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文献名1霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻
文献名2第2篇 青垣山内よみ(新仮名遣い)あおがきやまうち
文献名3第8章 梟の宵企〔1020〕よみ(新仮名遣い)ふくろのよいだくみ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2017-10-12 20:15:45
あらすじ自宅へ帰って寝ていると、誰かが自分を揺り動かした。にわかに自分の身体は機械のように自動的に立ち上がり、自然に歩き出した。産土の社のそばの殿山という小さい丘の山に導かれた。臍の下から円い塊がゴロゴロと音をさせて喉の近辺まで上がってきた。大霜天狗、と口を切って怒鳴りたてた。大霜は、金を掘らせてやるから道具を用意して奥山に行け、と命じた。自分はやむを得ず険しい道を道具を持って奥山へと進んできた。大霜天狗に命じられた場所でつるはしを握ると、手が勝手に動き出して地面を掘り始めた。大霜天狗が休憩しているときに、こんな場所から金が出てくるはずがないと思っていると、大霜は自分の疑いを非難した。そして神様の道に入った自分は金など要らないといっても、無理やりつるはしを振らされて地面を掘らされた。結局、金は出ないまま岩盤に突き当たり、つるはしの先も坊主になってしまった。自分が大霜を責めると、大霜はお前の心を試したのだ、といって消えてしまった。仕方がないので道具を持って山道を戻ってくると、途中で元市と宇一が待ち構えていた。結局、家に戻って本当に金が掘り出せなかったことが判明し、元市親子の信用を失って修行場を断られてしまった。多田琴は中村へ帰って、四五人と共にさかんに鎮魂や帰神の修行をやっていた。自分は自宅で自修をすることになった。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年10月09日(旧08月19日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年3月3日 愛善世界社版103頁 八幡書店版第7輯 68頁 修補版 校定版108頁 普及版49頁 初版 ページ備考
OBC rm3708
本文の文字数4059
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本文  久し振りで自宅へ帰り、心もユツタリと宵の口から眠つて居た。俄に『オイオイ』と自分の体を揺り起すものがある。吃驚して目を醒まして見れば誰も居ない。只老母や母や妹が、未だ宵の口とて眠りもせず、行灯の側で小説本を見たり、絵を広げて見たりして居るのみであつた。俄に自分の体は器械の如く自動的に立ち上り、自然に歩み出した。霊に憑依された肉体は自分の意思では如何ともする事は出来ぬ。
 体の動くままに任して居ると、何時の間にか産土の社の傍の殿山と云ふ、小さい丘の山に導かれて居る。臍の下あたりから、円い塊がゴロゴロと音をさして、喉の近辺まで舞ひ上つて来たと思ふ刹那、
『大霜天狗……』
と呶鳴り立てた。自分は、
喜楽『モシ大霜さま、懸つて下さるのは結構で厶いますが、さう苦しめられては堪りませぬ。もつと楽に懸つて下さいませ』
大霜『楽に懸つてやり度いのは神も同じ事だ。神だつて苦しいのだ。其方はまだ疑心がとれぬから、それで苦しまねばならぬ。早く改心を致して、神様の御用にたたねばなるまいぞ。高熊山の修業の事は覚えて居るか』
喜楽『あんまり苦しうて、今の処では全然忘れて了ひました。何だか頭がボーツとして、分らぬ様になつて来ました。又ボツボツと思ひ出すだらうと思ふて居ます』
大霜『これから元市に申した金の所在を、其方に知らすによつて、鶴嘴や鋤鏈を用意し、畚を一荷もつて奥山に行け。そこになつたら又此方が知らしてやるから……』
喜楽『奥山の様な処へ一人行くのは困ります。宇一でも連れて行きませうか』
