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文献名1霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻
文献名2第4篇 山色連天よみ(新仮名遣い)さんしょくれんてん
文献名3第22章 憧憬の美〔1724〕よみ(新仮名遣い)どうけいのび
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-05-24 00:17:31
あらすじ太子は城に戻ってからは、スバール姫の絵姿を床の間にかけ、憧憬していた。重臣のタルチンがやってきて、アリナの新思想を責め、遠ざけようと諫言する。太子は、現重臣たちの考え方こそ国家滅亡の考えと断じる。また、重臣たちが権勢や富貴におもね、栄利栄達のみに心を砕いていることを指摘し、逆にタルチンを責める。そこへ、謹慎を解かれたアリナがやってくる。アリナは、父の左守がついに考えを変え、太子とアリナの考え方に反対しないと誓った、と太子、タルチンに謹慎中の出来事を語った。タルチンは、左守が考え方を変えたと聞いて、途端に太子への諫言を撤回する。実は左守は考えを変えてはおらず、アリナがタルチンを試したのであった。太子はスバール姫への恋心をアリナに打ち明け、相談する。アリナはスバール姫を城内に迎え入れる画策をする。
主な人物【セ】スダルマン太子、重臣ハルチン、アリナ【場】-【名】スバール姫、左守ガンヂー、右守サクレンス、カラピン王(大王)、シャカンナ、生花の宗匠タールチン 舞台 口述日1924(大正13)年12月29日(旧12月4日) 口述場所祥雲閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年8月19日 愛善世界社版285頁 八幡書店版第12輯 137頁 修補版 校定版288頁 普及版68頁 初版 ページ備考
OBC rm6722
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本文  太子は吾館の奥深く潜み乍ら、スバール姫の画姿を床の間に掛け、朝夕天真の美貌に憧憬し、思ひを遠く朝倉谷の賤が伏家に通はせてゐた。寵臣のアリナは三十日の監禁を命ぜられ、話相手もなく、実に淋しき思ひに悩んでゐたが、スバール嬢の画姿を見ては、煩悶苦悩の炎を消してゐた。
『併し今日は最早アリナが赦されて自由の身となる当日だ。彼も会ひたいだらう。自分も早くアリナに会ひたいものだ』
と独語つつ、憂愁に沈んでゐる。そこへ重臣のハルチンは恐る恐る罷り出で、
ハル『太子殿下には相変らせられず、御壮健なる神顔を拝し奉り、ハルチン身に取り恐悦至極に存じます』
太『ヤア、其方はハルチンか。先日殿内に於て大椿事突発の際、其方は危険を冒して左守を抱きとめ、右守の難を救つたとか云ふ事、実に神妙の至りだ。近く寄つて何か面白い快活な話を聞かしてくれないか』
ハル『ハイ恐れ入り奉ります。微臣は微臣として尽すべき道を尽した迄で厶いますから、御褒めの言葉を頂いては汗顔の至りに堪へませぬ。一度御伺ひ申上げたいと存じましたが、余り恐れ多いと存じまして、今日迄控えて居りました。殿下には左守の悴アリナを殊の外御寵愛遊ばされ、昼夜の区別なく、お側に侍らせ玉ひ、誠に結構至極の至りに厶りますが、併し乍ら一人の家来許りを御信用なさいますと、大変な過ちが出来まするから、そこは賢明なる殿下の御聖慮を以て、他の臣下をもどうか御近よせ下さいまする様、御願ひ申上げまする』
太『アハヽヽ、沢山な臣下はウヨウヨとして居るが、余の気に入る人間らしい臣下がないので、止むを得ず、淋しい乍らも、アリナを近付けてゐるのだ。お前はアリナの人物を何と思うてゐるか。忌憚なく余の前に感想を吐露しろ』
ハル『ハイ、殿下の御寵臣を彼此れ申上げまするは、臣下の身分として恐懼に堪へませぬ。どうか之許りは御赦し願ひたいもので厶います』
太『ナニ、そんな躊躇が要るものか。お前の思つてる丈の事をいつてみてくれ。余もアリナの行動に対し、其方の意見を聞いて、不都合と認めた時は、今後の出入を差とめる積だから』
