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文献名1霊界物語 第79巻 天祥地瑞 午の巻
文献名2第1篇 竜の島根よみ(新仮名遣い)たつのしまね
文献名3第1章 湖中の怪〔1982〕よみ(新仮名遣い)こちゅうのかい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
天之峯火夫の神が大宇宙の高天原に生じまして以来、幾千年の星霜を経たけれども、天は未だ備わらず、地はまだ若くして、くらげなす漂える島々の中にも、特別に美しく地固まった天恵の島があった。

この島を葭(よし)の島、また葭原(よしはら)の国土とも言った。この島国は葦原の国土に比べて約十倍の広さを有し、万里の海の中に漂う生島である。

この島の中央に立つ高山を伊吹の山と言い、その麓を巡る幾百里の湖水を玉耶湖といった。伊吹の山には花樹が繁茂し、芳香は風に薫じて地上の天国のようであった。

この山を中心として湖面に、竜神(たつがみ)と称する種族が出没し、平和な生活を楽しんでいた。しかしながら、竜神族はいずれも人面竜身であり、人間としての形体が備わっていなかった。竜神族の王は、なんとかして国津神のように人体を備えたいものだと、日夜悩み焦っていた。

この湖水の上流に水上山という大丘陵があり、国津神はこの丘陵を中心に平和な生活を送っていた。この里の酋長を国津神の祖と称し、名を山神彦と言い、その妻を川神姫と言った。

山神彦、川神姫の夫婦の間に、容姿美しく、雄雄しくやさしい男女二柱の御子があった。兄をあでやか(艶男)と言い、妹をうららか(麗子)と言った。二人の兄妹は互いに睦び親しんで、どこに行くにも常に一緒であった。

ある夜、麗子は大自然の風光にあこがれ、ただ一人水上川の岸辺に下りていき、月下の川辺に立ち、美しい光景や兄への憧れを歌っていた。

すると、川底を真昼のように輝かせながら、ぬっと首から上を水面に出して、歌を歌う男がいた。よくよく見れば、麗子の慕う兄の艶男であった。

麗子は思わぬところで兄とであったうれしさに川に入ろうとしたが、身を切るばかりの冷たさに驚き、岸に馳せ上がった。

実はこれは艶男ではなく、この湖底に潜む竜神族の王であった。竜神の王は国津神をとらえて婚姻し、それによって人面竜体を脱して国津神と同様の子孫を産もうとしていたのである。しかしながら、水中にある竜体は、川底の藻草で包まれていたので、麗子には青い衣を着ているように見えていた。

麗子は竜神の王を実の兄だと疑わず、冷たい川水から早くあがってこちらに来てください、と歌いかけた。竜神の王は逆に、川水の中に入り来たって一緒に竜の都へ行こう、と麗子に誘いかけた。

麗子は腑に落ちなくなってきて、もしかするとこれは、兄ではなく竜神が兄の姿を借りているのではないか、と疑い始めた。竜神の王は、艶男そっくりの声で、夫婦の契りを結んで一緒に暮らそう、と歌いかける。

