文献名1霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
文献名2第1篇 追僧軽迫よみ(新仮名遣い)ついそうけいはく
文献名3第2章 生臭坊〔1791〕よみ(新仮名遣い)なまぐさぼう
著者出口王仁三郎
概要
備考
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データ凡例
データ最終更新日----
あらすじ玄真坊とコブライは穴から抜け出して、性懲りもなくダリヤ探索に日を費やしている。二人は秋の七草の効能について四方山の話をしながら山を下り、二、三十戸の小さな村に出た。
二、三人の小僧たちが小魚釣りをやっていたが、一人が玄真坊を見て、その禿げ頭をからかう。
小僧は、この神谷村の庄屋の息子、「神の子」と名乗る。「神の子」は、神谷村が代々三五教を奉じていると語る。神の子は、玄真坊の素性、ダリヤ姫を捜索していること、今七草の話をしながら村にやってきたことなどを当てて見せる。
また、自分の庄屋の家で、ダリヤをかくまっていることを明かす。
玄真坊は小僧からダリヤの隠し場所を聞こうとするが、「神の子」は玄真坊を馬鹿にする狂歌を歌い、白い煙となって姿を隠してしまった。
主な人物
舞台
口述日1925(大正14)年11月07日(旧09月21日)
口述場所不明
筆録者北村隆光
校正日
校正場所
初版発行日1929(昭和4)年2月1日
愛善世界社版24頁
八幡書店版第12輯 507頁
修補版
校定版25頁
普及版10頁
初版
ページ備考
OBC rm7102
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本文
オーラの山に立籠り 天来唯一の救世主
天帝の化身と触れこみて 女盗賊ヨリコ姫
シーゴーの二人と共謀し 三千人の賊徒等を
四方八方に間配りて 七千余国の月の国
占領せむと大陰謀 企らみゐたる折もあれ
三五教に名も高き 梅公さまに踏み込まれ
常磐堅磐の岩窟を 打破られて降伏し
ヨリコの姫やシーゴーは 誠の道に帰順して
天下公共の其為に 余生を捧げ奉らむと
真心尽すに引き換へて 一旦帰順を粧ひし
売僧坊主の玄真は ハルの湖横断し
スガの港の富豪と 世に聞えたる薬屋の
娘ダリヤに恋着し 言葉たくみに誘惑し
タニグク谷の山奥に 左守の司のシヤカンナが
数多の手下を従へて 籠りゐるよと聞くよりも
又も一旗あげむとて さも鷹揚な面付で
ダリヤの手をば携へつ 一夜を明かし振舞の
酒に舌をばもつらせつ グツと寝入つた其隙に
ダリヤの姫は泥棒の バルギーと共に踪跡を
晦ましたるぞ可笑しけれ 天帝の化身と誤魔化せる
玄真坊は矢も楯も 堪りかねてかシヤカンナの
二百の部下を借用し 姫の後をば尋ねむと
小才の利いたコブライを 引具し谷道トントンと
喘ぎ喘ぎて立岩の 麓にズツポリ日は暮れぬ
闇の陥穽におち入りて 淋しき一夜を送りつつ
藤の蔓をば辿りつつ 漸く虎口を免れて
草茫々と生え茂る 羊腸の小径を辿りつつ
交尾期の出て来た犬猫が 牝のお尻を嗅ぐやうに
夢路を辿る憐れさよ 暗の扉は上げられて
東の空は茜刺し 草葉の露はキラキラと
七宝の光輝ける その真中を二人連れ
ダリヤダリヤと一筋に 岩の根木の根踏みさくみ
汗をタラタラ流しつつ 苦き坂を苦にもせず
心を先に上り行く。
天真坊『オイ、もう余程テクツて来たやうだから、一つ此見晴らしのよい処で暫時休養しようぢやないか。この山頂から四方の連山を見渡す景色と云つたら、まるで夢の国を辿つてゐるやうだのう』
