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霊界物語あらすじ

説明を読む
ここに掲載している霊界物語のあらすじは、東京の望月氏が作成したものです。
まだ作成されていない巻もあります(55~66巻のあたり)
第57巻 真善美愛 申の巻 を表示しています。
篇題 章題 〔通し章〕 あらすじ 本文
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伯耆の国皆生温泉浜屋旅館の見晴らしのよい二階の広間をあてがわれ、朝日の光と大山の雄姿を眺めながら、大正十二年如月八日から十日までの三日間にていよいよ第五十七巻を口述し終わった。
スーラヤ(日天子)、ラトナブラバ(宝光天子)、アワバーサブラ(光耀天子)の守護の下にようやく印度の国、波斯の国境テルモン山の昔物語の大要を述べ終わった。
顧みれば瑞月が神の大道に入ってから満二十五年に相当する今日、富士の神使に導かれ神教を伝えられた今日、出雲富士として名も高い大山の雄姿を拝し、三保の松原に等しい夜見ヶ浜の白砂青松の磯辺を筆録者と共に逍遥しながら、今昔の感に打たれ、思わず嘆息せざるを得ない。
隠岐の島は遠く波間に浮かびかすかに山の頂を現し、三保ヶ関の霊地は眼前に横たわり、日本海の波に漂えるがごとくに見えている。八大竜王は鼓を打って吾ら一行を迎え給う。
北村隆光、加藤明子、藤田、松田、紙本の氏をはじめ谷川常清氏、湯浅清高ならびに米子支部信者、および近国の信者諸氏の日々の訪問を歓喜しながら、神の恵みのまにまに五七の巻を述べ終わる。
時しも綾の聖地から三代直澄教主は、大本瑞祥会会長井上留五郎氏および前会長湯川貫一氏とともに来る。瑞月は感きわまって言うところを知らず。ここに序文に代えて一言を記すこととする。
本文
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神が表に現れて善と悪とを立て別ける。善の中にも悪があり、悪の中にも善がある。善悪正邪は人間の知識の程度ではわからない。ただ何事も惟神、神の御旨に任せるのみである。
人間は、天津使のエンゼルの精霊に神格を充たされ肉体人に入り、天地経綸の神業に奉仕するために生まれてきた。
この世の終わりに日地月、誠の神が降りまし、瑞の御霊に神業を任さし給い尊さよ。世は常闇となり果てて黒白も判かぬ時なれど、光の神は御空より鳩のごとくに降りまし、空前絶後の神業を経綸されるぞ有難き。
国の御祖の大御神は厳の精霊に神格を充たし、予言者の体に依り出口の守と現れて、この世を照らし給う世は、ようやく近づき来った。三五教の御教えは最後の光明艮めなり。眼を醒ませ耳を開き、神の生き宮予言者の貴の言霊を守るべし。
エスペラントやバハイ教、紅卍教や普化教も、残らず元津大神の仕組給いし御経綸。そのほか諸々の神教は、この世の末に現れて世を立て直すためである。国会開きが始まって、十二の流れ一時に、清く流れる和田の原、底井も知れぬ海潮の深き思いぞ計れかし。
いよいよ五六七の世となれば、山河草木いうもさら、禽獣中魚も押し並べて神の仁慈の露にぬれ、ひとしお清き霊光を照らし栄える世となるであろう。
本文
01 00 - 本文
01 01 〔1451〕
伯耆の国の大山は、日本台地の要である。八岐大蛇の憑依せる大黒主の曲津見が、簸の川上に割拠して風雨をおこし洪水をおこし、稲田姫を悩ませ人の命を取ろうとしたことこそうたてけれ。
大正十二年癸亥年の春、如月の日光輝く夜見ヶ浜、小松林の中央に堅磐常盤に築いた神の恵みの温泉場、浜屋旅館の二階の間にて、いつもの通りに横に臥し、真善美愛第九巻、波斯と月の国境にてテルモン山の館に住まう小国別けの物語。
三千年の末までもその功を残した三五教の三千彦が、難行苦行の経緯をいよいよ語り、ただ一言も洩らさじと万年筆を走らせる。五十七巻の物語を完全に委曲に述べ終えて、綾の聖地の家苞になさしめ給へと大神の御前に謹み願ぎまつる。
三五教は大神の直接内流を受けて、愛の善と信の真をもって唯一の教理となし、智愛勇親の四魂を活用させ、善のために善を行い、用のために用を勤め、真のために真を励む。
ゆえにその言行心は常に神に向かい、神と共にあり、いわゆる神の生き宮にして天地経綸の主宰者たるの実を挙げ、生きながら天国に籍を置き、神の意志そのままを地上の蒼生に宣伝し実行し、もって衆生一切を済度するをもって唯一の務めとしていたのである。
バラモン教やウラル教その他の数多の教派のごとく、自愛または世間愛に堕して知らず知らずに神にそむき、虚偽を真理と信じ、悪を善と誤解するがごとき行動はとらなかったのである。
自愛および世間愛に堕落せる教えはいわゆる外道である。外道とは天地惟神の大道に外れた教えを言う。これみな邪神界に精霊を蹂躙され、知らず知らずに地獄界および兇党界に堕落したものである。
外道には九十五の種類があって、その主なるものはカビラ・マハールシといい、大黒主のことである。三五教の真善美の言霊に追いまくられて自転倒島の要と湧出した伯耆の国の大山に八岐大蛇の霊と共に割拠し、六師外道という悪魔を引き連れて天下をかく乱し、ついに素盞嗚尊によって言向け和されたのである。
六師外道の悪魔たちとは、
君臣父子の道を軽んじ優勝劣敗をもって人生の本義となし、死後の霊魂を否定するブランジャーカーシャバ
