番号 | 文献名1 | 文献名2 | 文献名3 | 著者 | 発表年 | 詳細 | 本文内のヒット件数 | プレビュー(最大 8 件まで表示) | 番号 |
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1201 | 大本七十年史 上巻 | 第2編 >第3章 >4 文書宣教 | 社会の反応 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...明治座でこれを映写したくらいである。 芥川竜之介も「神諭」をよんでいた。浅野が海軍......福三郎の娘と親しい間柄にもあったので、芥川が大本を知る機会はおおかった。 倉田百三......・攻撃した雑誌広告 p485○小山内薫 p486○川竜之介 p487○明治座で上映された 丹波の... | 1201 |
1202 | 大本七十年史 上巻 | 第2編 >第3章 >5 大正日日新聞 | 日刊新聞の経営 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...にその編集陣は、大阪朝日を退社した鳥居素川を主筆兼編集局長としており、大朝の退社組......した発端は、白虹事件にあったから、鳥居素川らのグループが大本の陣容にくわわるという......四郎・編集局長岩田久太郎・編集顧問鳥居素川・同芝本清次・政治通信部長池沢原次郎・社... | 1202 |
1203 | 大本七十年史 上巻 | 第2編 >第3章 >5 大正日日新聞 | 抵抗と閉社 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...なった。そして八月三日には、本社を大阪淀川の......川畔にある天満筋四丁目に移転するにいたり、... | 1203 |
1204 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第1章 >1 事件の背景 | 事件の背景 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...働総同盟友愛会の指導のもとに、足尾銅山・川崎造船所・東京市電などのストライキが続出... | 1204 |
1205 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第1章 >2 最初の警告 | 第二回調査 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...的にて組織せる修斎会京都支部なる東洞院夷川下る梅田常次郎方に引取り宿泊したり。同支... | 1205 |
1206 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第1章 >3 検挙への動向 | 第二の警告 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...けとめられた。たとえば、京都府警務課長歌川警視が、警察事務視察のために丹波方面へ出......もしくはそれ以上の法の執行にあうという、川村竹治警保局長の談話が報ぜられたりもして......るるやも知れぬ。 当時の馬淵京都府知事や川村警保局長の談話によってみても、当局の関... | 1206 |
1207 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第1章 >3 検挙への動向 | 告発 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...について詳細な報告をおこなった。そのあと川村警保局長は、大本教にたいする監視を要望......定したかどうかはあきらかでない。二八日の川村警保局長の主宰する会議では、今後なお真... | 1207 |
1208 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第2章 >1 検挙 | 検挙 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...された。 この日綾部では、浅野のほかに湯川貫一・井上留五郎・石井弥四郎・外山豊二・......の未決監に収容された。この日綾部暑から中川捜査主任に護送された浅野和三郎は、京都検... | 1208 |
1209 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第2章 >1 検挙 | 第二回家宅捜査 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...二七日の日曜日を期して、益田予審判事は滝川検事・書記一人・刑事三人とともに、麴町区... | 1209 |
1210 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第2章 >1 検挙 | 検挙の目的 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...挙をなすにいたったであろうか。警保局局長川村竹治は、当局の検挙目的についてつぎのよ... | 1210 |
1211 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第2章 >2 事件の影響 | 信者への迫害 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...にもかなり多数あった。大阪の騎兵四連隊長川崎中佐が、大本信者であるという理由から待... | 1211 |
1212 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第2章 >2 事件の影響 | 責付出獄 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...・桜井同吉とともに出頭したところ、綾部署川勝刑事ほか二人の立会いのもとに、改築すべ... | 1212 |
1213 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第2章 >3 公判 | 教団の改革 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...の大異動をおこない、大日本修斎会会長に湯川貫一、副会長に井上留五郎と篠原国彦をそれ......篠原国彦をそれぞれに任命し、大道場長は湯川貫一が兼務することにした。公判の結果をお... | 1213 |
1214 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第2章 >3 公判 | 第一審 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...・渡辺の四名がなり、特別弁護人として、湯川・篠原・岩田・井上が出廷することになって... | 1214 |
1215 | 大本七十年史 上巻 | 第3編 >第2章 >3 公判 | 本宮山神殿破壊 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...のは、その一一日にいたって、王仁三郎と湯川が京都府庁に召喚され、高橋内務部長・宮脇......決定にしたがって亀岡にうつされ、会長に湯川貫一、取締兼財務世話係に東尾吉三郎、以綿......き天地のしじまの中に虫の声わがすすり泣き川のせせらぎという歌意にもよくうたいあげら... | 1215 |
