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霊界物語あらすじ

説明を読む
ここに掲載している霊界物語のあらすじは、東京の望月氏が作成したものです。
まだ作成されていない巻もあります(55~66巻のあたり)
第81巻 天祥地瑞 申の巻 を表示しています。
篇題 章題 〔通し章〕 あらすじ 本文
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天地開闢の極元
考えられないほど大きく、浩く、漂い、恒久に変化がなく、霧を撒いたようなス(⦿)の時に、その機約の両極端に、対照となる力を起こった。
(その当時の宇宙は)恒に張り詰め深く静かに満ちていたので、考えられないほど大きさの両極端に対照となる力が保たれ、至大宇宙のあらゆる極は相対照となった。
その不思議な威を持つ対照力の中間を、極微点(コゴコ)を珠のように連ねた糸が掛けつなぎ、隣り合い並びあって、ヒシと充実極まる状態であった。
しかしながら、そうした働きは気体の形であり透明であったので、人の眼に見えるような現象ではなかった。
見えないけれども、この連珠の糸が霊気を保ち、初めて至大天球(たかあまはら)を作ったのである。そのとき、対照力(タタノチカラ)が至大天球の外面を張り詰めたために、至大天球(たかあまはら)は球形になったのである。
たしかに、極元となったス(⦿)は、大きいことこの上なく、ひろびろとして漂い、恒久に変化がない状態で、花形をしており、凹凸を繰り返して呼吸を保っていたのであった。
そのようにして、極元のス(⦿)は、その平らな輪の部分のところで対照力を起こし、その外面を対照力によって張り詰め、張り詰めして至大天球(たかあまはら)となったのである。
それゆえ、、極元のス(⦿)の凸の所にあって、区切りの部分にあった珠の外に成ったために、鰭のような状態になった極微点は、張り詰めた珠を塗って移動した。そして至大天球の東岸部、西岸部に門を開けて、至大天球内に競って進入しようとする力を生み、押し入ってきた。
この押し入ってくる極微点の力は、始めの対照力に張り詰められて至大天球中に固まっていた極微点の連珠の糸の霊気を中央に押し込み、押された気が北極、南極に押し出される。
押し出された気はまた至大天球の外面を塗って移動し、東岸部、西岸部に来ると、また至大天球中に入っていく。このようにして霊気は、永世無窮に果てしもなくならび連なって、至大天球の内外を循環運行しているのである。
本当のところ、ここまでに説いてきたひとつひとつの真の説は、釈迦や孔子でさえ、探求したけれども知ることができなかった、極みの重要な教えである。比喩、たとえ話の説明、謎かけ話のような、不正曖昧ないいかげんな話ではないことを理解してもらわなければならない。
だから、一言一句がことごとく真正に、至大天球(たかあまはら)の組織、細かな特徴の理、大なる造化のはたらきを捉えて、明細に密に審査して、表に現れたきざしを証明した、極限の典説なのである。
大いなる智恵に照らされて、全体を見通すことに熟練したあかつきには、これが一切世界に無比なる極みの教えであると称えるようになるであろう。そのことを感得すべきである。
だから、謹んで本書を拝読する者は、その鑑識眼を明らかにして、一切の迷いを一掃するべきである。愚蒙にして鑑識を誤る者は、比喩や喩え、謎かけ、想像を働かせて、この説をお経や哲学の類とみなしてしまい、他の説と比較したり、愚案・愚考と談じたりして、自分はいっぱしの哲学を語っているように信じている、という有様になってしまう。
読者においては、鑑識眼を正しく明らかに極めることを切に希望する。
たしかに老子はこの至大天球を語っているが、明言することはできなかった。ただ、「玄のまた玄、衆妙の門」、とだけ言った。「門」とは、表半球の形を謎にかけたのである。もしはっきりと「天球」云々と言った場合、さまざまな質問・疑問が起こってくる。老子の教えでは、それらに答えることはできないので、よくよくその辺りを思案するように。
釈迦は「無辺法界」「不思議界」と言う。まさに、思いはかることができないもの、という意味である。孔子は至大天球のことを「容(とるる)」と言い、また「一ツ」と言った。みな、謎かけ談のようなものばかりである。
まったく、このような謎かけ談しか語ることができなかったのは、行き届かないことこの上ないが、はっきりと言ってしまうと様々な質問・疑問が起こることを恐れて、比喩、たとえ話、謎かけでもって世間をごまかし、神器を持った弥勒が出現するのをただ待っていたのである。まったく憐れな話である。
このような有様であるので、『最大一なる霊魂精神は至大天球(たかあまはら)、またの名を至大霊魂球(おほみたま)であり、一個人の神経は、この霊魂球の中の一つの条脈、つまり玉の緒と言うべきものに他ならない』、と明言したとする。
そうすると、釈迦、老子、孔子の教えでは、その明細を説明することができないのである。ただ頑迷な謎かけ話を作ってそれを愚かにも崇拝しているだけなのである。
