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文献名1霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻
文献名2第4篇 山色連天よみ(新仮名遣い)さんしょくれんてん
文献名3第18章 月下の露〔1720〕よみ(新仮名遣い)げっかのつゆ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-05-24 00:02:50
あらすじシャカンナは岩屋を引き払い、娘スバール姫と部下コルトンだけを従え、朝倉谷へ隠れた。一ケ月ほどしたある夜、山道に迷ったスダルマン太子とアリナが小屋へやってくる。コルトンは天狗と間違えて追い払おうとするが、シャカンナは二人を小屋へ泊める。世情を伺う話の中から、太子とアリナの素性が明らかになり、またシャカンナがアリナの父の元政敵であったことがわかる。アリナはシャカンナに父の罪を謝し、太子はシャカンナに帰城を勧めるが、断られる。
主な人物【セ】アリナ、スダルマン太子、コルトン、シャカンナ、スバール姫【場】-【名】玄真坊、バイタ(アリナの偽名)、カラピン王、王妃、シャカンナの女房、ガンヂー 舞台 口述日1924(大正13)年12月28日(旧12月3日) 口述場所祥雲閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年8月19日 愛善世界社版235頁 八幡書店版第12輯 117頁 修補版 校定版237頁 普及版68頁 初版 ページ備考
OBC rm6718
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本文  シャカンナはタニグクの山の麓なる岩窟に附属せる建物を全部焼払ひ、スバール姫とコルトンを従へ、朝倉谷へ隠れ、世を忍んで一ケ月許りも淋しき月日を送つた。十五夜の満月は頭上高く輝いてゐる。シャカンナ及スバール姫は室内に横たはり、早くも鼾の声さへ屋外に聞えてゐる。コルトンは気が立つて眠られず、谷川の流れに月の影が映つて、面白く砕けて流るる様を見て興に入つてゐた。そこへ上の方の山から小柴をペキペキ踏み折乍ら、うら若い二人の貴公子が降つて来た。
貴公子『エ、一寸物をお尋ね申ますが、ここは何といふ処で厶いますか』
コル『此処は山奥だ。そして谷川の畔だ。昔から人の来た事のない場所だから、名前などあるものか。マア、ココと名をつけておけば可いのだ。一体今ごろにウロウロと、此山奥に何してゐるのだ。そしてお前は何と云ふ名だ。聞かしてくれ』
貴『ハイ私はアリナと申します。モ一人の方は私の御主人で厶いますが、つい山野の風光に憧れて、知らず識らずに斯様な処へ迷ひ込み、此山の上で因果腰をきめて野宿をせうと思ふて居りました所、猛獣の声は切りに聞えて来る。コリヤ斯うしては居られないと谷底を見れば、木の間に幽かな火影がまたたいてゐたので、これは確に人の住居してゐる家だらう。何は兎もあれ、あの火を目当に辿りついて、一夜の宿を願ひたいと、主従二人が茨にひつかかり足を傷づけ、或は辷り転げなどしてヤツと此所迄参りました。どうか一夜の宿をお願ひ申したう厶います』
コル『此処は杣小屋だから、俺の外誰もゐないのだ。そして一夜の宿を宿泊さして泊めてくれと云つた所で、食物の食ふ物もなし、夜具の蒲団もなし、どうする事も出来やしない。こんな穢苦しい内で厄介になるよりも三里許り、此処を東へ向つて行かつしやい。其処には大きな岩窟があると云ふ事だ。平に真平御免蒙りますワ』
