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文献名1霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻
文献名2第2篇 春湖波紋よみ(新仮名遣い)しゅんこはもん
文献名3第6章 浮島の怪猫〔1708〕よみ(新仮名遣い)うきしまのかいびょう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-05-03 17:03:25
あらすじ
主な人物【セ】甲(スガの港の商人イルク)、乙、梅公【場】牛のような虎猫【名】大黒主、斎苑の館の大神、照国別 舞台 口述日1924(大正13)年12月27日(旧12月2日) 口述場所祥雲閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年8月19日 愛善世界社版75頁 八幡書店版第12輯 57頁 修補版 校定版75頁 普及版68頁 初版 ページ備考
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本文  波切丸は万波洋々たる湖面を、西南を指して、船舷に皷を打ち乍ら、いともゆるやかに進んでゐる。天気清朗にして春の陽気漂ひ、或は白く或は黒く或は赤き翼を拡げた海鳥が、或は百羽、千羽と群をなし、怪しげな声を絞つて中空を翔めぐり、或は波間に悠然として、浮きつ沈みつ、魚を漁つてゐる。アンボイナは七八尺の大翼を拡げて一文字に空中滑走をやつてゐる。其長閑さは天国の楽園に遊ぶの思ひがあつた。前方につき当つたハルの湖水第一の、岩のみを以て築かれた高山がある。国人は此島山を称して浮島の峰と称へてゐる。一名夜光の岩山ともいふ。船は容赦もなく此岩山の一浬許り手前迄進んで来た。船客は何れも此岩島に向つて、一斉に視線を投げ、此島に関する古来の伝説や由緒について、口々に批評を試みてゐる。
甲『皆さま、御覧なさい。前方に雲を凌いで屹立してゐる、あの岩島は、ハルの湖第一の高山で、いろいろの神秘を蔵してゐる霊山ですよ。昔は夜光の岩山と云つて、岩の頂辺に日月の如き光が輝き、月のない夜の航海には燈明台として尊重されたものです。あのスツクと雲を抜出た山容の具合といひ、全山岩を以て固められた金剛不壊の容姿といひ、万古不動の霊山です。此湖水を渡る者は此山を見なくつちや、湖水を渡つたといふ事は出来ないのです』
乙『成程、見れば見る程立派な山ですな。併し乍ら、今でも夜になると、昔と同じやうに光明を放つてゐるのですか』
甲『此湖水をハルの湖といふ位ですもの、暗がなかつたのです。併し乍らだんだん世の中が曇つた勢か、年と共に光がうすらぎ、今では殆んど光らなくなつたのです。そして湖水の中心に聳え立つてゐたのですが、いつの間にやら、其中心から東へ移つて了つたといふ事です。万古不動の岩山も根がないと見えて浮島らしく、余り西風が烈しかつたと見えて、チクチクと中心から東へ寄つたといふ事です』
乙『成程文化は東漸するとかいひますから、文化風が吹いたのでせう。併し日月星辰何れも皆西へ西へと移つて行くのに、あの岩山に限つて、東へ移るとは少し天地の道理に反してゐるぢやありませぬか。浮草のやうに風に従つて浮動する様な島ならば、何程岩で固めてあつても、何時沈没するか知れませぬから、うつかり近寄るこた出来ますまい』