人間の善悪・吉凶・禍福はすべて動かせない運命から来ると主張するマスカリー・ガーシャリーブトラ
人間の苦は何もしなくても八万劫が来れば自然に道を得ると主張するサンジャイーヴィ・ラチャーブトラ
現世の苦しみ・苦行こそが来世の歓楽・栄華を約束すると説くアザタケー・シャカムバラ
種々雑多の利己的・形体的・自然的・世界的愛を盛んに主張するカクダカー・トヤーヤナ
人間の苦楽はすべて宿命・運命によって因縁が決まっておりそれを研究すべきだと説くニルケラントー・ヂニヤー・ヂブトラである。
続いて人間の十二因縁を説く。
無明とは、過去一切の煩悩である。
行とは、過去煩悩の造作をいう。
識とは、現世母の体中に託する陰妄の意識をいう。
名識の名とは心の四蘊である。
色とは形質の一蘊である。
六入とは、母の体中にある中において六根を成するをいう。
触とは、三四才までに外的の塵埃の根源に触れるを覚える状態をいう。
愛(え)とは、生まれて五六才より十二三才までの間に強く外部の塵埃を受けて好悪の識別を起こすをいう。
愛(あい)とは、十四五才より十八九才までの間に外塵を貪り愛する念慮を生じるをいう。
取とはニ十才以後いっそう強く外塵に執着の念を生じるをいう。
有とは、未来三有の果を招くべき種々の業因を造作し、積集するをいう。
生とは未来六道または八衢の中に生じるをいう。
老死とは未来愛生の身体、またついに朽壞するをいう。
この十二因縁はどうしても人間として避けるべからざることである。しかしながら、この十二因縁の関門を通過して、初めて人間は神の生涯に入り、永遠無窮の真の生命に入って、天人的生活を送るべきものである。
しかるに総ての多くの人間は、九十五種外道のために心身を曇らされたちまち地獄道に進み入り、宇宙の大元霊たる神に背き、無限の苦をなめるに至る者が多い。ゆえに神は厳瑞二霊を地上に下し天国の福音をあまねく宣伝せしめ、一人も残らず天国の住民たらんと聖霊を充たして予言者に来らせ給うたのである。
いかに現世において聖人賢人、有徳者と称えられるとも、霊界の消息に通じず、神の恩恵を無みするものは、その心すでに神に背けるがゆえに、とうてい天国の生涯を送ることはでき難いものである。約束なき救いは決して求められないものである。
ゆえに神は前にシャキームニ・タダーガタを下して霊界の消息を世人に示し給い、またハリストスやマホメットその他の真人を予言者として地上に下し、万民を天国に救う約束を垂れさせられた。されど九十五種外道の跋扈はなはだしく、神の約束を信ずるものほとんど無きに至った。それゆえ世はますます暗黒となり、餓鬼、畜生、修羅の巷となってしまった。
ここに至仁至愛なる皇大神は、この惨状を救うために厳瑞二霊を地上に下し、万民に神約を垂れ給うたのである。アアされど、無明暗黒の中に沈める一切の衆生は、救世の慈音に耳に傾くる者は少ない。実に思ってみれば悲惨の極みである。
本文
01 02 〔1452〕
テルモン山の神館の奥の間には、小国別の病はすます重く、命は旦夕に迫ってきた。小国別は顕幽の弁別がつかない精神状態となってきた。三千彦は小国別の帰幽を遅らせてもらうよう神に願った。
小国別の意識が戻り眠りについたとき、館の周囲に老若男女の叫び声が聞こえてきた。オールスチンと三千彦は共に玄関口に出てみると、荒くれ男たちが酒に酔って押し掛け、オールスチンを突き飛ばし、三千彦を捕えてテルモン山の山奥に運んでしまった。
ワックスは驢馬にまたがって群衆を指揮しながら采配を振るっている。さすがの悪人ワックスも、父オールスチンが倒れているのを見逃せず、自分の悪行を見せないように目隠しをして応急手当てをして去って行った。
ワックスは、悪友のエキスとヘルマンに命じて三千彦を山奥の岩窟に閉じ込めておいた。ワックスは、デビス姫も三五教に通じているので町に戻ってきたら自分のところに連れてくるよう、群衆をたきつけた。
求道居士、ヘル、デビス姫、ケリナ姫の四人は、そんな騒動が起こっているとも知らず、宣伝歌を歌いながらテルモンの町に向かってやってきた。
本文
01 03 〔1453〕
求道居士一行がパインの森で息を休めていると、老若男女の鬨の声が聞こえてきた。群衆は、ワックスが煽動したとおり、悪神の手先・三千彦を捕えたこと、三五教にたぶらかされたデビス姫を捕えようと捜索していることを歌いながら進んでくる。
町民一同が脱線的な動きを始めたのは、ワックスがいつも使役している悪孤の所為である。この悪孤は妖幻坊の手下で三九坊と名乗る刧を経た古狐である。
この狐はワックスの体内に出入りしていつもよからぬことを計画していた。そこへ三千彦がやってきたので、三千彦を排斥するのはこのときと、有らん限りの力を尽くして、ワックスの口を借りて町民を扇動し、精神をかく乱したのである。
町民たちはデビス姫の捜索に出かけてしまい、どの家も留守になってしまった。その間にオークスとビルマは、ワックスの内命によって留守の家からめぼしい物品を盗み出し、テルモン山の岩窟に運んでしまった。
ワックスはパインの森に大勢を連れて押し寄せ、求道居士らを誰何した。求道居士は言葉優しくこれまでの経緯を説明し、デビス姫はワックスを叱りつけたが、ワックスの下知によって四人は縛り上げられてしまった。
四人はむしろ、縛られて館に行き、誤解を解こうと思っていたのだが、ワックスは三九坊のささやきにより、四人をテルモン山の岩窟に放り込んでしまった。
