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文献名1霊界物語 第73巻 天祥地瑞 子の巻
文献名2第3篇 東雲神国よみ(新仮名遣い)しののめしんこく
文献名3第36章 荒野の駿馬〔1867〕よみ(新仮名遣い)あらののはやこま
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ
顕津男の神は王泉郷よりはるかにやってきたが、再び大きな河に行く手を阻まれた。

するとそこへ、以前南に派遣した部下、近見男の神が、共を連れて顕津男の神を迎えにやってきた。

近見男の神は、荒ぶる神々を言向け和して共としていたのであった。近見男の神は真っ先に河にざぶんと飛び込むと、顕津男をはじめ皆が続き、向こう岸に渡りきった。

近見男の神と共の神々あわせて十一柱の神々が、顕津男の神に合流した。なかでもとくに背の高い神が、圓屋(まるや)比古の神と名乗った。

近見男の神、圓屋比古の神がそれぞれ行進歌をうたいつつ、白馬の一行は草原を南へ南へと進んでいった。
主な人物 舞台 口述日1933(昭和8)年10月18日(旧08月29日) 口述場所水明閣 筆録者林弥生 校正日 校正場所 初版発行日1933(昭和8)年11月22日 愛善世界社版 八幡書店版第13輯 144頁 修補版 校定版414頁 普及版 初版 ページ備考
OBC rm7336
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本文  高地秀山の大宮と  高日の宮にましまして
 数多の神にかしづかれ  輝き給ひし神司
 主の大神の神言もて  貴の神業仕へむと
 百の悩みをなめ給ひ  美玉の姫の命をば
 後に残していそいそと  命に名残惜しみつつ
 五柱の神従へて  さしもに広き日向河
 激流渡り漸くに  東雲国に着きにけり
 玉泉郷に身をよせて  日向の姫の命をば
 厳のみいきに生ませつつ  今日は淋しき独旅
 神馬に跨りカツカツと  蹄の音も勇ましく
 南をさして出で給ふ  如衣の比女には先だたれ
 世司比女には生き別れ  いとしき御子をあづけおき
 主の大神のみよさしの  神業に仕へまつらむと
 昼と夜とのけぢめなく  嵐に面を吹かれつつ
 出でます姿ぞ勇ましき  右も左も荒野原
 目路の限りは萱草の  風にさゆるるばかりなり
 瑞の御霊は馬上より  この光景をみそなはし
 かくまで荒れし国原を  開きて神を生まむこと
 安き神業にあらざるを  つくづくなげき給ひつつ
 千里の野路を渡り終へ  此処に横ふ広河の
 堤に駒を降りまし  しばらく息を休めけり
 ああ惟神々々  遠き神代の天界の
 国生み神生みの神業は  現代人の想像の
 迚も及ばぬ難事なり。
 先に渡り給ひし日向河に比ぶれば、約二十分の一の流ながら、相当に広く、水瀬深く、やや薄濁りて西方に流れゐたり。顕津男の神は堤上に立たせ給ひて、

『国造り神を生まむとわれは今
  此の横河に行き当りける

 河守比女神の出でましあるならば
  これの水瀬をとどめ給ふを

 村肝の心淋しも黄昏れて
  この河土手にわが独り立つ

 如何にしてこれの流を渡らむや
  駒はあれども水瀬はげしき

 雷の轟く如き滝津瀬の
  音にわが駒驚き騒ぐも

 黄昏の河の岸辺に佇めば
  河風そよぐ篠の笹原

 さらさらと小笹揺りて吹きまくる
  風は強しも物騒がしも

 河の辺にわれ黄昏れて是非もなし
  東雲の空待ちわびむかな

 ひた濁るこれの流は物凄し
  醜の大蛇の潜むがに見ゆ

 主の神の教を守る神生みの
  わがゆく旅は苦しかりけり

 世司の比女神今や高殿に
  上りてわが名呼びたつるらむ

 大物主神の心をおしはかり
  今や淋しくなりにけらしな

 折々に水瀬の音の変るこそ
  あやしきろかもこれの流は』

 かく御歌詠ます折しもあれ、近見男の神は数多の神々を従へ、白馬に跨がり此処に現れ来り、瑞の御霊をうやうやしく迎へながら、御歌詠まし給ふ。

『天晴々々瑞の御霊は出でましぬと
  われさとらひてい迎へまつるも

 小夜更けの河辺に独ゐますこそ
  畏れ多しもこの駒に召せ

 瑞御霊乗らせる駒は疲れ居り
  この早河を渡るにふさはじ』

 この御歌に、顕津男の神は勇みたち、直に御歌もて応へ給ふ。

『小夜更けの此の河辺になづみてし
  われ迎へむと来りし公はや

 横河の流れはひたに濁らひて
  大蛇の神の潜むがに思ふ

 只独り荒風そよぐ河の辺に
  心淋しく夜を更かしぬる』

 近見男の神はうたひ給ふ。

『玉泉貴の館を立ち出でで
  吾は荒ぶる神を和めつ

 今此処に従ひ来る神達は
  何れも荒ぶる神なりしなり

 言霊の厳の力にまつろひて
  神業に仕ふる神とならせる

 われも亦ただ一柱白駒の
  背に跨りて此処に来りし

 この河は未だ渡らず大蛇棲むと
  思へば今日までためらひにける

 海原をさぐり求めて水走る
  雄々しき駒を引きて来りぬ

 いや先に嘶く駒に岐美召せよ
  主の御水火より生れし駒なる』

 顕津男の神は応へて謡ひ給ふ。

『主の神の御水火に生れし駒なれば
  凡駒ならず神にいまさむ

 主の神の御霊の水火の凝り凝りて
  駒となりけむわれ渡すべく

 横河の流は如何に高くとも
  これの神馬は安く渡らむ』

 近見男の神は、

『いざさらば瑞の御霊よ百神よ
  われに続かひ渡らせ給へよ』

と、謡ひもあへず、ザンブとばかり激流めがけて駒を追ひやり給へば、顕津男の神も百神も、われ後れじと手綱ひきしめ鞭をあて、大竜の激流を渡るがごとく、驀地に南の岸にのぼらせ給へり。
 顕津男の神は渡り来りし流を振り返りながら、

