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文献名1霊界物語 第29巻 海洋万里 辰の巻
文献名2第3篇 神鬼一転よみ(新仮名遣い)しんきいってん
文献名3第13章 愛流川〔835〕よみ(新仮名遣い)あいるがわ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-12-30 18:11:11
あらすじ
一行は広い大原野を横切り、ようやく樹木がやや茂る地点までやってきた。ここには相当に広い清い川が流れていた。そこに草蓑をつけた七十ばかりの婆さんがやってきた。このような人跡まれな場所で三人が不審に思っていると、婆さんは三人を手招きして小さな草葺の小屋に姿を隠した。

三人が庵を訪ねると、婆さんは、連れ合いの爺が天刑病で村に居ることができずにこんな外れの地で看病をして暮らしているのだ、と答えた。そして四五日以前からの夢で、三五教の宣伝使がやってくるからその方を頼れと女神の御告げがあるのだという。

婆は御告げでは宣伝使に病人の体の膿をすっかり吸い取ってもらえば病は全快するのだという。高姫はその話を聞いて快諾し、病人の前に案内されると天津祝詞を奏上して、爺の膿を吸出し始めた。

すると爺は跳ね起きて妙齢の美しい女神の姿を現した。女神は天教山の木花姫命の化身だと名乗り、高姫の心を見届けたと告げ、今後もくれぐれも慢心するなと気をつけた。三人が気付くとあばら屋も何もなく、アイル河の川辺で居眠りをしていた。

三人はまったく同じ夢を見ていた。一行は神様のお気付けに感謝し、高姫は感謝の合掌をした。春彦と常彦は、御魂の系統や日の出神の生き宮と高姫を持ち上げるが、高姫はすっかり謙譲の心になり、働きによって示すのだと神徳を示した。

一行はアイル河が幅広く橋も無いのでどうやって渡ろうかと思案に暮れていた。高姫が一生懸命に祈願を凝らすと、どこともなく大小の鰐がやってきて橋をかけた。三人は無事にアイル河を渡ることができた。

宣伝歌を歌いながら原野を進んで行くと、今度は大湖水に行き当たった。高姫は、また神様に祈って鰐の橋をかけてもらうとご眷属様にご苦労をかけると、左回りに湖を迂回して進むことになった。一里ばかり進んだ椰子樹の森で、三人は休息を取って一夜を明かすことにした。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月12日(旧06月20日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年9月3日 愛善世界社版185頁 八幡書店版第5輯 533頁 修補版 校定版190頁 普及版86頁 初版 ページ備考
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本文  高姫は常彦、春彦と共にアルゼンチンの大原野、櫟ケ原を東へ東へと進み行く。アルの港迄は殆ど三百七八十里もある。何程あせつても一ケ月の日数を費やさねば、アルの港へは行かれない。沢山の蜥蜴のノロノロと這つてゐる草野原を、萱の株を右に左に潜りつつ、天恵的に野辺一面に赤くなつて稔つて居る味の良き苺を食ひ乍ら、草の枕も五つ六つ重ねて、稍樹木の茂れる地点迄出て来た。
 此処には相当に広い河が清く流れて居た。河の岸には行儀よく大王松や、樫などが生えて居る。河辺には桔梗の花女郎花の花などが時ならず咲き乱れてゐた。丁度内地の秋の草野の如うであつた。三人は河の辺に下り立ち、清泉に喉をうるほし、あたりの風景を眺めて、過来し方の蜥蜴や虻、蜂、金蠅のうるさかつたこと、苺の味の美味なりしと、黄紅青白紫其他いろいろの美はしき草花の処狭きまで咲き満ちて、旅情を慰めてくれたことなどを追懐し、神の恩恵の深きを感謝しつつあつた。
