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文献名1霊界物語 第79巻 天祥地瑞 午の巻
文献名2第3篇 伊吹の山颪よみ(新仮名遣い)いぶきのやまおろし
文献名3第20章 産の悩み〔2001〕よみ(新仮名遣い)うみのなやみ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
艶男と燕子花は、夏の初めに、大井川の淵に新しい舟を浮かべて、半日清遊を試みた。

艶男と燕子花は歌を歌いあったが、艶男は最近、藤ケ丘にあやしい煙が立っているのを不審に思っており、誰か人がいるのではないか、と思いを語った。

燕子花は驚きの色を浮かべて、藤が丘の煙を見るたびになぜか魂がおののき、朝夕に雲霧が立つのは、藤ケ丘に竜神が住んでいるのではないか、と懸念を歌った。

艶男は妻が嫌がる丘には近づかないようにしよう、と誓い、みぎわ辺に舟をつないで館に帰って行った。

二人が夕飯をすませて話しにふける折しも、燕子花はにわかに産気づき、陣痛が激しくなったので、かねてから設けてあった産屋にはいって戸を固く閉じた。

山神彦・川神姫はこのことを知るととても喜び、直ちに神殿に詣でて祈りの言葉をささげ祀った。

山神彦・川神姫が艶男の居間に来てみると、息子は腕を組み、黙ったまま青ざめた顔をしていた。山神彦夫婦がわけを尋ねると、艶男は妻の容態が心配でもあり、また生まれてくる子がもしや竜神ではないかと思うと、心が苦しいのだ、とわけを打ち明けた。

川神姫は、神の恵みを信じて心配しないように息子に諭した。そうするうちに、子供が無事に生まれたという知らせが一同に届いた。山神彦は、産婦は姿を見られるのを嫌うので、七日七夜、産屋に近づかないように厳命し、ふたたび神殿に額づいて、燕子花の安産の感謝をささげ、川神姫とともに寝殿に入っていった。

艶男は、父の厳しい戒めにも関わらず、妻や子を一目見ようと、月の照る庭を忍び忍び産屋に近づき、戸の外からすかし見れば、燕子花は竜の体となって、玉の子を抱いて眠っていた。

艶男は肝をつぶし、あっと叫んで逃げていったが、燕子花を目を覚まし、この姿を夫に見られたかと思うと恥じらいのあまり、戸を押し開けてまっしぐらに大井ケ淵の底深く飛び込んでしまった。

生まれた御子は、竜彦と名づけられた。
主な人物 舞台 口述日1934(昭和9)年07月19日(旧06月8日) 口述場所関東別院南風閣 筆録者内崎照代 校正日 校正場所 初版発行日1934(昭和9)年10月25日 愛善世界社版 八幡書店版第14輯 264頁 修補版 校定版376頁 普及版 初版 ページ備考
OBC rm7920
本文の文字数4046
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本文  艶男の別名を橘と言ふ。艶男の橘は妻の燕子花と共に、空澄み渡り風清き夏の初めを、大井ケ淵に新しき舟を浮べて半日の清遊を試みた。水は洋々として夏陽に輝き、流れゆるやかにして、そよ吹く小波を立て涼味津々たり。
 艶男は歌ふ。
『橘の花散る里の夕暮は
  風も匂ひて清しかりけり

