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文献名1霊界物語 第30巻 海洋万里 巳の巻
文献名2第4篇 修理固成よみ(新仮名遣い)しゅうりこせい
文献名3第18章 日暮シの河〔860〕よみ(新仮名遣い)ひぐらしのかわ
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ国依別一行は、日暮シ川のほとりにさしかかった。国依別は、旱魃のせいで川の水が減じたことに感慨を述べた。キジは、日暮シ川の上流にはウラル教の拠点があること、近年はバラモン教と激しく争っていたことを説明した。川の水が多かったときには、ウラル教徒は舟で川を遡り、壮大な岩窟へ参詣したという。国依別、キジ、マチがウラル教の聖場について話し合っていると、日暮シ川の上流から、三葉葵紋の旗を押し立てて、武装した兵たちが進軍してくるのが見えた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月16日(旧06月24日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年9月15日 愛善世界社版210頁 八幡書店版第5輯 646頁 修補版 校定版224頁 普及版84頁 初版 ページ備考
OBC rm3018
本文の文字数3058
本文のヒット件数全 4 件/ウラル教=4
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本文  三五教の宣伝使  国依別は御倉山
 社を後に立出でて  山河渉り野路を越え
 漸くチルの村外れ  荒しの森に辿りつき
 息を休むる折柄に  日暮シ山に岩窟を
 構へて教を開きたる  ウラルの彦の其一派
 ブール教主を始めとし  ユーズ、アナンの両人を
 左右の力と頼みつつ  数多の部下を引連れて
 荒しの森に出で来り  国依別を取囲み
 只一討ちにせむものと  群がり来る可笑しさよ
 国依別は泰然と  心豊に口の内
 生言霊を宣り終へて  琉球島に打渡り
 竜の顋の宝玉を  受取り球の神力を
 己が身魂に納めつつ  天下無双の神人と
 成り済ましたる今日の旅  数多の敵に打向ひ
 右手の拳を握りつめ  示指を差し伸べて
 押寄せ来る敵軍に  向つて霊光発射せば
 威力に打たれて一同は  雪崩をうつて逃げて行く
 国依別は只一人  脆くも逃げ行く敵の影
 目送しつつ高笑ひ  神の威徳を感謝する
 時しもあれやスタスタと  現はれ来る人の影
 マチ、キジ二人の信徒は  国依別の前に寄り
 両手をついて語る様  私はチルの国人で
 ウラルの神を奉じたる  マチとキジとの両人ぞ
 饑饉の厄に苦みて  玉の命は今日明日と
 迫り来れる苦さに  国魂神を祀りたる
 社の下の谷川に  神の使の御倉魚
 姿を眺め手を合せ  無事安全を祈る折
 ウラルの道の宣伝使  数多引つれ出で来り
 軽生重死の教を説く  さは去り乍ら吾々は
 肉の命のある限り  パンをば外に神の道
 上なく尊くあればとて  現当利益あらざれば
 やはか諾ひまつるべき  如何はせむと、とつおいつ
 否定の暗に悩む折  実にも尊き宣伝使
 三五の月の御教を  御空も清く明かに
 宣らせ玉ひて神代より  神の禁ぜし御倉魚
 捕へて食ひ玉の緒の  命をつなぎ此世をば
 天国浄土と相見做し  尊き命を永らへて
 現世に永く働けと  思ひもかけぬ天来の
 救ひの道の福音に  吾等一同甦り
 歓喜の雨は忽ちに  涙となりて谷川に
 流れ注ぎし尊さよ  あゝ惟神々々
 かかる尊き神人を  吾等はいかでおめおめと
 此儘見逃しまつらむや  命の限り御後を
 慕ひて君の教言  さし許されて天国の
 清き教を四方の国  草の片葉に至る迄
 恵の露を与へむと  吾等二人は諜し合ひ
 故郷を後にしとしとと  御後を慕ひ来りけり
 国依別の神司  何卒吾等が願をば
 清く許させ玉へかし  大御恵みの万分一
 酬いまつらむ吾々が  固き心は千代八千代
 五六七の世まで変らじと  心定めし益良夫の
 誠受けさせ玉へよと  涙と共に頼み入る