アリナ『左様では厶いませうなれど、今日で三日三夜、碌に食物もとらず、身体縄の如く疲れ果て、命カラガラ、此あかり目当に参つたので厶います。此処で貴方に断られては、大変に御主人が力を落されます。私だつて、最早一歩も進む勇気は厶いませぬ。どうか杣小屋の中で一夜お泊め下さいませぬか』
コル『エー、しつこい男だな。厭と云つたら、どこ迄も厭だ。お前のやうな天狗の狗賓を泊めてたまるものか。サアサアとつとと帰宅して帰つて下さい。茅屋なれど即ち要するに、取も直さず、此家屋の家は、俺の拙者の僕の住居の住ひ場所だ』
 太子は『ハヽヽヽ』と力なき声に笑ふ。
コル『オイ天狗の狗賓、何が可笑しう厶いますか。別に面白い生活の暮しでもなし、杣の木挽の只一人、独りで、営々と稼いでをるのですよ。アタ厭らしい笑ひをして下さるな。エー、一月前から碌なこた、チツとも出来やしないワ。玄真坊がやつて来やがつて、それからあんな悲惨なみじめな態になり、ヤツと此処迄遁走して逃げて来て、厭世して隠れてをれば、お山の天狗の狗賓がソロソロかぎつけて、一夜の一夜を、宿泊させて泊めてくれなんて、たまつたものぢやありませぬ。玄真坊を一夜泊めた許りで、あんな大騒動の大騒ぎが起つたのだ。モウ客人の人を泊めるのはコリコリだ。どうか、外をお尋ね下さい。私は僕は拙者は之から就寝して寝ます。左様なら……』
と云ふより早く杣小屋の中に姿をかくし、中から突つ張をかうて了つた。
 二人は最早歩行する勇気もなく、空を仰いで月の面を眺め乍ら、述懐を歌つてゐる。
太子『大空に三五の月は輝けど
  心の空は雲に包まる。

 いかにせむ火影頼みて来てみれば
  げにもすげなき杣の目はぢき』

アリナ『あゝ吾れは太子の君と諸共に
  此山奥に亡びむとぞする。

 腹はすき足はだるみて力なく
  月の影のみ力とぞ思ふ。

 此宿の主に心あるならば
  今宵は安く息つがむものを』

太子『あゝ、アリナ私も張詰めた勇気が、どこへやら消え失せ、ガツカリとして来た。世の中は何と云ふ無情なものだらうな』
アリ『御尤もで厶います。今の世の中はおちぶれ者と見れば、足げにして通るといふ極悪世界で厶いますから、人情うすき事紙の如く、到底此家にも、泊めてはくれますまい。然しながら最早一歩も歩めませぬから、谷川の流れを眺め乍ら月下に眠りませう』
 屋内にはシャカンナの声、
シャ『オイ、コルトン、汝、今外で、何独り言を云つてゐたのだ』
コル『ヘー、別に独り言云つてゐたのぢや厶いませぬ。天狗の狗賓が二人もやつて来ましてアダをするし、宿泊さして泊めてくれの、何のと言ふものですから、極力力限り拒否して拒んでゐたのです。中々執拗なしぶとい、代物で厶いましたよ』
シャ『それでも、汝、人間の声で物を云つてゐたぢやないか。よもや天狗ぢやあるまい。兎も角、泊めてやつたらどうだ』
コル『メヽ滅相な、あんな怪物の化物を屋内の家の中へ入れてたまりますか。恐怖心が恐ろしがつて、手足が戦慄して慄ひます。どうか、そんな事を云はない様にして下さい』
シャ『待て待て、俺が一遍査べて来る。汝では訳が分らぬ』
と云ひ乍ら、粗末な柴の戸を押あけ、屋外に出て見れば、雪を欺く白面の青年が二人、顔面を月に照され乍ら、早くも横たはつてゐる。
シャ『何れの方かは知らぬが、そんな所に寝てゐては、夜露がかかつて、身体の衛生に能くない。むさ苦しい茅屋なれど、お構ひなくば、お泊りなさつたら何うです』
 此声に二人は天使の救ひの御声の如く打喜び、やをら身を起し、丁寧に辞儀をし乍ら、力なき声にて、