コブライ『本当に夢見たやうですな、昨夜だつて、ダリヤさまの夢を見て深い陥穽へなだれ込んだ時なんざ、ホントに生きた心地もなく、これが夢だつたらなアと、このやうに思ひましたよ。あの時ア、ホントに、どうなる事やらと、チツト許り心配致しましたワイ』
天『夢の建築者は皆人間だからな、夢がなければ人生は淋しいものだ。人生の虹は夢だからな、かうして夢想郷に遊んでゐる間が人間は花だ。春の若葉に銀風のそよぐ如きダリヤ姫の風情、見るもスガスガしい思ひがするぢやないか。その艶な姿にあこがれてゐる間が、人生の花だ、夢の建築だ、人生の虹だ』
コ『成程、さうすると、此世の中は何も彼もサツパリ夢と解すれば可いのですか』
天『尤もだ、夢の浮世と云ふぢやないか、併し乍ら夢にも忘れられないのは、ヤツパリ、ダリヤ姫だ。
夢になりとも会ひ度いものは
小判千両とダリヤ姫
だ、アツハヽヽヽヽ』
コ『これ丈け四方開展した山の上で、それ丈けタツプリお惚気を拝聴する吾等は、実に光栄でも何でも、ありませぬわい。アツタケツタ糞の悪いとも何とも申しませぬ、さぞ山の神さま等は涎をくつて貴方の清いお姿を拝顔してる事でせう』
天『ウツフヽヽヽ天下の幸福を一身に集めて天帝の化身、天来の救世主、玄真坊の又の御名天真坊様だもの、泥棒仲間の貴様とは、チツト許りクラスが違ふのだからなア』
コ『ヘン、ヒ、ヒーンだ』
天『ヒ、ヒーンとは何だ、まるで馬のやうな事を云ふぢやないか』
コ『ヒ、ヒーン、ボトボト馬の糞だ、牛の穴の天真坊さまとは、いい相棒でせう、イツヒヽヽヽヒ』
天『何でもいいわ、何処かここらにダリヤの花が咲いてゐさうなものだなア、風が持てくるダリヤの香気が鼻について、何とも知れぬ床しみを感ずるやうだ。これから先は、クダリヤ阪だ、足も軽いだらうよ、ウツフヽヽヽフ』
コ『モシモシ電信棒さま、この山道は昔から有名な腥草の名所で秋になると随分楽い旅が出来ますよ。泥棒稼ぎを行つて居た吾々同類も、此辺を通過する時には優美なデリケートななま臭の咲き匂ふ花を見て悪徒が善人に墜落した様な心持ちに成りましたよ』
玄『そりや何ンと云ふ脱線振だ。俺の名は電信棒ぢや無い、天帝の化身天来の救世主玄真坊と申すのだ。天帝の天の一字と玄真坊の真の一字を取つて天真坊と云ふのだ。そして今お前は腥臭が咲き匂ふ山道だと云つたが夫れも又脱線だよ。七草と云ふて秋の日の景色を添へたり種々の薬品になる重宝な草花だ』
コ『天真坊さまコンナ山道に生へる草花が薬になると仰有つたが、一体全体何の病に利きますかい。惚薬にでもなりませぬかな』
玄『七草と云へば萩に葛に尾花に撫子に女郎花に桔梗に藤袴、これで七種ある、それ故七草と云ふのだ。秋の山野と云ふものは極めて詩的なもので、懐ろに哀愁の念を感ずるものだ。釣瓶落しに暮れて行く夕日を浴びた路傍の草花は淋しき秋の名残りとし人の心を傷ましめ且つ慰むるものだ。薬用植物としても仲々の効力があるものだ』
コ『萩は何の薬になりますか』
玄『萩は秋の七草の書出しで、莢果植物亜属の胡蝶花科で、一名荳科植物の一種だ。この葉を摘んで日光で乾かし茶の代用品とするのだ。余り興奮もせないので小供や老人の飲料には極めて理想的だ。お前の様な青春の血に燃えて居る性悪男子は、平素情欲鎮圧薬として、毎日服用したが可からうよ、アハヽヽヽ』
コ『天真さま、貴方チツト服用されたら如何ですか。眼の色が血走つて居ますよ、イヒヽヽヽ。それから葛の効能を教へて下さいな』
天『又しても葛々と訳もない質問を発する奴ぢやなア。アタ邪魔臭い、然し乍ら天帝の化身とも云ふべき天真坊さまが、七草位の説明が出来ぬと思はれちや、神の威厳にも関する大問題だから、チツト許り解明の労を採つてやらうかい、アーン』
コ『葛の解釈ぐらゐにサウ前置詞が多いのでは実に閉口ですワイ。併し乍ら後学の為に大切な耳を暫時貸しませうかい』
