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文献名1霊界物語 第77巻 天祥地瑞 辰の巻
文献名2第3篇 善戦善闘よみ(新仮名遣い)ぜんせんぜんとう
文献名3第19章 邪神全滅〔1951〕よみ(新仮名遣い)じゃしんぜんめつ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ御須麻琉(美須麻琉) データ凡例 データ最終更新日2020-06-21 15:33:38
あらすじ
ここに五柱の男神は、魔棲ケ谷を囲んだ岡の周りに立ち、おのおの生言霊の矢を絶え間なく放つと、曲津神はいたたまれず、雲霧・岩・火の玉となって男神たちに襲い掛かった。

霊山比古は身辺に危険が迫ってきたのを見て、「アオウエイ」と繰り返し言霊を発した。山麓の小笹ケ原の楠の森で待っていた、三柱の比女神は、自分たちの駒に向かって「タトツテチ ハホフヘヒ」と力いっぱい言霊を宣りあげた。すると、駒にはたちまち翼が生え、大きな鷲に変化した。

三柱の比女神は言霊の力に感謝し、鷲馬に乗ると宙高く翔け、天上から鷲のくちばしでもって竜神を攻撃し、大勝利を得たのであった。

比女神は鷲に乗って御樋代神に勝利を報告し、一方男神たちは、生言霊を宣りながら、魔棲ケ谷の巣窟を奥へ進んでいった。曲津神の狼狽の様ありありと、あたりには数多の宝玉が飛び散ったままになっていた。男神たちはそれを集めて、戦利品として御樋代神に奉ることとした。

曲津神は、自身に光を発することがないので、真の神を真似ようと、こうした宝玉を身にまとうのである。愛善の徳に満ち、信真の光があるならば、身に宝石を着けなくても、宝石の何倍もの光を全身にみなぎらせているのであり、知らず知らずのうちに、尊敬を集めることができるのである。