 橘の香り床しく水の面に
  ただよひにけり夏の初めを

 橘の匂へるかげをふむ足に
  かをりのこるか舟の上清しき』

 燕子花は歌ふ。
『香に匂ふ花橘をしるべにて
  竜の島根ゆ吾は来にけり

 竜宮の花橘にくらぶれば
  香り床しき君にもあるかな

 わが恋ふる情の君のよそほひは
  あから橘匂へる如し

 五月闇あかして匂ふ橘の
  君はわが身の光なりけり

 ただならぬ花の匂ひにあこがれて
  水面に夕を橘のわれ

 橘の花は床しもその実さへ
  花さへ一入めでたくあれば

 橘の枝にふれにし心地して
  君がみ袖にすがりぬるかな

 水清き大井ケ淵の川ぞひに
  紫匂ふかきつばたあはれ

 朝夕の香り清しき橘の
  君に生命を任せけるかな

 夜な夜なを君が香りにひたされて
  花橘を偲びぬるかな

 わが袖は床しく香れり舟の上の
  川吹く風にさらされながらも

 夜な夜なの夢の枕もかむばしや
  花橘の君が袖の香

 久方の雲間の星も降り来て
  橘の上に輝き給へる

 わが宿の朝夕を匂ひたる
  岩燕子花と伊添ひゐるかも

 燕子花匂ふ川辺に棹さして
  思ふことなし今日の遊びは

 花の香はうつらずあれと神かけて
  二人が幸を祈りけるかな』

 艶男は歌ふ。
『大井川波の綾織る燕子花の
  君と楽しく川遊びすも

 小波の色も紫匂ふなる
  君は床しく竜宮の花かも

 川水に影をしたせる橘の
  花美しき汝が面かげ

 袖にしむ花橘の香りすも
  愛しき君と舟に遊べば

 燕子花匂へる妹が手枕を
  思へば春は久しかりけり

 夕風に契る二人の真心を
  月もゆるすかほほ笑み給へる

 村雨の露にしをれてうなだるる
  君のよそほひ愛しかりけり

 うたた寝の枕に通ふ燕子花の
  夢は夜な夜なあたらしきかも

 橘の下吹く風のかむばしさも
  汝が色香に如かざりにけり

 わが庭に清しく匂ふ燕子花
  水に写して見るはさやけし』

 燕子花は歌ふ。
『わが君の情の言葉にほだされて
  わがまなかひに五月雨の降る

 真清水を深く湛へしこの淵に
  思ふことなく二人遊ぶも

 白萩は水底に清く咲きにつつ
  二人が影を眺めゐるかも

 尾の上吹く風にゆられて女郎花
  花は水底にうつろひゐるも

 水上山斜面に匂ふ女郎花の
  やさしき姿うつれる川水

 宵々を君に許されこの淵に
  遊ぶわが身は楽しかりけり

 いとこやの君の情はこの淵の
  水底にまして深かりにけり

 千重の波ふみて渡りし燕子花の
  わが身を永く愛でさせ給へ

 竜神の島より植ゑし燕子花の
  花は常世に捨てさせ給ふな』

 艶男は歌ふ。
『男の子吾花橘の香りもて
  幾千代までも君を守らむ

 汀辺に清しく匂ふ燕子花
  見るもさやけき舟の上かな

 水底にうつらふ花の影見れば
  わが魂もうるほひにけり

 水上の速瀬を見れば藤ケ丘の
  あたりにあやしき煙立つ見ゆ

 何人の住めるか知らず藤ケ丘の
  けむらふ見れば人のあるらし

 近寄りて尋ねみむかも燕子花
  汝が心を知らまほしけれ』

 燕子花は稍驚きの色をうかべて歌ふ。
『水上は瀬の速ければ危ふからむ
  これの淵瀬にあそばせ給へ

 藤ケ丘のけむらふ見つつ何故か
  わが魂は戦きやまぬも

 竜神の棲めるにやあらむ朝夕に
  藤ケ丘辺に雲霧立つも

 世の中に恐るることなき身ながらも
  藤ケ丘辺はもの憂かりけり』

 艶男は歌ふ。
『さもあれば吾は行かまじ燕子花
  いとへる丘に登ると思はず

 吾もまた心あやしく思ひけり
  朝夕べに立つ雲霧を

 天津陽は傾きにけりいざさらば
  花園をぬひて館にかへらむ』

 斯くて二人は汀辺に舟を繋ぎおき、花咲く丘を右へ左へたどりながら、館をさして帰りけり。二人は睦じく夕飯をすませ、四方山の話にふける折しも、俄に陣痛激しく産気づきければかねて設けし産屋に、真砂、白砂は、送り行きて柴の戸を堅く閉ぢ、館に帰り来り、山神彦、川神姫の御前に、御子生れませる時の迫りしを伝へければ、二人の老神はいたく喜び給ひて、直ちに神殿に参詣で、祈の言葉を捧げまつりぬ。