アリ『私はタラハン城に住んでゐる若者で厶いますが、つい山野の風光に憬れ、次から次へと景勝を探る内、道に踏み迷ふて今日で三日が間パンも食はず、此山中に迷ひ込み、漸く幽かな火光を認めて、此処迄辿りつきましたので厶います。当家の若い方にいろいろと御願ひ致しましたけれど、手厳しく拒絶されましたので、主従が困果腰をすゑ、お庭先で休まして頂いてをつた所で厶います』
シャ『何、タラハン市の住人とな。フーン、併し乍ら兎も角泊つて下さい。お腹がすいて居れば、パンの一片や二片はありますから、それを進ぜませう。茶も幸いあつう沸いて居ります』
 二人の喜びは例ふるに物なく、其親切を簡単に感謝し乍ら、主の後に跟いて極めて小さき茅屋の入口を潜り、ヤツと安心して木であんだ床の上に萱の敷いてある座敷へ腰を打かけ、ホツと一息をついた。
シャ『オイ、スバール、此二人の方にパンをあげてくれ。そして松明の火を明くしてあげてくれ。お茶も汲むのだよ』
 スバールは『ハイ』といひ乍ら、恥かしげにパンを取出し、麗しい玉の様な掌にのせて、二人の前に突出した。二人は、
『ハイ有難う』
といふより早く、餓鬼の如くに頬ばつて了つた。スバールは茶を汲んで、前におき乍ら、柴で編んだ衝立の蔭にかくれて了つた。
シャ『お前さまは、最前タラハン市の住人だと云つたが、此頃の人気はどんな物ですかな』
アリ『ハイ、どうも不景気風が吹きまくつて、経済界は殆ど行詰りです。それに金価が三割も暴騰したものですから、紙幣が下落し、経済界の混乱と云つたら、実にみじめなものです。大きな商店がバタバタと次から次へ倒れて行く有様です。そこへバラモン軍が近い内に攻めて来るといふ噂で人心恟々として、上を下への大混雑で厶います』
シャ『此方は女のやうな綺麗な、気品の高い御人だが、ヤハリ、タラハン市の御生れですかな』
アリ『ハイ、私の主人で厶います』
シャ『お名は何と云ふかな』
アリ『ヘーエ、此方はアリナさまと申ます。そして私の名はバイタと申ます』
シャ『ハハア、アリナさまにバイタさま。何と良い名ですこと、時にカラピン王様は壮健にしてゐられますか』
アリ『貴方はこんな山奥に居つて、カラピン王様の事を御存じで厶いますか』
シャ『何程山奥と云つても、此所はヤツパリ、カラピン王様の御領分だ。其領分に住んでゐる人間として、王様の御名を知らいでなるものか、ハヽヽヽ』
アリ『何と、王の威勢といふものは偉いもので厶いますな。こんな所迄御威勢が届いてゐるとは夢にも存じませなんだ。今晩此処で御厄介になるのも、カラピン王様の御余光に浴したやうなもので厶いますな』
シャ『さうです共、「普天の下率土の浜、皆王身王土にあらざるなし」と云ふぢやありませぬか』
アリ『王様の御布令が、かやうな山奥まで、とどいてゐるので御座いますか』
シャ『ナアニ、王様の御布令が届かなくつても、王様ある事を心にとめて居りさへすればそれで天下は太平だ。斯様な猛獣の吠猛る山奥に淋しい生活をして居つても、心強う其日を送つて行くのは、タラハン城に王様がゐられるといふ事を力にしてゐるから住んで行けるのですよ。時に左守のガンヂー殿や、右守のサクレンス殿は達者にして居られますか』
アリ『能くマア詳しい事を御承知で厶いますな。私は実の所、左守の悴で厶います』
 シャカンナは打驚いた様な面して、声を震はせ乍ら、
シャ『ナアニ、お前があの左守の悴であつたか。フーム、心汚き左守にも似ず、お前の容貌といひ、声の色といひ、実に見上げたものだ。丁度鳶が鷹を生んだやうなものだなア。そしてお前の御主人と云つた以上は、此御方はカラピン王の太子様におはさぬか。どこ共なしに気品の高い、お姿だから……』
