここには大小無数の金銀の蛇が、空き地がないほどに群れて遊んでいた。清公は金色の蛇に口の中に這いこまれ、その胸苦しさで眼を覚ました。チャンキーは蛇を引き出そうとしたが、尾ではねられて隣の島に飛ばされてしまった。
チャンキーが飛ばされた島には金銀のムカデがびっしりと群れていた。ムカデはチャンキーの体に這い登って包んでしまったが、チャンキーは少しも痛みも苦しみも感じなかった。ただそのこそばゆさに、チャンキーは腹をかかえて笑い転げた。
清公たちが最初に置かれた島は男島、チャンキーが飛ばされた島は女島といった。清公はにわかに身体が黄金色に変じ、両眼から金剛石のような光を発した。顔色輝いて荘厳の度を増し、背も一尺ばかり伸びると、アイルを掴んで女島に投げ飛ばした。
アイルもムカデに体を包まれて笑い出した。アイルとチャンキーがこの不思議な出来事について放していると、清公に投げられたテーナが島にやってきた。テーナもたちまちムカデに包まれてしまった。
男島のモンキーだけは、なぜか蛇も近づかなかった。モンキーは、蛇が自分に近づかないのは、自分が善だからなのか悪だからなのか判断がつかず、清公の前に平伏して頼み入るが、清公は目ばかりぎろぎろと動かして無言のまま立ち尽くしていた。
モンキーは、この島の蛇もムカデも悪魔のような感じがしない以上、竜宮に居るからには諸善神の化身に違いないと結論し、岩の上に祝詞を上げて諸手を組んで首を垂れ、考え込んでいた。
すると美妙の音楽が眼下から聞こえてきた。驚いて見れば、崇高な女神が舵を取って、厳たる漆塗りの船が進んで行くのが、パインの茂みの間から見えた。船中には、清公、チャンキー、アイル、テーナの四人が薄絹を身につけ、瓔珞の冠を戴いて、各々笛や笙やひちりきを奏でながら、愉快気に湖面を進んでいる。四人の肌は水晶のように透明に清まっていた。
モンキーが思わずアッと叫ぶと、四人は金扇を開いてモンキーを差し招く。船は悠々と波の上を進んで姿を隠してしまった。モンキーは我が身を省みれば、赤銅のような肌に毛がボウボウと生え、嫌な臭いを放出していた。
モンキーは自分のほうが間違っていたことに気付き、磯端に走ると全身を清めて端座し、瞑想にふけった。涼風が吹き、モンキーは気分が晴れてきた。しかし湖面を行く神船はモンキーに一瞥もくれずに過ぎてゆく。
モンキーがやや不安にくれて、船が消えた方向を見ていると、水面から緑毛の亀が浮かび上がり、島に駆け上がって走り出した。モンキーはその後について行く。亀は大木に登って、そこから落ちた。モンキーも同じように木に登って落ちた。
モンキーは亀の真似をしてもがいたり、付いて湖に飛び込んで泳いだ。モンキーが手足がだるくなって泳げなくなると、亀はモンキーを待って留まった。モンキーが亀に掴まると、亀は水中深く潜っていった。モンキーは必死でしがみついた。
モンキーは今度は女島に居て、亀の後をついていった。数多のムカデもその後に続いた。亀は島の頂上の大木の梢から、水面に飛び込んだ。モンキーは遥か下の水面を見て恐ろしさを感じたが、死に物狂いで亀と同じく頭を下にして飛び込んだ。
気が付くと、モンキーは金色の亀にまたがって紺碧の湖面を悠々と進んでいた。亀はいつしか金銀珠玉をちりばめた神船となっていた。
モンキーは初めて、何事も一切万事神に任せれば良いのだ、ということに気が付いた。蛇の島では蛇の心、ムカデの島ではムカデの心になって神様にお任せして行動してこそ、神の慈悲を体現できるのだ、ということを悟った。
モンキーは四人に再び会えることを願い、悔悟の涙を絞って合掌し、天津祝詞を奏上した。微妙の音楽が聞こえて麝香の芳香が漂い、その身はたちまち薄絹に包まれた。天上を行くごとき爽快な気分に包まれた。