町人たちは勝鬨を上げて帰ってきたが、見れば家の宝が残らず盗まれている。オークスは馬上より大音声を発して、これはすべて三五教の悪宣伝使たちの仕業だと触れて回り、ワックスを先見の明ある救世主だと持ち上げた。
町民たちはすっかり信じてしまい、三五教をますます憎み、反対にワックスを神のごとく尊敬するに至った。
本文
01 04 〔1454〕
家令のオールスチンは群衆に踏み倒されて館にかつぎこまれ、日夜苦悶を続けていた。小国別は仮死状態に陥り、デビスとケリナの二人の娘は帰ってこず、三千彦の行方もわからなくなり、小国姫は悲痛の淵に沈んでいた。
館の中にはオークス、ビルマの二人が切り盛りをしていた。小国姫は二人を招いて相談をした。オークスとビルマは、三千彦をけなし、しきりにワックスを跡取りとするよう小国姫に勧めた。そして自分たちを家令とするよう小国姫に承諾させてしまった。
そこへ小国別の容態が変わったと知らせが来たため、小国姫、オークス、ビルマの三人は急ぎ病床へ向かった。小国別はむっくと起き上がり、三千彦とオールスチンに会いたいと告げた。
オークスは、三千彦は町民の怒りの的となり、オールスチンは踏み倒されて、両人とも頼りにできないため、自分たちが家令に任命されたと小国別に報告した。小国別は、家令職はオールスチンの認可を得た上で、ハルナの都の大黒主の許可を得なければ任命することはできないと叱りつけた。
オークスは、三五教の三千彦を館に引き入れた罪を大黒主に注進すると小国別夫婦を脅しつける。小国別は、このような悪人を決して使ってはならぬと怒気を含んで怒鳴りたてると、昏睡状態に陥った。
小国姫は、小国別の命令だからこれきり館への出入りを禁じるとオークスとビルマに申し渡した。オークスは、小国別夫婦を国敵として訴えると脅し文句を居丈高に述べ立てると、ビルマと共に表に駆けだした。
牛にぶつかって養生していたエルは、ようやく館に戻ってきた。玄関にてふと走り出てくるオークスとビルマに出会った。エルは二人の相好がただ事ならないのに不審を起こして声をかけた。
オークスとビルマは、小国別夫婦に脅迫的に迫ってここまで来たが、うっかり町民に妙なことをしゃべって後の取りまとめに困ってはならないと思っていたので、これ幸いとエルの呼びかけに応じて受付に座り、ひそびそ話にふけった。
本文
01 05 〔1455〕
館の受付にはエル、オークス、ビルマの三人がたがいに泡沫のような出世話にふけっている。エルは、オークスとビルマが町人たちの財産を盗んで三五教の宣伝使のせいにしていることを知りながら、二人とともにワックスを追い出して、自分たち三人で館の重職を占領しようという話に乗ってきた。
ワックスは三人の話を陰で聞いていて業腹が立ち、大便所に入って長柄杓に汚いものを持ってきて、三人の顔に振りかけた。ワックスは逃げ出すとたんに畳の破れに足を引っかけ、倒れてしまった。倒れた拍子に敷居に鼻を打ち、息をつめて苦しんでいる。
三人は不意に臭いものを顔にかけられて、洗いに行こうと走ったとたんにワックスの体につまづいて倒れてしまった。四人は糞まみれになてひっくり返り、ウンウンとうめいている。
小国姫は物音にこの場に走ってきた。小国姫は悪人たちが糞まみれになって倒れているのを見て、彼らの腹黒さをなじる歌を歌った。ワックスとオークスは小国姫を非難し、互いにいがみあっている。
エキスとヘルマンはこの場にやってきて、小国姫が四人を害しようとしたと非難し、ハルナの都の大黒主に報告すると捨て台詞を吐いて駆け出して行った。
四人はやっとおきあがり体を洗濯すると、今までの喧嘩は横に置き、ふたたび野心を充たすべく秘密相談会を開くことになった。
小国姫は病気の夫を気遣って早々にこの場を立って奥の間に身を隠した。
本文
01 06 〔1456〕
テルモン山の館から十七八丁奥の谷あいに大蛇の岩窟という深い穴があり、そこに三千彦たちは閉じ込められていた。番卒たちが三千彦を恐ろしい魔法使いだと噂していると、はるか上の森林の方から頭の割れるような宣伝歌が聞こえてきた。
三千彦はワックスの悪事を歌いながら、猛犬スマートと共に下ってきた。二人の番卒は大地に頭をこすりつけて謝罪の意を表しながらふるえている。三千彦は二人に案内させて、抜け道から館を指して帰ってゆく。
ワックス、オークス、ビルマ、エルの四人は会議室で昼間から野心計画の打ち合わせをやっていた。スマートは、四人の悪者が密談していることを三千彦に知らせた。三千彦は案内させた番卒を霊縛しておいて、そっと小国姫の居間に進み入った。
悪者たちに囲まれて悲しんでいた小国姫は、三千彦が戻ってきたので驚き喜んだ。ワックスたち悪人が会議室にいるので、三千彦が帰ってきたことが悟られないよう、病室の上の秘密の間にこもって相談をすることになった。
三千彦は、おそらく二人の娘たちが帰ってこないのは、ワックスが岩窟に隠して往生づくめに結婚を納得させようとしているのではないか、と小国姫に話した。そして小国別の病状も四五日は落ち着いているはずだから、しばらく待ってワックスの陰謀が表れたところで娘たちを助け出そうという計画を打ち明けた。
三千彦は、家令のオールスチンは大けがをしており、もう命は助からないことを小国姫に明かした。小国姫は、息子のワックスの悪業が親に報いたのだろうかと心配するが、三千彦は、神様は公平無私にいらっしゃるから、決して子の罪が親に報いるという不合理なことはないと諭した。