『ハイ、流石は御賢明なる太子様、それでこそタラハンの国家は万代不易、微臣の私も旱天に雨を得たる如く、喜びに堪へませぬ。然らば申上げますが、かれアリナは父にも似合はぬ生意気な男で、何事も文化々々と申して新しがり、国家の基礎が危くならうが、王家がどうならうがチツともかまはない不忠不義の悪魔で厶います。殿下が何時迄も彼が如き者を近よせ、御信用遊ばしては、王家の為、国家の為、一大事が突発せないとも限りますまい。どうか賢明なる聖慮に見直し下さいまして、臣が言葉も少しは御採用下されませ。王家の為、国家の為、已むを得ず死を決して、此ハルチンは殿下の御怒りを存じ乍ら直諫に参りました』
太『ウーム、さうか、アリナと云ふ奴、それ程お前の目から悪人と見えるかのう。時代に目醒た新しき主義を唱へる者が、王家国家を亡ぼすとは、チツと受取れぬではないか。今日の世の中は、今迄の如く、強圧的専制的方法を以て人民を治めることは出来ないよ。時代に順応して夫相当の政治を行はねば、却て国家は危いだらう』
ハル『殿下の御令旨、御尤もでは厶いますが、大王殿下の御心配も、重臣一同の徹夜の煩悶も、元を糺せば、彼れ青二才が殿下に媚びへつらひ、尊貴の御身をば、恐れ多くも、猛獣猛る山野におびき出し奉り、いろいろの苦労をさせましたからで厶います。かかる不忠不義の逆臣を、御側近くおよせなさつては、お為になりますまい。どうぞ之許りは御考へを願ひたいもので、厶います』
太『アヽ父上といひ、左守、右守と云ひ、お前といひ、能くもマア亡国の因虫がタラハン城にはびこつたものだのう。イヤ余は左様な言葉は聞きたくない。それよりもお前は左守右守の頑迷連に盲従して、国家滅亡の為に精々力を尽すがよからうぞ』
ハル『これは又、殿下のお言葉とも覚えませぬ。国家滅亡の為に力を尽せよとは、臣下の心胸をお察し下さらぬのにも、程があるぢや厶りませぬか。私は殿下のお言葉を耳にしてお怨み申します』
太『ハヽヽ、お恨み申すのは相身互だ。余は国家を泰山の安きにおき、国民をして平和な幸福な生活を送らしめ、地上に天国の楽園を移さむが為、昼夜肝胆を砕いてゐるのだ。何れの臣下も権勢に阿り、富貴に媚び、自己の名利栄達のみに全心を傾注し、王家の為、国家の為と、表面立派に唱へ乍ら、其内心をエッキス光線に照してみれば、何れも自己愛の外に何物もない。実にかかる臣下を持つて、政治をとられてゐるタラハン国家は、危い哉である。余は一人も知己もなく、師匠もない。日夜寂寥の空気に身辺を包まれ、失望落胆の淵に漂うてゐるのだ。諺にも……溺れ死せむとする者は、一茎の藁にも縋る……とかや、吾心中を洞察した左守の一子アリナのみを唯一の友となし、力となして、どうか国家を未倒に救はむと、昼夜焦慮してゐるのだ。アリナを排斥するのは即ち余を排斥するも同然だ。余を苦めたく思はば、アリナを汝等重役共が鳩首凝議して、如何なる圧迫なりと、排斥なりと加へたが可からう』
ハル『殿下には重臣の中に於て、一人も真に王家を思ひ国家を愛する者はなく、何れも自己愛の奴隷のやうに仰せられましたが、それは余り殺生と申すもの。王家を思ひ、国家の前途を憂ふればこそ、吾々臣下共は、夜の目も寝ずに心を痛めてゐるのでは厶いませぬか。少しは御推量を願はしく存じます』
太『お前達の王家国家を思ふといふのは、要するに自己保護の為だ。何者かの外敵に我国を亡ぼされ、王家も共にスラブの様に亡んだ時は、只一人余が身辺を保護する者はあるまい。細々乍らも、国の主、王族として君臨してゐるのだから、お前達も王家を利用して種々の便宜を得る為だらう。王家の亡ぶのは即ち汝等の亡ぶのだ。それだから、王家だ、国家だと、忠義面して騒いでゐるのだ。アハヽヽヽ』
 斯かる所へ、アリナは三十日の監禁を赦され、意気揚々として案内もなく、太子の居間へ這入つて来た。太子は見るより、
太『ヤ、アリナか、よう来てくれた。三十日の監禁も随分困つただらうね』
 アリナは両手をつき乍ら、
アリ『殿下には何時も変らせられず、御壮健なお顔を拝し、歓喜にたへませぬ。三十日の間監禁され、親しく父と意見の交換をする便宜を得まして、大変好都合で厶いました。さすが頑迷固陋の父も前非を悔い、漸く時勢に目が醒め、殿下の御心中を察し参らせ、今後は何事も殿下のなさる事については、容喙しないと誓ひまして厶います』