 其処へのそりのそりと草蓑を着け、編笠を被り、竹の杖をついた七十許りの婆アがやつて来た。三人は……ハテ斯様な所に人が住んで居るのかなア……と不審相に、婆アの顔を眺め入つた。婆アは三人を手招きし乍ら、一二丁上手の小さき草葺の家に身を隠した。
常彦『モシ高姫さま、あの婆アは何でせうなア。あの松の木の根元の小さな家へ這入つて了ひましたが、吾々三人を嬉し相な顔して手招きして居たぢやありませぬか。何でもあの婆アの配偶者が病気にでも罹つて居るので、吾々を頼みに来たのかも知れませぬよ。何は兎もあれ一寸立寄つて見やうではありませぬか』
高姫『あゝあ、玉公、竜公に別れてから、今日が日迄六日の間、人の姿を見たことはなかつたが、今日は珍しい、人間に会ふことが出来ました。兎も角あの婆アの庵迄往つて見ませう。併し乍ら神様が如何して御試しなさるか分りませぬから、決して腹を立てはなりませぬよ』
常彦『ハイ承知致しました。絶対に腹などは立てませぬワ。安心して下さい。……なア春彦、お前もさうだろな』
春彦『ウン、私もその通りだ。高姫さま、サア参りませう』
 三人は漸くにして婆アの庵に着いた。婆アは嬉しさうに三人を出迎へ、
『これはこれは三五教の宣伝使様、能うこそ斯様な醜い茅屋を御訪ね下さいました。就いては折入つて御頼み申したい事が御座いますのぢや。何と人を一人助けると思うて、お聞き下さる訳には参りますまいかなア』
高姫『ハイ妾達の力に叶ふことならば、如何様なことなり共仰有つて下さいませ』
婆『それは早速の御承知、有難う御座います。実の所は宅の爺さまは最早八十の坂を七つも越え、来年は桝掛の祝ひをせうと思うて、孫や子供が楽んで居りましたが、とうとう今年の春頃から、人の嫌がる病気に取付き、あの爺は天刑病だから、村には置くことは出来ぬと云つて、此様な一軒家の淋しい川の畔に形ばかりの家を造り、雨露を凌ぎ乍ら、年の老つた婆アが介抱を致して居りまする。いろいろと百草を集め、薬を拵へて呑ましたり、附けたり致しましたが、病は日に日に重る計り、体はずるけ、何とも言へぬ臭い匂ひが致し、沢山蠅が止まつて、女房の妾が見てさへもゾゾ髪が立ちまする。併し乍ら、四五日以前から妙な夢を続けて見ますのぢや。其夢と申すのは、あのアイル河の畔に三五教の宣伝使が現はれて来るから、其お方を頼んで癒して頂けとの女神さまの夢のお告げ、それが又毎晩々々同じ夢を、昨夜で五つ夜さも見まするので、此茅屋から翡翆の様に川計り眺めて待つて居りました。所が神様の仰有つた通り、三人連れで立派な宣伝使様が御越しになり、川でお休みになつてる其姿を拝んだ時の嬉しさ、思はず熱い涙がこぼれました。就いては神様の仰せには、此ずるけた病気でも、三五教の宣伝使がやつて来て、体の汁や膿を、スツカリ舐めて呉れたならば、其場で全快すると仰有いました。誠にかやうな事を御願申すは畏いことで御座いますが、神様の夢のお告げで御座いますから、お気に障るか存じませぬが、一寸申上げました』
 高姫暫く差し俯むいて腕を組み、考へて居たが、
高姫『あゝ宜しい宜しい、どんな膿でも汁でも、御註文通り吸ひ取つて上げませう。竜宮の一つ島で、初稚姫や玉能姫の一行が、癩病患者の膿血を吸うて助けた例しもある。サアお爺さまのお座敷へ案内して下さいませ』
婆『ハイ有難う、案内しませう』
と立あがり、奥の間へ進んで行く。奥の間と云つても只萱草の壁を仕切つた丈で、二間作りの小さき家であつた。常彦、春彦も高姫と共に奥の間に従いて行く。見れば金色の蠅が真黒にたかつて居る。爺は仰向けに骨と皮とになつて、体一面膿汁を流し、蠅に吸はれた儘、半死半生の態で苦しんで居る。高姫は直に天津祝詞を奏上するや、数多の金蠅は一匹も残らず、ブンブンと唸りを立てて、窓の外へ逃出して了つた。高姫は爺の体に口を当て、胸の辺りから膿血を吸ひ始めた。常彦は足から、春彦は頭から、汚な相にもせず、此爺さまを助けたい一杯に、吾れを忘れて、臭気紛々たる膿汁を平気で吸うて居る。
