一方、進軍歌を歌いつつ進んで行く直道比古の神は、とつぜんすさまじい猪の群れに取り囲まれてしまった。直道比古は臍下丹田に息を凝らして端然として座し、言霊歌を歌った。
すると、あたりの雲きりは次第に薄らいで、日の光がほのぼのと谷間を照らし始めた。直道比古の神は、苦境を救った御樋代神・三柱女神の言霊の霊威に感謝の歌を歌った。
すると、大巌のかげから、泣き沈みながら降って来る女神があった。女神は直道比古の前に進んで来ると、両手を合わせてうずくまり、泣き崩れた。
直道比古が問うと、女神は、白馬ケ岳の国津神であると名乗り、曲津神に攻められ苦しんでいたところ、天津神が曲津神征伐にやってきたと聞いて、助けを求めてきたのだ、と答えた。
そして、大巌のかげの庵に直道比古を導き、庵に招きいれようとした。直道比古は、すぐさま曲津神の計略と悟り、天之数歌を歌えば、女神はたちまち長大な蛇神と化し、黒雲を起こして魔棲ケ谷へと逃げていった。
庵の片の大巌は、直道比古が再度天之数歌を唱え終わらぬうちに、枯れ木が倒れるように谷間に向かって転落し、ものすごい音を立てて砕け散って渓流に流されてしまった。