かくひそひそ話をしていると、ワックスたち四人は酒をあおってドヤドヤと病室に入ってきた。ワックスは、三千彦はすでに岩窟に放り込んだから観念するようにと小国別を脅した。小国別は怒ってワックスを叱りつけるが、ワックスは勝手に書いた遺言に拇印を押させようと小国別に迫った。三千彦はワックスが早く帰るようにと大神に祈っている。
看護婦のセールはみかねて、病人の前では控えるようにとワックスに注意した。小国別は読まずに印を押すわけにゆかないと、セールにワックスが書いた遺言状を読ませた。そこには、ワックスがデビス姫の夫となってテルモン山神館の跡継ぎとなるべし等、ワックスに都合がよいことばかりが書かれていた。
小国別は怒って、遺言状を引き裂くようセールに命じた。ワックスは無理矢理遺言状を奪い、力づくで小国別に拇印を押させようとした。すると大きな猛犬がウーウーと叫びながら飛んできて、ワックスの腰帯をくわえると館の外に引きずり出してしまった。
オークス、ビルマ、エルの三人は顔色を変え、受付の間に退散すると蒼い顔をしてふるえている。小国姫はやっと安心してあたりをうかがいながら病室に下りてきた。
本文
01 07 〔1457〕
ワックスは猛犬スマートにくわえられて門外に運び出され、気も遠くなって夏草の上に身を横たえて呻いていた。
ビルマは月を誉め鼻歌を歌いながらやってきた。たちまち一天掻き曇り、大空は墨を流したごとくさっと月光を包んでしまった。
ビルマはこわごわと述懐を歌いながらふるえている。にわかに黒雲はぱっと晴れて月の光があたりを昼のように照らした。ビルマは足元の黒い影をうかがい、人間だと気が付いた。二つ三つゆするとワックスは気が付き、むくむくと起き上がった。
ワックスはビルマが助けてくれたことに礼を言った。そして、あの黒い犬が出て来たのは、三五教の魔法使いが館に忍び込んでいるに違いないと述べたてた。ワックスは腰がいたいのも我慢して、町民を扇動して館から三千彦を追い出さなければならない、とビルマをせきたてた。
ワックスは驢馬にまたがり、ビルマが太鼓や打ち鐘ではやしたて、夜中町内を触れ回った。瞬く間にに三百のあわて者たちが飛び出して、ワックスについて館に押し寄せた。
この物音に不審を起こした三千彦は、小国姫に病人を看護させて門外に出て来た。ワックスは群衆に下知すると、三千彦を捕えさせた。三千彦は縛られて、アンブラック川に投げ込まれてしまった。
本文
01 08 〔1458〕
ワックスは、三千彦を袋叩きにして川に投げ込み、意気揚々として自分の館に戻ってきた。父のオールスチンは怪我のためにふせっている。ワックスは容態を看護婦に尋ねたが、治る見込みはないという答えが返ってきた。
それを聞いたビルマは、ワックスが父親の財産を狙っていることをふと漏らした。オールスチンはそれを聞いて、ワックスがいつもそのようなことを言っているからビルマがそのようなことを口にするのだ、と注意した。
看護婦に注意されてワックスとビルマは別館に退散し、酒をあおりはじめた。ビルマはへべれけに酔いつぶれ、オールスチンが死ねばワックスは財産が手に入り、自分も出世できると大声で歌い始めた。ワックスは父親が死ぬのは悲しいが財産が手に入るのは嬉しくもあり、と複雑な心中を吐露する。
そこへエキスとヘルマンが酔って現れた。門をやたらに叩き、押し開けてオールスチンの病室にどかどかと入ってくると、金をせびりはじめた。看護婦に注意され、二人は別館のワックスのところにやってきた。そして金をゆすりはじめた。
ワックスは酒をすすめてこの場を乗り切ろうとする。エキスとヘルマンはすすめられた酒を飲んでさらに酔っ払うと、ワックスの悪事を大声で歌いだした。ワックスはたまりかねて、父親の病室に隠してあった六百両の黄金を取り出し、仕方なく二人に与えた。
エキスとヘルマンは、三十日したらまた金をもらいにくると言い置いて、酒臭い息を吐きながら帰って行った。
本文
02 00 - 本文
02 09 〔1459〕
高姫はシャルと共にあばら家でさ湯を飲みながら、ブツブツ不機嫌な顔で小言をつぶやいている。日の出神なら陽気を温かくしてほしいとシャルが口答えすると、高姫はいつもの屁理屈で説教しにかかった。
口答えするのも面倒になったシャルは、高姫の言うとおりに四つ辻に新しい見込み信者を引っ張り込みに文句をブツブツ言いながら出かけて行った。
本文
02 10 〔1460〕
シャルは、寒風吹きまくる四つ辻に、若芽のような弊衣をまとって、唇まで紫色に染め、ふるえながら立っている。路傍の立石にもたれて、シャルは高姫への不平不満をつぶやいている。
シャルはやけくそになって四股を踏みながら、早く自分の仕事を手伝ってくれる新入りが来ないかと不満をどなりはじめた。そこへ向こうから寒そうなふうでうつむき気味にやってくる青白い男があった。シャルは男を見つけると大喝一声呼び止めた。
男は元アブナイ教信者の鰐口曲冬だと名乗り、懺悔生活のために便所の掃除なりとさせてほしいとシャルに頼み込んだ。シャルは喜んで男を高姫のところに連れて行った。
高姫は、この便所は大弥勒様のお肥料様だからなかなか身魂が磨けないと掃除ができない、と言いだした。そして偽善の懺悔生活をするよりも、ウラナイ教に入るようにと曲冬を説きつけた。