麗子は川岸へ上がれと歌い返し、双方が水陸両面から歌を掛け合わしていた。すると、一天にわかにかき曇り、あたりは闇に包まれ、波が狂いたった。たちまち暗中から一塊の火光現ると見ると、艶男と見えた男は人面竜身と変じ、麗子の体をひっ抱え、湖中に浮かぶ伊吹山方面さして逃げ去ってしまった。
主な人物 舞台 口述日1934(昭和9)年07月16日(旧06月5日) 口述場所関東別院南風閣 筆録者谷前清子 校正日 校正場所 初版発行日1934(昭和9)年10月25日 愛善世界社版 八幡書店版第14輯 171頁 修補版 校定版27頁 普及版 初版 ページ備考
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本文  天之峯火夫の神、大宇宙の高天原に生れましてより、幾千年の星霜を経たれども、天未だ備はらず、地又稚くして、水母なす漂へる島々の中にも、別けて美しく地固まりし天恵の島あり。この島を葭の島と言ひ又葭原の国土とも言ふ。此島国は葦原の国土に比して約十倍の広袤を有し、万里の海の中に漂ふ生島なり。
 この島の中央に屹立せる高山を伊吹の山と称し、その麓をめぐる幾百里の湖水を玉耶湖と言ふ。この湖水は水清くして湖底の砂礫鏡を透して見る如く、清麗の気自ら漂ふ。
 伊吹の山には、桔梗、女郎花、撫子、萩、山吹、椿などの花樹繁茂し、春夏秋冬の分ちなく艶を競ひて咲き乱れ、芳香風に薫じ、さながら地上の天国を現出せるものの如し。数多の竜神と称する種族、この山を中心として湖面に出没し、或は山に登りて安逸なる生活を楽しみつつありき。さりながら、竜神族はいづれも人面竜身にして、未だ人間としての形体そなはらざりければ竜神族の王は、如何にもして国津神のごとく人体をそなへたきものと、日夜焦慮しつつありける。
 この湖水の上流に当りて、水上山といふ饅頭形の大丘陵ありて、国津神はこの丘陵を中心に安逸なる生活を送りつつありき。この里の酋長を国津神の祖と称し、その名を山神彦と言ひ、妻の名を川神姫と称へられける。
 山神彦、川神姫の夫婦が中に、眉目形すぐれて雄々しくやさしき、男女二柱の御子ありき。兄をあでやか(艶男)と言ひ、妹をうららか(麗子)と言ふ。二人の兄妹は互に睦び親しみて、影の身体に従ふが如く、いづれの土地に到るも離れたることなかりける。
 大空に一点の雲もなく、月は皎々として東の野辺の草より昇らせ給ひ、星は黄金白銀の光りを御空一面にまたたかせ、えも言はれぬ眺めなりける。
 麗子はこの大自然の風光に憧れ、只一人吾を忘れて水上川の岸辺を下り行けば、清しき水面にうつる月の光り、星のまたたき、川水を銀色に輝かせつつ流るる状態のいとも床しくいとも目出度きに憧れながら、月下の川辺に立ちて歌ふ。
『あなさやけおけ
 天之岩戸も開け放れ
 御空の雲霧かげもなし
 東の御空を見れば十四夜の
 月は昇れり葭原の
 国土の草木をいてらして
 輝く野辺の露見れば
 さながら星の光かも
 水上川を眺むれば
 水は澄みきり澄みきらひ
 静に流るる月の光
 真砂にまがふ星の光
 ああ天国か楽園か
 この光景を吾一人
 見るは惜しけれ父のみの
 父も来ませよ母そはの
 母も来ましてこの眺め
 心ゆくまでみそなはせ
 兄の君なる艶男も
 吾後追ひて来りませ
 ああこの清水川水よ
 生きの生命の輝きか
 汀に香るあやめ草
 月の光に照らされて
 濃き紫のやさ姿
 あざやかなるかも吾兄の
 君の粧ひそのままよ
 吾足下を眺むれば
 やさしき清き撫子や
 黄色に照らふ女郎花
 仙人掌の花あかあかと
 吾立つ川辺に香るなり
 ああ兄の君よ艶男よ』
 斯く歌ふ折しも、川底を真昼の如く輝かしながら、ぬつと首から上を水面に現し、歌ふ男がある。よくよく見れば麗子が歌中の人物、艶男の兄であつた。
 麗子は余りの不思議さと嬉しさとに、川中に裳裾からげて飛び入らむとしたが、片足をさし入れた刹那、脛もきれるばかりの冷たさに驚き、元の岸辺に馳せ上り、茫然として男の顔を眺めゐたりき。これはその実麗子が兄ではなく、此湖底に潜む竜神族の王であつた。