僧侶は、霊魂心性のことを第一に説き明かす人々であるはずなのに、『その心性とは、至大天球(たかあまはら)中の真霊に他ならない』とはっきり言ったとき、その詳細や、造化がどのように始まり、どのように終わるか、ということをはじめ、億万劫々年間に生まれ死んでいった一切の事柄を、詳しく教示することができない。ただ迷妄な謎をかけて迷っている達磨は憐れ極まる者である。
だから僧侶たちに、現在行われている教えの道の本元は何だ、と問い詰めると、一言でも答えることができる者がいないのである。まして、その教えの本元が、究極的には何に基づいているか、などということには夢にも思い至らない、情けない僧侶ばかりなのである。
そんなことはない、という人がいたら、道統の本元が基にしている極元は是である、と一言でも説明してみるがよい。
釈迦も達磨も、その教えの道が、究極的に何を基にしているかを知らないが故に、直接はっきりと道法を説明することができないのである。だから、比喩、たとえ、謎かけのみで、ただ弥勒如来の到来を待って教えを喜び奉っているだけなのである。
速やかに弥勒の出現を乞い奉るべきである。いや、弥勒はすでにここにある。請ぜよ。
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01 01 〔2028〕
高照山の西南、万里(まで)の海上に、伊佐子の島という面積の大きな島国があった。島の中央に大栄(おおさか)山脈という大きな山脈が、東西に横切っていた。
大栄山脈より南がイドムの国、北をサールの国といった。伊佐子島は、万里の海の島々の中でも最も古く生成された島であり、国津神たちが大勢住んでいた。
イドム、サールの両国はお互いに領土を占領しようと数十年にわたって戦争を続けており、国津神たちは苦しみ、救世神の降臨を今か今かと待ち望んでいる様子であった。
大栄山の中腹に、真珠湖という大きな湖があった。南北十里、東西二十里もあり、その湖水は不思議にも塩分を帯びていた。また、遠浅で、膝ほどの深さしかなく、水上を徒歩でわたることができたのであった。
この真珠湖には人魚が多数住んでおり、国津神のように茅で屋根をふいた住居に住み、生活ぶりも国津神のようであった。
真珠湖は大栄山の南側でイドム国領内にあった。イドムの国の人々は、人魚を捕らえて来てはいろいろと苦しめ、涙を流させた。すると、涙は真珠の珠となって落ちるのであった。
イドムの国津神たちはこれを装飾品にしていた。また、これを内服すると身体が光を放ち、子孫は美しい子のみが生まれるのであった。そういうわけで、時が経つにしたがって、イドムの国津神たちは美男美女のみとなってしまっていた。
これに反して、北側のサールの国津神たちは色黒で背が低く髪はちぢれ、醜い者ばかりであった。サール国王エールスは、真珠湖を占領してサールの国の種族を改良しようと目論んでいた。
ついにエールスは大軍を率いて大栄山を越え、真珠湖に向かって進軍を始めた。
サール国侵入の報を聞いたイドム国王アヅミは、さっそく軍議を召集した。軍議には王妃ムラジ、左守ナーマン、右守ターマン、軍師シウラン、王女チンリウ、侍女アララギが参加した。
軍議は、軍師シウラン、右守ターマンの主戦派の意見が取り入れられ、一気に決戦を挑むことになった。王女のチンリウ姫も出陣し、ともに戦うこととなった。
イドム国が将軍を場内に呼び集め、出陣の用意をしている折しも、サール国の軍隊はすでにイドム城下にまで迫っていた。
イドム国軍は決戦を挑み一日一夜激しく戦ったが、サール国は精鋭決死の兵士ばかりで、イドム国軍はもろくも敗戦し、国王以下、南方の月光山(つきみつやま)を指して逃走した。
アヅミ王は月光山に立て篭もって城壁を構え、イドム国再興を図ることとなった。
エールス王はイドム城を手に入れてイドム国を統治下に置いた。エールス王、サール国左守チクター、右守ナーリス、軍師エーマンはイドム城に入場し、勝利を祝うと、しばらくイドム城に駐屯することとなった。
本文
01 02 〔2029〕
イドム王は王妃、左守、右守、軍師らとともに月光山に逃れ、再挙を図ることとなった。また、王女チンリウ、侍女アララギをはじめ多くの勇士が捕虜となり、サール国城中の牢獄につながれてしまった。
イドム王と王妃は、娘の消息がわからなくなってしまったことを歎いていた。一同は再起の時を誓いつつ、チンリウ王女の消息を探るために、三人の武士をひそかに敵国に遣わすことにした。
左守、右守、軍師は敗戦の責任に遺憾の意を歌に歌ったが、アヅミ王はこれまで、主の神から恵みを受けながら務めを怠っていたことに気づいた。そして、月光山のいただきに大神の宮居を造営し、朝夕の祈りを捧げるよう大臣たちに命じた。
大宮居造営に際して左守、右守は国津神たちを召集した。そして無事に地鎮祭を終えると、国津神たちは祝宴を開いた。アヅミ王はこの様を見て、国の礎が固まったことを感じ、喜びの歌を歌った。
そして、一同は改めて再起の意を固めることとなった。
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01 03 〔2030〕
