艶男は岩ケ根をはじめとする四天王の言葉を尽くしてのいさめに、死を思いとどまったが、なぜか大井の淵が恋しくてたまらず、朝夕に船を浮かべて遊ぶのを、唯一の慰めとしていた。
岩ケ根は、艶男にまさかのことがあってはと、真砂、白砂を監視として舟遊びに伴わせていた。
小雨が降る夕べ前、大井ケ淵にしばし舟遊びを試み、黄昏の幕が迫るころ、不思議にもかすかな声がどこからともなく聞こえてきた。よく耳を澄ませば、以前に竜の島で艶男に思いをかけていた、白萩の悲しげな声であった。
白萩は、艶男が燕子花と逐電したことに恨みを述べ、故郷の竜の島根を捨てて、藤ケ丘に移り住んだのだ、と歌った。艶男は、自分も木石ならぬ身ではあるが、一つの身でいかにできよう、と返し、自分もまた今は悲しみの淵にあり、今はただ両親のために生き長らえているのみなのだ、と歌った。
すると、今度は白菊の悲しげな声が聞こえてきて、やはり艶男への恨みを歌った。艶男は、白菊のことを忘れたことはなく、ただ時を待つように、と歌った。
また、今度は女郎花の声が、艶男への恨みを歌った。歌が響くおりしも、淵の水はにわかに大きな波紋を描き、水煙とともに、人面竜身の燕子花が立ち現れた。
艶男、真砂、白砂は驚き呆然としたが、波紋はますます激しく、舟も覆ろうとするばかりの荒波となった。艶男は意を決して、自分の恋する燕子花のすさびがこれほどまでなら、もはや自分は水の藻屑となろう、と歌った。
真砂、白砂は驚いて艶男の手をしっかりと握り、艶男を諭して押しとどめようとしたが、一天にわかに掻き曇り、暴風吹きすさみ、大地は震動して、荒波のたけりに舟もろとも、三人の姿は水中深く隠れてしまった。
これより日夜の震動やまず、雷とどろき、稲妻はひらめき、暴風が吹きすさんで雨は盆をかえしたように激しく降ってきた。水上山の聖場は阿鼻叫喚の巷と化し、岩ケ根は竜彦を背に追って高殿に避難して難を免れた。国津神たちは右往左往し、泣き叫ぶ様は目も当てられない惨状となってしまった。
ここへ、天より容姿端麗な女神が、四柱の侍神を伴って、この場に降ってきた。