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文献名1霊界物語 第69巻 山河草木 申の巻
文献名2第2篇 愛国の至情よみ(新仮名遣い)あいこくのしじょう
文献名3第9章 迎酒〔1754〕よみ(新仮名遣い)むかえざけ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-11-14 10:54:18
あらすじ
愛州の子分たちは春乃姫の約束にしたがって、親分が帰ってくるのを待っていた。

すでに約束の十日目になっており、痺れを切らした子分たちが、牢獄へ押し寄せて腕ずくで愛州を取り戻そうと、出陣の酒盛りの準備を始める。そこへ、ひょっこりと愛州が戻ってくる。

出陣の酒盛りは、そのまま祝いの酒盛りとなり、愛州の館には万歳の声が響く。
主な人物 舞台 口述日1924(大正13)年01月23日(旧12月18日) 口述場所伊予 山口氏邸 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1927(昭和2)年10月26日 愛善世界社版133頁 八幡書店版第12輯 322頁 修補版 校定版139頁 普及版66頁 初版 ページ備考
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本文  横小路の侠客愛州の留守宅には、源州、平州、藤州、橘公、三州、泉州、相州、杢州の兄分株が数百人の乾児共を集めて、親分の帰り来るの遅きに稍不安の念を起し、冷酒を煽り乍ら善後策に就て協議を凝らしてゐる。
平『オイ源州の兄貴、親分が捕まつてから今日で十日目になるが、未だニヤンが屁こいたとも便りがないぢやねいか。吾々乾児として此儘坐視するこたア出来まい。何とか救ひ出す工夫はあるめえかな』
源『まア今日一日は待つたが可からうぞ。畏れ多くも高砂城の春乃姫様が仲裁を遊ばし、……今直にと云ふ訳にも行かぬが、十日の間にはキツト救ひ出してやらう……と大勢の前で立派に仰有つたのだから、滅多に間違ひはあるめえ。俺達は姫様の尊いお言葉を信じ、おとなしく待つてるのだ。其の代り今日中待つて親分が帰えれねえとすれば、吾々も安閑としては居られねえ。味方を一人も残らず集め、非常手段と出かける積りだ。まア少時の所俺に免じて待つて呉れ』
平『ウンそれもさうだが、あんな事を云つて一時逃れに俺等を胡魔かしたのぢやあるめいかな。それならそれで俺等にも覚悟があるからなア』
 岩公は側より、
岩『オイ兄貴心配するな。高砂城の春乃姫様と云つたら、仁慈深い、そして時代を解した、立派な思想を持つた、人類愛主義の女神様だ。仮令一日や二日遅れても、キツト仰有つた言は、命に代へても履行して下さるから、茲はおとなしく待つて居るが可からうぞ』
平『老耄の末席の分際として偉相なこと云ふない。ナニ汝がそんな事分らうかい。春乃姫様なんて、拝んだ事もない癖に、知つたかぶりを吐くない。こんな所へチヨツカイを出す汝の幕ぢやない。あつちへ行つて便所の掃除でもやつて来い』
岩『ソリヤ、兄貴の云ふことに反く訳にや行かぬから、便所の掃除もせぬことは無いが、今日は乗るか反るかの肝心要の評定の場合ぢやないか。如何に末輩の俺だつて、大親分の身内に違ひない。親分を思ふ赤心は兄貴だつて、末輩だつて、チツとも変りはないぞ。外の問題ならば順序を守り、こんな所へツン出て意見は述べないが、親分の一身上に関する大問題だから、わつちの意見も云はして呉れ玉へ』
平『老耄爺の古い頭で、何うして重要な問題の解決が着くものか。チヨン猪口才な、そつちへ行つて居れつたら……本当に五月蠅奴だな。此平さまはな、汝は何と思つてるか知らぬが、背水会の創立者だぞ。源州の兄貴と両人が、伊佐彦の老中に頼まれて、背水会の元を作つたのだ。大親分の愛州さまは俺達が頭に戴いてるものの、背水会の創立者は矢張り俺達だからな。いはば侠客の神様だ。侠客には侠客の法があるのだから、汝等は順序を守つて、すつ込んで居れ』
藤『オイ平州の兄貴、さう没義道にこき下ろすものぢやない。此岩州だつて、普通の乾児とは、ちつたア違つた所があるよ。斯ふいふ大切な場合には、誰の意見でも参考の為に聞いてみる必要があらうぞ』