百日間の工程を経て、麗しい神殿は完成を見た。アヅミ王を始め重臣たちは斎殿に集まり、七日七夜の修祓(しゅうばつ)を終えると、遷座式を行う段取りとなった。
月光山の中腹には月見の池という清らかな泉が湧いていた。
アヅミ王いかの修祓行者たちはこの池に集まり、おのおの泉の水を頭上からかぶりながら禊を行い、イドム国の再興やチンリウ王女の無事を神に祈る歌を歌った。
アヅミ王はいままでの心のあり方におごりがあったことに気づき、今後は心を立て直して、神の御前に畏み仕える気持ちで国を治めなければならないことを悟った。
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01 04 〔2031〕
荘厳な宮居が完成し、修祓を終わったアヅミ王は恭しく神殿に登って祓いの儀式を行った。そして、遷宮式の祝詞を奏上した。
主の大御神、高鉾の神、神鉾の神の前に畏まり奏上するに、敵に攻められイドム城を失ったのは、先祖の志を軽んじ、大神の御恵みを忘れてほしいままな政を行ってきた罪であると悟りました。。
ここに心を改めて、月光山のいただきに大宮柱太敷き立てて主の大神の大御霊をお迎えすることにいたしました。
ついては、月光山を益々栄えしめたまいて、イドムの城を奪還せしめ給うよう願い、そのあかつきには、上下ともに心の驕りを戒めて、大神の大御心にかなうよう誓い奉ります。
この神殿に天降りまして、イドムの国とともに、サールの国までもことごとく、大御神の御恵みに潤いますよう、直く正しき心を持ちますよう、お願い申し上げます。
そして伊左子島の安泰を祈願する歌を歌った。王妃、大臣たちもそれぞれ前非を悔い、心を新たにする決意を神前に歌った。
すると突然殿内が鳴動し、地鳴り、振動が激しく起こった。アヅミ王は畏れかしこみ、罪を悔いる歌を歌った。
すると、神前に三柱の天津神が現れた。一柱は主の大神と見えて、お姿は光に包まれてわずかに御影を拝することができるばかりであった。白衣をまとい、右手におのおの鉾を持った神は、まぎれもなく高鉾の神・神鉾の神であった。
一同は神々の降臨にひれ伏し、感謝と喜びにただうずくまっていた。アヅミ王はおそるおそる奏上し、イドム城を奪ったサール国の国津神を「醜神(しこがみ)、鬼」と呼び、彼らをイドム城から追い払って下さるよう、神々にお願いした。
高鉾の神・神鉾の神は、醜神はアヅミ王をはじめとするイドム国の国津神たちの心の中に潜んでいるのであり、鬼は自らの心が生んだものであると託宣した。そして、誠の力は「真言」であると諭した。
そして三柱の神々は御姿を隠してしまった。再び天地が振動すると大空の雲が左右に分かれ、虹のような天の浮橋がかかると、三柱の神々の荘厳な姿をほのかに仰ぎ見ることができるのみであった。
アヅミ王は謹みの色をあらわにし、サール国のエールス王に国を奪われたのも、すべてイドム国の国津神の御魂の罪であることを粛然として悟った。一同は、イドムの国津神の罪が深いために、神殿に大御神が鎮まることかなわないことを悟り、百日の禊を決意した。
そしておのおの述懐の歌を歌いながら神前に感謝の祝詞を捧げ、神殿を後にして月光山城内に帰って行った。
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01 05 〔2032〕
アヅミ王以下重臣たちは、高鉾の神・神鉾の神の御宣旨に感激し、百日の修祓に取り掛かろうと、今度は山麓を流れる駒井川に集った。
駒井川の水はとうとうとして壮観な勢いを見せていた。一同は川中の巌に陣取り、日夜心力を尽くして禊の神事に仕えていた。
国津神たちは禊の祈念に余念なく取り組んでいる折しも、突如、上流から半死半生となって助けを求めながら流れ落ちてくる、一人の男があった。
国津神たちがよく見ると、それはかねてから敵と狙う、サール国王エールスに他ならなかった。アヅミ王はとっさにわが身の危険も忘れて激流に飛び込むと、エールス王を川州に助け上げ、介抱を始めた。
王以外の神々はこのときばかり恨みを晴らそうと、おのおの石を掴んでエールスを打ち殺そうと集まってきた。アヅミ王は右手を差し上げ、罪はわれわれの心にあったのであり、エールスといえども神の子、乱暴してはならないと一同を制した。
エールス王はアヅミ王の介抱により正気を取り戻すと、回りを見回して、助けてくれたお礼を言うどころか、自分の禊を邪魔したと言って、アヅミ王一同を非難した。
王妃、大臣以下の神々は怒ってエールス王に襲いかかろうとした。アヅミ王は一人必死に一同をなだめて回ったが制しきれず、王以外の神々はいっせいにエールス王に石を投げつけた。
すると不思議なことに、エールス王の姿は煙となって水中に消えてしまった。一同が茫然としていると、水中から大きな蛟竜が現ると、神鉾の神の化身であると自らの正体を明かした。
そして、アヅミ王の心は禊を終わり、大神の大御心にかなったことを告げた。また王妃以下大臣たちはまだ心の修行が足りず、改めて百日の修祓に仕えるべきことを宣言した。そして、山の神殿には神鉾の神が御霊を止めることを託宣した。