曲冬は、長らく入信していた天香教の偽善を語りだした。高姫はここぞと衆生済度のウラナイ教に入るべきだと勧める。曲冬は、ウラナイ教の説教をまず聞かせてもらいたいと高姫に答えた。
高姫は講釈を始めたが、曲冬はさわりを聞いて上げ足を取り、自分には必要のない教えだと言うとさっさと門口から逃げ出してしまった。
本文
02 11 〔1461〕
高姫は夜叉のように曲冬をおっかけて四つ辻までやってきたが、曲冬は大股に駆けて行ってしまい、高姫も追いつくことはできなかった。高姫はそろそろ、信者候補を逃がしたことをシャルに八つ当たり始めた。高姫とシャルは言い争いになるが、また一人四つ辻にやってくる者がある。高姫は、今度は自分が引っ張り込んでみせると言ってシャルを下がらせた。
向こうからとぼとぼやってくるのは三千彦であった。三千彦は、高姫が東助との昔の縁への執着から道を踏み外し、妖幻坊に魅せられて脱線活動を始めた有様を歌っていたが、遠くであったので、高姫は気が付かなかった。
高姫は三千彦に声をかけた。三千彦は、フサの国のテルモン山館を助けに行く用事があると答えた。三千彦の方が高姫に気が付いて、声をかけた。すると草の中からシャルが顔をだし、三千彦に連れて行ってほしいと頼み込んだ。
シャルは高姫の悪口を言ったので、高姫は胸ぐらをつかんで締め上げようとした。三千彦はみかねて、高姫の頭髪をつかんでその場に引き倒した。シャルは道案内を申し出て、二人はスタスタと行ってしまう。高姫は歯ぎしりしながら恨めし気に見送っていた。
シャルの目には今まで、寒風ふきすさぶ枯れ野が原と見えていたのに、三千彦に遇ってからはそこら一面が春野のようになり、鳥歌い花匂う光景が目に入るようになった。シャルは嬉々として三千彦の後になり先になり、北へ北へと進んで行く。
本文
02 12 〔1462〕
三千彦はシャルと共に小声で宣伝歌を歌いながら八衢街道とは知らず、現界の道路を通過する気分で進んで行く。八衢の関所にさしかかると、赤の守衛が一人の男を調べている。それは鰐口曲冬であった。
仏教は研究してゆくと何もなくなってしまうから止めた、と言う曲冬に対し、赤の守衛は、霊界の消息を洩らした仏教に対して尊敬帰依の心を捨てて研究に走ったために、何も掴めなかったのだと曲冬を叱責している。
赤の守衛の説に納得した曲冬は、それでは一つその方向で研究しなおしてみよう、と言ってさらに諭されている。そして、聖書や三五教も研究したが、何も得るところなく脱会したと答えた。
赤の守衛は、霊界物語の筆録者までやって直接に教示を受けながら何もわからないのは、曲冬の慢心した研究的態度が原因だと指摘した。曲冬は悪びれるところもなく、十分に研究をしなければ、社会に施してよい教えかどうか調べられない、と自説を展開する。
赤の守衛は、ここである一定の時間を経なくては、曲冬のような汚れた魂は天国に行くことができないと伝えた。現世において心にもないことをいい、おべっかを使ったり体をやつしたり種々の外念をすっかり取り外して第二の内部状態に入り、内的生涯の関門を超える必要があると説いた。
内的とは、意志想念のことであり、その意志が善であり真であれば天国へ昇ることができると続けた。内的状態になってからエンゼルの教えを聞いてそれが耳に入るようならば、天国へ行く資格が具備しており、どうしても耳に入らなければ地獄に行く。これが第三状態といって、精霊の去就を決するときだという。
そこへ高姫が追いかけてきてシャルに毒づくと、守衛に対して、この二人は悪人だからこらしめるようにと命令した。赤白の守衛は高姫の屁理屈に辟易し、白の守衛がしゅろ帚ではき出すと、高姫とシャルは逃げて行ってしまった。
赤の守衛は三千彦に、川に悪者に投げ込まれて精霊が霊界に来ているが、霊犬スマートが体を助け上げて介抱している、やがてスマートが迎えに来るから現界に帰るようにと伝えた。そしてテルモン山にはまだ悪人がはびこっているから注意するようにと気を付けた。
三千彦は、高姫は亡くなったはずが霊界で脱線振りを発揮していることを不思議に思い、守衛に尋ねた。守衛は、高姫はまだ現界に寿命が三十年ばかり残っているが、あまり現界で布教の邪魔をするので、時置師神が伊吹戸主大神に願い出て、三年間中有界で修業をさせているのだと答えた。
その間に高姫の肉体は駄目になってしまうので、現界で三年後に亡くなる他の人間の肉体に移して、残りの三十年の寿命を与えるのだと説明した。
三千彦と守衛が話していると、南の方から一頭の猛犬が走ってきて二声三声高く叫んだ。この声にはっと気がつけば、八衢の光景は消え失せて、三千彦はアンブラック川の堤の青芝の上に横たわっていた。スマートは行儀よく側に座ってうれしげに三千彦の顔をながめて尾を振っている。
テルモン山の方を見ると、黒煙もうもうと立ち上り、黒雲のごとく空を封じている。月は黒煙の間に見え隠れし足早に去るごとくに見えている。
本文
02 13 〔1463〕
ワックスは、悪友のエキスとヘルマンや、三五教の三千彦、また水平会なる団体を敵視し、これらに対抗するために悪酔怪なる団体を考え出した。弱きをくじき強気に従うという奇妙奇天烈な結社である。
ワックスは創立委員長としてテルモン山の議事堂に集まり、オークスに開会の辞を朗読せしめた。そして一条の演説を試み、三五教の三千彦、エキス、ヘルマンらは弱者なるがゆえに、悪酔怪設立の趣旨にしたがって彼らを除くべく会員たちに協力を願いたてた。