1216 | 大本七十年史 上巻 | 第4編 >第2章 >2 あらたな胎動 | バハイ教徒の来綾 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...瑞祥会の初代会長には修斎会会長であった湯川貫一が就任し、以下役員もこれに準じた。事... | 1216 |
1217 | 大本七十年史 上巻 | 第4編 >第3章 >2 満蒙をめぐる政治情勢 | 盧占魁の経歴 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...一九二一年のころ、雲南の葉荃とともに、四川省にはいって四......川軍を組織し、ついで唐継堯のすすめで雲南に... | 1217 |
1218 | 大本七十年史 上巻 | 第4編 >第4章 >2 人類愛善会の創立 | 規約改正と組織・活動 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...ていった。そのなかでも異色を示したのは石川支部である。支部長には東本願寺関係の石......川舜台、顧問には永井柳太郎がむかえられ、石......舜台、顧問には永井柳太郎がむかえられ、石川県各界の代表的人物で結成された。 また総... | 1218 |
1219 | 大本七十年史 上巻 | 第4編 >第4章 >3 海外への発展 | 宣伝使の欧州派遣 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...ッタワでは聴衆のもとめによって謡曲「隅田川」などをうたったりした。 一〇月二四日、... | 1219 |
1220 | 大本七十年史 上巻 | 第4編 >第4章 >4 あらたな建設譜 | 機構の改革と人事 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 6 件/川=6 | ...重雄・副会長高橋常祥・河津雄・祭務課長湯川貫一・次長湯......川遙・教務課長森速雄・次長湯浅仁斎・内事課......・次長湯浅仁斎・内事課長中野岩太・次長谷川常清・霊祭課長橋本亮輔・次長後藤康仁・出......平蔵・高木鉄男・岩田久太郎・梅田信之・湯川貫一 「神教伝達使」の名称を「信教宣伝使......明子・高木鉄男・四方平蔵・岩田久太郎・湯川貫一・有国九皐・森速雄・土井靖都・湯浅仁......橋本亮輔・筧守蔵・前田満稲・字城省向・樋川治国・小高神孫 信教宣伝使の内容は『霊界... | 1220 |
1221 | 大本七十年史 上巻 | 第4編 >第4章 >4 あらたな建設譜 | 債務の整理 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 5 件/川=5 | ...の九月四日、さらに京都地方裁判所から、滝川寿一郎家督相続人滝......川辰郎および田中豊穎の両人より、栗田弁護士......ことになった。 このときの債権請求は、滝川辰郎─五〇〇〇円、田中豊頴─九〇〇〇円の......らない」といましめた。 一一月一八日、滝川らの訴訟による民事裁判は京都地方裁判所で......、一二月二三日、判決があったが、原告、滝川辰郎ほか三人の勝訴となり、請求総額二万一... | 1221 |
1222 | 大本七十年史 上巻 | 第4編 >第4章 >4 あらたな建設譜 | 暁天の機運 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1964刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...天』(和歌・俳句・冠句・漢詩・雑歌)が湯川貫一ほかの選者によってえらばれたが、それ......行は米子の藤田武寿宅・皆生温泉・鳥取の山川石太郎宅をへて加露神社に参拝し、由良の遠......以都雄佐藤尊勇桜井重雄伊藤栄蔵土居重夫米川清吉編集参与(五十音順)京都大学助教授 ... | 1222 |
1223 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第1章 >1 現界的活動へ | みろく大祭 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...男・岩田久太郎・御田村竜吉・東尾吉雄・湯川貫一・四方平蔵・梅田信之・中野武英・湯浅......二三(大正一二)年には北海道・長野・神奈川・愛知・京都・大阪・兵庫・山口・福岡・長... | 1223 |
1224 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第1章 >1 現界的活動へ | 大祭後の動き | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...北手にあつた三坪ばかりの小さい庭に、和知川から小石を拾ふて来ては、積んで楽しんで居......蒙親善のたちばから、田中義一・頭山満・小川平吉・望月圭介・鈴木喜三郎・平沼騏一郎・... | 1224 |
1225 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第1章 >1 現界的活動へ | 聖師巡教の旅へ | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 13 件/川=13 | ...をうけるということがあった。また一行は香川県の白鳥をへて高松にはいったが、高松市讃......ようとすると、警官は講演の中止を命じ、香川県下の講演会はわずか二ヵ所にとどめさせら......ぎのようなこともあった。五月一四日、吉野川の......川上の坂本河原では、地元の有志や青年団が歓......亨ほか三人である。福井県武生の米倉邸・石川県の大聖寺・山代・粟津・御幸・苗代・小松......いたところである。 ついで一行は加賀・犀川・七尾・瑞澄・中島などの分所・文部および......むかった。そして太美山・三五・月光宮・新川などの分所・支部をめぐり、新潟県寺泊の藤......月三一日には山形県にはいった。酒田・月光川・藤ヶ崎・日光川などの分所・文部を巡教し... | 1225 |
1226 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第1章 >2 教線の拡充 | 巡教活動 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...いる。 一方、山陰地方には井上留五郎・湯川貫一・西村光月らが出張し、九州地方には東......宮城・福島・群馬・栃木・埼玉・東京・神奈川・静岡の各別院・分院・分所・支部にたちよ......日には富山県におもむき、一二月五日には石川県にはいり、さらに福井県をへて、じつに五... | 1226 |
1227 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第1章 >2 教線の拡充 | 満州巡教と世界紅卍字会 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 5 件/川=5 | ...島根別院とよぶことになった。また島根県簸川郡東村の吾郷勝哉邸は、素盞嗚尊にゆかりの......聖師は大阪在住の中国人有力者で開設された川口道院の開院式に臨席している。 聖師が、......の随行で北海道にかかい、函館から室蘭・旭川・稚内などへおもむいた。北海別院では宣伝......四国巡教の旅におもむいた。高知・徳島・香川・愛媛の各県を巡教し、一二月二四日に帰綾......頭山満・内田良平・三浦少将・会田医博・満川拓大教授・前田夕暮そのほか八〇余人を招待... | 1227 |