ここにアヅミ王は三日の禊によって許され、月光山の神殿に奉仕し、国政を司ることを得た。王妃以下大臣たちは改めて百日の荒行を命じられ、その後月光山の神殿に仕えることを許された。
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01 06 〔2033〕
イドム国を手に入れたサール国王エールスは、風光明媚なイドム城に妃や重臣たちを集め、宴を開いていた。
述懐の歌を歌う中に、左守のチクターは、王を主の神と称え、重臣を高鉾・神鉾の天津神になぞらえて王を賞賛した。
右守のナーリスは左守の行き過ぎた言葉を戒めるが、逆に王の不興を買ってしまう。王は右守に、本国を守るように言いつけてサール国に帰し、厄介払いしてしまう。
忠臣でうるさがたの右守がいなくなった後は、左守チクター、軍師エーマンらの奸臣のみが残ることとなった。重臣たちは国務を忘れて、王、王妃とともに詩歌管弦・酒宴の歓楽にふけっていた。
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02 07 〔2034〕
エールス王、妃サックス姫、左守チクターの三名はある日、大栄山の絶勝地に月見の宴を張った。ここは奇岩の岩壁の上から、はるかに深く早く流れる水乃川を見下ろす絶景の奇勝である。
エールス王は月明かりに照る紅葉をめでながら、左守チクターの追従の歌にいい機嫌になり、泥酔してろれつも回らないほどに飲んでいた。
実はサックス姫と左守のチクターは深い恋仲になっており、折あらば王を亡き者にして思いを遂げようと画策していたのであった。チクターが目配せすると、サックス姫は全身の力を込めて、エールス王を断崖から突き落としてしまった。
サックス姫とチクターは示し合わせて、エールス王が泥酔して水乃川に落ちたと城内に触れ回り、表面は悲しげな風をして、配下の者たちに王の捜索を命じた。
この騒ぎに軍師エーマンは夜中急ぎ登城し、サックス姫、チクターの様子を見て首をかしげたが、何も言わずに黙っていた。
やがて、水乃川の深淵でエールス王の遺体が発見され、型のごとく葬儀が行われた。以後、サックス姫は女王としてサール国に君臨し、チクターは依然として左守を務めることとなった。
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02 08 〔2035〕
大栄山の南面にある真珠の湖には多くの人魚が生息していた。人魚たちは湖の東西南北に人魚郷を作って平和に暮らしていたが、イドム王の部下が襲来して人魚の乙女を捕らえて行く事件がたびたび起こっていた。
そこで、国津神たちの襲来を防ぐために空き地に鋭くとがった貝殻を敷き詰めるなど、防衛線を敷いて警戒する態勢になっていた。
あるとき、東西南北の各人魚郷の酋長たちは、湖の中央にある真珠島に集まり、協議をこらしていた。
イドム国が戦に破れて、サール国に城を奪われたニュースは人魚たちの下にも届いていた。人魚たちは、サール国王エールスが荒々しい気性の持ち主であると聞いていたので、必ずやイドム国にも増して、人魚の乙女を捕らえに兵隊を遣わしてくるだろうと予測していたのである。
酋長たちは協議の結果、サール国の兵隊が来たら、岸に山が迫っていて険しい北郷にすべての人魚を避難させ、敵を迎え撃つ作戦を練った。
折りしも、サール国女王となったサックスは早速、数百の騎士を従えて大栄山に登ってくると、人魚を捕獲しようと真珠の湖に迫ってきた。
東西南北の酋長たちは、さっそく人魚たちに知らせを出して、全員を北郷に避難させた。酋長たちは、真珠島の岩頭に立って、サール国の騎士たちを待ち構えていた。
サールの騎士たちは東、西、南の人魚郷を目指して馬に乗ったまま湖に飛び込み襲ってきたが、一人の人魚も見つけることができず、泳ぎ着かれて溺れ死ぬ馬が続出した。
サックス女王は一度岸に引き返し、丸木舟を作って湖の奥に進む作戦に変更した。真珠島に上陸して人魚の酋長を捕らえ、人魚たちの隠れ家を自白させようとしたのである。
しかし、丸木舟が真珠島に近寄ってくるやいなや、酋長たちは島の断崖の上から、いっせいに真珠の岩を岩石落としに投げつけた。
あわれ、女王をはじめ従軍していた左守チクター、数多の騎士たちは舟もろとも湖中に沈没し、水の藻屑と消え去ってしまった。これ以降、真珠の湖を侵して人魚を攻めようとする者もなく、ここは神仙郷として人魚たちは栄えることとなった。
本文
02 09 〔2036〕
真珠湖攻めの大敗により、女王・左守らの首脳をはじめ、精鋭の騎士たちをすっかり失ってしまったサール軍には動揺が広がっていた。
力によってイドム国王を追い払い、国を奪って暴政を敷いた天罰は、やはり恐ろしいものであった。
残された重臣の軍師エーマンは、女王やチクターらの遺体を篤く葬り、十日間の喪に服しつつ述懐の歌を歌っていた。驕り高ぶりを悔い、サール国に追いやった右守ナーリスの言に従っていたら、と後悔の歌を歌っていた。
エーマンはただ一人で、イドム国に駐屯するサール軍の統制をはからざるを得ないことになってしまったのである。