平『さうかも知れねえが、何だか虫の好かねえ面をしやがつて、横合から茶々を入れやがると、ムカついて堪らねえのだ。此岩州はヒヨツとしたら寒犬かも知れないよ。何だか目付が怪しうて仕方がねえ。然しながら親分が何時も「岩々」と云つて、腰巾着の様にどつこへ行くにも荷持に連れて行くのだから、親分にどんなお考へがあるか知れぬと思つて、俺達や見逃してるのだが、実に癪に障る奴だ。高砂城の老中見た様な根性魂を下げてゐやがるのだからな』
藤『エライ所へ又舌鋒が脱線したものだな。そんな話よりも焦眉の急を要する問題は親分の一身上に関する事だ。源州の云ふ通り今晩の十二時迄待つて見て、親方の顔が見えないとすれば、いよいよ足装束を整へ、非常手段をオツ初めるのだなア』
平『そんならさうに定めておかう。オイ兄弟、乾児連中に、何時でも発足の出来る様に準備を命じて呉れ。そして酒樽の鏡を抜いて、今出立と云ふ時に呑んで出る様に準備をして置くのだなア』
 三州、泉州、相州、杢州の幹部連は、裏の大部屋に集まつてる数百人の乾児に向つて右の趣を伝へ、用意にかからしめた。
 源州、平州、藤州、橘公の幹部連は元気をつける為、酒を燗し乍ら数の子の肴でチヨビリチヨビリと呑み始めた。段々酔が廻つて来て互に気焔を吐き出した。
 橘公廻らぬ舌で、
『アーア、思へば思へば侠客なんて、つまらねえもなアありやしねえワ。なア兄弟、よく考へてみろ。喧嘩して切られても痛いと云ふ訳にや行かず、殺されても逃る訳にや行かねえし、本当に引合はぬ商売ぢやねえか。若し卑怯な言葉でも出して見よ、彼奴アなきがらだと云つて、仲間の奴から擯斥され、先代の親分の名まで汚し、又乾児の面に泥を塗らねばならぬ。さうすりや、乾児の巾が利かなくなつて了ふ。彼奴の親分は切られて痛がつたとか、死にがけに吠えたとか歌つたとか云はれて、なきがらなきがらと貶され、乾児の渡世が出来ねえ様になつて了ふ。それを思へば喧嘩して腕の一本位落されても、痛さを怺へて無理に笑顔を作り、劫託を並べて胡魔かさねばならず、本当に世の中に此れ位つまらねえ商売はねえぢやねえか』
 平州ヅブ六に酔ひ乍ら、
『さうとも さうとも、橘の云ふ通り、本当に詰らねえな。伊佐彦の奴、対命舎や投槍派が恐ろしくなつたものだから、俺達を甘く釣り込みやがつて……国家の保護に任ずる者は腐敗堕落の今日の世の中に、侠客をおいて他に無し……等と煽て上げ、背水会を組織して呉れたら充分の保護を与へ、凡ての便宜を与へてやると吐かしやがつたものだから、珍の国の大親分六十余人に檄を飛ばし、……伊佐彦老中の請求だから、一度珍の城下へ集まつて、背水会の組織をして呉れまいか……と云つた所、どの親分も二つ返事で賛成をして呉れたのだ。侠客と云ふ者は時の権威者の鼻つ柱を打挫くのが天職だから、ヨモヤ老中の走狗にならうと云ふ親分は一人もなからうと信じてゐたのに、エーエ、豈図らむや妹計らむやだ。今の侠客ア、魂が脱けてゐるから、伊佐彦老中のお声がかりだと聞いて、欣喜雀躍して珍の都のスカタン・ホテルへ、蟻の甘きに集ふ如くやつて来たのだ。其時の親分衆の勢つたら素晴らしいものだつた。此れ丈の者が協心戮力して当らうものなら、どんな事でも成功疑ひ無しと思はれたよ』
源『最前から聞いて居れば、自分一人が背水会を組織したやうに云つてるが、其衝に当つた者は汝許りぢやねえ、俺が先頭ぢやねえか』
平『ウーン、それもさうだ。サア之から兄貴の番だ。酒の肴に一つ兄弟の前で、背水会組織の顛末を聞かしてやつて呉れ、オイ兄弟、随分面白いぞ』
源『望みとあらば云つてやらぬ事も無い。俺等の勇気と云ふものは大したものだぞ。エー実の所は此源州の所へ、伊佐彦老中の所から頼みに来たのだ。それで平州と相談した上、珍全国の親分株を集め、スカタン・ホテルへ行つて、それから老中へ電話をかけ、横波局長に照会した所、横波の奴、吃驚しやがつて、……決して上の方から侠客なんか依頼したこたアない。其方の方に用があるなら、老中局へやつて来い……なんて、木で鼻を擦つた様な挨拶をしやがるのだ。俺等二人は六十余人の親分に対し横波がそんなこと云つたと、何うして云はれうか。切腹でもして言訳しなくちや男の顔が立たねえ。そこで此平州を引連れ、俺はドスを腰にブラ下げ、平州はピストルを懐にして、老中局の玄関にあばれ込み……横波局長を此所へ引ずり出せツ……と呶鳴つた所、横波の奴吃驚しやがつて、チツとも面出しやがらぬ。受付に萎びた爺が一疋けつかつて、……マアマア何用か知りませぬが私が承はりませう……と云ひやがる。