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文献名1霊界物語 第31巻 海洋万里 午の巻
文献名2第2篇 紅裙隊よみ(新仮名遣い)こうくんたい
文献名3第11章 売言買辞〔877〕よみ(新仮名遣い)ばいげんばいじ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-03-28 19:46:58
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月19日(旧06月27日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年9月15日 愛善世界社版128頁 八幡書店版第6輯 89頁 修補版 校定版131頁 普及版59頁 初版 ページ備考
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本文  アナンはハル、ナイルの両人を先に立て、岩窟の入口に悠然として腰打掛けて待つて居る国依別外二人の前に来り、忽ち地ベタに手をつき乍ら、
『これはこれは、国依別の宣伝使様、能くこそ斯様な所迄御入来下さいまして、岩窟内一同恐悦至極に存じ奉ります。就いては今迄御無礼の御咎めも厶りませうなれど、三五教の御教通り、只何事も神直日大直日に見直し聞直し、吾々の身の過ちは宣り直し下さいまして、仁慈無限の大御心を発揮し下さいまして、何事もあなた様の大御心によりて寛大なる御処置を取られむ事を神かけて念じ奉ります。あゝ惟神霊幸倍坐世』
と国依別を無暗矢鱈に拝み倒し、一口も不足を言はせない様に、大手搦手より鉄条網を張つて了つたのは、実に狡猾至極の曲者である。
『これはこれはアナンさまとやら、何時ぞやらは丸木橋の畔に於て、花々しく御奮闘遊ばされ、実にあなたの神謀鬼策には国依別感嘆の舌を巻いて厶る。兵法の奥の手は三十六計の中、逃ぐるを以て第一とすとかや、世の中は勝たう勝たうと思ふに依つて治まらない、あなた方の様に、少数の敵に勝を譲り、恥かしげもなく算を乱して御遁走遊ばす其御勇気には、吾々も倣はなくてはなりませぬ。負て勝取るとやら、ネツトプライスの掛値なしの店よりも、ドツサリと負値を吹き立て、客に対しドツサリ負てやる店の方が能く繁昌致しますから、定めてウラル教もよくお負遊ばしたのでせう。それ故得意は億客兆来の御繁昌で厶いませう。イヤもう国依別、側へも寄れませぬ。どうぞ相変らず御店の繁昌する様に、今度もキレーサツパリと御負下さいませ。あなたの方に於て、算盤が合はないから負ないと仰有れば仕方がありませぬ。私は漆彦命となつて負かしてあげませう。チツとはうるし、否うるさくても、そこが何事も神直日大直日に見直し聞直し宣り直すので厶いますからなア、ハヽヽヽヽ』
『ハイハイ、まだ御取引の御用命を蒙らぬ中から、負て負てとこ切り御便利を計つて居りまするから、何卒永当々々御贔屓の程を御願ひ申します』
『時に吾々の参りましたのは、一つ売つて貰ひたい品物が厶いまして、ワザワザ当商店へ罷り越した、新得意で厶います。どうぞ安く負て御譲り下さいませぬか』
『御註文の品物とは一体何物で御座いますか。動物か、植物か、器具か或は魚類か、貝類か、何なつと御註文次第、有さへすれば只でも進ぜませう。併し乍ら無いものは御免を蒙つておかねばなりませぬ』
『吾々の買ひ求めに来た者は動物や植物ではありませぬ。摺出しと、キギスと住家とで御座いますよ』
『へー、これは又妙な御註文ですな。キギスなどは此館には居りませぬ。摺火もなければ売る様な家も生憎仕入れて居ませぬので、どうぞ外さまを御尋ねなさつて下さいませ。へー毎度有難う、御贔屓に預りまして……』
『毎度御贔屓と云ふが、今日始めて註文に来たのぢやないか』
 アナンは切りに腰を屈め、揉手をし乍ら、
『へー、これは商ひの習慣で御座いまして、始めての御客さまでも、毎度御ひいきに……と云ふ事になつて居りまする。どうぞマア奥へお這入り下さいまして、京の御茶漬けでもドツサリ食つて下さつて、御帰り下さいませ』
『最前の吾々が註文致した、キギスと云ふのは、三五教のキジ公の事だ。又摺出しと云ふたのはマチ公の事だよ。住家と云ふたのはエスと云ふ事だ。何時までも穴倉の中へ仕舞ひ込みておいても、余り利益にもなりますまい。新規流行の此時節、寝息物になれば売れ行きが悪くなるから、買手のある中にお売りになる方がお店のお得だと考へますがなア』
『コレ計りは親方の意見を聞かねば、番頭の自由にはなりませぬから、一寸待つてゐて下さい。マア奥に旦那様がお茶でも立ててお待受で御座いますから、どうぞ何なら御這入りになつては如何で御座います。たつて厭なお方に這入つて貰ひたい事も御座いませぬ……では御座いませぬが』
『何は兎もあれ、奥へふみ込み、ブールの大将に直接面談を遂げ、三人の男を受取つて帰りませう。……サア姫様、エリナさま、私に従いて御出でなさりませ』
と無理に行かうとするを、アナンは大手を拡げて、