大霜『馬鹿をいふな。あんな欲どしい奴を連れて行かうものなら、神様の御用どころか、みんな自分の所有にして了ふ。其方一人、神がついて居るから早く帰つて用意をせい。お前もやつぱり金は要るだらう』
喜楽『私はもう神様のお道へ這入つたのですから、金の欲望はありませぬ。金の事聞いてもゾツと致します』
大霜『馬鹿云ふな。此時節に金がなくて神の道が拡まるか。家一つ建てるにも金が要るぢやないか、布教に歩いても旅費が要る。又肉体も食はねばならず、着物も着なくてはならぬぢやないか。金に離れて如何して神のお道が拡まるか』
喜楽『それもさうです。然し重たいものを沢山に持つて帰ると云ふ事は、暗がりの山道、困るぢやありませぬか』
大霜『俺が天狗の正体を現はして、重たければ俺が担いで帰つてやる』
と自分の口から云つたり、答へたり、自問自答をする事稍暫らくであつた。
 斯う聞くと、矢張金が無ければならぬ様な心持になり、宇一の来ぬ中に掘出して来うと思ひ、土運びの小さい畚を携へ、椋の杖、鶴嘴に鋤鏈、畚に小判一杯担うて帰る様な心持で、宮垣内の伏屋をソツと抜け出し、前条から愛宕山麓、姥の懐、虎池、新池、芝ケ原、砂止と段々進んで、高熊山の修業場を右手に眺め、猪熊峠をドンドン登り、危険極まる打チ越と云ふ坂を上り、算盤岩を渡り、再び馬の背の険を経て、奥山の玉子ケ原と云ふ谷間へ進んで行つた。
 そつと空畚を卸し、山に腰掛け息を休め、天津祝詞を奏上し始めた。何だか知らぬが其辺ぢうが真黒気になつて来た。谷の下の方から灰色の雲の様なものが、チクチクと此方へ向ふて押寄せて来る様な気分がして、何時の間にか手も足も震ふて居る。何とも云へぬ淋しい様な情ない様な気分になり、仮令一億円の金があつても掘り度くもなし、欲しくもない。それよりも早く、自分の宅に帰り度いと云ふ弱い気分が襲ふて来た。幸ひに東の空から、春の朧月が痩た顔して昇つて来た。心の勢か、其辺あたりに何とも云へぬ淋しい、人とも虫とも獣とも見当のつかぬ様な、悲しい嫌らしい声が聞えて来る。臍の下から又もや三つの塊がグレグレグレと動き出し、咽喉元へ舞ひ上る。又神懸りだなと思ふて居ると、
『俺は大霜だ、サア此下に小判がいけてある。此処を掘れ、鶴嘴を持て!』
と呶鳴り出した。喜楽は命のまにまに鶴嘴の柄を握ると、両の手は鶴嘴の柄に食ひついた様に離れず、器械的に鶴嘴は、カチンカチンと動き出した。何程体がえらいから一休みしようと思ふても、鶴嘴の柄が手に着いて離れず、勝手に鶴嘴は堅い土をコツンコツンとこつき出す。殆ど二時間ばかり土をこついては鋤鏈でかき分けさせられ、又鶴嘴で土をつつきては鋤鏈で掻き分け、又鶴嘴で土を掘り二尺ばかりの深さに四尺四方程掘らされて了ふた。腹の中から、
大霜『大分お前も草臥れただらう。神も余程疲れたから一寸一服致す』
と云ふと共に、引着いて居た鋤鏈は手から離れた。殆ど十分間ばかり腰を打ちかけ掘つた穴を眺め、
『こんな処何時迄掘つた処で何が出てくるもんか』
と心に思はれて仕方がなかつた。腹の中から、
大霜『オイ、喜楽、貴様はまだ疑ふて居るな。此処に金が無いと思ふか、神があると申したら確にある。もう一息の辛抱だ。さうならば貴様の疑もとけるだらう。金光燦然として目も眩きばかりの、大判小判が無尽蔵に現はれて来るぞ。貴様はまだ銀貨や銅貨は見て居るが、金は見た事はあるまい。ビツクリ致さぬ様に、先に気をつけておく。シツカリ腹帯をしめてかかるんだぞ。嫌さうにすると神が懲戒を致すぞよ。又喉をつめようか』
喜楽『いやとも何とも云つてるのぢやありませぬ。神様の云ふ通りしとるぢやありませぬか』
大霜『随分楽しみぢやらうなア。何程貴様は金は要らぬとヘラズ口を叩いても、其金が隠してあると思へば、やつぱり心がいそいそするだらう。此金がありさへすれば、此世の中に苦労も要らず結構に渡られるのだ。貴様は余程果報者だ。サア早く鶴嘴を持て!』
と云ふかと見れば、自分の体は器械的にポイと立ち上り、矢庭に鶴嘴を握り、カチンカチンと大地をつつき出した。掘つても掘つても天然の岩ばかり二尺ほど下に並んでゐる。又一時間程掘らされたが、今度は一寸も掘れない。鶴嘴の先は坊主になつて了ひ、一寸も利かなくなつて了つた。
