印度の国の北端、テルモン湖水を南に渡ったイヅミの国のスマの里に、バーチルという豪農があった。バーチルは何不自由なき身の上でありながら魚を取ることが好きで、妻のサーベルの諌めも聞かず、財産の整理もせずに舟を出して網を打ち釣り糸を垂れる毎日であった。
ある夜、バーチルは妻が寝静まった後に、僕のアンチーを連れて舟を出した。魚がよく釣れるのでそれに心を奪われていると、にわかに黒雲が起こって空には一点の星影も見えなくなり、激しい嵐にさらされた。
バーチルは動転して、取った魚を守るためにアンチーを舟から下ろそうとするほどであったが、ようやく我に返ってアンチーと二人で舟を転覆から守るために魚を湖水に抛りこみ始めた。しかし時すでに遅く、大津波に舟は飲まれて主従は湖水に投げ出されてしまった。
気が付くとバーチルは孤島に漂着し、たくさんの猩々に囲まれていた。すると一匹の大なる猩々が自分の顔を覗き込んで、同情の涙に暮れている。
この大きな猩々は女王であった。猩々の女王はバーチルを棲家に連れて行って介抱した。バーチルは三年の月日をこの猩々ヶ島で過ごした。二年目には猩々とバーチルの間に赤ん坊も生まれていた。
バーチルは何とか猩々の目を盗んで故郷へ帰ろうという思いから、猩々たちを連れて浜遊びに出た。たちまち二三丁ばかり沖合を通る船を認め、バーチルは両手を振って船に合図を送った。
猩々ヶ島の沖合に現れたのは、玉国別たちの船・初稚丸であった。伊太彦は人間が浜辺で手を振っているのを認めた。ヤッコスは恐ろしい猩々の島に上陸することを反対したが、玉国別は人間がいるなら助けなければならないと、上陸を決めた。