1228 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第1章 >2 教線の拡充 | 海外の宣教 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 9 件/川=9 | ...一九二六(大正一五)年の六月には、平壌の川田兵太郎・鎮南浦の児島宏が本部から吉原亨......和二)年の一一月には、筧守蔵が派遣され、川村釜山支部長をたずねて講演と病気お取次を......ねて講演と病気お取次をし、さらに京城・仁川をへて春......川の......川崎勇宅におもむいて、平壌と鎮南浦などで宣......)年はじめに宇城特派は、平壌・鎮南浦・仁川・釜山・清津・木浦・元山などで聖師の作品......お取次をしたことから、親族の田力常信・源川春雄・大塚清蔵・犬塚三郎らが入信、順次信......びよせた。そしてこの年八月三一日には長谷川善録・門脇栄孝らも渡墨した。大塚は一九二... | 1228 |
1229 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第1章 >3 教団発展への動き | 宗教と芸術 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...聖師は青年のころから、狂歌・狂句・冠句・川柳などに趣味をもち、さらに岡田惟平に師事......戸を負はせ玉ひて、八雲立つ出雲の国は肥の川上に八岐大蛇を退治し賜ひ、手撫槌、足撫槌......あけび」には堅田落雁。「アララギ」には玉川清風といったぐおいで投稿されたのである。... | 1229 |
1230 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第1章 >3 教団発展への動き | 本部の体制 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...正一一)年から初夏には水難よけとして和知川で修祓がおこなわれていたが、一九二六(大......)年からはこれを年中行事とさだめて、和知川清祓式ととなえることになった。 各家祖霊... | 1230 |
1231 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第1章 >3 教団発展への動き | 梅花運動 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...石丸順太郎・木下雅楽麿、朝鮮=松並高義・川崎勇、満州=深水静・西村秀太郎、ブラジル... | 1231 |
1232 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第2章 >1 満州事変と大本 | 宣統帝問題 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 16 件/川=16 | ...会談して二七日に亀岡に帰り、翌二八日には川島浪速と、その娘芳子らと面談した。......川島との会談では側近のものを遠ざけ、......川島が耳が遠かったので筆談しているが、その......の中には「うつかり離すと、つまらぬ者に利川さるる恐れあり、大本はすべて神示によりて......いる。 一〇月二五日には「万朝報」の長谷川社長から「恭親王(溥儀一族)から迎へに来......こと軍部の諒解得たか」と返電し、翌日長谷川から「電報拝見軍部諒解してるどころか援助......昭和六年の六月一一日、参謀本部作戦部長建川美次少将を委員長として「満蒙問題解決方策......田鉄山・参謀本部次長二宮治重・作戦部長建川美次・情報部長橋本虎之助、その他重藤支那... | 1232 |
1233 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第2章 >1 満州事変と大本 | 一九三一年(いくさのはじめ) | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...加の、数より多き迦具槌に打たれ砕かれ血の川の、憂瀬を渡る国民の、行く末深く憐みて…... | 1233 |
1234 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第2章 >2 皇道運動と大本 | 昭和青年会と防空運動 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...」を京都の岡崎公会堂において主催した。 川崎中佐指擇のもと、各地から参集した昭和青... | 1234 |
1235 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第2章 >2 皇道運動と大本 | 満蒙博覧会に大本館特設 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...、総統補および学友関係者の白石・小山・佐川や大国などがその講演会に出席して熱弁をふ... | 1235 |
1236 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第2章 >2 皇道運動と大本 | 諸運動の展開 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...。そして本部旗・支部旗を先頭に、統務委員川崎中佐の総指揮のもと、京都東本願寺の大会......防運動 愛国恤兵財団助成の資金カンパ 旭川 p138○対国際連盟緊急大会 東本願寺に集... | 1236 |
1237 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第3章 | 創立にいたるまで | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...会亜細亜本部の次長米倉嘉兵衛と常任理事高川宅次に、貴志中将・建......川少将や陸軍省をたずねさせて、その月の二〇... | 1237 |
1238 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第3章 | 声明・主義・綱領 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...議員一条実孝・岩城隆徳・津村重舎、伯爵香川桜男、衆議院議長秋田清、衆議院議員吉田靭......鈴木堯、国学院大教授中村至道、拓大教授満川亀太郎、専大教授吉田衛、早大助教授吉村正......・高田集蔵、日医大講師中村康、専大講師吉川兼光、政治学博士五来欣造、医学博士井上重... | 1238 |
1239 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第3章 | 海軍軍縮条約廃止運動 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...関根大佐・武富大佐・南郷少将・拓大教授満川亀太郎・下位春吉・深町霊陽らであった。 ... | 1239 |
1240 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第3章 | 地方組織の拡大 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...太支部(藤枝町小学校)・二一日榛原支部(川崎町小学校)。 以上が統管の出席した各地... | 1240 |