喜楽『こんな岩ばかり、何時迄こついて居つても駄目でせう。誰かが埋けたのなら岩蓋が出なければならぬ。此奴ア天然の岩に違ひありませぬ。チツと処が間違ふて居るのぢやありませぬか、もう欲にも徳にも此上働く事は出来ませぬわ』
大霜『アハヽヽヽ、腰抜けだな。そんな弱い事で如何して神様の御用が出来るか。地球の中心迄打ち抜く丈の決心がなければ、三間や五間掘つては小判の処へは届かぬぞ』
喜楽『天狗サン、お前サン俺を騙したのだなア。あんまり殺生ぢやありませぬか。金を欲しがつて居る元市には掘らさずに、金なんか要らぬと云つて居る私を、此んな処へ連れて来て騙すとはあんまりです。サアもう私の肉体には置きませぬ。早く出て下さい』
大霜『何程出えと云つても、お前の生命のある限り出る事はならぬわい。本当は嘘だ、お前の心をためしたのだ。こんな処へ金があつて堪るかい。アハヽヽヽ』
喜楽『こりや、ど狸! 人の体へ這入りやがつて、馬鹿にさらすも程がある。もう何と云ふても俺の体にはおいてやらぬぞ』
大霜『貴様はまだ金が欲しいのか』
喜楽『俺は一寸も欲しくないわい。天狗の奴が欲しいものだから俺を使ひやがつて、あてが外れたのだらう。あんまり馬鹿にすな、サア去にくされ』
と腹から胸を握り拳で力一杯叩いて見た。それきり腹の中の塊も舞ひ上つて来ず、仏が法とも云はなくなつた。斯うなると俄に淋しくなつて堪らない。折角此処迄来て、空畚を担いで帰るのも態が悪いと、月夜の事で露をおびて光つて居る紫躑躅や赤躑躅を、ポキポキ折つて一荷の花の荷を拵へ、そこへ鶴嘴や鋤鏈を隠し、朧月夜をぼやいたり、びくついたりし乍ら、漸くにして砂止迄帰つて来た。
 其処にはハツキリ分らぬが二つの黒い影が腰をかけて、煙管煙草をスパスパやつて居る。喜楽は心の裡で、
『ハテナ、今頃にあんな処に男が煙草を吸ふて居やがる。ヒヨツとしたら泥坊かも知れぬぞ。もし泥坊だつたら、折角掘り出した小判を皆盗られて了ひ、生命まで奪られて了ふかも知れぬ。マア、金が無うてよかつた。もし泥坊が何か渡せと云つたら、此花をつき出してやつたら吃驚するだらう』
と思ひ乍ら、怕々一筋道を黒い影の処迄やつて来ると、
『ヤア、大先生、お目出度う! 之から私が担いであげます。実の所は大霜さまがきつう止められましたから、お供はしませんでしたが、一生懸命掘つて厶つた時、一丁程側から見張りをして居りました。大分沢山掘れましたやらうなア。サア私が之から担いであげませう。何分黄金といふものは嵩の割合に重いもんだから……』
と欣々として噪いでゐる。
喜楽『いいえ、そんなに重いものぢやありませぬ。空畚と同じですから、此儘私が担いで参ります。薩張り駄目でした』
元市『駄目でしたやらう。それはその筈ぢや。此処はマア駄目にして、此儘私の家へ帰つたら如何ですか』
喜楽『元市サン、みんな空畚で躑躅の花ばつかりです』
元市『上かはは躑躅でも宜いぢやないか、どれ私が担ぎます』
と無理に棒をひつたくつて肩に担ぎ、
元市『あゝ割とは軽い、これでも一万円位はあるだらう。空畚にしては大変重いから……』
喜楽『重いのは鶴嘴の目方ぢや』
元市『マア結構々々、仮令少々でも資本さへあればよい。サア之から八十万円儲けて、天狗さまの公園にかからう』
と欣々として吾家へ帰つて行く。
 それから後は元市親子の信用を失ひ、遂には修行場まで断られて了つた。不得已、自分は自宅へ帰つて自修する事となつた。多田琴は中村へ帰つて奥山川の水に浸り御禊し乍ら、盛に鎮魂や帰神の修業を四五人と共にやつて居た。
(大正一一・一〇・九 旧八・一九 北村隆光録)
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【霊界物語誕生百周年】
大正10年(1921年)10月18日に王仁三郎が霊界物語の著述を開始してから
令和3年(2021年)10月18日で百年目を迎えます。
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