一方、サール軍の暴政に苦しんでいたイドム国民の中には、あちこちに愛国の志士が奮起し、この機に乗じて城を奪い返し、イドム王を再び迎え入れて国を再興しようとの活動が活発になってきた。
中でも愛国派の大頭目、マークとラートは国の至るところに立ち現れ、馬上から国津神たちに奮起を呼びかけた。群集はほら貝を吹き、鳴子を打ち鳴らし、あちこちに示威運動が起こってきた。
マークとラートはついにイドム城外の広場に群集を集結し、馬上から維新の歌を高々に歌い始めた。そして、今こそ城に攻め寄せイドム国を再興せよ、と呼びかけた。群集はいっせいにイドム城に攻め寄せると、軍師エーマンはこの様を見て慌てふためき、水乃川に身を投げて自ら命を絶ってしまった。
本文
02 10 〔2037〕
マーク、ラートが引率した民衆軍は、一戦も交えることなくイドム城を取り返した。
この群集の中には、イドム国王アヅミの右守ターマンが、民衆に変装して紛れ込んでいた。ターマンはマークとラートに近寄り身分を明かし、イドム王が月光山に隠れていることを明かして、感謝の意を表した。
マークは自分たちの手柄ではなく、天命によってサール軍は滅びたと歌うと、こうなった上は、アヅミ王を再び迎えて王に再び国を任せたいとターマンに伝えた。
ターマン、ラート、マークは互いにここまでの道のりの苦難を歌いあった。そして、ターマンとマークは月光山へアヅミ王を迎えに出立し、王の到着まで、ラートがイドム城を守ることとなった。
ターマンとマークは、道々これまでの述懐の歌を歌いつつ月光山へと馬を急がせた。
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03 11 〔2038〕
サール国王エールスは、イドム城を落としたときに、多くの敵軍を捕虜として捕らえ、牢獄につなぐために、サール国に護送させていた。
サール国には大栄山から流れる、うす濁った木田川という川が流れており、川を越えた東側の丘陵の木田山に城があった。
サール国の太子エームスは、木田山城の師団長として留守を守り、数多の敵軍の捕虜が護送されてくるのを朝夕眺めていた。
ある日、捕虜の中に美しい三人連れの美人を認め、たちまち恋慕の情にとらわれると、敵国の女性であろうとも何とかして妻にしたいと煩悶苦悩するようになってしまった。この三人の美女とは、アヅミ王の娘チンリウ姫、侍女のアララギ、姫の乳母の娘センリウの三人であった。
太子エームスの侍臣、朝月と夕月は、太子の様子がただならないことに気づき、心を痛めてなんとかして太子の気を晴らそうと、さまざま歌や踊り、小鳥や虫の鳴き声などを催してみたが、太子は日に日に憔悴していくばかりであった。
ある日朝月、夕月は太子に花ケ丘の清遊を進めようと、花咲く丘の美しさを歌に歌った。太子は花鳥風月に心は動かず、花ケ丘に咲く花ではない花に、今は心を奪われているのだ、とそれとなく自分の思いを歌に歌った。
朝月は太子の心を察し、自分が太子の花への使者となりましょう、と歌うと、太子は、自分が恋焦がれる花は、実は敵国の捕虜の中にいるのだと歌い、高貴な身なりから、間違いなくあれはアヅミ王の王女であろうと明かした。
太子は、王女にとって自分は親の敵であり、どうやって王女の心を掴んだらよいか、朝月、夕月に相談を持ちかけた。朝月、夕月はなんとしても王女に太子の心を伝え心をなびかせてみようと、太子の思いを承った。
かくして、朝月、夕月はひとまず太子の前を下がっていった。太子は一人、木田川の流れを眺めながら、述懐の歌を歌っていた。侍女の滝津瀬、山風がお茶を汲みに参上したが、太子の心は晴れず、茶にも菓子にも手をつけずにうつむいていた。
侍女たちは太子の様子を心配するが、太子もう夜が遅いのでひとまず下がるように言いつけ、侍女たちは下がっていった。かくして、木田山城の夜は更けていった。
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03 12 〔2039〕
チンリウ姫、乳母のアララギ、アララギの娘センリウの三人は敵城に囚われ、牢獄に入れられて互いに述懐の歌を歌って身の不孝を歎いていた。
三人はイドム国を忍び、王と王妃の行方を案じ、またサール国への恨みを歌っていた。
そこへ、エームス太子の侍従・朝月、夕月の両人が足音を忍ばせてやってきた。そして、エームス太子のチンリウ姫への思いを告げ、牢獄から出ようと思ったら、太子の思いを受け入れるよう説得をはじめた。
チンリウ姫は敵国の太子の情けを受けるくらいなら、生命を捨てた方がましだ、と憤慨した。
朝月、夕月は、姫と太子の結婚が成れば、イドム国も再興されて平和が訪れるだろう、と姫を口説くが、チンリウ姫は頑として二人の説得を拒みつづけた。
朝月、夕月はすごすごと立ち去り、こうなったら力づくで姫を従わせようか、と相談をめぐらしている。
本文
03 13 〔2040〕
一方エームス太子は、木田山城の奥殿に恋の悩みを述懐の歌に歌っていた。父王がイドム国を滅ぼしたために、自分がチンリウ姫の親の敵になってしまったことで、父王エームスへの恨みを歌った。
