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霊界物語あらすじ

説明を読む
ここに掲載している霊界物語のあらすじは、東京の望月氏が作成したものです。
まだ作成されていない巻もあります(55~66巻のあたり)
第14巻 如意宝珠 丑の巻 を表示しています。
篇題 章題 〔通し章〕 あらすじ 本文
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五六七殿に招き奉る天之御中主皇大神、高皇産霊大御神、神皇産霊大御神、そして大地の遠津祖神である国常立大御神・豊国主大御神、日の神国をしろしめす天照皇大御神、神素盞嗚大御神、須世理之姫大御神、空伝う月読皇神を始めとして。
八百万の天津神たち、国津神たち、世に落ちて苦しみを受けている神々たち、一柱も漏れることなく遺ることなく。
特に、幽界を知らし給える八百米や、杵築の宮の大国主・大物主、医薬と禁厭の少彦名神様、本宮の桶伏山に鎮まる世の大本の大御神たちよ。
すべて世にある正しき清き御霊たちよ。この霊界物語を守り給い、人々の正しい御霊に奇魂を清くうつらせ給い、身霊を洗って水晶の清き霊となし、広く深く神界の仕組みを悟らせ給へ。
天勝国勝奇魂・千憑彦神曽富戸神またの名を久延毘古神の御魂よ。この大本の信徒をはじめ世の中のすべての人に、各自に優れた御霊をかからせ、これまで知らず知らずに神勅をないがしろにしていた罪とがをゆるさせ給い、神慮を深く悟って神幽言の御聖言を守らせ給へ。神国の御祖の神の御前に畏み敬い願い奉る。
出口教祖の御教えを詳細に説き明かす如意宝珠の物語。暇あるごとに嬉みて読み窺いつ天地の神の尊い勲功を知らさせ給へ、と瑞月が心を込めて祈りつつ。
国常立大神の御言かしこみ、諾冊二神が漂える地球を修理固成し、もろもろの神たちを生んでそれぞれに神業を任命し、万のことを始め開かせ絶え間なくいそしみ給う有り難さ。
また天照皇大御神が、国の御祖の大神の大御心をもって青人草をことごとく恵み幸いいつくしみ給い、大神業を受け持って天津国を治め、五穀の種を人々の食物として四方の国に植え付け給うた。そのように如意宝珠の物語が、世人の霊魂の糧となって四方の国々・島々へ開かせ給へ。
尊い神のお守りに神の言霊が幸はいて、荒ぶる神々をことごとく払いに払い、言問う岩根木根立醜草の片葉も言止めて、この教え一筋に靡かせたまへ。天地の神に願い奉る。
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イカサマ新聞紙が現れて、次のように悪口を言っている。
曲亭馬琴の向こうを張って、止めども無しにだらだらと長い寝言の物語。その内容といえば、大本の幹部の誰彼を標的にして、また現世の有名な人士の名前を借りてきて、神に仕立て上げて大本の現在・過去・未来を描いているのだが。
王仁の妄想を注入し、解からないように粉飾し、聖書や仏典から種を漁りつつ、幹部の他は誰も知らないカラクリだなぞと強弁して、アホダラ長い物語だ。
馬鹿でかい字で原稿を書いて、二万六千七百枚書いた、と自称している云々。
そんな原稿がどこにあるのか。いかに新聞紙の責任を自覚してない記者が書いたといっても、無責任にも程がある。呆れて言葉も出ない次第である。
それだけではない。瑞月の一身上について捏造記事を書いて中傷悪罵の限りを尽くし、快哉を叫んでいるとは、非人道にも程がある。
彼らの心に潜む醜の邪神をいち早く祓い清めて、真心に救わせ給へ。天地の尊き神の前に願い奉る。
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大正十年九月八日の正午ごろ、深き神の道により神の力が現れて、神の出口の王仁三郎が二十四年の光陰を照らすはいよいよと、鍛えた十握の剣を抜き放ち、曲津の企みを斬りまくる。
