八十曲津の神たちは、真賀の湖水の計略を朝香比女に破られ、あべこべにその多くが魚貝に姿を変えられてしまい、国津神たちの食料と定められてしまった。そのため何としても比女を陥れようと、高地秀山の峰より流れる東河の岸辺に、無数の大蛇となって、比女を待ち構えていた。
朝香比女はつらつらと透かして見れば、東河の水面一帯に大蛇が横たわり、その鱗に月光が輝いているのが見えた。
従者の狭野彦は、そうとは気づかず、麗しき河の流れと思って歎美の歌を歌い、瀬踏みをしようとした。
朝香比女はそれを厳しく押し止め、言霊歌によってその危険を明らかにし、知らせた。すると、四方八方よりウーウーウーとウ声の言霊が響き渡り、川面に群がり塞いでいた幾千万の大蛇は、次第次第に姿を細め、消えてしまった。
狭野彦は驚いて、朝香比女の言霊の威力をたたえる歌を歌った。
朝香比女はそれに答えて、大河の水が強く馬では渡りかねるので、大空を駆けて河を渡ろう、と歌った。
狭野彦は驚いて、国津神である自分が、どうやって空を飛べるのですか、と歌で問うた。すると、空中に歌で答える神があり、鋭敏鳴出(うなりづ)の神であると名乗り現れた。
高地秀宮の神司である鋭敏鳴出の神は、ひそかに朝香比女に随行してその行く手を守っていたのであった。朝香比女は感謝の歌で迎えた。鋭敏鳴出の神は、曲津神の砦が多くあることを注意すると、再び姿を消した。
朝香比女は、タトツテチの言霊によって自分と狭野彦の馬に翼を生じさせ、いとも簡単に広河の激流を渡った。狭野彦は天津神の活動を目の当たりにし、驚嘆の歌を歌った。
朝香比女は鋭敏鳴出の神の加護を感謝し、一方狭野彦は、天津神の功徳に心を勇み立たせ、二人は霞が立ち込める国稚原を進んで行った。