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文献名1霊界物語 第63巻 山河草木 寅の巻
文献名2第1篇 妙法山月
文献名3第2章 妙法山〔1609〕
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2017-06-03 16:31:46
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年05月18日(旧04月3日) 口述場所教主殿 筆録者加藤明子 校正日 校正場所
OBC rm6302
本文の文字数6914
本文のヒット件数全 1 件/瑞の御魂=1
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本文  夏樹生茂り緑したたるスダルマ山の山道の入口に甲乙二人の男が腰打ちかけて、杣の手を休めて雑談に耽つてゐた。
甲『オイ兄貴、吾々もせめて人並の生活が為たいものだなア。朝から晩まで山深く分け入つて、杣ばかりやつて居つても汗を搾る許りで何時も金槌の川流れ同様、天窓の上りやうが無いぢや無いか。今日の人間は文化生活を以て最上の処世法としてゐるが、吾々も自然とやらを征服する文化生活に入つて安楽な生涯を送りたいものだなア』
乙『吾々は文化生活といふものを転用して人格問題に当てたいと思ふのだ。バラモン教徒は煩悩即菩提だなどと気楽さうな事を言つてゐるが、夫は悟道の境地に立至つた上根の人間の言ふことで普通の人間はソンナ軽々しい訳には行かぬ。迚も人格を磨いて向上する事は不可能事だよ。絶えず内観自省して、肉的本能を征服しておかねばならない。霊体共に自然であることは無論だがこの両者を並行さす事は困難だ。瑞の御霊の聖言には、「体欲に富める者は神の御国に入ること難し。富貴の人の神の国に入るよりは蛤を以て大海を替へ干す方却て易かるべし。人は二人の主人に仕ふること能はず、故に人も神と体欲とに兼仕ふることを得ず」と教へられてある。実に深遠なる教訓ではあるまいかなア』
甲『神さまもチト判らぬぢや無いかエーン。よく考へて見よ。吾々の様な貧乏人は聖典を研究いな研究と言つては勿体ないかも知らぬ、拝誦して心魂を磨く余裕がないが、富者となれば日々遊んで暮す暇が在るのだから、自由自在に聖典を拝誦したり、又その密意を極め得るの便宜があるから、神の国に入るものは、富者であることは当然の帰結ではないか』
乙『ソウ言へばさうだが人間と言ふものは吾々の考へ通りにゆくものではない。得意時代の人間は到底そんな殊勝な考への浮ぶものでは無いよ。「家貧しうして親を思ふ」とか謂つて、吾々の様なものこそ、精神上の慰安を求め、向上もし神に縋らむとするものだが、容易に得意時代には貧乏人の吾々だとて、そんな好い考へは起るものではないよ。勿論瑞の御魂様だとて、絶対的に富そのものを無視された訳では無からうが、斯んな教訓を与へなくては成らない所以は、人間の弱点といふものは凡て物質の奴隷となり易いからだ。同じ富を求むるにしても、我欲心を満足さすために求むるものと、神の大道を行はむがために行ふものとは、其内容に於てもその精神に於ても、天地霄壤の相違があるだらう。苟くも人間としての生活に、物質が不必用なる道理は絶対にない。何処までも経済観念を放擲することは所詮不可能だ。然るに凡ての神教の宣伝使が、口を揃へて禁欲主義や寡欲主義を高潮して居る所を見ると、其処に何等かの深意を発見せなくてはなるまいと思ふのだ』
甲『君の説にも一理あるやうだ。然し吾々は何とか努力して人並みの生活だけは為なくてはならないが、「倉廩充ちて礼節を知り、衣食足りて道を歩む」とか言ふから、肉的生活のみでは肉体を具へた人間としては実に腑甲斐ない話だ。吾に「先づパンを与へよ、然して後に大道を歩まむ」だからなア』
乙『「人はパンのみにて生くるものではないと共に霊のみにて生くるものにあらず」と吾々も言ひたくなつて来るのだ。併しそこは人間としての自覚が必要だ』
甲『自覚も必要だが、現代の人間の自覚なるものは果して人並以上に立脚して居るだらうか。霊的自覚に立つて居るだらうか。それが僕には杞憂されて成らないのだ。今日の人間の唱ふる自覚といふ奴は月並式の自覚様だからなア』
