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文献名1霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻
文献名2第3篇 多羅煩獄よみ(新仮名遣い)たらはんごく
文献名3第13章 山中の火光〔1715〕よみ(新仮名遣い)さんちゅうのかこう
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ
すばらしい光景を眺めつつ山に分け入ったが、日は暮れてつきが辺りを照らし出した。一行はトリデ山の山頂へとたどり着いた。

太子はすばらしい景色をたたえる歌を詠み、宮中へ帰りたくない意思を表す。

夜半にもかかわらず、太子はさらにあてどもなく歩を進め、アリナはそれを追っていく。やがて二人は疲れて寝てしまう。

次の日、目が覚めるともう午後であった。太子もようやく帰途を思うが、もはや道を見つけることができない。

太子はたとえこのまま山の中に迷おうとも、人間らしい生活をしたい、と言い出し、アリナと無銭旅行を願う。

アリナはあくまで帰城を促す。

結局、アリナが杖を倒し、倒れた方向へ進んでいくこととなる。

また日が暮れ始め、猛獣の声が響く。アリナはおびえるが、太子は平気である。

ところへ、太子は火の光がまたたいているのを見つける。人家があるものと、二人はそちらを指して進んでゆく。
主な人物【セ】スダルマン太子、アリナ【場】-【名】カラピン王、ガンヂー(左守)、サクレンス(右守) 舞台 口述日1924(大正13)年12月28日(旧12月3日) 口述場所祥雲閣 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年8月19日 愛善世界社版164頁 八幡書店版第12輯 90頁 修補版 校定版166頁 普及版68頁 初版 ページ備考
OBC rm6713
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本文  太子は物珍らしげに四方の広原を瞰下し乍ら、尾上の風に吹かれつつ、心の向ふ儘ドンドンと進み行く。日は西山にズツポリと沈んで、ソロソロ暗の帳が下りて来た。百鳥は老木の梢に宿を求めてチユンチユンと鈴のやうな声で囀つて居る。折から昇る月光は殊更美しく、一点の雲翳もなき大空を、隈なく照らして居る。此処はタラハン国にて有名なるトリデ山と云ふ。太子はトリデ山の頂上に突立つた大岩石の上に安坐しながら、空の景色を眺めて、其雄大なる自然の姿に憧憬して居る。
太子『如意宝珠玉をかざして大空を
  昇る月こそ憧れの国。