天『アハヽヽヽ随分負惜みの強い野郎だなア。抑葛は萩と同じく荳科植物の一種で、昔から葛根と云つて盛んに漢方医の山井養仙などに使用されて来たものだ。発汗剤、下熱剤として使用したり、胃腸の粘滑剤として使用し、又は諸薬の配剤として調法なものだ。葛は葛根より搾取したもので最上等の澱粉だ。色々の料理や、夏季に於ける汗打粉としての材料となる。それだから美人には無くてならない好植物だ』
コ『又しても美人が曳き合ひに出ましたな。一層のこと葛を澱粉に製造して、ダリヤ姫女帝の土産物となし、その歓心を買つたら如何でせう。これが女帝の心を動かす唯一無二の秘策でせう、エヘヽヽヽ』
天『クヅクヅ云ふな。サア是から一ツいやらしい奴を説明してやらう。幽霊に因縁の深い尾花だ。……幽霊の正体見たり枯尾花……と云つて随分ゾツとする代物だ。直ちに石塔の裏を思ひ出す奴だ、アハヽヽヽ』
コ『エヽ天真さま、モウ止めて下さい。こんな山道で気分が悪いぢやありませぬか。ヒユードロドロと化けて出られちや堪りませぬわ。モツト真面目に云つて下さいな』
天『ヨシヨシ俺も余り心持が良くないのだ。尾花は禾本科植物で、こいつの穂を集め、日光で乾燥すると立派な綿の様なものが出来る。この綿は軽い擦過傷や、切傷の口にふりかけると血止め薬になる。夜具にでも使用すると軽くて暖かくて大変に工合の良いものだ』
コ『ダリヤ姫さまとの結婚式に御使用になるお考へですか、エヘヽヽヽ』
天『エヽ一ツ一ツ何とか彼とか云つてダリヤ姫に喰付けようと致すのだなア』
コ『ヘンお気に入りませぬかな、夫れよりもモツトモツト優美な撫子の説明をして下はいな、一寸撫子なんて乙な名前でせう』
天『エヘン、撫子は石竹科の一種で、日光に全草を乾燥させ、一日に四五匁ばかりを煎じて利尿剤となし、第一腎臓病、脚気、水腫なぞの他の難病に用ゆると特効が顕はれるものだ』
コ『いやはや感心々々大に感心致しました。今度は最も粋な名の付いた女郎花の効能の説明を願ひます』
天『女郎花は茜草植物亜属の敗醤科の一種で、其根を秋季に採取し水に能く洗ひ、日光に乾かして貯へておき、用に臨んで一日に四五匁許りを煎じて服用と、婦人の血の道の順血薬として特効ありと云ふことだ。婦人に趣味を持つ男子は如何しても女郎花許りは気をつけて平素から用意しておく可きものだ、アハヽヽヽ』
コ『エヘヽヽヽ流石は女殺しの後家欺しの天真坊さま、何事にも抜目はありませぬな。益々このコブライ奴感珍致しましたわい。サア是から桔梗の効能を説明して頂きませう』
天『桔梗は桔梗科の植物で、その根を秋季に掘り日光に乾燥したものを桔梗根と云ふ。風邪の時、鎮咳去痰薬として用ゆると効がある。一日に四五匁を水に煎じて飲むと良い、エヘン。血液を溶解するサボニンが含まれて居るのだ。その根から近時フストールやヱバニンと云ふ新薬が製造されるのだ。序に藤袴も説明しておくが、是は菊科植物の一種で、この葉を日光に乾燥して煎じて飲めば、撫子と同じく利尿剤として効能があるのだ。貴様の如うな痳病の問屋さまは秋が来ら忘れずに採取しておくが可からうよ、アハヽヽヽ』
コ『ウフヽヽヽ、小便のタンク奴破裂しさうだ。天真さま、御免下さい』
と云ひ乍ら、オチコを立ててジヤアジヤアと行り出した。
二人は漸く下り阪となつたので足許も速く、やや展開した野村へ出た。此処には二三十戸の百姓家が淋しげに立つてゐる。二三人の腕白小僧が小川に竿を垂れ小魚を釣り乍ら歌つてゐる。
『水はサラサラ 野は青い
長い堤の木の影で 今日は朝から小魚釣り
晴れた空には何処やらで 雲雀でも鳴いてゐるやうな
時折聞える眠さうな 牛の呻きも午后
○
流れサラサラ 野は青い
つれない竿を 投げ出して
眺めてゐれば水すまし 水をすまして舞ふばかり』