 国依別は稍暫し  思案にくれて居たりしが
 あゝ是非もなし是非もなし  神の教の取次は
 一人の旅と大神の  定め玉ひし道なれど
 汝が切なる其願ひ  無下に断る由もなし
 然らば吾に従ひて  三五教の御為に
 皇大神の御尾前に  仕へまつれよマチ、キジよ
 天津大神国津神  国魂神に相誓ひ
 汝が願ひを許すべし  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませと  生言霊を宣りつれば
 マチ、キジ二人は雀躍し  神に任せし此体
 仮令野の末山の奥  千尋の海の底迄も
 神に仕へし神司  国依別の宣言は
 一つも背かず村肝の  心に銘じて守らなむ
 あゝ惟神々々  神の御蔭に預りて
 今日は嬉しき旅の空  国依別の生宮が
 御弟子となりて仕へ行く  天地開けし始めより
 誠の神に巡り合ひ  恵の露にうるほひて
 夜露に宿る月影を  伏し拝みつつ進む身の
 吾等は如何なる果報ぞと  喜び狂ふぞ勇ましき。
 キジ、マチの新入信者は国依別に従ひ、ヒルの都を指して、涼しき夜の道を喜び勇んで進み行く。日暮シ山の渓谷より流れ来る大河の辺に辿り着いた。広き河中に清流ゆるやかに流れて居る。されど永日の旱魃に河水は細り、今は川の一方のみ帯の如く、水が、お定目的に流れて居た。国依別は立止まり、
国依『ヤア、之が有名な日暮シの河だなア。随分に広い河だが、此頃の大旱魃にて河水も余程減じたと見える。これ許りは人間として如何ともすることが出来ないなア』
キジ『宣伝使様、此川上には日暮シ山の霊場と云つて、ウラル教の一派が大なる岩窟を掘り、其処に盤古神王の霊を祀り、非常な勢力で御座いましたが、テルの国の高照山の麓にバラモン教の石熊と云ふ宣伝使が現はれ、非常な勢力にて、ウラル教の勢力範囲に喰ひ入り、数多の信徒を作りました為、此頃では余程衰頽した様子で御座います。此間御倉山の谷川に現はれ、あなたの言霊に辟易して逃帰りたる教主のブールと云ふのが、此水上なる霊場に割拠して居ります』
国依『あゝさうであつたか。随分難所だらうな』
キジ『非常な難所で御座いますが、いつも此日暮シ川は清い水が深くゆるやかに流れて居りますので、其山麓まで帆かけ舟が参ります。さうして交通を円滑にやつてゐましたが、斯う川に水がなくなつては、大変に不便で御座います。私も一二回、ウラル教の信者として参拝した事が御座いますが、それそれは実に立派な岩窟で、目も届かぬ様な広いもので御座います』
国依『一度探険に往つて見たいものだなア』
マチ『そりや余程面白いでせう。あなたを桃太郎とし、キジ公が雉子の役をつとめ、私はマチと云ふ名のついた犬になつて御案内を致しませう。併し猿の役をつとめる者がないので、一つ困りましたなア』
国依『アハヽヽヽ、そりやよい思ひ付きだ。併し随分遠いだらうな』
マチ『里程は人の噂に依れば、八里だとか、十里だとか、中には十三里あるとか、マチマチの噂ですから、其中を取つて先づ九里位にして置いたら如何でせうなア』
キジ『そんな道寄りをやつてゐますと、ヒルの都へ行くのが遅くなります。何れヒルを済まして、ゆるゆるお越しになつたら如何でせう、猿の役を勤める者が又ヒルの都で出来ませうから……』
国依『あゝそれも良からう。どつさりと金銀珠玉、珊瑚樹、瑪瑙、しやこなどあらゆる宝玉を満載して、桃太郎の凱旋も面白からう』
と笑ひ話に耽つてゐる。
 斯かる所へ川上の方から、月の光に瞬き乍ら、幾十旒とも知れぬ白旗に、三葉葵の紋を赤く染め抜いて、夜風に靡かせつつ、幾百とも知れぬ人影、蜈蚣の陣を張り乍ら川に沿ひ、足許騒がしく、忙しげに此方に向つて進み来る一隊があつた。これぞアナン、ユーズの引率せるウラル教の宣伝使、信徒の一団がヒルの都に向つて攻め行く途中である。
(大正一一・八・一六 旧六・二四 松村真澄録)
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大正10年(1921年)10月18日に王仁三郎が霊界物語の著述を開始してから
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