五柱の男神は、魔棲ケ谷の曲津神を根絶することができ、歓喜に耐えず、勝利の歌を歌った。男神たちが戦利品を背負って小笹ケ原に戻ってくると、五頭の神馬たちは、主の帰りを待って整列していた。その様を見て、五柱の男神はそれぞれ勝利の述懐歌を歌い、御樋代神の待つ泉の森の本陣へと帰って行った。
主な人物 舞台 口述日1933(昭和8)年12月16日(旧10月29日) 口述場所大阪分院蒼雲閣 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1934(昭和9)年3月30日 愛善世界社版 八幡書店版第13輯 674頁 修補版 校定版324頁 普及版 初版 ページ備考
OBC rm7719
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本文  茲に五柱の男神は、谷間の嶮を千辛万苦を重ねつつ辛うじて突破し、魔棲ケ谷を囲める丘の廻りに佇み給ひて、各自力限りに生言霊の征矢を間断なく放ち給ひければ、遉の曲津見も居耐らず此処を先途と必死の力を現はし、百千の邪神は雲霧となり岩となり火の玉となり、前後左右に狂ひ廻り、幾度となく五柱神の身辺を襲ひ危険刻々に迫りければ、霊山比古の神はもはやこれ迄なりと臍下丹田に力を籠め、
『ア オ ウ エ イ』
と繰り返し繰り返し宣らせ給ひければ、山麓の小笹ケ原の傍なる楠の森に、手具脛ひいて待ち給ひける三柱の比女神は、わが乗り来りし駿馬に向ひ、
『タ ト ツ テ チ
 ハ ホ フ ヘ ヒ』
と力限りに言霊を宣り給ひけるにぞ、駒は忽ち大なる翼を生し、長大なる鷲と化しけるにぞ、三柱比女神はこれぞ全く神の賜なりと、鷲馬の背に跨り、一目散に魔棲ケ谷の邪神の巣窟さして中空高く翔りつき給ひ、天上より大なる鷲の嘴もて、竜神の頭を啄き、或は太刀膚を傷り、獅子奮迅の勢をもて挑み戦ひ給へば、遉の曲津見も敵し得ず、谷川は忽ち血の川となりて邪神の影は跡もなく清まりける。この大勝利を見るよりも、三柱の比女神は、其儘中空を翔り、御樋代神の屯し給ふ泉の森をさして、一目散に復命申し給ひ、御樋代神の感賞の言葉を頂き給ひける。
 扨て五柱の比古神は、大蛇の群の永久に棲みし魔棲ケ谷の巣窟に、生言霊を宣りつつ進み給へば、周章狼狽のあとありありと見えて、数多の宝玉は彼方此方に飛び散りて、目も眩ゆきばかりなりければ、五柱の男神は戦利品として悉く拾ひ帰り、田族比女の神に奉らむと評議一決し、金銀、瑪瑙、瑠璃、硨磲、白金、金剛石なぞ、数限りなき宝玉を五つの苞に包み、勝鬨あげて一先づ泉の森に引き返し給ふ事とはなりぬ。
 総て真言の天津神はスの言霊より生れたるさまざまの声の水火より生れませる神にましませば、全身悉く光に輝き、恰も水晶の如く透明体にましませば、ダイヤモンドまたは金銀珠玉の装飾物を要せずとも其光彩妙にましましにけり。之に反して曲神は、身体曇りに満ちぬれば種々の宝玉を全身に附着して光に包まれ、真言の神を真似むとするものなり。例へば真言の神は孔雀の如く曲津神は烏の如し、烏は孔雀の翼の美しきを羨みて、其落ちし羽根を拾ひ吾翼の間に挿み置きて数多の烏に其美しさを誇るが如く、曲津神は競ひて宝玉を集め、其輩に対して光を誇るものなれば、曲神の強きもの程数多の宝玉を身に附着し居りしものなり。此度の言霊戦によりて太刀膚の竜神も、長大身大蛇も、百の竜神も、装ふべき宝を取り纒むる暇もあらず、倉皇として天の一方に逃げ去り、天日の光に照らされて、次第々々に亡び失せけるこそ目出度き限りなりけれ。
 併し乍ら太古の神々は、光なき天然の石を琢磨きて五百津御須麻琉の珠をつくり首飾、腕飾又は腰の辺りの飾となし給ひしかども、決して金剛石の如き光を放つものを身に帯ぶることを卑しめ給ひしものなり。何故なれば、神の御身体はすべて光にましませば、光の宝玉を身に纒ふ時は神自身の光の弱きを示す理由となりて、他の神々に卑しめらるるを忌み給ひたればなり。今の世にも貴婦人とか称するもの、令嬢とか言へるものはさておき、すべての婦人等が競ひてダイヤモンドの光に憧憬れ、千金を惜しまず競ひ購ひ、身体の各部に飾りつけて其豪奢を誇り、美を誇り、光を誇れるは、恰も烏が孔雀の落羽根を吾翼の間にさして誇れるのと何の選ぶところなかるべし。全身を光強き金剛石につつむなればまだしも、唯一局部に小さき光を附着して誇るが如きは、実に卑劣なる心性を暴露せる卑しき業と言ふべし。
 愛善の徳に満ち信真の光添はば、身に宝石を附着せずとも、幾層倍の光を全身に漲らせ、知らず識らずの間に尊敬せらるるものなり。吾人は婦人等の指又は首のあたりに鏤めたる種々の宝石の鈍き光を眺めつつ、浅ましき卑しき心よと、常々嘔吐を催し、其人々の醜さを層一層感ぜしめらるるなり。
 五柱の神は、魔棲ケ谷の醜神を根底より剿滅し、歓喜に堪へず、常に黒煙を吐きて国土をなやませたる曲津見の棲処を瞰下しながら、稍小高き丘の上に立ち、御歌うたひつつ踊り舞ひ狂はせ給ひける。其御歌、
『天晴々々四方の国原晴れにけり
 白馬ケ岳の南側の
 百谷千谷を集めたる
 大谷川の上流に
 潜みて醜の曲神の
 猛び狂ひしそのありか
 世を曇らせし元津場
 雲を起せし醜の山
 霧を涌かせて物皆の
 育ちを妨げ荒びたる
 元津砦は亡びけり
 万里の島根は今日よりは
 醜の荒びの黒雲も
 冷たき霧の涌きたちも
 跡なく消えて久方の
 蒼き御空の奥深く
 天津陽の光輝きたまひ
 月読の神はさやかなる
 光を雲井にとどめまし
 地上に恵の露ふらし
 すべてのものの命をば
 千代に八千代に守りまし
 この神国は永久に
 花咲きみのり穀物
 豊になりて牛馬も
 肥え太りつつ日に月に
 栄ゆる神世となりぬべし
 此国原は未だ稚く
 国津神等の影もなし
 蛙と鼠の輩は
 田畑を耕し穀物
 育てて命を保ちつつ
 弥永久に永久に
 月日と共にやすらはむ
 ああ惟神々々
 生言霊の幸ひて
 三柱比女神逸はやく
 鷲馬の背に跨りて
 大空高く翔り来つ
 吾等のなやみし戦を
 たすけたまひし雄々しさよ
 曲津の神の秘めおきし
 百の宝は欲りせねど
 今日の戦の勝鬨の
 印と集め包みとし
 駿馬の背に積み満たし
 御樋代神の御前に
 供へまつらむ勇ましや
 天地創めし昔より
 かかる例はあら尊
 神の依さしの神業を
 𪫧怜に委曲に仕へし吾等は
 千代に八千代に伝はりつ
 世の語り草となりぬべし
 思へば嬉し勇ましし
 思へば畏し主の神の
 生言霊の光なれ
 貴の御水火の力なれ
 久方の天はせ使ひ
 事の語り言も是をば。

