朝香比女の神一行は、グロノス・ゴロスの化身であった巌島の邪神を、言霊の光によって島もろとも焼き尽くし、万里の海原を東南に向けて進んでいった。
一行は歌を歌いつつ進んで行ったが、東北の方面に浮かんでいる島から、怪しき声が聞こえてくるのに気づいた。朝香比女の神は、その悲しい声は国津神たちの叫び声かもしれないので、一刻も早く島に向かおう、と歌った。すると、舟は東北方面に自然に舳先を向けて進んでいった。
すると、浮島の方面から、多角多頭の大悪竜が、幾千丈とも限りなく、波しぶきをたててこちらに進んできた。朝香比女の神は、これこそまさに八岐の大蛇であると見取り、舟よ広くなれ大きくなれ、八岐大蛇の数百倍となれ、と歌った。
歌い終わると、磐楠舟は膨れ広がってたちまち山のようになってしまった。多角多頭の大蛇は舟の近くまで進んできたが、舟のあまりの大きさに驚いたのか、無念そうに水中に姿を隠してしまった。
朝香比女の神は、臍下丹田に魂を鎮め、天に向かって合掌し天津祝詞を奏上し、生言霊を述べた。たちまち海水は熱湯のように煮え返り、八岐大蛇は熱湯に焼かれて全身ただれ、もがき苦しみ、ついに死体となって水面に浮かび出た。
朝香比女の神が、歎きの島に急ぎ進め、と歌うと、舟は千里を駆ける勢いで、黄昏の海原を進んでいった。