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文献名1霊界物語 第73巻 天祥地瑞 子の巻
文献名2第2篇 高照神風よみ(新仮名遣い)たかてるしんぷう
文献名3第15章 国生みの旅〔1846〕よみ(新仮名遣い)くにうみのたび
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ
水火自然の働きとは

火は水の力によってこそ、高く燃え立ち上がり、熱と光を出すことがきる。

また、水は火の力によって、横に流れ、低いほうへ移動する。

火の力がなくなれば、水も高く上って直立不動となってしまい、力がなくなってしまうのだ。

だから、霧、雲、雨となって国土を潤す水の霊能も、火の力があってこそ可能なのである。

天之道立の神=火を本性として現われた厳の御霊、紫微の宮に永遠に鎮まり、経の教えを述べ伝う。

太元顕津男の神=水気の徳が、あらゆるものに染み渡り、万有を潤す。そうやって徳を顕す、という御神名。ゆえに、高地秀の宮に鎮まって、四方の神々・国土を潤す職掌にあたる。

いずれも、水火の働きに則ってそれぞれに、その役割がある。

したがって、太元顕津男の神に八柱の比女神を仕えさせ、国生みの神業を与えたのも、天地経綸の基礎なのである。

諸神の無理解に、太元顕津男の神は天之道立の神に相談に行くが、かえって紫微宮の神々は、太元顕津男の神の行動を裁く。

太元顕津男の神は高地秀の宮に帰り、ひとり月夜を歩いて、白梅の花が香る栄城(さかき)の山に横たわった。

顕津男の神は、栄城山の山頂に上って、日月両神を拝し、天津祝詞を奏上して、神業の完成を祈った。

その言霊はたちまち天地に感動し、紫微天界の諸神はたちまち集い、つつしみかしこみ、顕津男の神の祝詞に聞き入った。

天の峯火夫の神が主の言霊の神水火(みいき)をうけて現われ、紫微天界をはじめとして、四層の天界を造った。

天之道立の神に霊界をゆだね、顕津男の神を東の高地秀山に下らせ、宮を建てて仕えさせた。

そこへ、主の大神より、あらゆる国を治める国魂神を生むようにと、八十柱の比女神を下した。

諸々の神たちよ、どうか、主の神の神言を受けた私の言葉を聞き流さず、私の神業を助けてください。

天津真言の言魂をもって、心の丈を告げる次第です。

諸神たちはただただひれ伏して、合掌するのみであった。主の神の言霊が四方に響き渡り、微妙の音楽鳴り渡り、迦陵頻伽(かりょうびんが=人頭・鳥身の極楽の鳥)は白梅の枝に集まり来て美しい声を放ち、鳳凰は上空をゆうゆうと翔けまわった。