甲『あの山の頂きを御覧なさい。殆んど枯死せむとする様なひねくれた、ちつぽけな樹木が岩の空隙に僅かに命脈を保つてゐるでせう。山高きが故に尊からず、樹木あるを以て尊しとす……とかいつて、何程高い山でも役に立たぬガラクタ岩で固められ、肝心の樹木がなくては、山の山たる資格はありますまい。せめて燈明台にでもなりや、山としての価値も保てるでせうが、大きな面積を占領して、何一つ芸能のない岩山ではサツパリ話になりますまい。それも昔の様に暗夜を照し往来の船を守つて安全に彼岸に達せしむる働きがあるのなれば、岩山も結構ですが、今日となつては最早無用の長物ですな。昔はあの山の頂きに特に目立つて、仁王の如く直立してゐる大岩石を、アケハルの岩と称へ、国の守り神様として、国民が尊敬してゐたのです。それが今日となつては、少しも光がなく、おまけに其岩に、縦に大きなヒビが入つて、何時破壊するか分らないやうになり、今は大黒岩と人が呼んで居ります。世の中は之を見ても、此ままでは続くものではありますまい。天の神様は地に不思議を現はして世の推移をお示しになると云ひますから、之から推考すれば、大黒主の天下も余り長くはありますまいな』
乙『あの岩山には何か猛獣でも棲んでゐるでせうか』
甲『妙な怪物が沢山棲息してゐるといふ事です。そして其動物は足に水かきがあり、水上を自由自在に游泳したり、山を駆け登る事の速さといつたら、丸切り、風船を飛翔したやうなものだ……との事です。昔は日の神月の神二柱が、天上より御降臨になり八百万神を集ひて、日月の如き光明を放ち、此湖水は素より、印度の国一体を照臨し、妖邪の気を払ひ、天下万民を安息せしめ、神様の御神体として、国人があの岩山を尊敬してゐたのですが、追々と世は澆季末法となり、何時しか其光明も光を失ひ、今や全く虎とも狼とも金毛九尾とも大蛇とも形容し難い怪獣が棲息所となつてゐるさうです。それだから吾々人間が、其島に一歩でも踏み入れやうものなら、忽ち狂悪なる怪獣の爪牙にかかつて、血は吸はれ、肉は喰はれ骨は焼かれて亡びると云つて恐がり、誰も寄りつかないのです。風波が悪くつて、もしも船があの岩島にブツかからうものなら、それこそ寂滅為楽、再び生きて還る事は出来ないので、此頃では、秘々とあの島を悪魔島と云つてゐます。併し大きな声でそんな事言はうものなら、怪物が其声を聞付けて、どんなわざをするか分らぬといふ事ですから、誰も彼も憚つて、大黒岩に関する話を口を閉じて安全無事を祈つてゐるのです。あの島がある為に、少し暴風の時は大変な大波を起し、小さい舟は何時も覆没の難に会ふのですからなア。何とかして、天の大きな工匠がやつて来て大鉄槌を振ひ、打砕いて、吾々の安全を守つてくれる、大神将が現はれ相なものですな』
乙『何と、権威のある岩山ぢやありませぬか。つまり此湖面に傲然と突つ立つて、所在島々を睥睨し、こわ持てに持ててゐるのですな』
甲『あの岩山は時々大鳴動を起し、噴煙を吐き散らし、湖面を暗に包んで了ふ事があるのですよ。其噴煙には一種の毒瓦斯が含有してゐますから、其煙に襲はれた者は忽ち禿頭病になり、或は眼病を煩ひ、耳は聞えなくなり、舌は動かなくなるといふ事です。そして肚のすく事、咽喉の渇く事、一通りぢやないさうです。そんな魔風に、折あしく出会した者は可い災難ですよ』
乙『丸つ切り蚰蜒か、蛇蝎の様な恐ろしい厭らしい岩山ですな。なぜ天地の神さまは人民を愛する心より、湖上の大害物を除けて下さらぬのでせうか。あつて益なく、なければ大変、自由自在の航海が出来て便利だのに、世の中は、神様と雖、或程度迄は自由にならないと見えますな』
甲『何事も時節の力ですよ。金輪奈落の地底からつき出てをつたといふ、あの大高の岩山が、僅かの風位に動揺して、東へ東へと流れ移る様になつたのですから、最早其根底はグラついてゐるのでせう。一つレコード破りの大地震でも勃発したら、手もなく、湖底に沈んで了ふでせう。オ、アレアレ御覧なさい。頂上の夫婦岩が、何だか怪しく動き出したぢやありませぬか』
乙『風も吹かないのに、千引の岩が自動するといふ道理もありますまい。舟が動くので岩が動くやうに見えるのでせう』
甲『ナニ、さうではありますまい。舟が動いて岩が動くやうに見えるのなれば、浮島全部が動かねばなりますまい。他に散在してゐる大小無数の島々も、同じ様に動かねばなりますまい。岩山の頂上に限つて動き出すのは、ヤツパリ船の動揺の作用でもなければ、変視幻視の作用でもありますまい。キツと之は何かの前兆でせうよ』
乙『そう承はれば、いかにも動いて居ります。あれあれ、そろそろ夫婦岩が頂きの方から下の方へ向つて歩き初めたぢやありませぬか』