 爺イは『ウン』と云つて撥ね起来た。見れば不思議や、紫摩黄金の肌を現はしたる妙齢の美人となり、
美人『ヤア高姫、汝の心底見届けたり。我れこそは天教山に鎮まる木の花姫命の化身なるぞ。いよいよ汝は是れより天晴れ神柱として神業に仕ふることを得るであらう。まだまだ幾回となく神の試しに会ふことあらむ。そこを切抜けなば、真の汝の肉体は日の出神の生宮となりて仕ふるも難き事にあらざるべし。必ず慢心してはなりませぬぞ。又常彦、春彦も三五教の教を間違はない様に、不言実行を第一とするが宜しいぞ。木の花姫が三人の為に斯の如く仕組んだのであるから、必ず今後とても油断を致してはなりませぬぞや』
 高姫外二人は『ハイ』と答へて平伏した。
 何処よりともなく、香ばしき匂ひ薫じ来り音楽の響き嚠喨として冴え渡り、涼しき風は窓を通して、三人の面を払ふ。
 不図頭をあぐれば、こは如何に、茅屋もなければ、爺婆の姿も女神の姿もなく、依然として、河の辺にウツラウツラと昼船を漕いで居た。
 高姫は吐息をつき乍ら、
高姫『あゝ今のは夢であつたか、大変な結構な御神徳を夢の中で頂きました。夢なればこそ、あんな事が出来たのだらう。イヤイヤ実際にあの心にならなくてはなりますまい。あゝ有難い有難い』
と切りに独言を云つて居る。
常彦『高姫さま、私も夢を見ましたよ。随分虫のよい夢でした。春彦と三人、それはそれは汚い病人の介抱をさせられ、膿血を吸はされましたが、何ともかとも知れぬ甘露の様な味がして、夢中になつて吸ひ付いて居ると、汚い爺だと思つたら、天教山の木の花咲耶姫様、醜の極端から美の極端迄見せて頂きました。……高姫さま、貴女もさういふ夢でしたか、……春彦、お前の夢は如何だつたい』
春彦『イヤもうチツトも違ひはない。三人が三人乍ら同様の夢を見たと見える。不思議なこともあるものだなア。あの汚い病人はキツと俺達の心の映像かも知れないよ。あの如うな汚いむさくるしい吾々の身魂を、木の花咲耶姫大神様が、俺達が病人の膿血を吸うた様に、身魂の汚れを吸ひ取つて下さるに違ひないワ。あゝ実に畏いことだ。コリヤキツと人のこつちやない、吾々の魂を見せて戴いたのだらうよ。なア高姫さま、さうぢや御座いますまいか』
高姫『それはさうに間違御座いませぬワ。神様から御覧になつたら、妾の身魂は汚れ腐り、ズルケかけて居るでせう。あゝ惟神霊幸倍坐世。諸々の罪穢れを払ひ玉ひ清め玉へ』
と一生懸命に俄に合掌する。
常彦『高姫さま、貴女は何と云つても、変性男子の系統だから、汚れたと云つても、ホンの一寸したものですよ。あの汚れやうは吾々の身魂の映写に違ありませぬ』
高姫『モウ変性男子の系統などと言つて下さるな。妾のやうな者を系統だなぞと申さうものなら、それこそ変性男子様の御神徳を傷つけます。此後は決して変性男子の系統なぞとは申しませぬから、あなたもどうぞ、其積りで居つて下さい』
春彦『それでも事実はヤツパリ事実だから仕方がありませぬワ』
高姫『系統なら系統丈の行ひが出来なくては恥かしう御座います。妾が天晴れと改心が出来、誠が天に通じ、大神さまから、系統丈の事あつて、何から何まで行ひが違ふ、誠の鑑ぢや……と仰有つて下さるまでは、妾は系統所ぢやありませぬ。変性男子様の御徳を傷つける様な者ですから、どうぞ暫く系統呼はりは止めて下さいませ』
春彦『変れば変るものですな。毎日日日系統々々の連発を御やり遊ばしたが、改心と云ふものは恐ろしいものだなア。そんなら私も是から貴女に対し、態度を変へませう』
高姫『ハイ妾からも変へますから、どうぞ上下なしに、教の道の姉弟として交際つて下さい。今迄のやうに弟子扱をしたり、家来扱は決して致しませぬ』
常彦『私も其積りで交際さして頂きます。併し日の出神の生宮の件は如何なさいましたか』