『掛巻も綾に畏き久方の天にまします主の大御神、この国内を開き給ひし大御祖の御前に謹み敬ひ願ぎ奉る。あはれあはれわが子艶男と、先の日妹背の契を結びたる燕子花はも、日足らひ月をみたして御子産まむ時の迫りければ、主の神等の深き広き厚き大御恵みに依りて、安く穏かに美子を産ませ給へ。生れし御子は此の国の永久の司として、喪無く事なく永久に命を保ち、国津神の安きを守らせ給へ。吾等夫婦は既に年老いて唯一柱艶男を力と頼みゐたりしに、幸なるかも竜の島根より迎へ来りし燕子花姫の御腹満ちて、今日目出度き日とはなりにけり。仰ぎ願はくば燕子花姫の産屋は安く平らけく清くさやけく貴の子を産み了せ給へと、大前に御幣帛奉り山川海野の種々の甘美物、八足の机代に横山の如く置き足らはして奉るさまを、平らけく安らけく聞し召せと申す』

と敬々しく祝詞を宣り終へ、静々と艶男が居間に来て見れば、艶男は腕を組み、黙然として顔青ざめゐたりけり。山神彦夫婦はいぶかりながら、
『我国の司生れますよき日なるを
  汝は何故沈み居るにや

 水上山ひらき初めてゆ今日の如
  目出度きよき日はあらざらましを』

 艶男は漸く面をもたげ、重々しき口にてわづかに歌ふ。
『嬉しさの限りなれどもわが妻の
  産みの悩みをおもひて沈める

 玉の緒の生命の峠ふみ越えて
  御子を産ますと思へば苦しき

 わが為にならむと思へば燕子花
  心かなしくなりにけらしな

 生れし子は健かなれと祈りつつ
  他に一つのわれなやみもてり

 若しや若し竜の御子をば産まむかと
  思へば苦しき今宵なりけり』

 川神姫は艶男の心を慰めむとして歌ふ。
『天地の神の恵みのふかければ
  安く生れむさかしき神の子

 村肝の心悩ますことなかれ
  美しき御子は安く生れむ

 わが家の宝の御子の生れ来る
  今日の目出度き日がらを祝へよ

 燕子花姫は雄々しくふるまへば
  今日の産屋はうら安からむ』

 かかる折しも、遠く看守の役を務めたる真砂は、あわただしく入り来り、満面笑みを湛へながら、
『美しき玉の御声は柴の戸の
  中より清くひびき来れり

 わが君よ喜び給へ貴御子は
  今産声をあげさせ給へり

 戸をあけて入らむと思へば姫神は
  いたくこばませ給ひたりけり

 天地の開けし心地ただよひて
  勇み喜び知らせ奉るも』

 山神彦は喜び歌ふ。
『ありがたし神の恵みの幸はひて
  わが孫安く生れたりけり

 今しばし産屋の御戸を開くまじ
  産婦は姿見らるるをいとふ

 七日七夜産屋に近づくことなかれ
  未だ血の若き産婦なりせば

 驚きて生命死せむもはかられず
  必ず産屋の戸はひらくまじ』

と戒めおきて再び神殿に額き、燕子花の安産せし事を感謝し、川神姫と共に、夜も更けたればとて寝殿に進み入る。艶男は余りの嬉しさに、妻は如何に、わが子は如何にと、たとへ父の厳しき戒めなればとて、最愛の妻や待ち設けたる御子の顔を見ずして止むべきやと、月照る庭を忍び忍び、産屋に近寄り戸の外よりすかし見れば、豈計らむや、姿優しき妻の燕子花は、全身太刀膚の竜体となりて、玉の子を抱き安々と眠り居るにぞ、艶男は一目見るより胆をつぶし、あつと叫びながら逃げ行く音に、燕子花は目をさまし、わが浅ましき此姿を夫の君に見られたるかと恥らひの余り、戸をおし開けて驀地に大井ケ淵の底深く飛び込みにける。生れたる子の名は竜彦と名づけたり。
(昭和九・七・一九 旧六・八 於関東別院南風閣 内崎照代謹録)
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【霊界物語誕生百周年】
大正10年(1921年)10月18日に王仁三郎が霊界物語の著述を開始してから
令和3年(2021年)10月18日で百年目を迎えます。
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