……エー薬鑵親爺奴愚図々々さらしてると、捻りつぶしてやる……と、平州がやつた所、親爺奴縮み上りやがつて、……私は大泡吹造と申します……と云ひやがつて、大泡吹造とは醜偽院の偽長もやつてゐた奴だなアと思ひ出し、……そんなら親爺、横波に俺の出て来た用件をトツクリと話して、侠客の面を立てる様にするか、でなくちやこつちにも覚悟がある……と槍を一本入れて、スカタン・ホテルへ帰つて来ると、老中局から十数台の自動車を持つて、俺達一行を迎へに来やがつたのだ。それから始めて、局内の評定所へ這入つて見ると、生れてから見た事も無いやうな美しい毛氈を布き、真白な頭をしたブルケーとかブルカーとか云ふ奴がやつて来やがつて、挨拶をしやがる。後から考へて見ると、此奴が松若彦の命令に仍つて、珍の国の政権を握つてる白頭翁だと分つたので……何だ老中と云ふ者はこんなものかい……と稍軽悔の念が咄嗟に湧いて来た。そこへ横波が恐る恐るやつて来て、米搗バツタの様にペコペコ頭を下げ……皆さま遠方御苦労様で厶います。先刻はエライかけ違ひで失礼致しました……と挨拶さらすものだから、一国の大老や老中が頼むからと思ひ、ヤツと虫を殺して背水会を組織する事になつたのだ。何と偉い者だらう』
藤『それ丈上の奴から背水会を力にしてる以上は、吾々に対しても余程便宜とか特典とか与へて呉れ相なものだのに、博奕を打てば矢張人並に牢獄へブチ込みやがるなり、喧嘩して人を斬れば、刑法だとか何とか云つて刑場へやられるなり、自分の都合の好い時は背水会背水会と云つて、無茶苦茶に扱き使はれ、本当に彼奴等の機械に使はれてる様なものぢやないか。今度の親分だつて、背水会の大頭たる以上は、チツとは大目に見さうなものだのに、牢獄へブチ込みやがつて馬鹿にしてる。こんな事ならモウ背水会を叩き潰し、昔の儘の侠客でやつて行かうぢやないか。本当に詰らねえからなア』
源『さうだ、俺も同感だ。なア平州、三州、泉州、相州、杢州も賛成だらう』
『尤も尤も、賛成々々』
と手を拍つて迎へた。
平『ウエー、大分に酔も廻つたが、最早子の刻だ。親分がいよいよ帰らねえとすると、全体を引き連れて、非常手段と出かけようぢやないか。そして序に俺達を詐りやがつた春乃姫を血祭にして来うぢやないか。それ位な勇気が無くては侠客と云はれないワ』
と荐りにメートルを上げて居る。
源『さう急ぐには及ばぬぢやないか。半日や一日遅れたつて、何う云ふ御都合があるか知れないワ。斯う何時でも、出動準備が出来てるのだから、勢揃ひの上は満を持して考へねばなるまいぞ。一旦弦を離れた矢は再び帰らないからの。猪突主義も結構だが、却て親分に迷惑を及ぼす様な事があつては、乾児としての道が立たないからのう』
平『卑怯なことを云ふない。最早戦闘準備が整うた上は愚図々々してゐられない。士気を沮喪する虞がある。サア之から鏡を抜いて乾児共の元気をつけ、暴虎馮河の勢で出陣することにしようかい』
 源州も止むを得ず、平州の舌剣に切まくられ、不承不承に賛成をしたので、愈出陣の準備として四斗樽の詰を抜き、乾児は各杓に掬うては呑み掬うては呑み、部屋の中は山岳も吹き飛ばす底の活気が漲つて来た。其所へ表戸を叩く者がある。岩公は戸の入口に神妙に番をしてゐたが、足音や戸の叩方に仍つて大親分の帰つて来た事を悟り、錠をはづして、表戸をガラリと引開け、
岩『ヤ、親分、帰つて来たか、待兼ねたよ』
と小声で云ふ。愛州は、
『ヤ、失礼しました。漸くの事で、春乃姫様の計らひで帰る事が出来ました。随分奥は賑しい様ですな』
岩『実の所は、親分が今日十二時に帰らなかつたら、乾児一同を引き連れ、非常手段をやると云ふので出陣の用意をしてるのです。マア危機一発の所へ帰つて頂き互に結構です』
と囁き乍らズツト奥へ入り、
岩『オイ兄貴連、喜び玉へ。親分が無事帰つて来られたぞ』
 源州始め一同の者は、
『ナニ、親分がお帰りと云ふのか、ソラ有難い。門出の酒が歓迎の酒となつたのか、何とマア嬉しい事が出来て来たものだなア。あゝ惟神霊幸倍坐世』
と嬉しさの余り、常には神仏に手を合さなんだ侠客連も思はず知らず合掌した。少時すると愛州の館は山岳も崩るる許り『万歳』の声が雷の如くに響き渡つた。
(大正一三・一・二三 旧一二・一二・一八 伊予 於山口氏邸、松村真澄録)
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