『近見男の神の神言と主の神の
  守りに安く渡りけるかも

 この駒や主の大神の言霊の
  凝りしと思へば尊かりけり

 言霊の力に物は成り出づと
  深く悟りぬ今の河越に

 百神は一柱もおちず速河を
  渡り給へり勇ましきかも』

 近見男の神は答へて謡ひ給ふ。

『瑞御霊神の神言の言挙げに
  われ恥かしくなりにけらしな

 主の神の神言かしこみ駿馬を
  岐美の御為に招き来しのみ

 今日よりはわれも御側に侍りつつ
  貴の神業あななひまつらむ』

 顕津男の神はうたひ給ふ。

『大野原独淋しく来しものを
  今賑しく汝に会ひぬる

 今よりは十一柱神伴ひて
  南の国原拓かむとぞ思ふ

 行く先に如何なる山河横ふも
  この駒なれば安く渡らむ』

 ここに、十一柱の神の中より勝れて御背の高き神、御側近く駒を進め、左手を天にさしかざし右手を馬の背に向けながら、御前に御歌うたひ給ふ。

『われこそはアの言霊になり出でし
  圓屋比古の神御供に仕へむ

 この国を造らむとして朝夕に
  悩みけるかも魔神のために

 近見男の神の出でましありしより
  わが神業はひらけ初めたり

 瑞御霊神のみあとに仕へむと
  われは幾年幾日待ちしよ

 願はくば御供に使ひ給へかし
  真心清く光る神はや』

 顕津男の神は御歌うたひ給ふ。

『かねて聞く圓屋比古の神は公なるか
  雄々し勇ましうづの御姿

 国造り神生む業を助けむと
  汝圓屋比古現れましにけむ

 主の神の御心なりと喜びて
  われは許さむ旅の御供を』

 圓屋比古の神は、儼然として謡ひ給ふ。

『有難し岐美の言霊聞くにつけ
  わが魂はをどり出でつつ

 赤き清き正しき心を楯として
  仕へまつらむ岐美の御側に』

 いや先には近見男の神、草をふみしだきつつ進ませ給ひ、次に太元顕津男の神、次に、圓屋比古の神は九柱の神々を従へ、駒の轡を並べて、未だ神跡なき大曠原を、言霊歌を宣りながら進み給ふ。近見男の神は馬上ゆたかに、
『果てしも知らぬ薄原
 この曠原の真中を
 瑞の御霊と諸共に
 国魂神を生まむとて
 進み行くこそ勇ましき
 圓屋比古神百神よ
 瑞の御霊をよく守り
 心を注ぎて出でませよ
 嵐は如何に強くとも
 醜草如何に繁るとも
 大蛇は処々に潜むとも
 如何で恐れむ主の神の
 厳の言霊幸ひて
 道の隈手も恙なく
 千里万里もすくすくと
 安く進ませ給ふべし
 行く手に如何なる難関の
 あるか知らねど言霊の
 水火を照して取りのぞき
 神の依さしの神業を
 𪫧怜に委曲に為し遂げて
 天津御祖の御前に
 復命言葉白すまで
 撓まず屈せず進むべし
 天津祝詞の太祝詞
 天に響きて月となり
 星ともなりてきらきらと
 わがゆく先を照すべし
 われらは神なり言霊の
 稜威によりて生りしもの
 如何でか曲をおそれむや
 ああ惟神々々
 厳の言霊尊けれ』
 圓屋比古の神は謡ひ給ふ。その歌、
『主の大神の神霊より
 生れ出でませしアの声の
 水火固まりてなり出でし
 圓屋比古神ここにあり
 瑞の御霊の神生みの
 神業を助けまつらむと
 大峡小峡に身を潜め
 生言霊を宣りゐたる
 折しもあれや醜神は
 山の尾上や河の瀬に
 さやりて百の災を
 起しゐるよと聞くよりも
 如何に言向け和さむと
 心を砕く折もあれ
 高日の宮より降ります
 近見男の神現れまして
 互に真言を語りつつ
 心を合せ神力を
 一つになして国生みの
 神業に仕へまつらむと
 案じわづらふ折もあれ
 瑞の御霊の出でましを
 風の便りに聞きしより
 近見男の神諸共に
 九つ神を引連れて
 御供に仕へまつらむと
 喜び勇み来りけり
 いづくの荒野にさまよふも
 瑞の御霊のます限り
 何れの神も恐れじと
 はかりはからひ神業の
 御供に仕へまつりけり
 ああ惟神々々
 厳の御霊の幸ひて
 吾等十柱神達を
 いや永久に変りなく
 神業に使ひ給へかし
 偏に願ひ奉る
 偏に願ひ奉る』
 ここに、瑞の御霊顕津男の神一行十二柱は、白馬の轡を並べ、南へ南へと進ませ給ふ。
(昭和八・一〇・一八 旧八・二九 於水明閣 林弥生謹録)
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