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文献名1霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻
文献名2第2篇 有情無情
文献名3第16章 楽天主義〔957〕
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ黒姫が駆け出して行ってしまった後、房公と芳公は腰かけて休みながら、雑談にふけっていた。まずは自分の半生の来し方を振り返り、二人は思ったような働きができなかったことを思い悩んでいる。
次に二人は、昨日の嵐の中で玉治別の宣伝歌が聞こえてきたことの不思議を語り合った。すると三尺ほどの童子が七八人が忽然と傍らの谷道に現れた。童子たちは二人をからかう歌を歌い、神様の噂をして疑いを持っていると気を付けると消えてしまった。
芳公と房公は、神様が気を付けるために童子と顕現し、悲観の心になっていた自分たちに注意を与えたのだと合点した。房公は悲観の心の鬼を戒める宣伝歌を歌い、いそいそと黒姫を追って行った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年09月13日(旧07月22日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所
OBC rm3416
本文の文字数2840
本文のヒット件数全 1 件/豊国姫=1
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本文  黒姫の慌しく駆出した後の二人は、黒姫の坐つてゐた天然の岩椅子に腰を打掛乍ら、一服休みの雑談に耽つてゐる。
房公『人間と云ふ者は考へて見れば約らぬ者ぢやないか。此世へ生れて来て何一つ是といふ功名も残らず、一日々々とウツカリしてる間に墓場へ近寄つて行くのだ。俺だとて、今は此様に頭の頂辺が禿げて来て見すぼらしくなつたが、若い時は随分欵てたものだよ。つい一二年前の事のやうに思うてゐるが、指折り数へて見れば、早二十年も経つてゐる。本当に夢のやうだ。此短いやうな永い月日に何をやつて来たかと思へば、此れと云ふ目星い仕事は一つも残つてゐない。食つては垂れ食つては垂れ、寝たり起きたり、女が美しいの汚いの、若いの年老りぢやのと、言つて暮したのも、本当に夢の間だつた。俺の顔に皺のよつたのと、嬶の髪の毛に艶がなくなつたのと、餓鬼が一人殖えたのが、此世へ生れて来た俺の半生の事業だと思へば、本当に悲しくなつて来た。神様の御造り遊ばした此寂光浄土に生れて来ながら、時々刻々に老ぼれて行くと思へば、人生も本当に果敢なくなつて来たよ。黒姫さまだつて、さうぢやないか、お道の為だとか、世の為だとか云つて、一生懸命に世界を股にかけて苦労をやつて御座るが、年が老つてから世話にならうと云ふ子供は一人もなし、若い時に沢山に思うて、子供は何時でも、男と女とさへ居れば出来るやうに思ひ、捨てた子は生きて居るか死んで居るか分りもせず、仮令此世に生て居つた所で、生みの親より育ての親とか云つて、余り大きな顔して、子の世話になる訳にも行くまいし、本当に黒姫さまの事を思うても可哀相になつて来た。なア芳公、お前と俺はまだしも、女房や子供があるのだから、黒姫さまの事を思へば、結構な神様の御恵みに預つて居るのだよ』
芳公『さうだなア、それを思へば、俺達も余り不足は云へぬワイ。乍併人間は老少不定だから、かうして筑紫の島へ渡つてる不在の間に、女房が病気になつて死んでゐるやら、吾子が死くなつて居るやら分つたものぢやない。本当に苦みの世の中ぢや、家鴨の様に玉子を生みつ放しにして、外の鳥に育てさした様な黒姫さまでも、ヤツパリ老の年波で此世の中が何となく淋しくなつたと見え、高山彦さまよりも捨てた子の方が恋しうなつた様だから、本当に人生と云ふものは、思へば思へば淋しいものだ。あゝ惟神霊幸倍坐世』
房公『オイもう斯んな事は打切りにしようかい。何だか神様に対して、不平を云つてゐる様に聞えて恐れ多い。何事も人間の考へで此世は行くものぢやない。何うならうと斯うならうと、神様のなさる儘だ』
芳公『時に房公、俺は一つ合点のゆかぬ事があるのだ。どう考へても腑に落ちぬがなア』
房公『俺も一つあるのだ。お前の合点がゆかぬと云ふのは、昨日の宣伝歌の主だらう』
芳公『オウさうだ。確に玉治別命様のお声だつた。それに声は聞いたが、時鳥の様に、皆目御姿が見えないとは、是も不思議の一つだ』
房公『天地の間は凡て不思議ばかりで包まれてゐるのだからなア……「怪しきをあらじと云ふは世の中の、怪しき知らぬ痴れ心かも」……「怪しきは是の天地うべなうべな、神代は殊に怪しきものを」……とか云つて、今から三十万年未来の十九世紀と云ふ世の中に生れた本居宣長と云ふ国学者が云ふ様に、本当に此世の中は怪しいものだ……「知ると云ふは誰のしれ者天地の、怪しき御業神ならずして」……と云ふことがある。到底吾々凡夫の身として天地の神秘を探る事は出来るものでない。あゝモウ可い加減に出立しようか、若しも途中に於て、黒姫さまが悪者の手にでも係つてゐられちや大変だ。俺達もお伴に来た甲斐がない。サア行こう』
 斯く話す時しも、三尺許りの童子七八人手を繋ぎ乍ら忽然として五六間傍の谷路に現はれ、声を揃へて、

童子『夫れ出たヤレ出た! 鬼が出た!