1241 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第3章 | 農村救済運動 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...をはじめとして島根・岡山・高知・徳島・香川・愛媛・熊本・佐賀・長野・福島・茨城・山... | 1241 |
1242 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第3章 | 天皇機関説と人類愛善新聞 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...報道した。たまたま二月一四日昭和神聖会香川支部の講演会席上において、講師として壇上......た。三月中旬号の「人類愛善新聞」はこの香川支部講演中止を不当としておおきくとりあげ... | 1242 |
1243 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第3章 | 創立一周年 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 5 件/川=5 | ...北海道地方本部の発会を最初として、三日旭川・四日小樽・六日帯広・七日山部の大本北海......部を設置し、副統管の臨席のもと、東京多摩川に玉......川研究所の開所式をおこなうことになる。部長......は出口宇知麿副統管 p200○昭和神聖会映画部川研究所 東京 多摩......川 p201○愛善陸稲の奨励 亀岡天恩郷での全... | 1243 |
1244 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第4章 >1 巡教 | 聖師の巡教と歌碑 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 6 件/川=6 | ...かつて人類愛善会北陸分会長であった名僧石川舜台を慰霊するために道林寺をたずね、一九......・加藤を随行として長沢夫妻一行六人と保津川を舟でくだり、大阪を見物後大阪分院に一泊......幕式にのぞんだ。この白雲歌碑には、〝日野川の水源とほしも大山の尾根に湧き立つ雲につ......だ。歌碑には、〝蓬莱のしまの要よ草山は山川すがしく生きの極なし〟と歌われており、憧......は宗教の対立紛争として大きく報道した。石川県能美郡御幸村字串の土地二万〇〇八八坪が......設された北陸別院全景 左端は言霊歌碑 石川県月津 p217○聖師の巡教はやすみなくつづ... | 1244 |
1245 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第4章 >1 巡教 | 日出麿師の宣教と教化 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 5 件/川=5 | ...している加藤朝鳥・室伏高信・倉田百三・小川未明・布利秋等との座談会に出席、二七日に......はいった。朝鮮では新義州・平壌・京城・春川・仁......川・大田・釜山の各地をまわり一五日下関に上......ため伊藤を随行として出発、高知・徳島・香川・愛媛各県の各分所支部四三ヵ所を巡教した...... 前列左2人目から布利秋 出口日出麿 小川未明 倉田百三 室伏高信 加藤朝鳥 p220... | 1245 |
1246 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第4章 >2 教団の充実 | 神苑の造営と祭事 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...られ、瀬織津姫の行事には先頭に立って和知川におもむいた。二月二八日、聖師の命により... | 1246 |
1247 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第4章 >2 教団の充実 | 文書宣伝 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...、昭和神聖会は昭和一〇年六月一日東京多摩川に映画部玉......川研究所を開設し、「皇軍と少女」を制作した... | 1247 |
1248 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第4章 >2 教団の充実 | 二代教主と鶴山織 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...士和歌集』の書物によって入門の緒をえ、湯川貫一の古今集講座によって和歌の手ほどきを......章)。当時のペンネームには木の花暁丸・中川窕子・橘雪・葛原けい等がつかわれていた。......われていた。 そのほか、茶道は裏流の長谷川宗美に、謡仕舞は宝生流の中野茗水に、八雲... | 1248 |
1249 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第4章 >3 教勢の拡大 | 諸団体の活動 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 6 件/川=6 | ...火には東海主会を慰問にあたらせ、一〇月石川県小松町の大火には、北陸主会に指令すると......た。 一九三三(昭和八)年一月新潟県糸魚川町の大火には、主会に指令して救援に活躍し......た。 七月北陸地方に大水害がおこり、手取川の氾濫による洪水はことに激甚であった石......川・富山両県下の一市七郡におよび、罹災者二......鶴要港部防備隊・横須賀海軍砲術学校・神奈川県警察部・警察練習所・大津警察署・在郷軍......句一一一回・冠短句八〇回・随意句八六回・川柳二九回、その他自由律短歌・詩歌・随筆等... | 1249 |
1250 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第4章 >3 教勢の拡大 | 海外での発展 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 8 件/川=8 | ...した。末吉はさらに匪賊の巣窟といわれる金川県に愛善村を建設し、また第一区前遷安堡村......は鴛海真彦、竜山では猪口金一、京城では西川健次郎・中山盛三郎・牧謙三らが宣教に従事......。そして東部連合会は蓼沼専之助、中部は西川、西部は井町吉三がそれぞれ連合会長となっ......合会では畑光圀、東部では中溝菊次、西部は川田兵太郎、中部は山本作次が管下の特派とな......高木真輝・池田元・高橋義衛・土屋弥広・米川清吉・今村清麿・松田寿光らの青年奉仕者が......に大本の支部を設置し、三木栄を支部長に宮川岩二を次長とした。三木栄は東京美術学校出......会員を獲得した。 南米ペルーのリマ支部長川上修爾は、「人類愛善新聞」の拡張につとめ......人類愛善会支部がつぎつぎに結成された 金川県支部 p277○皇道大本天津分院 人類愛善... | 1250 |
1251 | 大本七十年史 下巻 | 第5編 >第4章 >3 教勢の拡大 | 大本記事の報道 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...・北海道)樺太日日新聞・北海タイムス・旭川新聞・函館新聞・函館毎日新聞・函館日日新......ほか三社。(四国)愛媛新聞・海南新報・香川新報・徳島日日新聞・徳島毎日新聞ほか一社... | 1251 |