 烏羽玉の夜は迫り来むいざさらば
  下りて帰らむ泉の森まで』

 五柱の神々は数多の宝玉を戦利品として背に負はせつつ、百津石村の碁列せる難所を神言を奏上しつつ漸くにして山麓の小笹ケ原の楠の森に着かせ給ひければ、五頭の神馬は主の帰りを待ち佗びつつ、樹下に頭を並べ整列し居たりける。
 霊山比古の神は之を見て御歌詠ませ給ふ。

『吾駒は雄々しく正しく待ち居たり
  生言霊の耳にさへしか

 白馬ケ岳荒ぶる神を打ち払ひ
  勝鬨あげて帰りきつるも

 村肝の心晴れたりわが魂は
  駿馬なして勇みつるかも

 復命確に申さむ嬉しさに
  この黄昏も心明るき』

 保宗比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『吾いゆく道に遮りし曲津見も
  煙と消えて今日の勝鬨

 中空を翔り来ませる比女神の
  力に曲津は苦もなく破れし

 今日よりは白馬ケ岳に立ち昇る
  雲はいづれも紅に映えむ

 稚き地稚国原の草も木も
  今日を限りと繁り栄えむ

 かくのごと雄々しき正しき神業に
  仕へし吾身の幸を思ふも

 非時に黒雲立ちし白馬ケ岳の
  魔棲ケ谷は晴れ渡りつつ

 面白し曲津の砦を打ち破り
  明日は御前に復命せむ』

 直道比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『岩根木根踏みさくみつつ登りゆく
  谷間の道は嶮しかりけり

 曲津見は女神となりて吾行手に
  遮らむとせり浅はかなるも

 五柱水火を合せて宣り上ぐる
  生言霊に曲津はさやぎぬ

 岩となり火の玉となりいろいろに
  力尽して射対ひ来りぬ

 危しと見るより霊山比古神は
  水火を凝らして言霊宣らせり

 言霊の終る間もなく比女神は
  鷲馬に跨り翔り来ましぬ

 後の世に語り伝へむ今日の日の
  生言霊の奇びの神業を』

 正道比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『村肝の心にかかりし神業も
  苦もなくすみて空晴れ渡りぬ

 天津日は白馬ケ岳に傾きて
  大いなる影さし来りつる

 山蔭は横に倒れて御空より
  地より闇は迫り来らしも

 顧みれば吾勇ましよ諸神と
  水火を合せて曲津を退ひし

 黒雲と霧に艱みし万里の島の
  天地は清く明け渡りぬる』

 雲川比古の神は御歌詠ませ給ふ。

『諸神の功は千代に万代に
  輝きたまはむ語草にも

 いざさらば駒に鞭うち大野原
  急ぎ帰らむ泉の森まで』

 ここに神々は駒の背に跨り、黄昏の野路を、轡を並べて泉の森へと急がせ給ひける。
(昭和八・一二・一六 旧一〇・二九 於大阪分院蒼雲閣 加藤明子謹録)
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