甲『成程妙だ。段々下つて来るぢやありませぬか。岩かと思へば虎が這うてゐる様に見え出して来たぢやありませぬか』
乙『いかにも大虎です哩。アレアレ全山が動揺し出しました。此奴ア沈没でもせうものなら、それ丈水量がまさり、大波が起つて、吾々の船も大変な影響をうけるでせう。危ない事になつて来たものですワイ』
 かく話す内、波切丸は浮島の岩山の間近に進んだ。島の周囲は何となく波が高い。虎と見えた岩の変化は磯端に下つて来た。よくよく見れば牛の様な虎猫である。虎猫は波切丸を目をいからして、睨み乍ら、逃げるが如く湖面を渡つて夫婦連れ、西方指して浮きつ沈みつ逃げて行く。俄に浮島は鳴動を始め、前後左右に、全山は揺れて来た。チクリチクリと山の量は小さくなり低くなり、半時許りの内に水面に其影を没して了つた。余り沈没の仕方が漸進的であつたので、恐ろしき荒波も立たず、波切丸を前後左右に動揺する位ですんだ。一同の船客は此光景を眺めて、何れも顔色青ざめ、不思議々々と連呼するのみであつた。此時船底に横臥してゐた梅公宣伝使は船の少しく動揺せしに目を醒まし、ヒヨロリヒヨロリと甲板に上つて来た。さしもに有名な大高の岩山は跡形もなく水泡と消えてゐた。そして船客が口々に陥没の記念所を話してゐる。梅公は船客の一人に向つて、
『風もないのに、大変な波ですな。どつかの島が沈没したのぢやありませぬか』
甲『ハイ、貴方、あの大変事を御覧にならなかつたのですか。随分見物でしたよ。昔から日月の如く光つてゐた頂上の夫婦岩は俄に揺るぎ出し、終いの果には大きな虎となり、磯端へ下つて来た時分には猫となり、波の間を浮きつ沈みつ、西の方へ逃げて行つたと思へば、チクリチクリと島が沈み出し、たうとう無くなつて了ひました。こんな事は昔から見た事はありませぬ。コリヤ何かの天のお知らせでせうかな』
梅『どうも不思議ですな。併し乍ら人間から見れば大変な事のやうですが、宇宙万有を創造し玉うた神様の御目から見れば、吾々が頬に吸ひついた蚊を一匹叩き殺す様なものでせう。併し乍ら吾々は之を見て、自ら戒め、悟らねばなりませぬ』
乙『貴方は何教かの宣伝使様のやうですが、一体全体此世の中は何うなるでせうか。吾々は不安で堪らないのです。つい一時前迄泰然として湖中に聳えてゐた、あの岩山が脆くも湖底に沈没するといふよな不祥な世の中ですからなア』
梅『今日は妖邪の気、国の上下に充ちあふれ、仁義だの、道徳だのと云ふ美風は地を払ひ、悪と虚偽との悪風吹き荒び、世は益々暗黒の淵に沈淪し、聖者は野に隠れ、愚者は高きに上つて国政を私し、善は虐げられ悪は栄えるといふ無道の社会ですから、天地も之に感応して、色々の不思議が勃発するのでせう。今日の人間は何れも堕落の淵に沈み、卑劣心のみ頭を擡げ、有為の人材は生れ来らず、末法常暗の世となり果てゐるのですから、吾々は斎苑の館の神柱、主の神の救世的御神業に奉仕し、天下の暗雲を払ひ、悲哀の淵に沈める蒼生を平安無事なる楽郷に救はむが為に所在艱難辛苦をなめ、天下を遍歴して、神教を伝達してゐるのです。未だ未だ世の中は、之れ位な不思議では治まりませぬよ。茲十年以内には、世界的、又々大戦争が勃発するでせう。今日ウラル教とバラモン教との戦争が始まらむとして居りますが、斯んなことはホンの児戯に等しきもので、世界の将来は、実に戦慄すべき大禍が横たはつて居ります。夫故、吾々は愛善の徳と信真の光に満ち玉ふ大神様の御神諭を拝し、普く天下の万民を救はむが為に、草のしとね、星の夜具、木の根を枕として、天下公共の為に塵身を捧げてゐるのです』
