初稚姫は、この征途の成功を祈り自らの決意を露わにした宣伝歌を歌いながら産土山を下り、荒野ケ原を渡り、たそがれ時に深谷川の丸木橋のほとりに着いた。
この谷川には、川底まで百閒もある高い丸木橋があった。騎馬でも渡れるほどの大木を切り倒して渡した丈夫な橋で、宣伝使はみな、この一本橋を渡らなければならない。
初稚姫は丸木橋の中央に立ち、眼下の谷水が飛沫を飛ばしてごうごうと流れていく絶景を眺めていた。初稚姫は橋を渡り、暗さと寒さに路傍にみのを敷いて一夜を明かそうと、天津祝詞を奏上してうとうとし始めた。
すると一本橋の彼方から二匹の鬼が現れた。鬼たちは初稚姫がこのあたりを通ることを知っており、何とかして新鮮な人肉が食いたいとあたりを探し始めた。
初稚姫はこれを聞き、これくらいの鬼が恐ろしくてこの先数千里の旅が続けられようか、一つ腕試しにこちらから先に相手になってやろう、と胆力をすえた。そして鬼たちに、自分は万物を救う宣伝使だから、腹がすいているなら肉体をくれてやるから食うが良い、と話しかけた。
二人の鬼は初稚姫のこの宣言を聞いて逆に肝をつぶし、ふるえだした。初稚姫は、声を聞いて父・杢助の僕の六と八だとわかり、二人を呼びつけた。六と八は、杢助に頼まれて初稚姫を試しに来たことを白状した。
六と八は初稚姫の剛胆に驚かされて、目の前の初稚姫は化け物が変化したものではないかと恐れてふるえていた。初稚姫はうとうとと眠りについた。