そこへ天真坊が頭をテカテカ日光に輝かし乍らコブライを従へやつて来ると、腕白小僧は遠慮会釈もなく、頭の光つてるのを怪しみ乍ら歌ひ出した。
『モシモシ禿よ禿さんよ 世界の中でお前ほど
光の薄いものはない どうしてそんなに暗いのか
○
ナーンと仰有る電気さん そんならお前と光りつこ
向ふの小山に太陽が出たら どちらがよけいにピカつくか
○
どんなに禿をみがいても どうで僕より暗いだろ
ここらで一寸一休み ブラブラブラブラ ブーラブラ
○
これはしまつた夜が明けた ピカピカピカピカ ピーカピカ
あんまり暗い電気さん サツキの自慢はどうしたね』
天真坊は此歌を聞いて、ヤヤ悄気気味になり、錫杖をガチヤン ガチヤンと、ワザとに手荒くゆり乍ら、
『コーラ、我太郎、今云つたこと、ま一度云つて見い、場合によつては承知せないぞ。餓鬼大将奴が』
小供『アツハヽヽヽ、オイ坊主、此村はなア、昔から三五教の占有地だ、そんな怪体な風をした化物は一寸も入れる事は出来ないのだよ。どつかへ早く姿をかくさないと線香を立てるぞ』
天『チエ、青大将が座敷へ這入り込んだやうな事ぬかしやがる、小供だつて油断のならぬものだ。小供、オイ、坊主、ここを美しい女が、通らなかつたかのう』
子供『通つたよ。一人の奴さんを連れて、互に背中を叩いたり、頬辺をつめつたり、イチヤつきもつて、ツイ今先き、ここを通りよつた筈だ。俺を今、坊主と云つたが俺ヤ坊主ぢやないよ、お前こそ坊主ぢやないか。俺はなア神谷村の庄屋の息子で、神の子と云ふ神童だ。世界の事なら何でも俺に聞いて見よ。何でも彼でも掌を指す如くに知らしてやるよ。お前はオーラ山に立籠つて大山子をやつてゐた玄真坊のなれの果だらうがな。スガの港のダリヤ姫に恋着し、うまく誤魔化してタニグク山の岩窟につれ込み、寝てゐる間に顔を草紙にされ、トカゲ面の男と一緒に逃げられて泡を吹き、昨夜は立岩の側で人造化物に誑され、深い陥穽へおち込んで向脛をすりむき泣き泣き山上迄辿りつき、七草の講釈を豪相におつ初め、それから、ここ迄ダリヤの後をおつてやつて来たのだらう。どうだ違ふかな』
天『ウンー、いかにも、お前の云ふ通り、俺の聞く通り、森で烏の鳴く通り、受取は右の通り、その通りだ、アツハヽヽヽ』
神の子『オイ、禿チヤン、もう諦めたがよからうぞ。ダリヤ姫なんて、お前の性に適はないや。今の間に改心して俺の尻拭になれ、さうすりや又浮ぶ瀬もあらうぞ。いつ迄も悪業をつづけてゐると八万地獄の釜の焦おこしに落されて了ふぞ』
天『オイ子供、そのダリヤ姫は、お前の家にかくしてあるのと違ふか』
神の子『ウン、隠してある、確に、かくまつてあるのだ』
天『そりや、どこに隠してあるのだ。一寸云つて貰へまいかな』
神の子『バカを云ふない、かくしたものを云ふ阿呆があるかい。隠した以上は、どこ迄もかくすのが本当だ』
コブライ『もしもし天真坊さま、この子供は本当に神様見たやうな子供ですな。貴方ももういい加減に兜を脱いだらどうですか。ダリヤさまを諦めては如何ですか。貴方の額には悪相が現はれてゐますがな、改心するのは今の時ですよ。私はここ迄ついて来ましたが、貴方が改心するとせないとに拘らず、もう此処でお暇を貰つて此の神さまのやうな子供にお尻拭にでも使つて貰ひますよ』
神の子『神の子は神に仕ふる清きもの
誰が泥棒に尻を拭かすか』
コブライ『これはしたり失礼な事を云ひました
泥棒の身をも弁へずして』
天『小賢しく神の子らしく申すとも
天真坊にはトテも敵ふまい。
それよりもダリヤの姫の在所をば
早く知らせよお銭やるから』
神の子『尻喰へ観音さまの化身ぞや
嘘をこくなよ玄真の枉』
と云ひ乍らプスツと象が屁をこいたやうな音を立て白い煙となつて了つた。つれの子供も影も形もなくなつて了つた。
(大正一四・一一・七 旧九・二一 北村隆光録)