五六七の神の御陰によって筆の運びもいと早く、諸々の妨げにもかかわらず、この畏き神代の物語を、五百六十七節までも書き終わった。
十四巻では、神幽現界・三千世界の霊柱である三五教の宣伝使・日の出別神に従う音彦、弥次彦、与太彦らが、猿山峠の森林でウラル教の目付けらに取り囲まれて、千尋の谷間に飛び降りて気絶し、幽界の路をたどる物語から始まる。
三途の川で脱衣婆に出くわし、面白おかしくかけあいをなし、大法螺を吹いて山を遠ざけ、銅木像に煙に巻かれてアフンとしたとき、日の出別一行に呼び覚まされた。そして十八峠では突風に吹き飛ばされて、弥次彦と勝彦がまたもや幽界に飛ばされた。
一途の川の二人婆や、ホシイホシイと泣言の欲と高慢の出刃包丁、男子と女子の争論の果ても知らない長い旅、六公・お竹のロマンスやらを詳しく写した物語である。
比翼連理の蒸し返し、面白おかしく述べ立てた。夢とうつつとまぼろしをとりとめもなく吹きまくり、煙に巻いたこれの巻。あなかしこ、あなかしこ。
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01 01 〔551〕
大海原の宝の島と伝えられる竜宮海の一つ島に、ウラル教を広めようとやってきた六人の宣伝使たちは、島を守る三五教の飯依彦の善言美詞の勢い退散し、フサの海まで帰り来たとき、船上で日の出別宣伝使に出合った。そして上陸したシヅの森で、一同は三五教に改心した。
一行は醜の岩窟を探検したあと、猿山峠で音彦、弥次彦、与太彦は他の宣伝使に遅れをとり、そこをウラル教の捕り手に襲われた。関所を抜けて、泥田で弥次彦・与太彦は服を失った。ついに囲まれて衆寡敵せず、三人はやむなく千尋の谷間に飛び込んだ。
気がつくと三人は青々とした淵の辺にいた。服を失った弥次彦、与太彦は、生まれ赤子の心だなどと呑気なことを言っている。
音彦は、これから旅を続けるのに都合が悪いからと言って、自分の衣服の一部を貸そうとするが、弥次彦・与太彦は聞かない。暗くなってきた路を、三人はそのまま進んで行く。
すると、にわかにあたりが明るくなってきた。そこには大変な大河が南北に流れている。河向こうには金殿玉楼がうっすらと浮かんで見える。三人は川岸に着いた。
与太彦はどうやって河を渡ろうかと案じるが、弥次彦はこのまま泳いでいけばよい、音彦も服を捨てて裸になればよい、と言う。音彦は宣伝使として法服や被面布を捨てるわけにいかない、と行って思案に暮れている。
ふと見ると、傍らにみすぼらしい藁小屋がある。弥次彦は小屋の中で会議をしようと中をうかがうと、婆さんがいる。婆はここは三途の川だと告げ、自分は脱衣婆だと名乗った。
一行はようやく、これは幽界を旅行しているようだと気がついた。脱衣婆は弥次彦の生前の行いをあげつらい、宣伝使としての行いを非難する。弥次彦はそれに対していちいちおかしな理屈を混ぜながら反論している。
弥次彦が脱衣婆をおかしな問答をしていると、ウラル教の大目付源五郎がやってきた。源五郎は、猿山峠で宣伝使たちを追い詰めたが、その後馬から振り落とされて死んだのであった。
弥次彦は敵を討とうと、脱衣婆から職権を一時的に譲り受けると、源五郎の着物をはいで、自分と与太彦のものにしてしまった。また、脱衣婆から釘抜きを借りて、源五郎の舌を抜きにかかった。源五郎はたくさんの罪を抱えて、非常に多くの舌を持っていた。
脱衣婆は、一同にもう河を渡るようにと促した。不思議にも、三途の河の水がなくなって、歩いて渡れるようになっていた。弥次彦は脱衣婆を夫婦気取りで別れを嘆く。それを見て音彦、与太彦、源五郎は吹きだす。
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01 02 〔552〕
一行が脱衣婆に別れを告げて西へと進んで行くと、山に行く手をさえぎられた。天津祝詞をあげると、山は数十里の彼方へと退散して道が開けた。
突然、土中から見上げるばかりの大きさの銅木像が現れた。銅木像は、自分は機械であって、腹の中へ入れば機械装置で自分を操ることができるのだ、と告げた。源五郎は鼻の穴から銅木像に入って操ることになった。