 竜神の王は如何にもして国津神をとらへ、これと嫁ぎて人面竜体を脱し、国津神同様の子を産まむことを思索してゐたのである。然しながら、水中にある竜体は底の藻草をもつて包まれたれば、さながら青き着物を着たる如く麗子の目に見えてゐる。
 麗子は日頃恋ひ慕ふ艶男と思ひつめ、嬉しさと愛しさとの声をしぼりて歌ふ。
『天晴れ天晴れ
 御空は清し月清し
 星の光はさやかなり
 かかる畏き天空を
 そのままうつし浮べたる
 玉耶の湖の清しさよ
 その清しさの真中に
 高くそびゆる伊吹山
 いぶきの狭霧早や晴れて
 天もあざやか地もうらら
 吾恋ひまつる兄の君は
 この湖に何時の間に
 遊び給ふやいぶかしし
 如何に清けく澄めるとも
 この湖の水底は
 吾足さへもきるるかと
 思ふばかりの冷たさに
 吾は震ひをののきぬ
 如何にして汝は何時迄この水に
 浸り給ふかいぶかしや
 はや上りませ陸の上に
 如何に水面は清くとも
 花咲き満つる陸の眺めに
 如何でしかめやうららなる
 地上に早く上りませ
 懐しの君恋しき君よ早や来ませ
 いとしき乙女ここに在り
 愛しき乙女ここに在り
 はや上らせよ兄の君よ』
と力限りに歌ひながら艶男の上陸をうながしてゐる。水中の男はこれに答へて、
『なつかしの麗子の君よ妹よ
 汝と吾とはとこしへに
 この葭原の国中に
 玉の緒の生命ながらへて
 百年千年八千年も
 生きて栄えて果てしなく
 伊吹の山の主となり
 この地の上に天国を
 建てむと思ふ真心に
 汝に先き立ち今ここに
 吾は来つるよこの水は
 心のままに変るぞや
 冷たき心持つならば
 この川水は冷ゆるらむ
 あつき心を持つならば
 これの湖水はあつからむ
 熱くもあらず冷たくも
 なくて楽しく今吾は
 汝を迎へむ竜の都へ
 心はげまし水中に
 飛び入りませよ麗子の君よ』
 斯く歌ひながら麗子の入水をうながしてゐる。麗子は恋しき兄の、言葉を尽しての招きに心はをどり、忽ち水中に飛び込まむかと思ひしが待てしばし、腑に落ちぬ事あり。常に水中をきらはせ給ふ兄の君が、かかる冷たき水中に全身を没し、顔のみを上げて安々と言葉をかけさせ給ふはただ事ならじ。或は竜神の化身ならむかと、うつぶして思案にくれてゐる。水中の男は艶男の声そつくりにて、
『天晴れ天晴れ
 御空は晴れて月あかし
 玉耶の湖水は底ひまで
 澄みきらひつつ大空の
 月をうつせり千万の
 星を流せり汝が眼には
 天津御国の荘厳を
 うつして清しき玉耶湖の
 水はゆるやかにして香りあり
 何をためらひ給ふぞや
 妹背の契り今ここに
 汝と結ばむ厳御霊
 瑞の御霊の仲立に
 清く清しき夫婦仲
 いざや来らせ給へかし』
 麗子は磯辺に立ちて歌ふ。
『兄の君の仰せはよしと思へども
 家にのこせしちちのみの
 父の許しのなき身とや
 ははそはの母の心もまだわかぬ
 今日の吾等の如何にして
 嫁ぎの道をつとむべき
 如何に恋しき君なればとて
 父と母との許しなく
 たとへ御許しありとても
 この広き葭原の国土に
 せまき水面に嫁ぐべき
 何はともあれ垂乳根の
 家に帰りて定むべし
 陸地に上らせ給へかし』
 斯く互に、水中に飛び込めよ、上陸せよ、と兄妹が水陸両方面からかけ合つてゐる。
 斯かる所へ一天にはかにかき曇り、闇の塊は四辺に落下し、咫尺暗澹、波狂ひ立ちて優しき乙女の心は、狂はむばかりなりにける。忽ち暗中より一塊の火光現るよと見る間に、艶男と見えし男は人面竜身と変じ、乙女の体をひつ抱へ、水上高く捧げながら湖中に浮ぶ伊吹山の方面さして逃げ去りにける。
 竜神の化身に乙女はとらへられ
  行き方知れずなりにけらしな

(昭和九・七・一六 旧六・五 於関東別院南風閣 谷前清子謹録)
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