高姫『モウどうぞそんな事は云うて下さいますな。日の出神さま所か、金毛九尾が、妾の肉体に憑いてをつて、あんな事を言はしたり、慢心をさしたのですよ。櫟ケ原の白楊樹の下で、スツカリ妾の肉体から正体を現はして脱けて出ました。それ故、今日の妾は誠の神様の生宮でもなければ、悪神の巣窟でも御座いませぬ。これから、本守護神にしつかりして頂いて、天晴れ神様の御用に立たねばなりませぬ』
常彦『あゝそれは結構ですな。私がアリナ山の頂きから東の方を眺めて居りましたら、櫟ケ原から、金毛九尾の悪狐が、黒雲に乗り、常世の国の方を目蒐けて、エライ勢で逃げて行きました。大方あの時に貴女の肉体から退散したのでせう』
高姫『あゝさうでしたか。恐ろしいものですなア。妾の肉体を離れる時にチラツと姿を見せましたが、それはそれは立派な八畳の間一杯になる様な長い裲襠を着て真白な顔を致し、ヌツと妾の前に立ちましたから、……おのれ金毛九尾の悪狐奴と睨みますと、忽ち金毛九尾となり、尾の先に孔雀の尾の玉のやうな光つた物を沢山につけて天へ舞上り、北の空目蒐けて逃げて行きました。大方其時の事を御覧になつたのでせう。あゝ恐ろしい、ゾツとして来ました。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』
常彦『時に高姫さま、此大河を如何して渡りませうか。橋もなし仕方がないぢやありませぬか。翼があれば飛んで行けますが、此広い深い流川、而も急流と来て居るのだから、泳ぐ訳にも行かず、困つたものですワ。如何しませう』
高姫『神様に御願するより途はありませぬ。これも一つは神様のお試しに会うとるのですよ。兎も角神を力に誠を杖に、渡つて見ませう。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』
と高姫は一生懸命に川の面に向つて祈願をこらした。不思議や幾丈とも分らぬ大の鰐数多重なり来り、見る見る間に鰐橋を架けた。三人は天の与へと雀躍し『惟神霊幸倍坐世』を一心に唱へ乍ら、鰐の背を踏み越え踏み越え、漸くにして向うの岸に達した。
常彦『あゝ有難い、おかげで楽に渡して貰うた。斯うなつて見ると、余り鰐さまの悪い事も言へませぬな』
高姫『ホヽヽヽヽ』
春彦『祝部の神さまが、どこやらの海を渡る時に仰有つたぢやないか。鰐が無けりや、甘鯛鱒から蟹して下さい、ギニシイラねばドブ貝なとしなさい……とか何とか云つて、魚尽しを唄はれたといふ事が、霊界物語に書いてあつただらう』
常彦『ソリヤお前違ふぢやないか、鰐が悪けりや……だない、鰐に悪けりや、甘鯛鱒からと云ふのだ。甘鯛鱒とは魚の名だが、実際は謝罪りますと云ふことを、魚にもぢつたのだよ。アハヽヽヽ』
高姫『サア皆さま、行きませう』
と先に立つて、青草の茂れる野を東へ東へと進んで行く。今迄執着心に捉はれて居た高姫の眼には、森羅万象一切悪に映じてゐたが、悔悟の花が心に開いてから見る天地間は、何もかも一切万事花ならざるはなく、恵ならざるはなく、風の音も音楽に聞え、虫の音も神の慈言の如く響き、野辺に咲き乱れた花の色は一層麗しく、楽しく且つ有難く、一切万事残らず自分の為に現はれて呉れたかの如くに、嬉しく楽しく感じられた。
 三人は宣伝歌を歌ひ乍ら、焼きつくような空を、草を分けつつ苺の実をむしり喰ひ、神に感謝し、殆ど七八里計り、知らぬ間に面白く楽しく進んで来た。ハタと行詰つた原野の中の大湖水、人も居らねば舟もない。又もや三人は茲で一つ思案をせなくてはならなくなつた。紺碧の水を湛へた此湖は幾丈とも計り知られぬ底無し湖の如くに感ぜられた。
常彦『一つ逃れて又一つとは此事だ。此前は何と云つても、向う岸の見えた河なり、そこへ沢山の鰐さまが現はれて橋を架けて下さつたので、無事に此処まで面白く楽しく旅行を続けて来たが、此奴ア又際限のない大湖水、湖水の周囲を廻つて行くより仕方がありますまい。高姫さま、如何致しませう。此湖を真直に渡れば余程近いのですが、さうだと云つて、湖上を渡ることは出来ますまい。急がば廻れと云ふ諺もありますから、廻ることに致しませうか』