源五郎が入った銅木像は、自分はウラル教の大目付だと大声を放つと、鼻の穴から黒煙を噴出した。次に、水洟を滅茶苦茶に四方八方に噴出した。
また、源五郎の銅木像は、着物を奪われた恨みとばかりに、熱い小便茶を噴出して一同にかける。音彦だけは面白がって、平気でこの光景を楽しんでいる。
銅木像は弥次彦、与太彦とおかしな問答を交わすと、どこかへ行ってしまった。すると、向こうから日の出別宣伝使ら一行がやってくるのが見えた。
気がつくと、三人は小鹿峠のふもとの川べりに気絶していて、日の出別宣伝使ら一行の鎮魂によって救われたところであった。
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01 03 〔553〕
岩彦ら宣伝使ら一行は、峠で音彦、弥次彦、与太彦を置いてきてしまったことに気がついて、心配になり、鷹彦は鷹に変化して探しに行っていたのであった。
一行もウラル教の捕り手に出くわす。岩彦は捕り手たちに、三五教に改心するようにと説得をする。そこへ鷹彦が戻って来て、音彦らは捕り手に囲まれて難儀していること、ウラル教の目付の源五郎が討ち死にしたことを告げた。
ウラル教の捕り手のうち、小頭の六だけが改心し、宣伝使たちの供をすることになった。そこへ日の出別宣伝使がやってきて、音彦らの危急を告げた。一行は急いで猿山峠の坂道を下り、小鹿峠へと向かった。
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01 04 〔554〕
小鹿峠の谷底につくと、音彦らが気絶しているのを見つけた。宣伝使たちは川の水を口に含んで気絶している三人に吹きかけた。まず音彦が気がついて、一同に礼を言う。
天の数歌を唱えると、弥次彦、与太彦も目を覚ました。しかし弥次彦は、まだ幽界旅行の続きをやっている。与太彦は、弥次彦をポカリと殴って、ようやく弥次彦は現界に帰ってきたことに気がついた。
一同は祝詞を上げて感謝を奏じた。日の出別命は神務のために失礼すると行って、またどこかへ行ってしまった。
六人の宣伝使たちは、上着を脱いで弥次彦と与太彦に与えると、馬に乗って先に行ってしまった。後には弥次彦、与太彦と、先に三五教に改心した六の三人が残された。
三人が歩いて行くと、途中で野馬の群れに出くわした。これに乗って先を行こうと馬を呼び止め、めいめい馬に乗った。
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01 05 〔555〕
三人は裸馬にまたがって小鹿峠の急坂を登っていった。弥次彦は馬と喧嘩を始めた。そして馬によってさんざんな目に会わされて戒められる。最後に馬は、自分は木花姫の分霊の罵倒観音だ、と洒落ると、姿が消えてしまう。
弥次彦は、馬はどこへ行ったのか、と与太彦、六に尋ねるが、二人は最初から馬などいない、と不思議がる。
今度は牛の群れが三人の方にやってきた。弥次彦は馬で懲りてもう乗ろうとしないが、与太彦と六は、楽をしようと牛に乗って、背から落ちた。
と思った瞬間、それは与太彦と六の夢であった。弥次彦は二人をからかう。そのとき、山岳が崩れるばかりの音が響いてきた。
何事かと驚いて三人は目を覚ました。気がつけば、三人は小鹿峠の道端で居眠りをしていたのであった。
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02 06 〔556〕
弥次彦、与太彦、六の三人が小鹿峠を上がっていくと、路傍に大きな岩窟があった。岩窟の中には、三五教の勝公が捉えられていた。
勝公はウラル教の目付けの中に潜入していたが、音彦、弥次彦、与太彦が猿山峠に逃げる際に関所で目配せをして逃げ道を示してあげた。それが疑われて、岩窟に閉じ込められていたのであった。