『モシモシそれは余り理不尽と申すもの、暫くお待ち下されば、教主の御許しが出ますから、それ迄余り永くとは申しませぬ。暫くお待を願ひます』
 国依別は、
『イヤ、少しも猶予はならぬ。邪魔めさるな』
と進み入るを、又もやアナンは大手を拡げて、『待つた待つた』と後退りし乍ら、行手に塞がり、過つてキジ、マチの落込める落し穴へ真逆様に自分も落ち込みにける。
『ヤア自分の作つた陥穽へ自分がはまるとは、実に天罰と云ふものは恐ろしいものだナ。併しチツとも油断は出来ない。……紅井姫様、エリナ様、国依別の歩いた足跡より外を歩いちや可けませぬよ。大変な危険区域ですから……』
と云ひ乍ら、陥穽を上から覗き込めば、穴の底にキジ、マチの両人が今おち込みしアナンを引捉へ、
『サア、アナン、貴様も此処へ落込みし以上は、最早叶ふまい。一時も早く俺達を救ひ上げる様に、大将に歎願致せばよし、グヅグヅ致すと、生首を引抜いて了うぞ。モウ大丈夫だ、上から何を落としよつても、貴様の体で受ければ好いなり、良いものが降つて来たものだ。万一腹が減れば貴様の肉を食つてやるなり、何と云つてもモウ此方のものだ。アツハヽヽヽ』
と笑ひ乍ら、空を仰ぐ途端にふと目に付いたのは国依別の宣伝使であつた。キジ公は思はず、
『ヤア宣伝使様、能う来て下さいましたナア』
『今日か今日かとマチ公はマチかね山の時鳥、マチに待つたる今日の吉日、アナ有難やアナ尊や、アナ嬉しやなア。穴の中へアナンが又降つて来ました。モシ宣伝使様、あなたさへ御越し下さらば最早千人力です。どうか、梯子をかけて下さいませ。梯子が無ければ、太い綱を吊りおろして下さらば、それに縋つて上ります』
『永らくの御隠居、さぞ精神修養が出来たでせう。実に国依別はお羨ましう存じますワイ』
『何事も善意に解釈すれば、陥穽だつて、別に苦しいとは思ひませぬ。本当に神様の御蔭で、キジ公も結構な魂研きをさして頂きました』
『それ程結構ならば、モウ暫く御両人共、そこで徹底的の修業を遊ばしては如何ですか』
『イヤもう是れで一寸一服さして貰ひまして、又更めて荒行にかかりますから、どうぞ一刻も早く吊り上げて下さいませ。併し、此アナン殿は今這入つたばかしですから、上げては気の毒です。せめて四五年も、実地修行の出来る迄、此井の底で断食修業をさしてやりませう。……なア、アナン、それが結構だらう、吾身を抓つて人の痛さを知れ……と云ふ事がある、吾々も永らく結構な深い、冷たい陥穽の御世話に預つて、此御恩は忘れられませぬワイ。己の欲する所は之を人に施せ、欲せざる所は人に施す勿れ……と云つて、吾々は大変に此陥穽の底が気に入つたから、アナンさまにも御神徳の丸取りをせずに、分配してあげませうかい』
『誠に済まぬ事を致しました。どうぞ今迄の事は一条の夢とお忘れ下さいまして、此アナンをあなたと一所に引上げて貰ふやうに国依別さまに、お願ひ下さいな』
『ヤアそれは願つてあげませう。併し何時上げて下さるかはキジ公が保証する事は出来ませぬよ。人間は刹那心が大切だ。マアゆつくりと気を落着けて居られたがよからう。泰然自若として山岳の動かざるが如し底の大度量がなくては、ウラル教の幹部は勤まりますまい、アハヽヽヽ』
 斯く云ふ中、国依別は縄梯子を捜し出し、パラリと吊り下ろせば、一番にキジ公は、猿の如く縄梯子を伝ひあがる。次で、マチ公が上がつて来た。今度はアナンが一生懸命に縄梯子に手をかけ、二段三段上がつた所を、キジ公縄梯子の結び手をプツツと切つた。アナンは再び井戸の底にドスンと音を立てて尻餅をつき、
『助けて呉れい、助けて呉れい』
と叫んで居る。キジ公は上から、
『助けてやらぬ事はないが、それには一つ註文がある。其註文に応ずるかどうだ』
『ハイハイ、何事も御註文に応じます。最前も国依別様に無類飛切り、めちやめちやの投売を致しますと、約束しておきました。ドツと負ておきますから、精々御註文を願ひます。其代り、私を井戸から上げて下さるでせうなア』
『負る品物を上げるといふ事があるかい。就いては註文の次第は、エスの所在はどこだ。それをキツパリと白状するのだ。さうせなくてはキジ公も助けてやる事は出来ぬワイ』
『エスさまですか、そりや私では分りませぬ。ブールの大将に聞いて下さい。大将が秘密にして居りますから、吾々の窺知を許しませぬ』
 国依別は言も急がしげに、
『キジさま、マチさま、サア是れから気をつけもつて奥へ参らう。……アナンさま、暫くそこで修業をなさいませ。キツと救ひ上げますから、併し乍らエスの所在が分り次第助けますから、それ迄そこで御辛抱をなさいませや。何か御入用の物が厶いますれば、何なりと遠慮なく仰有つて下さいませ。石の団子でも、砂の握り飯でも、蛔蟲虫の素麺でも、御註文次第、勉強して御安く差上げますワ、アハヽヽヽ』
と笑ひ乍ら、教主の居間を指して、三男二女の一行は足許に気をつけ乍ら、進み行く。
(大正一一・八・一九 旧六・二七 松村真澄録)
(昭和九・一二・一七 於七尾市 王仁校正)
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