太『ハヽヽヽ、さうか、そりやお手柄だつた。マア結構々々、今此処に一人の頑迷屋がやつて来てな、いろいろと下らぬ事を言つてくれるので、実ア困つてゐた所だ。併し乍ら此ハルチンはお前の父が殿中で騒いだ時、後からだきとめて、大事を防いだ殊勲者だから、お前も褒めてやらねばなるまいぞ』
アリ『ヤ、ハルチン様、お久し振で厶います。先日は父が、大変な御厄介になつた相です。お蔭さまで、大事を未然に防ぎ、右守の司も、惜い命を救はれたといふもの、右守は貴宅へ御礼に上つたでせうな』
太『余が山野の遊びから帰つて来た時、右守は血相を変へて、表門へ飛出す際、アリナにつき当り、階段から転げ落ち脛をくぢいて、這々の体で帰つた時は、随分気の毒だつた。一度見舞に誰かを遣はしたいのだけれど、余も余り心が塞いでゐたので、つい手遅れしたのだ。オイ、ハルチン、お前は右守の司に会うたら、余が宜しくいつてゐたと伝へてくれ』
ハル『ハイ、仁慈の籠つた殿下のお言葉、右守の司も、さぞ喜ばれるで厶いませう。時にアリナさま、今承はれば、お父上は殿下の御心に従ふ、何事も干渉はせないと仰有つた様で厶いますが、それは実際で厶いますか』
アリ『実際も実際、極真面目に言つてゐましたよ。其代り、三十日の間、僕も随分舌の根がただれる所迄奮闘しました。流石の頑固爺も、たうとう兜を脱いで、少し許り霊の錆が除れ、黎明の曙光を認めたやうです。親爺が第一改心してくれないと、タラハンの国家が持てないですからなア』
ハル『ア、左様で厶いますか。左守の司様がお考へは日月の光明も同様で厶います。然らば私も之から殿下の御意志に服従致しますれば、何卒今迄の御無礼をお赦し下さいませ』
と権勢に媚びへつらひ、自己の栄達のみを念としてゐるハルチンは、如才のない事を云つてゐる。
太『ハヽヽ今迄余を殿下々々と尊敬してゐたが、今のハルチンの言葉の端から考へてみると、余に対しては絶対信用をおいてゐなかつたのだなア。それがハルチンの偽らざる告白だらう。否ハルチンのみならず、一般の重臣共は同じ考へを持つてゐたのだらう。それだから余は気に入らなかつたのだ。ハルチンも如才のない男だのう。余はアリナに相談があるから、又今度会はう、速に帰つてくれ』
ハル『ハイ、御意に従ひ罷り下るで厶いませう。何分にも宜しく御願申します』
と米搗き螽斯宜しく、此場を辞して帰り行く。
太『アハヽヽ、到頭、偽善者が一人、退却しよつた。サア之から余とお前と水入らずだ。何か面白い感想は無いかな』
アリ『ハイ、別に変つた感想も浮びませぬが、あの頑固爺奴、何と云つても目が醒めないのです。頑固党のハルチンが御前に控へて居りましたので、ワザとにあんな事云つて気を引いてみたので厶います。中々何うして何うして頑固爺の頭は駄目で厶いますよ』
太『アハヽヽ、お前も面白い芸当をうつ男だな。ハルチンが掌を返した様に賛成した時の可笑しさ。余も大に人情の機微に付いて研究をしたよ。時にアリナ、此画像を見よ。何時も此掛物から浮出して来て余に物を言ふやうだ。お前が監禁中は此画像を唯一の伴侶として、煩悶の焔を消してゐたのだ。実に麗しい者ぢやないか』
アリ『殿下、それ程スバール嬢がお気に召しましたか』
太『ウン、ズツと気に入つた。寝ても醒めてもスバール嬢の姿が吾目にちらつき、恥かし乍ら、硬骨無情の余も恋といふ曲者に捉はれたやうだ。何程画姿をみてゐても、殿下とも何とも云つてくれない。何とかしてモ一度実物に会つてみたいものだが、此頃の厳重な警戒線は、到底破る事は出来まい。之許りが実は煩悶の種だ。察してくれ』
アリ『殿下、それ程迄思召しますなら、私が彼れシャカンナを説き伏せ、スバール姫をタラハン市迄、迎へて来ませうか』
太『さうして貰へば有難いが、併し何うして殿中へ入れることが出来ようぞ』
アリ『到底今日の場合、殿中へお呼び寄せになる事はチツと困難で厶いませうが、日頃殿中へお出入を致す、生花の宗匠タールチンを、黄金の轡をはめて買収し、彼が離室にスバール嬢様をかくまわせ、隙を窺つて殿中を脱け出し、時々お会ひ遊ばして、御楽みなされては如何で厶いませうか』
太『そんなら能きに取計つてくれ。どうにも斯うにも、余は堪へ切れなくなつて来たのだ』
アリ『キツと目的を達して帰ります。どうか凱旋の時をお待ち下さいませ』
(大正一三・一二・四 新一二・二九 於祥雲閣 松村真澄録)
(昭和一〇・六・二三 王仁校正)
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