大御母の神は、多数の神々と共に数百頭の麒麟を率いて現われ、顕津男の神の門出を祝した。

顕津男の神は、麒麟にまたがって山路を下り、他の神々たちはあるいは麒麟、あるいは鳳凰に乗って従った。

大太陽の光はますます強くなり、大太陰は慈しみの光を放って清涼の気を送り、炎熱調和して、
主な人物 舞台 口述日1933(昭和8)年10月12日(旧08月23日) 口述場所水明閣 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1933(昭和8)年11月22日 愛善世界社版 八幡書店版第13輯 68頁 修補版 校定版137頁 普及版 初版 ページ備考
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本文  火は水の力によりて高く燃え立ち上り其熱と光を放ち、水は又火の力によりて横に流れ低きにつく、之を水火自然の活用と言ふ。火も水の力なき時は横に流れて立つ能はず、水は又火の力なき時は高く上りて直立不動となりて、其用をなさず。霧となり、雲となり、雨となりて、四方の国土を湿すも皆水の霊能なり。火を本性として現れ給ふ厳の御霊を天之道立の神と申すも此の原理より出づるなり。次に太元顕津男の神と称ふるも、水気の徳あらゆる万有に浸潤して其徳を顕すの意なり。故に天之道立の神は紫微の宮居に永久に鎮まりて経の教を宣り給ひ、太元顕津男の神は高地秀の宮に鎮まりまして、四方の神々を初めあらゆる国土を湿ほし給ふ御職掌なりける。故に主の大神は太元顕津男の神に対し、国生み神生みの神業を依さし給ひて、八十柱の比女神を御樋代として顕津男の神に降し給ひ、殊に才色勝れたる八柱の神を選りて御側近く仕へしめ給ひしは、天界経綸の基礎とこそ知られけり。
 茲に顕津男の神は天理に暗き百神達の囁きに堪へ兼ね給ひて、尊き神業に躊躇し給ひけるが、主の神の大神宣黙し難く、紫微の宮居に参ひ詣で、天之道立の神に我もてる職掌を𪫧怜に委曲に宣り給ひしかども、素より火の本性を有たす神なれば、顕津男の神の神言を諾ひ給はず、紫微の宮居の百神達も言葉を極めて顕津男の神の行動を裁きまつりければ、茲に御神は深く心を定めつつ、高地秀の宮に帰らせ給ひ、一柱の侍神も伴はず、月光る夜半を独りとぼとぼ立出でまし給へば、白梅の香ゆかしく咲き香ふ栄城山横はる。茲に顕津男の神はほつと御息をつかせ給ひ、栄城山の頂に登りて、日月両神を拝し天津祝詞を奏上し、我神業の完成せむ事を𪫧怜に委曲に祈り給ひける。
 顕津男の神は尾上に茂る常磐木の松を根こじにこじ、白梅の香る小枝を手折らせ給ひて松の梢にしばりまし、右手に手握り左手の掌に、夜光の玉を静に柔かに捧げ持たし、松梅の幣を左右左に打振り打振り御声爽かに祈り給ふ。其神言霊は忽ち天地に感動し、紫微天界の諸神は時を移さず神集ひに集ひまして、顕津男の神の太祝詞言を謹み畏み聴聞し給ふ。
『掛けまくも綾に畏き久方の、神国の基とあれませる天の峯火夫の神は、澄みきり澄みきり主の言霊の神水火をうけて、空高くあらはれ給ひ、心を浄め身を清め、いよいよ茲に紫微天界を初めとし、外に四層の天界を𪫧怜に委曲に生り出でましぬ。紫微天界の要天極紫微の宮を見たて給ひ、之を天の御柱の宮となづけ給ひて、天之道立の神に霊界のことを𪫧怜に委曲に任け給ひ、神の御代をば開かせ給へと、次ぎ次ぎ曇る天界の此有様を覧はし、我を東につかはして、高地秀山に下らせつ、茲に宮居を造るべく依さし給へば、ひたすらに畏みまつり、天津国の遠き近きに聳えます、山の尾上や谷々の、茂木の良き木を撰み立て、本打切り末打断ちて、貴の御柱削り終へ、高天原に千木高知りて、我は朝夕仕へまつりぬ。百神達は紫微の宮居に対照して東の宮と呼ばはりつ、伊寄り集ひて大前に、朝な夕なの神嘉言宣り上げまつる折もあれ、主の大神は厳かに、東の宮居に下りまし、国の御柱の大宮と名を賜ひたる尊さよ。茲に主の神もろもろの大御経綸と任け給ひ、あらゆる国を治むべく国魂神を生ませよと、八十柱の比女神を我に下して、御空高く元津御座に帰りましましぬ。我はもとより瑞御霊、一所に留まるべきにあらねば、栄城山の上に今立ちて、四方の神々さし招き、職掌を委曲に、百の神々司神に今あらためて宣り告ぐる。百神達は主の神の、神言をうけし我言葉、𪫧怜に委曲に聞召し、厳の御霊は言ふも更、瑞の御霊の宣言も、浜の千鳥と聞きながさず、心の奥に納めおきて、我神業を救へかし。嗚呼惟神々々、天津真言の言霊もて心の丈を告げまつる』
 かく謡ひ終り給へば、百神達は何の答へもなく鰭伏して合掌するのみ。時しもあれや主の神の主の言霊は四方に響き渡り、微妙の音楽非時聞えて、其荘厳さ愉快さ譬ふるにものなし。迦陵頻伽は満山の白梅に枝も撓に集り来りて美音を放ち、鳳凰は幾百千ともなく彼方此方の天より集り来り、栄城山の上空を悠々翔けまはる様、実に最奥天国の有様なりける。
 ここに大御母の神は、数多の神々を従へ数百頭の麒麟を率ゐて此処に現れ給ひ、山頂の広場に整列して、顕津男の神の門出を祝し給ふ。茲に顕津男の神は大御母の神の奉りし麒麟に跨り山路を下り給へば、大御母の神を初め百神達は各も各もと麒麟の背に跨り、其他は鳳凰の翼に駕して従ひ給ふ。大太陽の光は益々強く、大太陰は慈光を放ち、清涼の気を送りて其炎熱を調和し給ひ、水火和合の祥徴実現して、紫微天界は忽ち浄土の光景を現じける。再拝。
(昭和八・一〇・一二 旧八・二三 於水明閣 加藤明子謹録)
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