1252 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第1章 >1 弾圧の動機 | 弾圧の背景 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...文夫であり、後藤直系の唐沢が警保局長、相川勝六が警保局保安課長になっている。その唐... | 1252 |
1253 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第1章 >1 弾圧の動機 | 軍部・右翼との関係 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 5 件/川=5 | ...つたえられていた。また参謀本部作戦部長建川美次少将から、六月一日に「満蒙問題解決方......見るべきものあり。……愛国団体としては大川周明の行地社、岩田愛之助の愛国社等を指導......る。これに呼応して民間ファッショ団体の大川一派、藤田勇一派、岩田愛之助の愛国社、佐......九三三(昭和八)年の四月には、京大教授滝川幸辰の自由主義的な『刑法読本』が問題とな......法読本』が問題となり、辞職か強要されて滝川事件かおこっている。社会大衆党も軍部にこ... | 1253 |
1254 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第1章 >1 弾圧の動機 | 昭和神聖会と国家改造運動 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 4 件/川=4 | ...のように記されている。「唐沢警保局長、相川保安課長、吉垣事務官来庁、国家改造上奏請......く。……〔保安課長兼高等課長内務事務官相川勝六の名刺に書かれたメモ〕……資金の出所......上目的を貫徹すべし等の主張」をしたので、川島陸相・大角海相も強硬態度で閣議につめよ......た直後の一九三六(昭和一一)年一月に、相川警保局保安課長の指令によって、田中・松崎... | 1254 |
1255 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第1章 >2 検挙への準備 | 大津会議 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...京都府特高課(杭迫・高橋・奥永・蔵本・小川)の三者会談がおこなわれることになり、昭...... 綾部 p360○奥永不可止 高橋誠治 p361○川貢 蔵本岸松 p362... | 1255 |
1256 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第1章 >2 検挙への準備 | その前日 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 4 件/川=4 | ...のぞむため綾部を出発した。途中鳥取市の山川石太郎方に一泊して、鳥取分院の開院式をお......院の開院式をおこなったが、聖師の泊った山川宅は夜どおしきびしい監視がつづけられてい......どおしきびしい監視がつづけられていた(山川日出子談)。そして七日午後一時には、多数......八五人を二中隊にわかち、坂根松江署長・古川警務課長を各中隊長に、工藤が指揮をとる体... | 1256 |
1257 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >1 昭和一〇年一二月八日 | 綾部と亀岡を急襲 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...されたのである。内務省の唐沢警保局長・相川保安課長総指揮のもとに、近代日本宗教史上... | 1257 |
1258 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >1 昭和一〇年一二月八日 | 出口聖師と幹部らの検挙 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 4 件/川=4 | ...は坂根松江署長、その他の第二中隊長には吉川警務課長を命じた。いよいよ午前四時、工藤......枝)・米倉嘉兵衛・深町孝之亮(霊陽)・高川宅次ら八人の幹部を検挙した。そして翌九日......一段落をみた。京都市内の中立売・五条・堀川・西陣・......川端・七条・松原・下鴨の八警察署に各地から... | 1258 |
1259 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >2 警察の強圧と取調べ | 信者の動き | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...佐藤尊勇や吉田春治らが、ただちに幹部の湯川貫一と対策を協議した。差入費用や検挙のあ......あった。事件の当日、横浜の関東別院へ神奈川県の信者代表二〇〇人が、山手署の警戒のな... | 1259 |
1260 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >2 警察の強圧と取調べ | 暴行と「自白」の強要 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 4 件/川=4 | ...よりさき、一月九日には棚町大審院検事・相川内務省保安課長、一一日には小原法相など司......京都の検察陣と協議しているが、この時の相川の「解散は既定の方針、問題はその手段」と......れの身となった 京都中立売警察馨 p414○川勝六 棚町丈四郎 p415○万全の準備をとと......席検事 堀部同次席検事 徳永同検事正 相川警保局保安課長 棚町大審院検事 永野内務... | 1260 |
1261 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >3 大本抹殺の命令 | くずれゆく教団 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 6 件/川=6 | ...すでに分、支部説教所が自発的に解散、神奈川も横須賀方面は当局の警告によって解散、横......の解散は二月二四日までに福島・岡山・神奈川を除外して一四四におよんだ。しかし、まだ......。主催者側の内務省からは唐沢警保局長・相川保安課長・事務官らが出席し、一道三府四三......ごとくに」任地へとんでかえった。唐沢や相川は予定があってすでに二五日夜出発東上して......内閣書記官長に任命され、唐沢警保局長や相川保安課長は免職となった。〈首脳者らの起訴......局は起訴手続を完了し、予審を請求した。西川予審判事はただちに王仁三郎はじめその他の... | 1261 |
1262 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >3 大本抹殺の命令 | 建造物破却の命令 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...手造りの楽焼、出口一家の日常および珍重愛川した家具什器類、大本発刊の書籍・雑誌類・......売却された。同組はこれを転売して三六亭は川津村の霊巌寺に、開明殿は玉造の公会堂に移......の負担とされてしまった。また北陸別院(石川県)の神殿は月津村に寄付されることとなっ... | 1262 |