群衆の中からエキスが怒って現れ、我々に六百両を脅し取られたワックスこそ弱者だと述べ立てた。そして宮町の家々の宝が盗まれたのはワックスの仕業だと暴露した。
ワックスは経緯を詳しく知っているエキスこそ犯人に違いないと言い返した。群衆はこのやり取りを聞いて、ワックスとエキスをなぐり殺せと猛り狂った。ワックス、エキス、オークス、ビルマは細くなって抜け出し、テルモン山の山奥に逃げて行ってしまった。
エルが演壇に登って大声で演説を始め、ワックスとエキスは皆の肝玉を試そうとわざと活劇を演じて見せたのだ、と群衆を抑えにかかった。そして三五教の宣伝使こそが我々の共通の敵だとなだめた。
そして悪酔怪の設立を祝して酒宴を開くことを提案した。集まった荒くれ男たちは歓呼の声とともに踊り狂い、議事堂はたちまち床が墜落し、数百の鼠がおどろいて戸外に飛び出し、草むらに逃げて行く。
本文
02 14 〔1464〕
テルモン山麓の楠の岩窟には、姉のデビス姫を悪孤の化け物として押し込めてあった。ワックスは夜ひそかに燈火を点じて訪れた。デビス姫は窟内に端座して述懐を歌っている。
ワックスは述懐の歌にデビス姫がどれだけ自分を恨んでいるかを知った。そこで悪事をすべてエキスとヘルマンに押し付けて、自分はさもデビス姫を助けに来た風を装って話しかけた。デビス姫はワックスと知ると聞く耳持たず、厳しく罵った。
ワックスは嘘の説明が通用しないと見てとると、あからさまに姫を脅してものにしようと本性を現してきた。デビス姫は怒って、岩片をワックスめがけて投げつけた。
ワックスは怒り、デビス姫を竹槍で突き殺そうとした。あわやというときに猛犬スマートが駆け来たり、ワックスの利き腕にかじりつき、ワックスはその場に倒れてしまった。スマートはうなりながら姿を隠した。
しばらくしてワックスは気が付き、腕の血をぬぐってあたりの草で応急処置をすると、ほうほうの態で館に帰って行った。
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02 15 〔1465〕
一方エキスとヘルマンもテルモン山の山中に来ていた。二人はワックスが押し込めた姫を助け出し、姫の歓心を得て恋の勝者となろうと相談をしていた。
二人はケリナ姫が閉じ込められている岩窟に来て、姫の歓心を買おうと歌を歌いかけたが、お互いにお互いをけなしはじめ、ワックスと共に企んだ悪事の中身まで歌ってしまう。
エキスとヘルマンは互いにののしり合い、大喧嘩となって取っ組み合いを始めてしまう。ケリナは二人が悪事を自ら明かし勝手に喧嘩を始めたのを聞いて思わず笑ってしまった。ケリナ姫は述懐を歌い、求道居士の無事を祈った。
エキスとヘルマンは格闘のうちに息も絶え絶えになってしまった。そこにスマートを連れた三千彦がやってきた。三千彦はケリナ姫に名乗りかけ、あたりの岩片で岩窟の錠前を打ち壊して姫を助け出した。
三千彦は倒れていたエキスとヘルマンを岩窟に投げ込むと、棒でつっかいをした。ケリナ姫は岩窟に閉じ込められて足が立たず、三千彦に負われてデビス姫の岩窟に向かった。
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02 16 〔1466〕
デビス姫はワックスの話から、父がまだ存命で如意宝珠もひとまず戻ったこと、妹も生きていることを知ってやや安心していた。
三千彦とケリナ姫がやってきて問いかけた時には眠りについていた。デビス姫はスマートの吠え声で目を覚ました。
三千彦は強力にまかせて錠前をねじ切り、デビス姫を救い出した。二人とも足が立たなかったので、三千彦はまず二人を館に背負って送り届け、その後また戻って求道居士を助け出すことにした。
小国彦は昏睡状態であったが、三千彦が天の数歌を歌って祈願をこらした結果目を覚ました。小国別は娘たちとの再会をひとしきり喜んだあと、再び昏睡状態に陥った。
三千彦は求道居士を救い出すべくスマートとともに館を飛び出した。受付のエルはふと目をさまし、姉妹が帰ってきたこと、三千彦がテルモン山の岩窟に向かったことを知り、三千彦の後を追って飛び出した。
エルは先回りして、数十人の荒くれ男たちを指揮して三千彦を捕えようとしたが、スマートが飛び出して駆けまわり、足をくわえて将棋倒しに倒してしまった。男たちはいずれも草の中に四つ這いになってふるえている。
三千彦は求道居士とヘルが囚われている岩窟に近づいた。二人は数十人に棒きれで叩きつけられて血を流して倒れていた。三千彦は大声で呼ばわって群衆を止めた。群衆は棍棒、竹槍をもって三千彦に迫ってくる。三千彦は求道居士をかばいながら敵の刀を奪って守っている。
スマートがまたもや駆け回り、悪酔怪会員の男たちの足をくわえ、手にかみつき、一人残らず草の中に投げ倒した。
三千彦は求道居士とヘルに呼びかけると、二人とも返事があった。三千彦は二人を安堵させた。求道居士を背負い、ヘルはどうにか歩けたのでスマートに補助させて神館に帰って行った。
三五教の魔法使いがまた現れたというので、悪酔怪会員や宮町の老若男女は戦々恐々として、魔法使いと狂犬を撲殺すべく相談会をあちこちで開いていた。
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03 00 - 本文
03 17 〔1467〕
小国姫は三千彦たちを出迎え、求道居士とヘルには一室をあてがい、ケリナ姫が看病することになった。そして三千彦をどこまでも救いの親としてどこまでもついていく覚悟を示した。