三人は勝公を岩窟から出し、コーカス山に向かって祝詞を奏上した。弥次彦はこれまでの顛末を読み込んだ滑稽な宣伝歌を歌いながら、一行は小鹿峠を進んで行く。
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02 07 〔557〕
急坂を登った一行は、休息を取っている。弥次彦と与太彦はおかしな雑談を交わしている。
弥次彦はその中にも、言霊の善言美詞についての一説を交えるなど、中には三五教の教理にかなった法話を含ませている。
折から、小鹿山の山おろしが猛烈に吹いてきた。一行は、強風に飛ばされないように二人一組で肩を組んで進んで行くことにした。
突然突風が吹くと、弥次彦と勝彦の二人を空中に舞い上げ、谷間の彼方に吹き飛ばした。与太彦と六は慌てて二人を探しに行く。
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02 08 〔558〕
弥次彦と勝彦は、三途の川のほとりにいた。弥次彦は勝手知った脱衣婆の小屋を訪ね、夫婦気取りで気安く脱衣婆を呼び出すが、脱衣婆は弥次彦の現界での行いをあげつらって非難をし始めた。
脱衣婆は綿々と説教を垂れるが、最後に弥次彦のようなヤンチャを地獄に通すと、閻魔大王から叱られるのが恐い、と本音を吐く。弥次彦はますます調子に乗って、吹きだす。勝公が横から茶々を入れる。
さんざんおかしな問答を交わした後、脱衣婆は与太彦や六が探しているから、娑婆に帰るように、と諭す。また、芝居口調でコーカス山やアーメニヤの分け目の戦いに参加せずに幽界に戻ってくるなら、このあばら家には入れない、とふざける。弥次彦、勝公も調子に乗って合いの手を入れる。
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02 09 〔559〕
与太彦、六は昼なお暗い鬱蒼とした谷間に着いて、突風に飛ばされた弥次彦と勝公を探している。
与太彦と六は、二人が死んでしまったことを心配しつつ、悲しみを抑えて捜索している。谷川を渡って一町ばかり行ったところで、六は二人が大木の上にひっかかっているのを見つけた。
弥次彦と勝彦は、二人が捜索に来たことに気がついたが、弥次彦は幽霊の真似をしてからかってやろう、と言う。勝彦がたしなめるが、弥次彦は勝彦に、芝居口上を上げるように乗せる。
勝彦は乗せられて、ここが三途の川を渡った幽界であるかのような芝居口上を述べ立てた。弥次彦はふざけているうちに踏み外して、木の下に墜落して痛がっている。勝彦は芝居の口真似をしながら、竹に飛び移って降りてきた。
一同は万歳を唱える。
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03 10 〔560〕
弥次彦、勝彦、与太彦、六公の四人は、ようやく谷間を這い上がって小鹿山峠の坂道に着いた。
六公は、途中に松屋という飲食所があるので、そこで休もうと提案する。また、弥次彦の奇妙な宣伝使服の重ね着と自分の衣服を交換する。
一行は店に入ると牡丹餅を注文して食べ始めた。食べ終わると、六公は店の下女のお竹に、お釣りは取っておくようにと鷹揚に代金を支払う。しかしお竹は六公の顔を見て六だとわかると、逃げてしまう。
三人は、どういうことかと六公に尋ねると、六公は店を飛び出して逃げてしまった。
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03 11 〔561〕
三人は六公を追いかけて二十峠までやってきた。松屋で六公とお竹が互いの顔を見て逃げてしまったので、三人は、六公とお竹の間に何か男女の関係があるのではないかと話している。
弥次彦はにわかに腹がいたくなり、側の茂みの中に隠れて唸り出す。するとやはり茂みの中で唸っている者がいる。それが六公であった。一行はお竹とのことを訪ねるが、六公は答えない。