1263 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >4 弾圧の嵐 | 徹底的掃滅へ | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 9 件/川=9 | ...た。綾部・亀岡では湯浅斎治郎(仁斎)・湯川貫一・西村雛子ら八人、京都では差入れに尽......野与之助ら四〇余人が、さらに一八日には石川県下の一斉検索で嵯峨保二ら八人が検挙され......一)栃木(九)茨城(三八)東京(四)神奈川(一四)山梨(二)長野(二)新潟(七)石......(一四)山梨(二)長野(二)新潟(七)石川(九)富山(四)愛知(一八)静岡(三一)......口(九)徳島(四)愛媛(五)高知(四)香川(八)福岡(一九)大分(一)佐賀(四)長......をはかった。また大本浦和分所長であった宮川剛は、重病のため中京区刑務支所から日赤病......「京都の豚箱事件、警視庁の帝人事件、神奈川県の放火事件、二・二六事件当時の大本検挙......命がうばわれた 日本弁護士会が訴えた神奈川県寒川村人権蹂躙事件の拷問絵図 p457... | 1263 |
1264 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >4 弾圧の嵐 | 海外へも波及 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...ご神体や神書などをかくした者がおおく、立川奉天署長立会いのもとで焼却したご神体はや......京都へ護送された。そのとき同分院にいた米川清吉が同行して帰国し、当時綾部の月光閣に......、その強い信仰的態度に勇気づけられた。米川はその帰路に朝鮮・満州における信者を訪ね... | 1264 |
1265 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >4 弾圧の嵐 | 冷たい社会の風 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...なって、六月一七日にはまず八重野が京都の川端署に護送された。二二日にはむめのが亀岡......決定された。 直日は、取調べにあたった小川貢警部補から、「お前の父母および主人亡き... | 1265 |
1266 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第2章 >4 弾圧の嵐 | 起訴と起訴猶予 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 12 件/川=12 | ...三郎 御田村龍吉 桜井同吉 西村昂三 湯川貫一 湯浅斎治郎 大深浩三 森慶三郎 桜...... 安藤武夫 児玉知二 中野隆次 (亡)宮川剛 伊藤伊助 中野与之助 関由太郎 武田......鈴木延吉 池田一郎 (茨城)中島義信 二川宗兵衛 野口茂平 赤沢光之助 神田瑞四郎......堂 鈴木幸助 (東京)東島猪之吉 (神奈川)中野岩太 秋山陽三 木下仙一 (山梨)......田徳治 熊谷真咲 (新潟)山田善一 (石川)堂前正盛 島田九左衛門 ......川畑次政 浜中助太郎 高沢善七 津......川春朗 田辺祐信 榊原房次 西出和三郎 小......岡房一郎 山田貞佳 (和歌山)島田頴 小川定夫 玉置安太郎 (大阪)猪原良二郎 前... | 1266 |
1267 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第3章 >1 予審 | 予審での取調べ | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 9 件/川=9 | ...問があった。大本事件担当の予審判事は、西川武・松野孝太郎・山本武・今井敏夫の四判事......。ついで五月一日から二日間にわたって、西川予審判事は田辺検事とともに綾部の皇道大本......毎日新聞」が「京都地方裁判所予審部では西川予審判事が主任となり松野、今井、山本各判......抄出して、うかがってみることにしよう。西川判事殿ハ 警察ヤ検事局デノ陳述ヲ覆スヤウ......テ予審廷へ出頭致シマシタラ 劈頭第一ニ西川予審判事殿ハ被告人ニ向ツテ左記ノ言ヲ仰ツ......11・30提出)を引用しておこう。 「西川予審判事の御取調べ振りは、其の頑強不屈、......、その間、拷問による岩田久太郎の獄死、宮川剛の病死といういたましい犠牲があり、検挙......〇日には第一回の公判がひらかれていた。西川予審判事の報告(『思想研究資料』特輯第6... | 1267 |
1268 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第3章 >1 予審 | 弁護団の構成 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 5 件/川=5 | ...なかった。 大阪側では足立進三郎のほか、川崎斎一郎・高山義三(前京都市長)が弁護に......都側では赤塚源二郎・前田亀千代のほか、竹川兼栄・鍋島徳太郎らが弁護にくわわった。竹......兼栄・鍋島徳太郎らが弁護にくわわった。竹川は第一次大本事件のさいの予審判事であった......写真〕○三木善建 富沢効 鍋島徳太郎 竹川兼栄 前田亀千代 足立進三郎 田代三郎 ......山昇る 赤塚源二郎 今井嘉幸 高山義三 川崎斎一郎 p512-513○公判のかげでは信者の尽... | 1268 |
1269 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第3章 >2 第一審の公判(京都地方裁判所) | 事実審理 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...午後から伊佐男の事実審理となり、井上・湯川・湯浅・高木・東尾ら第一班の審理は二〇日......、拘留執行に対する抗告は刑法学専門家の滝川法学博士も『……拘留執行に対する抗告は日... | 1269 |
1270 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第3章 >2 第一審の公判(京都地方裁判所) | 弁護人の弁論 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...まりをおかしていると主張し、足立進三郎・川崎斎一郎・今井嘉幸・前田亀千代・赤塚源二......郎・今井嘉幸・前田亀千代・赤塚源二郎・竹川兼栄・鍋島徳太郎らも、それぞれの立場から... | 1270 |
1271 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第3章 >2 第一審の公判(京都地方裁判所) | 第一審の判決 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...、一四年に国分周平、一五年の一月五日に湯川貫一が病死し、出口元男は公判を停止される... | 1271 |
1272 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第3章 >3 護教 | 信仰の護持 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...修を中心とした惟神顕修会がつくられた。石川県では古神道として支部の全員が結束し、堂......たというところもある。また大阪と徳島・香川・高知の各県にわたって七福会がつくられ、......府会議員木村忠一は信者ではなかったが、香川県の坂出に他の用件で出張していたとき、た... | 1272 |