そこへ朝月、夕月が帰ってきて、チンリウ姫の心は固く、説得に失敗したことを報告した。そこでエームス太子は、侍女のアララギをこちら側に引き入れて、姫を説得させる策を思いついた。
さっそくアララギを縛ったまま太子の前に引き出した。朝月は、このまま姫が太子の思いを拒み続ければ牢獄に苦しみつづけ、思いを受け入れれば太子妃として栄華を得られるだろう、と二者択一を迫り、アララギを問い詰めた。
するとアララギは恐れ気もなく、姫を必ず説得させようと太子の前で約束した。そして牢獄に送還されたアララギは、言葉を尽くしてチンリウ姫を説得にかかった。
このままでは、我々は処刑されてしまう、それよりはエームス太子の妃になって牢獄から抜け出せば、命も助かり、よい暮らしも出来、イドム国の再興もなるだろう。何より、従者である自分たちの命を憐れと思い、どうか助けてください、と最後は姫の情に訴えた。
アララギ、センリウ母娘の嘆願によって、チンリウ姫は憐れみの心から、ついにエームス太子の思いを受け入れることに決めた。
エームス太子はさっそく三人を牢獄から解放し、立派な衣装に着替えさせ、宮殿に迎え入れた。
本文
03 14 〔2041〕
チンリウ姫は、侍女母娘の命を憐れに思い、敵国の太子エームスの妃となることを承諾した。
エームス太子は城内に命じて、さっそく結婚式を行うこととした。太子はチンリウ姫を奥殿に招き、この結婚が成ったなら、チンリウ姫の父王をイドム城に迎えて、姫の心に報いよう、と誓った。
結婚式が始まり、仲介役となったアララギは祝歌を歌った。続いてエームス太子、チンリウ姫、朝月、夕月、センリウと喜びの歌を歌い、結婚の儀式を済ませることとなった。
チンリウ姫が太子の寝室に進みいることになった直前、アララギがすぐれない面持ちで姫を別室に招いた。そして語るに、
これまでエームス太子は何度も妃を迎えたが、いずれも一晩きりで命を落としている。
それというのも実は、太子は猛獣の化け物である。
このことは、サール国の侍女たちから噂で聞いた確かな話である。
そこで自分の娘センリウは姫にそっくりであることから、今夜は安全のため、身代わりに立てて様子を見てみましょう。
というものだった。これはアララギの計略であったが、チンリウ姫は疑いもなく乳母の提案を聞き入れ、センリウと着物を着替えてその夜は別室に控えていた。
翌朝、センリウが無事であったのを見て、チンリウ姫はアララギに、『何ともなかったようだが太子は替え玉に気づかれたのだろうか』、と相談した。
アララギは、『太子は替え玉に気づいてはいないようだが、太子の心をもっと姫に向かわせるためには、祭壇にある水晶の花瓶を庭で打つとよい』と姫に勧めた。
チンリウ姫は何の疑いもなく、花瓶を庭に持ち出して打つと、花瓶は二つに割れてしまった。
アララギは突然姫のたぶさを掴んで引きずりまわし、家宝を打ち壊した大罪人、と叫んだ。たちまち姫は捕り手に囲まれてしまった。アララギは、替え玉が気づかれないように姫の口に猿轡をかませ、顔を殴って容貌がわからないようにしてしまった。
チンリウ姫は、家宝を打ち壊した罪人・センリウとして、遠島の刑に処せられることになってしまった。
本文
03 15 〔2042〕
乳母のアララギは、結婚式の荘厳さににわかに嫉みに襲われ、自分の娘・センリウが姫とそっくりなのを幸い、姫をだまして入れ替えさせ、また罠に陥れて遠島に流してしまったのである。
エームス太子は替え玉に気づかず、センリウをチンリウ姫と思い込み、寵愛していた。
アララギは、自分の娘センリウ(=実は替え玉のチンリウ姫)の家宝破壊の罪に対し、身内だからといって手心を加えることなく裁きを下した、とサール国の人々から思われていた。
そして、その公平無私な処置が木田山城内の賞賛を集めた。この件でエームス太子からも厚く信頼されることになり、城内の一切の事務を取り仕切るようになったので、その権力と声望はとみに増していった。
婚礼の後、祝賀の宴が開かれることになった。そこでもアララギは、自分の娘の罪に対して公平な裁きを下したことで、皆から賞賛された。
朝月、夕月は、アララギを気遣ってセンリウ(=実はチンリウ姫)の恩赦を申し出るが、アララギは、身内だからといって刑を軽くしてはならない、と頑なに否定した。
また王妃(=実はアララギの娘センリウ)もまた、サール国の掟を勝手に変えてはならぬ、と断固反対をした。アララギは城内の人々から一層、公平無私の人という評判を取り付けることになった。
しかし朝月は、センリウの刑の重さを不憫に思い、またどうも今の太子妃が本当のチンリウ姫ではないような気がする、と懸念を表明した。
疑われた王妃(=センリウ)は怒り、太子に朝月の処罰を要求した。エームス太子は朝月に対して激しく怒り、たちまちこれも遠島の刑に処してしまった。
朝月が縛られて島流しに送られる姿を見て、エームス太子、太子妃(=センリウ)、アララギは愉快げに微笑みながら、大罪人が正しく処罰されたことを喜ぶ歌を歌っていた。
アララギが木田山城の権力を握ってからは、邪な輩を重用し、正義の士はことごとく罪を着せて刑に処した。サール国には悪人がはびこり、国内各所には暴動が起こり、民の恨みの声は山野に満ち溢れることになってしまった。