一行は四人に戻って道中を急ぐ。すると、傍らの草の中から覆面の男たち十七、八人が槍をしごいて現れた。男たちの頭目は、ウラル教の烏勘三郎と名乗って、四人を捕縛しようとした。
勝公は両手を組んで、指先から霊弾を発射すると、男たちは霊縛されてしまった。四人は宣伝歌を歌い、その言霊に男たちは救われて、三五教に帰順することになった。
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03 12 〔562〕
一行は、小山村という小部落に着いた。そして盲目の婆の小さな家に泊まることになった。しかし六はなぜか作り声をして、自分とわからないようにしている。
家の婆の話を聞くと、お竹という娘がいるが、二度目の亭主である六という男がウラル教になって極道をしたため、逃げてきて今は松屋という店に勤めているのだ、という。
勝公は、三五教では夫婦の契りは二度まで赦されるが、三度目は天則で厳禁されている、と解説した。婆は、娘はもう他に嫁ぐことができないと嘆く。勝公は、その六という男をすっかり改心させて解決させて見せましょう、と婆に言う。
そして、実は六公が三五教に改心して、ここに来ていることを婆に告げる。婆は、六公の改心の告白を聞いて喜んだ。
勝公は、コーカス参りが終わったら、戻って来て改めて婚礼を挙げようと提案し、一同は賛成する。
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03 13 〔563〕
一行はコーカス山に向かって、小鹿峠の二十三坂の上にやってきた。ここは広い高原になっている。清浄な場所のように思え、一同は気分よく休息している。与太彦は勝彦に、このような清い場所で、鎮魂帰神の法を授けてくれ、と頼み込む。
勝彦は、ここでは水がなくて禊ぎを行えないから、と言って難色を示す。弥次彦、与太彦はしきりに勝彦を説得する。ついに勝彦は承諾して、幽斎を行うことになった。
弥次彦はたちまち神懸りになって、空中に浮遊すると、空高く浮いてしまった。勝彦は指から霊光を発射して、弥次彦の体を制している。
与太彦と六公はそれをみてすっかり感心してしまう。勝彦も自分の神力にやや慢心の態を見せている。勝彦は、今のは木常姫の悪霊が弥次彦にかかったのを、最終的に追い出したのだ、と解説する。
しかし与太彦と六公は、悪神でも何でもよいから、自分たちも空中滑走をやってみたい、と言い出す。勝彦は、人間は大地に足をしっかりつけて活動しなければならない、と諭すが、三人は聞かず、三人とも邪神に憑かれて発動してしまう。
発動した三人は、勝彦の周りを飛びながら迫ってくる。勝彦は言霊や霊光を発射して抵抗するが、効かずに苦しめられる。すると、中空から馬に乗って、日の出別ら宣伝使一行が現れた。
日の出別らは金幣を打ち振って邪神を追い払うと、三人はたちまち正気に返った。勝彦は懺悔の言葉を述べて過ちを悔いると、日の出別は一言も発せずにうなずき、また天に姿を隠した。
一同は二十三坂上での幽斎を反省し、進んでようやく二十五番坂上に着いた。すると、またもや暴風が吹き荒れて四人の体は舞い上がり、谷底に吹き落とされた、と思うと、瑞月は目を覚ました。見れば、藪医者が自分を診断している。
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03 14 〔564〕
一行は小鹿峠の四十八坂を越えると、水勢轟々と流れる谷川に行き当たった。弥次彦は、コーカス山への参詣街道なのに、自分たち意外に人が一人も通っていないことを不審に思う。
勝公は、ここはまたもや幽界ではないかといぶかる。六公は、川べりの松の木の下に、小さな家を見つける。与太彦は、ふざけて一夜の宿を乞うこっけいな歌を歌う。
家の中から婆の声がするが、ここは三途の川ではなく、一途の川だと言う。婆は四人を家に招き入れた。
見れば一人の病人が伏せっており、中年増の婆さんが枕辺に座っている。婆は、常世姫のお台様が病気で寝ているのだ、という。そして自分は木常姫の生まれ変わりであり、二十坂上で弥次彦らに憑依して苦しめたのも自分だ、という。
