サール国王エールスは、イドム城を落としたときに、多くの敵軍を捕虜として捕らえ、牢獄につなぐために、サール国に護送させていた。
サール国には大栄山から流れる、うす濁った木田川という川が流れており、川を越えた東側の丘陵の木田山に城があった。
サール国の太子エームスは、木田山城の師団長として留守を守り、数多の敵軍の捕虜が護送されてくるのを朝夕眺めていた。
ある日、捕虜の中に美しい三人連れの美人を認め、たちまち恋慕の情にとらわれると、敵国の女性であろうとも何とかして妻にしたいと煩悶苦悩するようになってしまった。この三人の美女とは、アヅミ王の娘チンリウ姫、侍女のアララギ、姫の乳母の娘センリウの三人であった。
太子エームスの侍臣、朝月と夕月は、太子の様子がただならないことに気づき、心を痛めてなんとかして太子の気を晴らそうと、さまざま歌や踊り、小鳥や虫の鳴き声などを催してみたが、太子は日に日に憔悴していくばかりであった。
ある日朝月、夕月は太子に花ケ丘の清遊を進めようと、花咲く丘の美しさを歌に歌った。太子は花鳥風月に心は動かず、花ケ丘に咲く花ではない花に、今は心を奪われているのだ、とそれとなく自分の思いを歌に歌った。
朝月は太子の心を察し、自分が太子の花への使者となりましょう、と歌うと、太子は、自分が恋焦がれる花は、実は敵国の捕虜の中にいるのだと歌い、高貴な身なりから、間違いなくあれはアヅミ王の王女であろうと明かした。
太子は、王女にとって自分は親の敵であり、どうやって王女の心を掴んだらよいか、朝月、夕月に相談を持ちかけた。朝月、夕月はなんとしても王女に太子の心を伝え心をなびかせてみようと、太子の思いを承った。
かくして、朝月、夕月はひとまず太子の前を下がっていった。太子は一人、木田川の流れを眺めながら、述懐の歌を歌っていた。侍女の滝津瀬、山風がお茶を汲みに参上したが、太子の心は晴れず、茶にも菓子にも手をつけずにうつむいていた。
侍女たちは太子の様子を心配するが、太子もう夜が遅いのでひとまず下がるように言いつけ、侍女たちは下がっていった。かくして、木田山城の夜は更けていった。