センリウと入れ替えられて島流しにされたチンリウ姫の行く先は、「かくれ島」に送られることになった。この島は夕方になると全島が波間に水没してしまうという魔の島であった。
アララギは自分の計略が発覚することを恐れて、姫を亡き者にしようと、あえてこの島に姫を送らせたのであった。
また、島流しにされた朝月は「荒島」という岩石の孤島に打ち捨てられ、嘆きのうちに魚介を食料として月日を送ることとなった。
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04 16 〔2043〕
センリウと取り替えられたチンリウ姫は、丸木舟に乗せられて嘆きの歌を歌いつつ、「かくれ島」に送られていた。
姫を護送してきた騎士は島につくと、姫を上陸させ、送り届けた印に姫の左の耳を切り落として去っていった。
次第に島は水没してゆき、姫は進退窮まってただ死期を待つのみとなってしまった。
島の頂上に立って悲嘆の歌を歌ううちに、海水は姫の膝まで届くほどになり、最早これまでと覚悟を決めた。
するとその折、大きな亀がどこからともなく現れ来ると、姫の前にぽっかりと甲羅を浮かせた。そして、背中に乗れとばかりに頭をもたげて控えている。
チンリウ姫は、これこそ神の助けと亀の背中に乗ると、亀は荒波をくぐりつつ南へ南へと泳ぎ始めた。
姫は海亀の助けに感謝し、またこれまでを述懐するうちに、敵国の王妃になったセンリウの身の上に憐れを催し、自分の身魂が汚されずに済んだことに感謝を覚えた。アララギの悪計も、結果として自分の操を守ることになったことに思いを致していた。
亀はイドム国の海岸を指して海を泳ぎ渡り、イドム国真砂ケ浜に姫を下ろした。チンリウ姫が感謝の歌を歌うと、亀は二、三度うなずいて海中に姿を消した。
真砂ケ浜は月光山の西方の峰伝いに位置し、丘陵が迫った森林地帯であった。姫は、現在父母が月光山に篭もっているとは夢にも知らず、ただ木の実を探ろうと、不案内のまま森林深く忍び行ることとなった。
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04 17 〔2044〕
偽チンリウ姫を見破り、宴席でそのことを歌にほのめかした従臣の朝月は、はるか孤島の荒島に島流しにされてしまった。
絶海の孤島で、朝月は魚貝を採りつつ飢えをしのぎ、海原を眺めながら述懐の歌を歌っていた。
朝月は述懐の歌に、アララギ・センリウの姦計に陥った故国を憂い、また昨日の夢に不思議にも、命を奪われたかと思われたチンリウ姫が海亀に助けられて無事にイドム国にたどり着いたことを思い返して、神の恵みを祈っていた。
すると、チンリウ姫を救った神亀が荒島の波打ち際にぽかりと姿を現し、朝月を招くかのように首を上下に振りはじめた。朝月は、これぞ琴平別命の化身の救いと喜び、神亀の背中に飛び乗った。亀は朝月を背に乗せると、南へ南へとまっしぐらに進んで行く。
朝月が神亀に感謝の歌を歌ううちに、一日かけて神亀は、イドム国の真砂の浜辺に朝月を送り届けた。
亀に感謝の別れを告げた後、朝月が古木の茂る森に分け入って行くと、小さな小屋があり、そこからはかすかに女性の歌声が聞こえてきた。それは、チンリウ姫の述懐の歌であった。
朝月は自ら名乗ってチンリウ姫に目通りを申し出るが、姫は朝月がこのような場所にいるはずがないことを疑って警戒した。またもし本物だったとしても、朝月も自分とエームス王子の結婚を計った悪人の一人であると非難した。
朝月は、チンリウ姫が島流しにあった後、アララギ・センリウの企みを公の場で暴こうとしたために自分も島流しにあい、神亀に救われた経緯をチンリウ姫に訴え、忠誠を誓った。
チンリウ姫はようやく朝月に心を許し、朝月は姫に仕えてしばらく森の中で時を待つこととなった。
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04 18 〔2045〕
チンリウ姫になりすましたセンリウは、母のアララギとともに並ぶもの無き権勢を木田山城に奮っていた。
あるときセンリウは、木田山城内の森林を逍遥しつつ咲き乱れる花を愛でていた。すると、後ろから突然容姿端麗な美男子が現れ、自分はエームス王子の従兄弟・セームスであると名乗った。
この美男子セームスを一目見たセンリウはすっかり心を奪われてしまった。セームスがセンリウを誘惑すると、センリウは気のある心をほのめかす歌を返した。すると不思議にも、セームスの姿は煙のように消えてしまった。
あくる日、センリウは提言して城内の菖蒲池に舟を浮かべ、半日の清遊を試みた。舟にはエームス王子、センリウ、アララギのほかは二人の侍女が乗っているのみであった。
一同が歌を歌いつつ日を過ごしていると、突然池の水が煮えくり返り、水柱がいくつも立ち昇った。舟は転倒し、エームス王子は水中に落ちたままついに姿を現すことはなかった。
先日、センリウの前に姿を現したセームスという美男子は、実はこの池の主の巨大な蠑螈の精であった。蠑螈の精はエームスを亡き者にして、センリウの夫となって城を乗っ取ろうとしていたのである。