乙『君の云ふ通り有名無実の自覚、月並の自覚だとすれば、忽ち自覚と自覚とが互に相衝突を来して、平和を攪乱することになるだらう。現代のやうに各方面に始終闘争の絶え間がないのは自覚の不徹底といふことに帰因してゐるのだらう。併し凡ての物には順序があり階段があるからして、自覚の当初は何れにしても幾何かの動揺と闘争とは免れないと云ふ点もあるだらう』
甲『さうだから僕は現代の自覚様には物足らなくて拝跪渇仰する事が出来ないのだ。人格の平等だとか個性の尊重だとか八釜敷く騒ぎ廻る割合に、事実としての態度が実際に醜うて鼻持がならないのだ。然し中には一人や二人位は立派な態度の人間もあるだらうが、概括して見ると、賛成の出来ない人間ばかりだからなア』
乙『ウンそれもソウだねー。現代人の唱ふる人格の平等と言ふものは、実に怪しいものだ。僕もその事は克く認めてゐる一人だ。人格の平等と言へば高位の人間を低い所へ引下ろして、「お前と俺とが同格だ、同じ神の分霊だ分身だ」と言つたり、甚だしいのは、上流者や官吏の前に尻を捲つて、威張ることだと考へたりする奴が多いのだ。その癖に自分より下位の人間から夫れと同じ様な事をしられると、「人を馬鹿にするな侮辱を加へた」と言つて立腹する奴ばかりだ。自由と言へば厭な夫を振捨てて好きな男と出奔したり法律も道徳も義理も人情も踏蹂ることだと思つて居る奴ばかりだ。而も夫れほど自由を要求したり又主張したりするのなら、他人に対した場合でも自由を与へるかと言ふと、事実は全然その反対のことを行るもの許りだ。
 アナーキズムを叫ぶ位なら、自分の家に泥坊が這入つても歓待して行りさうなものだのに、真先に警察署に訴へに行く奴許りだ。「経済組織は、コンミュニズムに為なくては可けない」と言つて、八釜しく主張して居るから、「それなら先づ君の財産から放り出せ」と言ふと、『それは真平御免』と言ふやうな面付きで素知らぬ顔をして、他人に出させて共産にしようと言ふ奴計りだ。ある二人の青年ソシアリズム崇拝者が鶏肉のすき焼を食ひにいつて其割前を支払ふ時に相手の一人が「金が足りないから、君の金を出して支払つて済ませて呉れ」と言つたら、「ソンナ事は出来ない」と断つたので相手の一人が、「夫れは君の平素の主張に悖るでないか」と突込むと、「いや夫れと是とは別問題だ」と言つて逃げて仕舞つたといふ話だ。兎角人間といふ奴は人に対しては種々の要求を起すが、その要求を自分にされたら何うだらう。果して応ずるだけの覚悟を以て居るだらうか。自分の立場が無産階級にあるからと言つて共産主義を叫ぶのでは本当のもので無い。筆や舌の尖では何んな事でも立派に言はれるが、事実その事件が自分の身に降りかかつた時に実行することが出来るだらうか。十中の十まで有言不実行で、日頃の主張を撤廃せなくてはならぬやうになるのは、可なり沢山な事実だからなア』
甲『本当に虚偽虚飾の人獣ばかりの世の中だ。真の人間らしいものは、かう考へて見ると一人も世界に無いと言つても好い位だ。文壇の名士カットデルは、世間に知られた自由思想家だつたが、自分がアーメニヤとかへ旅行したその不在中に、女房のコール夫人にウユルスと言ふ若い美しい愛人が出来て、頻りに手紙を往復して居たのをカットデルが見附けて、その真相を尋ねた所、コール婦人は平気な顔で、「あなたに対する愛が無くなつたから、日頃の自由思想を実践躬行して愛人の下へ行く心算です」と、ハツキリと答へて済まし込んで居たので、カットデル氏も色々と話合つた上、二人の恋愛を許してやつたが、さて愈コール婦人が家内に居らなくなると、子供のためや其他の事が思はれて到頭日頃主義とする自由思想を捨て、人道的立場から愛妻コール婦人に反省を求めて、再び戻つて貰ふ事を頼んだといふぢやないか。人間位、勝手な奴はあつたものぢや無い、アハヽヽヽ』
乙『オイ君、向ふの方から宣伝歌の声が聞えて来たぢやないか。一寸聞き玉へ、「神が表に現はれて善と悪とを立分ける」とか何とか言つてゐるやうだ』
甲『ウン如何にも宣伝歌の声だ。併もあれは三五教の歌だ。吾々ウラル教徒も三五教の宣伝歌を聞くと、何ンだか心持が好い。一つここに待ちうけて、何ンとか人生問題に就て解決を与へて貰はふぢやないか』