高姫『さう致しませう。無理に神様にお願をして最前の様に橋を架けて貰ひ、御眷属さまに御苦労をかけてはなりませぬ。自分の事は自分で埒を能うつけぬような事で、到底世を救うと云ふ神聖な御用は勤まりませぬからなア』
春彦『そんなら、右へ行きませうか、左へ行きませうか』
高姫『進左退右と云ふ事がありますから、左へ廻つて行くことに致しませう。警察の交通宣伝だつて、左側通行を喧しく云つて奨励しとるぢやありませぬか。サア斯うおいでなさいませ』
と高姫は先に立ち、草野を分けて進んで行く。それより殆ど一里計り前進すると、天を封じた椰子樹の森があつた。日は漸く暮近くなつた。此処で三人は足を伸ばし、蓑を敷き、ゴロリと横たはつて一夜を明かす事としたりける。
 執着心の権化とも  人に言はれた高姫が
 転迷開悟の花開き  天教山の木の花姫の
 神の命の隠し御名  日の出姫の訓戒に
 心の駒を立直し  誠の道に乗替へて
 草野ケ原を進み行く。  森羅万象悉く
 濁り汚れて吾れ一人  天地の中に澄めりとて
 鼻高々と誇りたる  高姫司も鼻折れて
 見直す世界は天国か  浄土の春と早替り
 草木の色も美はしく  風の声さへ天人の
 音楽かとも感ぜられ  草野にすだく虫の音も
 神の慈音となりにけり  高姫常彦春彦は
 草鞋脚絆に身をかため  心も急ぐ膝栗毛
 アイルの河の岸の辺に  暫し息をば休めつつ
 清き流れを打眺め  天地の神の御恵を
 讃美しゐたる折柄に  見るも汚なき蓑笠に
 身を包みたる婆アさまが  忽ち茲に現はれて
 三人の前に手を伸ばし  差招きつつ川上の
 松の根元に建てられし  醜けき小屋に入りにける。
 茲に高姫一行は  老婆の後に従ひて
 賤が伏屋に来て見れば  老婆は喜び手を合せ
 妾が夫は八十の  坂道七つ越えました
 人の厭がる天刑の  病に罹り村外れ
 淋しき河辺に追ひ出され  老の夫婦の憂苦労
 天教山に現れませる  木の花姫の夢枕
 夜毎々々に立ち玉ひ  三五教の宣伝使
 日ならず此処に来るらむ  汝は彼を呼び寄せて
 夫の悩む膿汁を  吸うて貰へば忽ちに
 本復するとの神の告げ  誠に済まぬこと乍ら
 老の願を聞いてよと  誠しやかに頼み入る
 高姫、常彦、春彦は  何のためらふ事もなく
 膿に汚れし老人の  身体全部に口をつけ
 天津神たち国津神  憐れ至極な此人を
 何卒救ひ玉へよと  心に祈願をこめ乍ら
 力限りに吸ひ取れば  豈計らむや悪臭の
 鼻さへ落むと思はれし  其膿汁は甘露の
 露の如くに香ばしく  麝香の匂ひ馥郁と
 実に心地よくなりにける。  不思議と頭を擡ぐれば
 天刑病と思ひたる  爺は何時しか霊光の
 輝き亘る神人と  姿を変じこまごまと
 三五教の真髄を  説き諭しつつ忽然と
 煙の如く消え玉ふ  高姫、常彦、春彦は
 ハツと驚き目をさまし  見れば以前の川の辺に
 眠り居たるぞ不思議なれ。  夢の中なる教訓を
 吾身に省み宣り直し  アイルの河を如何にして
 向うの岸に渡らむと  神に祈れる折柄に
 祈りは天に通じけむ  八尋の鰐は幾百とも
 限りなき迄川の瀬に  体を並べて橋作り
 三人をここに安々と  彼方の岸に渡しける。
 天地の恵に咲出でし  百花千花の香に酔ひつ
 足も軽げに七八里  進みて来る前方に
 紺青の波を湛へたる  思ひ掛なき大湖水
 茲に三人は立止まり  協議の結果高姫の
 差図に従ひ湖畔をば  左に取りて一里半
 椰子樹の蔭に身を休め  神の恵の有難き
 話に一夜を明しける  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ。
(大正一一・八・一二 旧六・二〇 松村真澄録)
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