この騒ぎの中、一同はエームス王子が水死したことに気づかず、蠑螈の精セームスはまんまとエームス王子になりすましてしまった。
センリウはこの事件以来、エームス王子の様子が何とはなしにおかしなことに気づき、そのことを問い詰めた。蠑螈の精は、自分は先日会った従兄弟のセームスであり、エームスを亡き者にして王子になりすましたのは自分の計略だと明かした。そして、センリウがチンリウ姫になりすましていることに気づいているが、お互いに偽者として夫婦となり、国を乗っ取ろうとセンリウに持ちかけた。
センリウはエームスに同意し、二人は木田山城奥深くに身を置いて、快楽にふけることとなった。国政は日に日に乱れ、ついには収集できないほどに混乱が深まって行くことになる。
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04 19 〔2046〕
先に、戦勝によってイドム国を手に入れたサール国王エールスは、宴の席で諫言をした右守ナーリスを、故国の守り固めさせるために、木田山城に帰城させていた。
ナーリスは数百のナイトを従えて、大栄山を越え、ようやく木田山城に帰還した。ナーリスは、遠征の間にエームス太子が妃を娶っていたことを知らず、まずは軍の様子を報告しようと御前にまかり出た。
ナーリスは、父母王がイドム城を居城と定めたことを報告し、エームス太子はサール国を治めるようにとの父王の意向を伝言した。
エームス太子は戦中にやむを得ず、父母に諮らずに妃を娶ったことをナーリスに伝えた。妃センリウは、自分はイドム国王女・チンリウであると自己紹介した。
ナーリスが祝いの辞を述べていると、アララギが現れて、太子の意向により、政治のことは必ず自分に諮るように、と横柄に言い渡した。ナーリスは、妃の乳母ごときが政治に口を出すのはおかしい、と反論するが、太子と妃はアララギの肩を持って、アララギに従うようナーリスを説き諭す。
ナーリスは潔しとせず、憤然として引退を宣言し太子の前を引き下がると、いずことも知れず身を隠してしまった。
かくする折りしも、城下にどっとときの声が起こり、暴徒の大群が木田山城めがけて襲い掛かってきた。反乱軍の勢いはすさまじく、落城をさとった偽エームス太子の蠑螈の精・セームスは、偽チンリウ姫のセンリウを小脇にかかえると、菖蒲池にざんぶと飛び込んだ。そして二人の姿は水泡の中に見えなくなってしまった。
反乱軍の中心人物は、かつての侍従・夕月であった。夕月は太子夫妻の姿を探して城内に乱入したが、二人の姿を見つけることはできなかった。するとそこへアララギが髪を振り乱して近づき、夕月の反乱を非難した。
夕月は弓に矢をつがえると、アララギ・センリウの替え玉の悪行を暴き立て、また国民を暴政によって塗炭の苦しみに陥れた罪を数え上げた。そして、逃げるアララギの背後から、弓を引き絞って矢を放ち、アララギを射殺してしまった。
木田山城は一時、暴徒の群れによって混乱の極みに陥った。
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04 20 〔2047〕
引退を宣言して身を隠していたナーリスは、部下のナイトを数百従えて反乱軍の群集の前に整然と現れ、声高らかに悪人たちの滅亡を告げた。そして、政局の混乱は自分が収めて善政を敷くことを約束し、民衆に武器を収めて元の営みに立ち返るよう説得した。
反乱軍の群集側からは夕月が現れ、ナーリスを中心として新しい国政を立て直すことを宣言した。ナーリスと夕月は混乱の収拾を祝しつつ、述懐の歌を歌った。
ナーリスと夕月は部下を従えて城内に入り、万事後片付けをすると、重臣たちを集めて国乱を鎮定した祝賀の席を設けた。
一同は述懐の歌を歌いあい、悪女・アララギがイドム国からやってきたことが国難の始めであったと回顧した。ナーリスは、王の言葉に従って早くサール国に帰還したために、すんでのところでサール国の自滅を防ぐことができたことを述懐した。
かくする折りしも、数千の騎士たちがイドム国から逃げ帰ってきた。サール軍の副将チンリンは、エールス王・王妃・左守チクター・軍師エーマンら首脳陣はすべて命を落とし、アヅミ王の反攻勢い強く、サール軍はイドム国を追われてしまったことを報告した。
ナーリス、夕月ら一同はこの報告に顔色を変え、茫然として言葉を失ってしまった。そして、チンリンから王の落命について聞くと、一同は、他国を戦によって奪おうとした欲の罪により、王の一族の血筋が絶えることになってしまったことに思い至った。
ナーリスは、残された重臣一同、誠一つに心を合わせて国の再建を行う決意を表した。そして、エールス王が残した戒めを忘れず、今後は天地の神を畏れ謹んで誠の道を進んで行くことを、改めて重臣一同に示した。
ナーリスはサール国内に王一族の不幸を告示し、盛大な葬儀を執り行った。そして、木田山城内に荘厳な主の神の御舎を造営し、朝夕、正しい政治が行われるようにとの祈願を怠らなかった。
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