乙『何程三五教の宣伝使だつて駄目だらう。無い袖は振る訳に行かぬからなア。夫れよりも神力によつて、スーラヤ山の大蛇の岩窟にある宝玉を、手に入れる様にせうではないか。何程大蛇が沢山居ると言つても、神力には叶ふまいからなア』
甲『別に三五教に頼まなくても吾々が平素信仰するウラル彦の大神様にお願すれば好いだらう』
乙『朝夕ウラル教の大神を念じて見たが、此頃のウラル彦様は貧乏されたと見えて、根ツから福を与へて呉れない、財産を沢山にウラル(得らる)教だと思つて信仰したのに、信仰以来ウラねば成らぬウラメシ教になつて了つて社会の地平線下に墜落し斯う杣人とまで成り下つたのだから、僕は最早ウラル教は止めたのだ。併しスーラヤ山の珍宝を手に入れさして呉れたら信仰を続けても好いのだ。自分が富者の位地に立つてからソロソロ コンミュニズムの主張でもやつて、人間並の生活をやつて見たいのだ』
甲『そんな危険なことは止めて、マア暫時今日の境遇に安んじ時節を待つたら何うだ。何程珍宝が手に入つても生命が無くつちや仕方が無からうよ』
 斯く談す所へ玉国別一行が宣伝歌の声に足並揃へて近よつて来た。
 玉国別、真純彦、三千彦、デビス姫、伊太彦、治道居士の一行六人は漸くにして、スダルマ山の登り口までさしかかつて来た。例の伊太彦は先頭に立つて声も高らかに宣伝歌を謡つて居る。山の登り口の木陰に二人の男が腰打ちかけて何事か囁いて居る。伊太彦は目敏く之を見て、後振り返り、
伊太『先生、夜前は祠の前でコソ泥に出遇ひましたが、あれ御覧なさい。彼処にも亦ざつと二匹、コソ泥が出現致しましたよ。昨日の奴と違つて、どこともなしに気の利いた顔をして居ますわ』
玉国『ウン、如何にも立派な方が二人休んで居られるやうだ。あの方は決して泥坊ではあるまいよ』
伊太『夫でもバラモン教の云ひ草ぢやないが「人を見たら泥坊だと思へ」との誡めがあるぢやありませぬか』
玉国『昨夜の泥坊に肝を潰し、精神錯乱して、目に触るるもの一切が泥坊と見えるのだらう。滅多な事を云ふものぢやない。人を見れば皆神様だと思ふて居れば好いのだ。仮令万々一泥坊にした所で、吾々の身霊を研ひて下さるお師匠様だと善意に解するのだ』
伊太『夫れだと云つて、よく見て御覧なさい。ピカピカと光つた凶器を持つて居るぢやありませぬか。彼奴は持凶器強盗かも知れませぬよ。一つ勇気を出して泥坊と見当が付けば蹴散らして進むのですな。精神の麻痺した人獣には到底姑息な治療法では駄目ですよ。モルヒネ注射か或は大外科手術を施すに限ります』
玉国『伊太彦、あれをよく見よ。お前の凶器と見たのは鉞ぢやないか、あれは屹度杣人だ。天下の良民様だ』
伊太『鉞、否マサカさうでもありますまい。杣人に化けて夜前の泥的の親分が待つて居るに違ひありませぬわ』
玉国『どうも此男は俄に精神に異状を来たしたと見える。これや困つた事ぢやな。伊太彦、まア安心したがよいわ』
伊太『何と仰有つても私には確信があります』
玉国『乱暴な事をすると、宣伝使の帳を切り、根底の国へ落して仕舞ふが、それでもお前は構はぬ気か』
『エヽ仕方がありませぬ。男子が一旦歯から外へ出した以上は後へは引きませぬ。何と云つても、あの猛悪なタクシャカ竜王を言向け和した伊太彦司ですからなア。孟子の言に「下となつて乱るれば刑せられ、上となつて乱るれば免かる」と云ふ身勝手な世の中ですから、万々一天則違反によつて根底の国へ落されても構ひませぬ。私はお師匠様の為に天則違反になつた所で得心です。現在自分の師匠に危害を加へむとする悪人に対し看過する事が出来ませうか。「君憂ふれば臣労し、上危ければ下死す」と云ふぢやありませぬか。先生の危難を救ふて自分の身が滅亡しても夫は少しも恨みませぬ』
玉国『お前は私を疑つて居るのか、玉国別だつて泥坊か泥坊でないか位は一目見たら分つて居るのだ。聖人の言葉にも「臣は主に逆らはず」と云ふぢやないか』
伊太『「臣となりては必ず臣たれ、併し君となりては必ず君たれ」と云ひますから、貴方も弟子の私が赤心を、師匠として承認して下さりさうなものですな』
玉国『「臣能く主の命を承はるをもつて信となす……」、ちつとは私の云ふ事も聞いたらどうだ』
伊太『何だか私は貴師が仰有る事が頼りないやうな気がしてなりませぬわ。どうぞ暫く此方の云ふ通りにさして下さいませぬか』
