エールス王、妃サックス姫、左守チクターの三名はある日、大栄山の絶勝地に月見の宴を張った。ここは奇岩の岩壁の上から、はるかに深く早く流れる水乃川を見下ろす絶景の奇勝である。
エールス王は月明かりに照る紅葉をめでながら、左守チクターの追従の歌にいい機嫌になり、泥酔してろれつも回らないほどに飲んでいた。
実はサックス姫と左守のチクターは深い恋仲になっており、折あらば王を亡き者にして思いを遂げようと画策していたのであった。チクターが目配せすると、サックス姫は全身の力を込めて、エールス王を断崖から突き落としてしまった。
サックス姫とチクターは示し合わせて、エールス王が泥酔して水乃川に落ちたと城内に触れ回り、表面は悲しげな風をして、配下の者たちに王の捜索を命じた。
この騒ぎに軍師エーマンは夜中急ぎ登城し、サックス姫、チクターの様子を見て首をかしげたが、何も言わずに黙っていた。
やがて、水乃川の深淵でエールス王の遺体が発見され、型のごとく葬儀が行われた。以後、サックス姫は女王としてサール国に君臨し、チクターは依然として左守を務めることとなった。