甲『成程承はれば承はる程、今日の世の中は不安の空気が漂うてゐるやうです。今の人間は神仏の洪大無辺なる御威徳を無視し、暴力と圧制とを以つて唯一の武器とする大黒主の前に拝跪渇仰し、世の中に尊き者はハルナの都の大黒主より外にないものだと誤解してゐるのだから、天地の怒に触れて、世の中は一旦破壊さるるのは当然でせう。私はウラル教の信者で厶いますが、第一、教主様からして、……神を信ずるのは科学的でなくては可かない。神秘だとか奇蹟だとかを以て信仰を維持してゐたのは、太古未開の時代の事だ。日進月歩、開明の今日は、そんなゴマカシは世人が受入れない……と言つてゐらつしやるのですもの、丸切り神様を科学扱ひにし、御神体を分析解剖して、色々の批評を下すといふ極悪世界ですもの。斯んな世の中が出て来るのは寧ろ当然でせう。貴方は何教の宣伝使で厶いますか。神様に対する御感想を承はりたいもので厶いますな』
梅『最前も申上げた通り、斎苑の館の大神様は三五教を御開きになつたのです。そして私は同教の宣伝使照国別様といふ御方の従者となつて、宣伝の旅に立つたもので厶います。それ故貴方等のお尋ねに対し、立派な答は到底出来ませぬ。併し乍ら神様は昔の人のいつた様に、超然として人間を離れた者ではありませぬ。神人合一の境に入つて始めて、神の神たり、人の人たる働きが出来得るのです。故に三五教にては、人は神の子神の宮と称へ、舎身的大活動を、天下万民の為にやつてゐるのです』
甲『何か御教示について、極簡単明瞭に、神と人との関係を解らして頂く事は出来ますまいか』
梅『ハイ、私にもまだ修業が未熟なので、判然した事は申上げ兼ますが、吾宣伝使の君から教はつた一つの格言が厶いますから、之を貴方にお聞かせ致しませう。

   神力と人力
一、宇宙の本源は活動力にして即ち神なり。
一、万物は活動力の発現にして神の断片なり。
一、人は活動力の主体、天地経綸の司宰者なり。活動力は洪大無辺にして宗教、政治、哲学、倫理、教育、科学、法律等の源泉なり。
一、人は神の子神の生宮なり。而して又神と成り得るものなり。
一、人は神にしあれば神に習ひて能く活動し、自己を信じ、他人を信じ、依頼心を起す可らず。
一、世界人類の平和と幸福の為に苦難を意とせず、真理の為に活躍し実行するものは神なり。
一、神は万物普遍の活霊にして、人は神業経綸の主体なり。霊体一致して茲に無限無極の権威を発揮し、万世の基本を樹立す』

甲『イヤ有難う。御教示を聞いて地獄から極楽浄土へ転住したやうな法悦に咽びました。成程人間は神様の分派で、いはば小なる神で厶いますなア。今迄ウラル教で称へてをりました教理に比ぶれば、其内容に於て、其尊さに於て、真理の徹底したる点に於て、天地霄壌の差が厶います。私はスガの港の小さい商人で厶いますが、宅にはウラル彦の神様を奉斎してをります。併し乍ら之は祖先以来伝統的に祀つてゐるので、言はば葬式などの便利上、ウラル教徒となつてゐるのに過ぎませぬ。既成宗教は已に命脈を失ひ、只其残骸を止むるのみ。吾々人民は信仰に飢渇き、精神の道に放浪し、一日として、此世を安心に送る事が出来なかつたのです。旧道徳は既に已に世にすたれて、新道徳も起らず、又偉大なる新宗教も勃起せないと云つて、日夜悔んで居りましたが、かやうな崇高な偉大な真宗教が起つてゐるとは、夢にも知らなかつたのです。計らずも波切丸の船中に於て、かかる尊き神様のお使に巡り会ひ、起死回生の御神教を聞かして頂くとは、何たる、私は幸福で厶いませう。私の宅は、誠に手狭で厶いますが、スガの港のイルクと云つて、多少遠近に名を知られた小商人で厶います。どうか、私の宅へも蓮歩を枉げ下さいまして、家族一同に、尊き教をお授け下さいます様にお願ひ致します。そして私は此結構な御神徳を独占せず、力のあらむ限り、万民に神徳を宣伝さして頂く考へで厶いますから、何卒宜しくお願ひ申上げます』
梅公『実に結構なる貴方の御心掛、之も大慈大悲の大神様の御引合せで厶いませう。之を御縁に、私もスガの港へ船がつきましたら、貴方のお宅へ立よらして頂きませう。
 思ひきや神の仕組の真人は
  御船の中にもくばりあるとは。

 此船は神の救ひの船ぞかし
  世の荒波を分けつつ進めり』

(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 松村真澄録)
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