アリ『イヤ、もう斯うなれば、何もかも申上げます。お察しの通りで厶います。そして貴方は何方で厶いますか』
シャ『十年以前には、カラピン王様の左守と仕へてゐた、私はシャカンナだ。王妃の君が悪霊に誑惑され、日々残虐な行為を遊ばされ、国民の怨府となり、已にクーデター迄起らむとした。其危機を救はむ為に、女房と共に、死を冒して直諫し奉つた所、カラピン王様は大変に御立腹遊ばし、大刀を引抜いて、此左守を切りすてむと遊ばした刹那、吾女房が身代りとなつて、其場に命をおとし、私は城の裏門より逃出し、やうやう六才になつた娘を背に負うて、此山に逃込んで、時の至るを待つてゐたのだ。お前の側で、こんなことは言ひたくないが、お前の父のガンヂーは右守となつて仕へてゐたが、残虐非道の行為を遊ばす王妃様をおだて上げ、益々国難を招き、殆んど収拾す可らざる、国家は破目に陥つたのだ。今は私の後を襲ふて左守の司となり、国民に道を布いて、大変な人気ださうだ。それを聞いて自分も、少し許り国家の為に安心はしてゐるが、何とかしてガンヂーを戒め、モウ一層、善い人間になつて、国政をとらせたいと、それ許りを念じてゐるのだ』
アリ『承はれば承はる程、恐れ入つた事許り、驚きに堪へませぬ。貴方のお説の通、私の父は余り心の好い人だとは存じませぬ。併し乍ら大王様の御親任厚きが為に、漸く沢山の役人共を統一し、国家も余り大きな騒動もなく、細々と治まつて居ります。併し乍ら何時事変が突発するか分らないと云つて、若君様と私とが始終歎いてゐるので厶います』
シャ『若君様、ムサ苦しい所で厶いますけれど、どうかおくつろぎ下さいませ。誠に失礼を致しました』
太『イヤ余は結構だ。どうぞ心配をしてくれな』
シャ『ハイ、有難う厶います。時にアリナさま、お前は親にも似ず、誠忠無比の青年だ。どうか、私は此様に世捨人になり、最早国政に参与することは出来ないから、お前は若君様を助けて、立派な政治をやつて下さい』
アリ『いろいろと御親切なお言葉、さぞ私の父は貴方に御迷惑をかけたで厶いませうが、其お怒りもなく、私に対し斯様な親切な言葉をおかけ下さいまする、公平無私な貴方の赤心、実に感謝に堪へませぬ』
シャ『夜も余程更けた様でもあり、若君様もお疲れだらうから、今晩はゆつくり泊つて頂いて、明日ゆるゆるとお話を聞かして頂きませう。サア、若君様、お寝み下さいませ』
太『あゝお前が忠臣の誉を今に残してゐる左守のシャカンナであつたか。天は未だタラハン国を捨てさせ玉はぬとみえる。どうぢや。お前、モウ一度思ひ直して、今や亡びむとするタラハン国を救うてくれる気はないか』
シャ『御勿体ない、太子の君のお言葉。かやうな老骨、最早お間には合ひませぬ。それよりも此アリナを重く用ひ遊ばして、王家の基礎を固め、国家を泰山の安きにおいて下さいませ。それが、せめてもの私の老後の頼みで厶います』
太『あゝ兎も角、余りくたぶれたから寝まして貰はう。シャカンナ許せよ』
と云ひ乍ら、ゴロリと横になり、早くも雷の如き鼾をかいてゐる。コルトンは此話を聞いて吃驚し、床の下にもぐり込んで蜘蛛の巣だらけになつて、一眠りも得せず夜をあかして了つた。十個の鼻口より出入する空気の音は恰も鍛冶師の鞴の様に聞えてゐた。春の夜は容赦もなく更けてゆく。大空の月は満面に笑を湛へて、此不思議なる主従の数奇極まる邂逅を清く照してゐる。
(大正一三・一二・三 新一二・二八 於祥雲閣 松村真澄録)
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