1273 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第3章 >3 護教 | 弁護活動への献金 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 4 件/川=4 | ...たとえば青森・山形・宮城・静岡・三重・石川・兵庫・岡山・山口・鳥取・徳島・長崎・熊......では小笠原富三郎、宮城では八巻市三郎、石川・富山では嵯峨保二・浜中助太郎、大阪では......ね、群馬の朝倉利喜、東京の山下友吉、神奈川の東又吉、石......川の嵯峨保二・瀬領貞通、和歌山の大谷瑞淵ら... | 1273 |
1274 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第3章 >3 護教 | 出口家の動静 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...ばしばあった。鞍馬山へ行くといって、保津川の山本の浜を泳ぎわたり、嵯峨の大覚寺に出... | 1274 |
1275 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第3章 >3 護教 | 宗教弾圧の強化 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...所(根株天理教、名古屋)・三理三腹元(香川県)、翌一四年六月一日には天理三輪講(大... | 1275 |
1276 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第4章 >1 第二次世界大戦の進行 | 戦時統制の強化 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...。昭和一五年七月には内務事務官であった古川寛が、宗教運動取締りの重点は「第一に反国... | 1276 |
1277 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第4章 >1 第二次世界大戦の進行 | 治安維持法の「改正」 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...三月一〇日にはこれを公布した。司法大臣柳川平助は、議会でその提案理由についてつぎの......ニ於テ不備ノ点ガ多々存スルニ至ツタ」(柳川司法大臣)、また「類似宗教運動ニ対シマシ... | 1277 |
1278 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第4章 >1 第二次世界大戦の進行 | 日米の開戦 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...日教(東京、六人)、六月には本門仏立講勝川本部(愛知県、一三人)、同月二六日にはホ... | 1278 |
1279 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第4章 >2 第二審の公判(大阪控訴院) | 土地返還請求の提訴 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...。原告の代理人には弁護士の前田・赤塚・竹川・鍋島・竹山・高橋・足立・......川崎・今井・高山・三木・小山・清瀬・富沢・... | 1279 |
1280 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第4章 >2 第二審の公判(大阪控訴院) | 第二審 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...書の信憑性について弁論した。今井嘉幸・竹川兼栄は二日間ずつ総論と各論について、......川崎斎一郎・前田亀千代・赤塚源二郎・鍋島徳... | 1280 |
1281 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第4章 >3 王仁三郎らの保釈 | 保釈にいたるまで | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...だいこ」がある。これは大阪拘置所の教誨師川吉卓爾がかきとめていたものを、昭和二二年......爾がかきとめていたものを、昭和二二年に吉川から手紙でしらせてきたものであるが、これ... | 1281 |
1282 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第5章 >1 再建への動き | 荊棘をこえて | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...動のさかんであった島根・茨城・北海道・石川・熊本などの各県をはじめとして、新発足後......には亀岡の大沢恒のほか、鳥取県の二人、香川県の一人の名をあげているが、大沢らは起訴......調べはとくにきびしく、宮本は九月ついに旭川署で自殺した。一一月には山形県で数人の信... | 1282 |
1283 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第5章 >1 再建への動き | 海外の信者 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...本信者を終始よく庇護した。天津道院では米川清吉が大本大検挙の直後大本事件について訓......らが参列した。なお、満鉄につとめていた黒川実は、昭和一三年以来済南母院との交流をつ... | 1283 |
1284 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第5章 >2 事件の解決 | 大審院の判決 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...で五月二五日の空襲で大審院は焼失し、小石川竹原町の女子高師付属国民学校に移転した。......こなわれることになった。焼けのこった小石川の国民学校にうつされていた大審院の法廷で... | 1284 |
1285 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第5章 >3 新生への準備 | 3 新生への準備 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 4 件/川=4 | ...は松楽が京都から多量にはこんだ。その後石川県小松の瀬領貞通は、聖師から九谷焼の釉薬......せ」ととなえつつ陶土の土はたきをなし、山川日出子は絵の具皿を担当した。聖師の仕事は......師の御手の氷のごとくつめたかりけり〟と山川は回想しているが、「腕がうごかん」といっ......郷の主事に任命し、土井三郎・土居重夫・山川石太郎を係とした。食糧事情の困難なときで... | 1285 |
1286 | 大本七十年史 下巻 | 第6編 >第5章 >4 大本事件の性格とその意義 | 第一次大本事件 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...不敬」の烙印を押し、「反国家的」な団体(川村警保局長談)として、一挙にその解体をは... | 1286 |