 筑紫ケ岳から現はれた
 鬼ではあるまい黒姫だ
 黒姫さまぢやない程に
 虎狼か鬼大蛇
 醜の曲津が憑つたる
 房公、芳公の二人連れ
 天然椅子に腰かけて
 何ぢや彼んぢやと神様の
 噂計りして御座る
 ホンに可笑しい鬼ぢやなア
 ドツコイドツコイドツコイシヨ!』

と言ひ乍ら、スツと二人の前を通り、影もなく煙の如うに消えて了つた。
房公『オイ益々怪しうなつて来たぢやないか。あんな小ぽけな人間が七八人も手をつないで、忽然と現はれ、俺たちを鬼だとか、曲津だと云ひよつたぢやないか。ありや一体何だらうなア』
芳公『何でもない、神様にきまつてゐるワイ。俺たちの心に未だ悪魔が潜んでゐるから、天教山の木花咲耶姫様が童子と顕現して御注意下さつたのだらうよ』
房公『そうかも知れないなア。ヤアもう結構な天地の間に生を享け乍ら、最前の様な悲観的の詞を洩らしちや済まない。神様の教は楽天主義だ。悲観する心になるのは、ヤツパリ心の中に鬼が巣くうてゐるのだ。オイ一つここで宣伝歌でも唄つて、悲観の雲を晴らさうぢやないか』
芳公『先づお前から唄つてくれ、悲観論者の発頭人だからなア』
房公『神が表に現はれて  善と悪とを立別ける
 人の身として天地の  どうして真理が分らうか
 此世を造りし神直日  心も広き大直日
 皆神様の胸の裡  おいらの知つた事でない
 只何事も人の世は  直日に見直せ聞直せ
 身の過ちは宣り直せ  悲観は転じて忽ちに
 楽天主義に早替り  娑婆即寂光浄土の
 真理を悟つた今の吾れ  あゝ惟神々々
 神の尊き懐に  朝な夕なに抱かれて
 不足を言つて済むものか  悲観の鬼が巣を組んで
 心の空をかき紊し  根底の国へやりかけた
 げに恐ろしい世の中だ  いやいや決してそうでない
 げに恐ろしい吾が心  心の鬼が身を責める
 神も仏も胸の内  鬼も大蛇も吾胸に
 潜んで居るのを知らなんだ  今現はれた神様は
 吾等の迷ひを晴らさむと  天教山より現はれて
 生命と安息と歓喜を  与へ玉ひしものならむ
 あゝ惟神々々  神の心に身を任せ
 只何事も慎んで  神の御為世の為に
 力限りのベストをば  尽して行くより途はない
 国治立の神様よ  豊国姫の神様よ
 其外百の神々の  あつき恵に抱かれて
 此世に生れ来りしを  何とも思はず徒に
 悲観しました吾罪を  幾重におわび致します
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましませよ』
と唄ひ乍ら、二人はいそいそとして黒姫の後を追つて行く。
(大正一一・九・一三 旧七・二二 松村真澄録)
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