 宝石を撒きちらしたる大空は
  神の力の現はれなるらむ。

 尾上をば渡る松風音も清く
  なにか神秘を語るべらなり。

 瞰下せば四方の原野は月光の
  露を浴びつつ妙に光れる。

 今吾はトリデの山の山の上に
  千代の命の清水汲むなり。

 月の露吾身魂をば霑して
  甦りたる心地せしかな』

アリナ『若君の御後に従ひ来て見れば
  トリデの山は殊に麗し。

 若君のたたせたまへる此巌
  千代に動かぬ名をば残さむ。

 吾父はさぞ今頃は若君の
  所在たづねて騒ぎをるらむ。

 大君のいづの御心思ひやり
  父を思ひて涙にしたる』

太子『天地の生る姿を眺めては
  死せる館へ帰りたくなし。

 吾宿に立ち帰りなば父君の
  隔ての垣は高くなるべし。

 花香ひ木の実は豊に実るなる
  此神山に住みたくぞ思ふ』

 太子は夜半にも係はらず又もや立つて月の光を頼りに谷に下り或は峰を越え何処を当ともなく進み行く。アリナは是非なく小声で呟き乍ら、太子の姿を見失はじと五六歩の間隔を保つて従ひ行く。十五夜の月は早くも高山にかくれて大きな山影が襲うて来た。二人は数里の山野をパンも持たずに果物に喉を霑はしながら、当所もなくやつて来たので身体縄の如く疲れ、密樹の下に横たはつたまま熟睡して仕舞つた。二人の自然に目の醒めた頃は翌日の午後の八つ時であつた。太子は目を摩りながら、
太『オイ、アリナ、一体此処は何と云ふ所だ。余り疲れたと見えて前後も知らず寝忘れ、最早翌日の八つ時らしいぢやないか。お父上や左守、右守は嘸余の姿の見えないのに驚いて騒ぎ立てて居ることだらう。一先づ帰つてやらうぢやないか』
ア『ハイ、畏まりました。一時も早く帰らねばなりますまい。さうして殿中へ帰れば、きつと大君様や吾父なぞの怒りに触れる事で厶いませうが、責任は私が一切負ひますから、どうぞお帰り下さいませ』
太『何、責任をお前に負はしては余が済まない。何と云つても余は一国の太子だ。父上には余から好きやうにお詫をして置く。そしてお前の身の上にお咎めの来ないやう命にかけても弁解してやるから安心せよ』
ア『殿下に御心配をかけては済みませぬ。皆私が悪いので厶いますから、サア参りませう』
と今度はアリナが案内役となつて帰路についた。何う道を踏み迷ふたものか、往けども往けども帰り道が分らない。山は幾千百ともなく彼方此方に聳へ谷底を見れば蒼味だつた水が緩やかに流れて居る。
ア『殿下大変な所へ参りました。私も此辺の山路は初めてで厶いますので、何方へ歩んだら帰れるやら、見当が取れませぬ。誠に済まない事を致しました』
太『何、心配するな。道が分らねば山住居をすりやそれで好いぢやないか。余程空腹にはなつたが、余とお前と二人の食料位は木の実を取つて食つて居ても続くだらう、何事も惟神に任すがよからうぞ』
ア『ハイ、併し斯様な山奥のしかも深い谷間に迷ひ込みましては方角も碌に分りませぬ。兎も角この杖を立てて見て杖のこけた方に進む事に致しませうか』
太『ウン、それも一策だらう。何心配することが要るものか。山は青く谷水は清く鳥は歌ひ、新緑は茂り、珍らしき花は彼方此方に艶を競い芳香を薫じ、陽気は温かく、こんな愉快の事はないぢやないか。余は一層十日も二十日も山の中に迷ふて見たいわ、アハヽヽヽ』
ア『何と殿下はお気楽で厶いますな。私のやうな小心者はもはや耐へ切れなくなつて参りました』
太『ハヽヽヽヽ。随分弱音を吹く男だな。彼の草木を見よ。こんな嶮しい山に荒い風に揉まれ乍ら、泰然自若として非時花を開き実を結び、天然を楽しんで居るぢやないか。鳥は気楽に春を歌ひ山猿はあのとほり梢に集まつて嬉し気に遊び戯れて居る。仮令小なりと雖も吾々は人間ぢやないか。どこに居つても生活の出来ない道理はない。神の恩恵の懐中に抱かれ、自然と親しく交はり、天地を父母として、誰人に遠慮もなく気兼もなく、かうして居る吾々は実に幸福な境遇に置かれて居るぢやないか。何を悔むのだ。その心配さうな顔は何事ぞ。ちつと気を取り直し元気をつけて勇んだらどうだ。万物の霊長天地の花と誇つて居る人間の身として山河草木禽獣に対し恥かしくは思はないか』
ア『殿下の大胆不敵なるお言葉には小心者のアリナも驚倒するより外は厶いませぬ。何とした殿下は大人格者で厶いませう。今迄殿中雲深き所にお育ち遊ばし隙間の風にも当てられぬ高貴の御生活、蒲柳の御体質、荒風に一度お当り遊ばしても忽ち病気にお悩み遊ばすかと、内々心配致して居りましたに、只今の殿下のお元気勇壮活溌なる御精神には、アリナも舌を巻きました。「王侯に種なし」と云ふ諺は殿下によつて全然裏切られて了ひました。三五教の御教にも「誠の種を吟味致すは今度の事ぞよ。種さへよければ、どんな立派な御用でも出来るぞよ。今度は元の種を世に現はして神政成就の御用に使ふぞよ」と出て居ますが、如何にも其通りだと思ひます。殿下は決してただ人ではありませぬ。末には屹度印度七千余国の王者となられるでせう。嗚呼私は何の幸福で斯様な立派な殿下のお側付に選ばれたのでせうか』
太『アハヽヽヽヽ、オイ、アリナ、仕様もない事を云ふて呉れるな。余は印度の王者などは眼中にないのだ。それよりも宇宙の断片一介の人間となつて普く天下を遍歴し、自由自在に天地の恩恵に親しみ、人間らしい生活が送つて見度いのだ。天から生た精霊を与へられたる人間として人形のやうに簾を垂れ有象無象に祭り込まれ、尊敬され、礼拝されて、それが何嬉しい。何の名誉になるか。虚偽虚飾をもつて充されたる現代の人間のやり方には余は飽き果てて居る。決して再び殿中に帰るやうな馬鹿な真似はすまい。草を組んで蓑となし、木の葉を編んで笠となし、是からお前と無銭旅行と出かけたらどうだ。そこ迄お前の誠意があるか、それを聞かして貰いたいものだ。お前もそれだけの苦労は能うせないと云ふであらう』
ア『どんな苦労でも殿下とならば致しますが、雲上の御身の上をもつて、物好にも乞食の真似をして無銭旅行などとは御酔興にも程があります。決して悪い事は申上ませぬ。どうか冷静にお考へ下さいませ。タラハン国の人情や大王様の御心中や臣下の胸中も些しは顧慮下さいまして、一先づ御帰城を願ひます』
太『余は決して帰城しないとは云はないよ。併し乍ら帰らうと思へば思ふ程、山深く迷ひ込み帰り途が分らぬぢやないか。それだから余は、これも全く天の命と信じ無銭旅行の覚悟を定めたのだ。アハヽヽヽヽヽ、どこ迄も気の弱い男だなア』
ア『いや私も殿下の雄々しき御志に励まされ一切万事を天地神明に任せました。無事に殿中に帰り得るのも、又山深く迷ひ込み、虎狼の餌食となるのも天命と心得ます。サア杖のこけた方に進んで見ませう』
と云ひ乍ら携へ来りし杖を真直に立てパツと手を放した。杖はアリナが立つて居る左の方へパタリとこけた。
ア『殿下此の通りで厶います。左の方へ参りませう。これも神様のお知らせで厶いませうから』
太『よし、杖の倒けた方を杖とも力とも頼んでモウ一息跋渉して見よう。ヤア面白い面白い』
と云ひ乍ら、太子は先に立つて山の中腹を左へ左へと忙はしげに走り往く。往けども往けども山又山の方角も分らばこそ、其日もズツポリと暮れて仕舞つた。主従二人は木の葉を折つて敷物となし、空腹をかかへ乍ら夜の明けるを待つて居た。前方の谷間よりライオンの声峰の木霊を響かして物凄く聞えて来る。アリナはこの物凄き獅子の声に戦慄し唇を紫色に染め、蒼白色の顔を月光に曝し慄ひ戦いて居る。
ア『モヽ若し、デヽ殿下、タヽ大変な事になつて参りました。コヽ今夜ドヽどうやら喰はれて了ふかもシヽ知れませぬ。是と云ふのも全く私が悪いので厶います。デヽ殿下の御身の上に難儀のかかるやうな事があつては大王様や、数多の御家来衆や、又国民に対してもモヽ申訳が厶いませぬ。ドヽどうか私の大罪をお許し下さいませ』
と早くも泣いて居る。スダルマン太子は平然として些しも騒がず、
太『アハヽヽヽ、オイ、アリナ、其態はなんだ。獅子がそれ程怖いのか。あいつは獣類ぢやないか。神の生宮とも云ふべき人間が、獅子や虎や狼位に怖れ戦くとは何の事だ。獅子の奴、余の姿を見て反対に戦き怖れ悲鳴を挙げて居るのだよ。
 天地の神の生宮出でましを
  眺めて獅子の吼ゆるなるらむ。