1287 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第1章 >2 大本事件解決報告祭 | 新生のまつり | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 3 件/川=3 | ...った物故者には、高木鉄男・岩田久太郎・湯川貫一・御田村龍吉・栗原七蔵・河津雄次郎・......下愛隣・森国幹造・米倉範治・吉野光俊・宮川剛・国分周平・伊藤伊助らがあった。起訴は......綾部の神苑を梅松苑、聖師夫妻の起居する臨川荘を山水荘、もとの武徳殿を彰徳殿と命名さ... | 1287 |
1288 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第1章 >3 愛善苑の発足 | 両聖地の整備 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...すると思われたが、島根県をはじめ徳島・香川・茨城をはじめとする全国から、食糧持参で... | 1288 |
1289 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第2章 >1 出口聖師夫妻の巡教 | 紀州路の旅 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...の旅にのぼった。自動車で大阪にゆき、尻無川の......川崎橋南詰から、新造したばかりの山見所有の... | 1289 |
1290 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第2章 >2 宗教活動の進展 | 本部と地方のうごき | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...りとどけたのである。大口としては茨城・石川・島根・三丹などからであったが、米の集荷......~一〇俵分もおくられてきたことがあり、石川県小松からは信徒が交代で一二〇数回も亀岡... | 1290 |
1291 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第2章 >2 宗教活動の進展 | 芸術への精進 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...流)は中野岩太(茗水)、茶道は裏干家流の川那辺宗貴の指導をうけて、稽古がつづけられ... | 1291 |
1292 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第2章 >3 宗教提携のうごき | 国際宗教懇談会の開催 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...学)牧野虎次、有賀鉄太郎。(竜谷大学)森川智徳。(大谷大学)鈴木弘。(宗教研究家)... | 1292 |
1293 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第2章 >3 宗教提携のうごき | 国際宗教同志会の結成 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...部を訪問し、黒住宗和教主、その弟の忠俊、川上教務部長らと会談した。金光教・黒住教・... | 1293 |
1294 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第3章 >1 昇天 | 1 昇天 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...ったので、完成式は延期し、また一〇月に石川県、一一月に九州路へ予定されていた聖師の... | 1294 |
1295 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第4章 >2 教団体制の確立 | 造営と祭事 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...げられ、これを壺におさめて瀬織津姫が和知川にはこび、神言を奏上しつつ壺をわり、和知......にはこび、神言を奏上しつつ壺をわり、和知川の清流にながされた。つづいて節分大祭が執... | 1295 |
1296 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第4章 >3 教勢の飛躍 | 委員長の全国遊説 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 4 件/川=4 | ...東海、翌一九四八(昭和二三)年一月に神奈川・静岡、三月に北関東、四月に東北の各教区......七月には、紋別町(紋別座)一五〇〇人・旭川市(北海ホテル)四〇〇人・秩父別(秩父座......)四〇〇人・秩父別(秩父座)四〇〇人・滝川(商業協同組合)三〇〇人・札幌市(西創成......共愛会館)四〇〇人、八月には、新潟県加茂川町(高等学校)四五〇人・新発田市(栄座)... | 1296 |
1297 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第4章 >3 教勢の飛躍 | 梅花運動 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 4 件/川=4 | ...内には北海道(山部)・茨城(竜ケ崎)・石川(金沢)など七ヵ所に設置されている。 こ......覧会への参加がそれである。この博覧会は石川県の宗教連盟・観光連盟と北国新聞社が共催......一七会館にわたる大規模なもので、本部は石川支部(主会)と協力して、「大本愛善館」・......平和博覧会で注目をあつめた大本愛善館 石川県金沢 下 全日本宗教平和博覧会記念大本... | 1297 |
1298 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第4章 >3 教勢の飛躍 | 青年会・婦人会組織の確立 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 4 件/川=4 | ...と反省(小山昇)・愛善精神と世界精神(黒川実)・現代思潮と愛善思想(小山内匠)・宣......善世界』の一部売りを全国各地で実施し、石川地方会議では『愛善苑のしおり』石......川版を発行し、五〇〇〇部の売り上げをしめし......成果をあげ、さらに北海道・山形・静岡・石川・和歌山・広島・岡山・徳島などの各連合会... | 1298 |
1299 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第4章 >4 人類愛善会の再出発 | 4 人類愛善会の再出発 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 2 件/川=2 | ...あっては、平事件・下山事件・三鷹事件・松川事件などがあいついでおこり、一方では団体......がまし国内でも怪奇な事件かあいついだ 松川事件現場 p879○警察予備隊から保安隊へ ... | 1299 |
1300 | 大本七十年史 下巻 | 第7編 >第4章 >4 人類愛善会の再出発 | 「人類愛善新聞」の再刊と運動の展開 | 大本七十年史編纂会・編集 | 1967刊 | DB・ RMN |
全 1 件/川=1 | ...に、四月は茨城、五月岡山・高知・徳島・香川・愛媛、六月静岡・東京、七月愛知・兵庫、... | 1300 |