水上山は艶男が帰ってきてからは生活が豊かになり、国津神たちは泰平の世を謳歌した。
艶男と燕子花は、朝夕に庭園に出て仲むつまじく逍遥していたが、燕子花はなぜか水辺を好み、大井川の清流をじっと見つめて浮かない顔をしていた。
艶男は燕子花にそのわけを尋ねた。すると、燕子花は、竜神の性が体に残っており、川で水浴したいという思いが、流れる水への慕わしさをかきたてるのだ、と答えた。
そして、ひとりで思うまま水浴することができるよう、大井川をせきとめて、淀を作ってくれるよう、艶男に頼み込んだ。
艶男はさっそく国津神たちを集めて堰をつくった。この堰は大井の堰と名づけられ、あふれた川水が滝となって下流に落ちていく様は、壮観であった。
燕子花は月が昇った後に、艶男に告げて、ひとりで大井の川瀬に水浴に出かけた。艶男は妻の様子が腑に落ちないので、ひそかに大井の川瀬に出て、葦草の中に身を潜めて、妻の挙動をうかがっていた。
燕子花は真裸になって水中に飛び込むと、体は元の竜神の体に変じ、うろこの間の虫を洗い落としていた。
燕子花は水上に顔だけのぞかせて水浴していたので、艶男は燕子花が竜体に戻ってしまったことは少しも気づかなかった。そこで、みぎわ辺に立って、妻に歌いかけた。燕子花は答えの歌を歌い、もうすぐ水浴を終わって戻るから、心配せずに帰るよう、艶男に歌いかけた。
艶男が帰ったのを見届けて、燕子花は水中を駆け回り、水煙を上げて泳ぎ回ったが、ようやくみぎわ辺に這い上がると、呪文を唱え、人体と化した。そして、何食わぬ顔で夫の館を指して帰って行った。