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03 18 〔1468〕
小国別は二人の姉妹が無事に戻ってきたことで力づき、時々刻々に元気を増して、もはや心配のいらない容態となってきた。また求道居士とヘルの負傷も比較的浅かったため、ケリナ姫の看護によって日に日に快方に向かった。
デビス姫は三千彦とともに離れの間に入って大神を念じ、館の無事を祈願した。その後むつまじくよもやまの話にふけった。デビス姫は翼琴を取り出し、心のたけを託して歌いはじめた。
その歌にははっきりと三千彦への恋心が歌いこまれていた。デビス姫の差し出す盃を飲み干した三千彦は、決心のほぞを固めて返し歌を歌った。そこには、デビス姫の親切は感謝に堪えないが、神の使命を帯びて神業に仕える途中なればせっかくながらお断りする、という意味が述べられていた。
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03 19 〔1469〕
求道居士は月夜の庭園をケリナ姫に導かれて逍遥した。ケリナ姫は求道居士に思いのたけを打ち明けた。求道居士はのらりくらりとかわしていたが、ケリナ姫は次第に気焔が上がってきて、求道居士の不甲斐なさを攻め立ててきた。
求道居士はとうとう降伏し、たとえ神罰をこうむってもケリナ姫の熱愛に応えて夫婦の約束をすることに決心した。二人は歌を交わして手を固く握り、頬を合わせて千代のかためとした。
ヘルは退屈まぎれに月を眺めながらぶらぶらとこの場に現れ来たり、二人を見つけてからかっている。
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03 20 〔1470〕
悪酔怪員はあちらこちらに三々五々集まり、犬に噛まれた無念話の花を咲かせており、中には怒る者もあり、酒をあおって蛮声を張り上げ、自暴自棄的にさざめいている。
そこへワックスが、包帯を腕に巻き付けて驢馬にまたがり、オークスとビルマをしたがえてやってきた。ワックスは十字街頭に立ち、豆太鼓と摺り鉦をはやし立て、馬上に立って大喝し、悪酔怪員を呼び集めた。
またたくうちに怒れる老若男女は数百人集まってきて鬨の声を上げた。オークスがまず大道演説を始め、三五教をやっつけよと群衆をたきつけた。群衆がオークスに賛同すると、ワックスは包帯をほどいて傷を見せ、自分の働きを語って鼓舞した。
ワックスはめいめい得物をもって館に押し寄せ、三千彦を捕えようと言葉巧みに説きたてた。群衆は竹槍や長剣をふるって、ワックス指揮のもとに列を正して館の門前に押し寄せた。
門前に押し寄せた群衆を前に、ワックスはふたたび馬上演説をなし、小国別、、小国姫、姫たちをはじめ、三千彦ら三五教徒を捕縛するよう下知した。群衆がわっと門内に乱入しようとするとき、スマートがいずこよりともなく現れて、山岳も揺れるばかりの唸り声を発した。
群衆がこの唸り声に辟易して進みかねていると、スマートは群衆の中に矢のように飛び入って縦横無尽に駆け回り、悪酔怪員のみを目がけて咬み倒した。
群衆は驚きあわてて色を失い、おのおの思い思いに命からがら逃げ散って行った。ワックスはオークス、ビルマ、エルをしたがえて自分の館に帰って行く。
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03 21 〔1471〕
ワックスが我が家に馳せ帰ると、父のオールスチンはほとんど虫の息となっていた。ワックスは驚き、病床に駆け寄って涙の声でいつになく優しく加減を尋ねたが、オールスチンは瞑目してしまった。
ワックスは看護婦に当たり散らし、出て行くようにと怒鳴りつけた。ワックスは、出て行こうとする看護婦の荷物に難癖をつけて荷物改めをした。すると中から白い煙が音を立てて立ち上がり、中からデビス姫とケリナ姫がニコニコしながら立ち現われた。
ワックスは驚いて腰を抜かし、のどが詰まって震えている。オークスとビルマはその間にソファーを取り除け畳をめくり、オールスチンが隠しておいた金銀の小玉を引っ張り出して、看護婦のトランクに詰めると、倒れているワックスを嘲笑して表に駆け出してしまった。
エルはこの有様を見ると慌てて面に駆け出して、自分が見たことをわけのわからない歌にして歌って、十字街頭で触れ回っている。
親爺がせがれに渡さずに残した金銀は天下の所有品だと触れ回るのを聞いた群衆は、葬式がてら金銀をせしめようとワックスの館に集まってきた。
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03 22 〔1472〕
ワックスは腰を抜かして呆けたように中腰に倒れている。この町に習慣にしたがって、遺産を相続せずに主人が亡くなった場合は財産は町民のものとなり、競争的に取らせるのが掟だといって、エルがたくさんの町民を連れてきた。
町民一同はめいめいの財産に自分の名札を付け終ると、ワックスの前にやってきて悔やみを上げた。町内の葬式係や比丘がやってきて段取りを始め、ワックスの意向で天葬にふすことになった。これは、遺体を細かく刻んでたくさんのハゲワシに喰わせてしまうという儀式である。
比丘の先導で一同は天葬式を済ませ、ふたたびワックスの館に帰ってきていろいろの馳走を食べて暴飲暴食にうつつを抜かした。
