大栄山の南面にある真珠の湖には多くの人魚が生息していた。人魚たちは湖の東西南北に人魚郷を作って平和に暮らしていたが、イドム王の部下が襲来して人魚の乙女を捕らえて行く事件がたびたび起こっていた。
そこで、国津神たちの襲来を防ぐために空き地に鋭くとがった貝殻を敷き詰めるなど、防衛線を敷いて警戒する態勢になっていた。
あるとき、東西南北の各人魚郷の酋長たちは、湖の中央にある真珠島に集まり、協議をこらしていた。
イドム国が戦に破れて、サール国に城を奪われたニュースは人魚たちの下にも届いていた。人魚たちは、サール国王エールスが荒々しい気性の持ち主であると聞いていたので、必ずやイドム国にも増して、人魚の乙女を捕らえに兵隊を遣わしてくるだろうと予測していたのである。
酋長たちは協議の結果、サール国の兵隊が来たら、岸に山が迫っていて険しい北郷にすべての人魚を避難させ、敵を迎え撃つ作戦を練った。
折りしも、サール国女王となったサックスは早速、数百の騎士を従えて大栄山に登ってくると、人魚を捕獲しようと真珠の湖に迫ってきた。
東西南北の酋長たちは、さっそく人魚たちに知らせを出して、全員を北郷に避難させた。酋長たちは、真珠島の岩頭に立って、サール国の騎士たちを待ち構えていた。
サールの騎士たちは東、西、南の人魚郷を目指して馬に乗ったまま湖に飛び込み襲ってきたが、一人の人魚も見つけることができず、泳ぎ着かれて溺れ死ぬ馬が続出した。
サックス女王は一度岸に引き返し、丸木舟を作って湖の奥に進む作戦に変更した。真珠島に上陸して人魚の酋長を捕らえ、人魚たちの隠れ家を自白させようとしたのである。
しかし、丸木舟が真珠島に近寄ってくるやいなや、酋長たちは島の断崖の上から、いっせいに真珠の岩を岩石落としに投げつけた。
あわれ、女王をはじめ従軍していた左守チクター、数多の騎士たちは舟もろとも湖中に沈没し、水の藻屑と消え去ってしまった。これ以降、真珠の湖を侵して人魚を攻めようとする者もなく、ここは神仙郷として人魚たちは栄えることとなった。