稲の植え付けが終わり、麦かちを手伝っていると、三人の男が自分を尋ねてきた。旭村の岩田弥太郎、射場久助、入江幸太郎であった。
弥太郎の妻のお藤が二三か月前から霊感者となって一日に飯を五六升、酒を三升も平らげるようになり、養蚕の蚕をつまんで食ってしまう、白木大明神と名乗っていろいろ指図をするようになった。
病気を治すので参詣人が集まるようになってきたが、隣村の稲荷おろしから訴えられたりなど、困っているので何とかしてほしいとのことであった。
喜楽は頼みを聞き入れ、小末を連れて弥太郎の家にやってきた。小末に霊視させると、お藤には狸がついていることがわかった。
お藤は神がかりになって喜楽の姿を見ると、丁寧に手をついて、神界の御用ができるよう大神様に取り次いで欲しいと頼み込んだ。
小末が帰神状態になり、白木明神と名乗る憑霊に対して、能勢妙見の新滝の四郎衛門狸であることを見抜いて詰問した。お藤の憑霊は観念して素性を明かした。
狸は、人について病気を起こさせ、医者の薬をのませて実地に試験することで薬の知識を得たという。そこで霊界の医者になろうと思ってさらに人の身体を稽古に使っていたが、誤って二人の人間の命を取ってしまったという。
その罪によって教会の守護神の役をはく奪されてしまった。たまたまお藤の肉体が薪割に来て、酒に酔いつぶれて倒れていた隙を狙い澄まして取り付いたのだという。そして喜楽に、名を与えてもらって神界のお役目を与えてほしいと頼み込んだ。
その夜は射場久助の家に泊めてもらい、岩田藤に修斎を与えた。翌日、小末と一緒に穴太に帰ってみると、四五人の修行者を巡査が引っ張って行こうとしていた。御嶽教太元教会の杉山という男がそこに立っていた。
喜楽は巡査と杉山に対して霊学上の議論を闘わして、ようやく巡査は納得して帰って行った。
杉山という男は、余部の高島ふみという稲荷下げの若い女の教会の受付などをやっていたが、高島ふみといい仲になり、ふみの夫に追い出された。そこで二人は同じ町に広い家を借りて信者を集めていた。
杉山は、喜楽のところへ信者を取られていたので、なんとかたたきつぶしてやろうと巡査を説きつけてやってきたのであった。
喜楽は三四年前は父の祈祷を頼むために高島ふみの教会に通っていたことがあり、杉山とも旧知の仲であった。しかしそのときに教会の受付の爺さんから、高島ふみの神がかりは偽物であることを聞いてしまっていた。