婆は、天国に行こうとする者の魂を抜いて地獄に落とすために、偽日の出神、偽乙姫となって信者をたぶらかし、変性女子を困らせてやるのだ、という。
寝ていた婆も起き上がり、包丁を持って四人に襲い掛かる。四人は奮戦するが、ついに勝彦は包丁でぐさりと腰を刺された、と思うと、一行は二十五峠の谷間に、風に吹かれて気絶していたのであった。
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03 15 〔565〕
一行は息を吹き返し、鬼婆と格闘した夢を語り合っている。勝公は、これは数十万年未来に艮の方角に男子・女子が現れてミロクの世の活動をされるときに、邪魔をする悪魔が出てくるのだ、と夢判断をする。
与太彦は、谷川の水で禊ぎをして身を清めよう、と提案する。一同は賛成して川に飛び込むが、六公がおぼれてしまう。
一同は六公の生存を祈りつつ、川を下って六を探しに行く。丸木橋が架かったところで、与太彦に六公の生霊が懸って、自分は死んでいない、と口を切った。
すると、橋のたもとから、以前四人が三五教に改心させた烏勘三郎一行が現れ、六公が流れてきたので、川から引き上げて助けてあった、と言う。
勝彦が天の数歌を唱えると、六公は息を吹き返した。一同は神言を奏上し宣伝歌を歌った。四人は烏勘三郎たちに厚く礼を述べ、二十六番峠に向かって進んで行った。
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03 16 〔566〕
四人はコーカス山に詣でて、小山村に帰ってきた。そして、六公とお竹の婚礼を挙げることになった。勝公が祝いの歌を歌った。
六公とお竹は、いままでの経緯を歌に歌いこんで祝宴の歌を歌った。婚礼に参列した一同みな、祝いの歌を歌って、無事に式は終わった。
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04 17 〔567〕
辛酉の年の九月十八日、松雲閣の離れの間で、善と悪の神界の身魂の素性を説き明かし、五百と六十七節の物語を詳細に説き明かした。
本巻は、大正十一年旧二月二十五日、二十六日、二十七日の三日間で述べ終わった。
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現幽神三界を説いた第十四巻の終わりに、三途の川の真相を述べておく。三途の川は、現幽神三界に、諸人たちの霊魂が行く先が定まる場所である。八洲の河、またヨルダンの河とも言われる聖場である。
悪の御魂には脱衣婆が現れて衣服をはぎ、善の御魂には美女が錦の服を授ける。善悪未定の霊魂は、婆が竹箒で娑婆へ追い返す。善悪正邪を立て別ける、御魂の分水嶺である。
川水は、集まってきた人々の霊魂によって清くも濁りもする。激しい上の瀬を渡るのは、現界に生まれ変わったり蘇生したりする霊魂である。弱い下津瀬を渡るのは、根底の国に落ち行く人たちである。温かく美しい中津瀬を渡るのは、天国に行く人たちである。
一方一途の川は、至善至真の天国に一直線に上って行く稀有な御魂や、地獄に一筋に堕ち行く極悪の御魂が渡る、善と悪の一途の川である。
物語は滑稽交じりに述べたが、ぜひ意を留めて反省悔悟の念を起こし、人生の行路を清く正しく歩ませ給え。
神諭にミロクは宇宙一切万有の親神であるとあるが、仏教においてはそうではない、という人がある。仏典にある菩薩は、それぞれ何神・何命にあたるのかは、物語を全部通読すれば、わかってくるのである。
大本教祖の筆先は、仏神一体の神理によって、現代人の耳に入りやすいように仏教の用語を用いられているのである。筆先は、仏教の用語が主となって現れていることを、ここに示しておくものである。
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