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03 23 〔1473〕
町人が数百人集まり、ワックスの館で飲食してメートルを上げていると、そこへいずこともなく飛んできたスマートが座敷に駆け上がり、前後左右に荒れ回った。今回は誰も傷つけられた者はなかった。
ワックスは怒って槍を取るとスマートめがけて突いてかかった。エルはワックスの腕を握り、父の命日であるから殺生してはならないと戒めた。
するとスマートはいつのまにか鉄瓶に化けてしまった。不思議に思って見ていると、鉄瓶が薬鑵に代わり、たちまち目・鼻・耳・手足が生えて踊り出した。薬鑵はやがてオールスチンの姿となり、薬鑵頭に湯気を立てて演説を始め出した。
薬鑵の化け物は、自分はオールスチンの精霊で、犬となって我が家に帰り、鉄瓶から薬鑵に変化してようやく完成したという。
薬鑵のオールスチンは、自分の罪業を告白し、ワックスは身魂が汚れているから財産はひとつも残さずに苦労させる必要があると説いた。そして自分は三五教の宣伝使の教訓によって罪から救われて霊界に行くからと町人たちに後事を託した。薬鑵のオールスチンはにわかに麗しい天人の姿となって空中を歩み、テルモン山の山奥に姿を隠した。
一同は薬鑵のオールスチンの言を嘘か真実かはかりかねていた。ワックスは、自分に財産を一物も残すな、というのが親父の言であるはずがないと、三五教の魔法使いのせいにした。そして悪酔怪員をたきつけて、弔い合戦をやろうと言いだした。タンクという男が賛同して先導し、酒に酔った群衆を連れて口々に歌を歌いながら攻めて行く。
オークスとビルマの両人はトランクに金銀を詰めて坂道を下って行く途中、二人一度に足をすべらせて谷川に転落してしまった。トランクは口を開けて、金銀の小玉をばらまいた。タンクは目ざとくこれをみつけると谷底に飛び下りた。
タンクはトランクをひっかかえると、金銀の小玉を掴んで放り込んだ。その他の町人たちも飛び下りてきて折り重なり、宝の取り合いでひと悶着が起こった。タンクは二三千両の金を拾ってトランクにねじ込むと、谷川に沿っていずこともなく逃げて行った。
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03 24 〔1474〕
小国別の神館は、家令オールスチンの帰幽の知らせを聞いて、三千彦を祭主として一同大神殿に集まり、盛大な帰幽奉告祭を執り行っていた。
そこへハルナの都の大黒主の使者として、ニコラス宣伝使が従者たちと数十人の兵卒を引き連れてやってきた。祭典が終わって戻ってきた一同の前に、ニコラスは長剣を佩いたまま現れ、テルモン山神館に三五教の宣伝使を引き入れた罪を問うた。
小国姫は事情を説明したが、ニコラスは三五教の宣伝使は直ちに召し捕らなければならないと言い渡した。三千彦と求道居士は自ら名乗りを上げて現れた。デビス姫とケリナ姫は、それぞれ三五教宣伝使の妻だとして名乗りを上げた。
ニコラスは従者に目配せして四人を縛りあげ、門前の広場に杭を打って繋げ、数十人の兵卒に見張らせておいた。小国姫悲観して自害しようとしたが、スマートが駆けてきて阻止した。
すると隣室より、神の恵みに抱かれた自分の身体を縛る方法はない、という三千彦の歌が聞こえてきた。ニコラスは不審の念を抱き、小国姫が三五教の魔法を使ったと思い、従者に下知して小国姫を縛らせようとした。
隣室から涼しい声で天の数歌が聞こえてくる。小国姫の肉体からたちまち金色の光が放射し、ニコラスをはじめ六人の従者たちは目がくらんで座敷の真中に倒れてしまった。三千彦、求道居士、デビス姫、ケリナ姫の四人はにこにこしながら、ゆうゆうとして隣室から現れてきた。
驚く小国姫に、三千彦は誠ひとつの肉体には刃は立たず、縛っても縛ることはできないと安堵させた。ニコラスは起き上がり、四人を今度は針金で縛って再び広場に繋いだ。ニコラスは戻ってくると、今度は小国姫とヘルも縛って広場に連れて行った。
本文
03 25 〔1475〕
ニコラスが広場に来てみると、警護させておいた兵士たちはいずれも立ったまま眠っており、繋いでおいた四人の姿はなかった。またいつの間にか、縛って連れてきた小国姫とヘルの姿もなかった。
にわかにハゲワシが兵士たちの頭をこつきまわり、兵士たちは狂乱して無性やたらに斬り込んできた。ニコラスは従者たちに指図して応戦した。たちまち怪我人が十数人出てしまった。
このとき空中に音楽が響き、宣伝歌が聞こえてきた。隆光彦の神がニコラスの無礼な振る舞いに歌で戒めを与えた。そして一同に改心を促す説示を宣伝歌に込めて説き諭した。
兵士たちはたちまち傷は癒え、眠気は去って精神爽快を覚えた。ニコラスは合点行かず、士官を引き連れてふたたび館の奥に進み入れば、小国姫、三千彦をはじめ縛り上げた人々は、嬉しげに手を打って酒宴の最中であった。
ニコラスは翻然として悟り、神徳の広大なるに感じて涙を流して三千彦に無礼の罪を謝した。このとき館の外には、ワイワイと山岳も揺るぐばかりの喊声が聞こえてきた。一同は何事かと耳をそばだてて様子をうかがっている。スマートの声は耳をつんざくようにあたりの木霊を響かせている。
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