三千『オイ伊太彦、些とはお師匠様の御命令も聞かねばなるまい。折角の功名手柄が水の泡になつたら惜しいぢやないか』
伊太『ヘン、御親切は有難う。デビス姫を奥様に貰ひ、おまけに先生に御親任をうけて真純彦と二人が、夜光の玉や如意宝珠を懐に捧持し、得意の頂天に達した君達とはちつと違ふのだ。俺はこれから人を虐げる悪人や、驕慢な奴は、片ツ端から、もう言霊も使ひ飽いたから、此鉄腕を揮うて打ち懲らしてやる積りだ、構つて呉れな』
と云ひながら、五人を後に残し二人の怪しい男の前に走り寄り、大喝一声、
伊太『これや泥坊、吾輩を誰様と心得て居るか。勿体なくも三五教の宣伝使、神力無双の玉国別の御家来の伊太彦さまだ。こんな所に出しやばつて、夜前の蒸し返しをせうと思つても駄目だ。この腕を見い。此の腕には特別上等の骨があるぞよ』
と威猛高になつて睨めつけた。二人はこの権幕に肝を潰し、中の一人が、
甲『私等は、此近辺に居住して居る杣人でカークス、ベースと云ふ者で厶います。朝から晩迄木樵が商売で厶いますが、あまり体が疲れたので、この広い木蔭で息をやすめて世間話に耽つて居た所です。泥坊でも何でもありませぬ。貴方は三五教の宣伝使の家来だとか弟子だとか仰有いましたが、どうか私の人格を調べて下さい。無暗に人間を捉まへて泥坊呼はりをなさるのは、ちつと貴方のお職掌にも似合はぬぢやありませぬか』
伊太『ウン、エ、成程、これは誠に相済まなかつた。歩きもつて夢を見て居たものだから、つい考へ違ひを致しました。兎も角魂が脱けたと見えますわい。余り玉が欲しいと思つて居たものだから、タマタマこんな失敗をやらかしたのですよ』
カークス『貴方も矢張り玉が欲しいのですか。実の所は私もその玉が欲しいので相談して居たのです。そこへ三五教の宣伝歌が聞えて来たものですから御神力を貸して頂いて、これからスーラヤ山の珍宝を手に入れ、せめて人並の生活を支度いものだと思つて居た所です。どうか一つ其玉が手に入るやうに貴方のお師匠さまに御神力を与へて下さるやうに頼んで下さらぬか』
伊太『ヤア其奴は面白い。俺の先生は、ソレ今彼方に見えるが、玉国別と云ふのだから、玉を取る事にかけ、少しもクニせずワケなく取らして下さるだろう。現に俺の持つて居た玉を取り、否取違ひ遊ばした……のでも何でもない。屹度聞いて下さるだらうよ。マア安心せい』
ベース『ヤ有難う、これで安心しました。のうカークス、もう斯うなる以上はカークスには及ばぬ、スーラヤ山の珍宝の所在を申上げて、せめて一つ宛吾々の手に入るやうにして貰はふぢやないか』
カークス『どうかさう願ひたいものだなア』
伊太『其スーラヤ山と云ふのは何処にあるのだ』
カークス『此のスダルマ山を向ふへ渡りますと、スーラヤの湖といつて、可なり広い水鏡が照つて居ます。其中に漂ふて居る岩山がスーラヤ山と云ひます。其山には岩窟があつて、ウバナンダと云ふナーガラシャー(竜王)が沢山の玉を蓄へ夜になると玉の光で全山が昼の如く輝いて居ます。其玉を一つ手に入れさへすれば、人間の一代二代は結構に暮されると云ふ高価なものですが、多勢の人間が其玉を得むとして、行つては竜王に喰はれて仕舞ふのです。だから余程神力が無いと其玉を手に入れる事は出来ませぬからなア』
伊太『アハヽヽヽ。お安い事だ。此伊太彦はアヅモス山に於て八大竜王の中でも最も凶悪なる、大身視毒竜王と云ふ豪い奴を往生させ、玉をボツ奪つたと云ふ勇者だから、ウバナンダ竜王位を言向和すは、朝飯前の仕事だ。エヘヽヽヽ』
と三人が一生懸命になつて玉取の話に霊を抜かれて居る。早くも玉国別一行は三人の前に近づき来り、此話を残らず聞いて仕舞つた。玉国別は伊太彦の背をポンポンと叩いた。
伊太『アヽ玉さま否玉国別様で厶いますか。どうぞ今度計りは改心を致しますから、今迄の御無礼をお許し下さいまして、ウバナンダ・ナーガラシャーの玉を占領さして下さい。さうすれば私が捧持してエルサレムに参る荷物が出来ますからな』
 玉国別は道端の草の上にどつかと腰を卸し無言の儘考へて居る。
(大正一二・五・一八 旧四・三 於教主殿 加藤明子録)
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