 獅子熊も虎狼もなにかあらむ
  神の御子たる人の身なれば。

 天地の深き恵を稟けながら
  何を恐るか獣の声に』

アリナ『若君と共にありなば獅子熊の
  健びも怖しと思はざりけり。

 さりながら獅子の咆哮聞く毎に
  身は自ら打ち慄ふなり』

 猛獣の声は四方八方より百雷の如く聞え来る。左手の谷底を見れば珍らしや、一炷の火光が木の間を透かして瞬いて居た。太子は目敏くもこれを見て、アリナの背を二つ三つ平手で叩き乍ら、
太『オイ、弱虫の隊長、アリナの先生、安心せよ。あの火光を見よ。決して妖怪の火でもあるまい。あれは確に陽光だ。どうやら人間が住ひをして居るらしい。あの火光を目当に人家を尋ね飲食にありつかうぢやないか』
 アリナは太子の言葉に頭を上げ指さす方を瞰下せば如何にも力強い火の光が瞬いて居る。俄に元気恢復し、声も勇ましく、
ア『ヤ、如何にも殿下の仰の通り火光が見えます。全く天の御恵で厶いませう。一時も早くあの火を目当に下りませう。サア私が蜘蛛の巣開きを致しますから、どうか後について来て下さいませ』
太『ウンよし、お前も俄に強くなつたやうだ。俺もそれで心強くなつた』
と云ひ乍ら灌木茂る木の間を分けて下り往く。
(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 加藤明子録)
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